第一話 催事、確定
さいじ、かくてい

「――そういう訳で、第二回NERV隠し芸大会を開催する」


どういう訳だ!

という突込みはできようはずもなかった。

相手は碇ゲンドウ――泣く子も黙るNERVの司令様なのだ。

とはいえ、まったく何もいえない人間ばかりという訳では当然ない。ここにいるのはNERVの中枢にいる者たちである。そう。彼らは人類を守る者たちの、さらに統率者たちであるのだ! いかに相手が碇ゲンドウであっても、その専横を見過すなどできようものか。

斬り込み隊長よろしく、作戦部作戦局第一課課長の葛城ミサトが立ち上がった。

その眦には、決意と覚悟がみてとれる。

眼光は鋭く、口元は不敵に歪み。


「日程はいつでしょうか」

「うむ」


頷き合う。

双方、共に万世を越えて再会した友へと送るかのような、笑顔であった。


――同意しやがった!


二人を見る彼ら――主に作戦部と技術部の面々――は、顔を青ざめつつ引きつらせた。

なぜ、彼らはこうまで怯えている(?)のか。

その理由は、この隠し芸大会が「二回目」であるということで察して欲しい。

そう。

二回目というからには一回目があったのだ。

すでに使徒襲来の脅威が去って二年、NERVは特務機関としての存在の意味を問われたりして存続の危機に立たされてたり国連やら戦略自衛隊やらの駆け引きだのいろいろとあったのだが、それらの全ては碇ゲンドウの手腕の前にあっさりと解決してしまった――というのが、去年の話だ。

色々な事件があって、さすがに職員の大半は消耗したし、司令であるゲンドウにしてからがかなり疲れているのは確かだった。


「父さんは、磨耗してしまったんです……」


とは息子であり、サードチルドレンである碇シンジの言。

磨耗。

まあ、確かに、そうでもなければ「隠し芸大会を開く」などということは間違っても口にするまい。往年のゲンドウのことを知る者たちにしてみたらまさに青天の霹靂か、あるいは天変地異の前触れかとも思うような発言であった。


――面白いですね、司令!


そんな中で真っ先に立ち上がって同意したのが、葛城ミサトだ。

使徒の全てを殲滅した現在にあって、暇をもてあましていた彼女が同意するのは自然である。小人閑居して不善を為す、という言葉があるが、彼女はある意味では小人ではなかった。暇があるからといって碌でもないことをしない、という訳ではない。暇があればあればで訓練なんかをして時間をつぶしていた彼女であったが、その実、何かをしたくてうずうずしていたのだ。

実にうれしそうにしている彼女を見て、他の面子も同意した。


――そうですね、せっかくだから思い切り羽目を外したものにしましょう。


そういったのが誰であったのか、記録係は公開していない。

当人は決して口にしないだろう。そして、人命保護の観点から、決して未来永劫、その名が公開されることはないであろう。

何故なら。


なぜ、ならば。


「今年の出し物はなんにします?」


ザワリっ


空気が動いたのを、確かにリツコは感じた。

ミサトがいう「出し物」というのは、個々の芸以外に有志を集めての大掛かりなショーというかなんというか、とにかくやることであって、それは隠し芸が盛り上がらなかった場合のことを配慮して提案されたのだったが、それはまさに彼らが恐れている事態の核心であった。

あれは、去年のアレは、その「出し物」のせいで……。


「そうだな……」


碇ゲンドウが首を傾げた。

人前で弱みに繋がることは一切していなかった男であったが、今となっては幹部たちの前とかチルドレンの前などを限定としてだがこのような仕草を見せるようになっている。そのことに感慨を覚えているのはリツコと、そして冬月くらいのものである。

他の人間にしてみれば、彼のその様子は焦燥を促すものでしかなかった。

その口からどんなことが語られるのか……。


「今年は――」




☆ ☆ ☆




「「えー!? チルドレンによる演奏会!?」」


そういうことに、決まったのだった。

「そんなの聞いてないわよ!」

「今、言ったわ」


ダンっ、と卓袱台を叩くアスカに、ミサトはこともなげに言って見せた。

というか、えらく彼女はリラックスしきっていた。短パンにシャツで、ブラこそしているがその形が外からもみれるってくらいに薄手のものだった。髪もひっつめていて、手にはビールの缶が。アスカが相手でなくて口にしたことが別のことであっても、舐めきっていると思われても仕方のない格好だ。


「ま、仕方のないのよねー、司令直々の命令だし」

「『命令』じゃないでしょ! こと公式任務以外は、わたしらにそういう強制はできないはずよ」

「そ」

意外にあっさりと、ミサトは認めた。


「――建前はね」

「〜〜〜〜〜〜」


ずずっとビールをすするミサトを刃物のような目で睨みつけ、やがて最初に叫んでから何も言わないままのシンジと、そもそも何も喋っていないレイへとそれを向けた。

「………………」

「………………」


二人とも、静かであった。

沈黙が消極的肯定ととられるということは、二人にも解っているはずだ。にも関わらず抗議をアスカだけに任せているのはどういう理由からか。


「あんたら、念のため聞くけど、さ」

「……ごめん」

「! なんでいきなり謝っているのよ! あんた何か悪いことしたの!」

「いや、その、ごめん……」


そこでヒートアップせずに叫びを飲み込んだのは、アスカもいい加減にシンジの性格と言動になれたからである。だいたいいつものパターンで、シンジは大して抗議もせずに了承して、自分が当り散らして、しかし結局事態は変わらずに押し切られる――今回も、多分、そうなる。

叫びと、ついでに怒りも飲み込んだアスカは、深く息を吐き出し。


「で! 私たちに何をやらせようってわけ?」

「言ったでしょ。演奏会。あんたたちがそれぞれ得意の楽器があるってのは知ってるのよ」

「わたしとシンジはね。――ファーストも?」

「弦楽器はたいてい」

「そういうこと♪」


なるほど、とアスカは腕を組む。

いきなりの話で頭に血が昇ったが、チルドレン全員に音楽の心得があるというのは想定外だった。いや、自分は一応できるし、シンジができるというのは知っていたが、まさかファーストチルドレンの綾波レイにも音楽ができたとは。ひどいことを考えているが、まあそう思われていても仕方ない。もうすでに三年の付き合いではあるが、綾波レイに芸術的感性があるなどというのは御世辞にも伺えないことである。


「つまり、勝算はあるってことね」

「まあね。――っていうか、勝算も何も、内外から人が集まるんだから、無様なことなんかやらせないわわよ」

「ふむ」


まあ、いい。

司令からの提案でいきなりやらされるというのは気に食わないが、自分に戦闘しかできないと思っている輩に「余技」であるヴァイオリンの技巧をみせつけるくらいはしてみてもいいかもしれない。

うん。そうだ。そういうことにしよう。


……だいたい、どういうことを考えているのかは、ミサトにもシンジにも丸解りであったが、アスカは二人に見透かされているということも気付かず、うんうんと頷いた。


「じゃあ、やってもいいわ」

「そう♪ さっすがアスカぁ」


笑って頷く。

よかった、とシンジは思った。ここでまたアスカが怒りのままにぶちきれようものなら、このマンションそのものが壊滅しかねないほどの騒ぎになるところだった。アンチェインの名ほほしいままにする葛城ミサトと、地上最強の生物であるアスカが激突するということは、そういうことなのである。

しかし。

彼が安堵のままにすんなりするほど、事態はあまくなかった。

破滅の序幕は、綾波レイの口から漏れた。


「で、スケジュールは?」


あからさまに、ミサトの顔色が変わったのが解った。

息を呑んでから、二秒ほどの沈黙を置いて。


「ごめん、明後日」


惣流アスカ・ラングレーは、切れた。



←前へ 次へ→ ↑トップページへ

first update: 20070515
last update: 20070515

企画概要

運営

作品投稿

読む/投票

結果発表