第二話 見知らぬ、四人(一人限定)
みしらぬ、よにん(ひとりげんてい)


「まさかここまでするとは思わなかったわ」


リツコは久しぶりの白衣を気だるげに着こなしながら、疲れたような顔でエレベータのボタンを押した。

いや、実際に疲れているのだ。こうしてこのエレベータを起動させるまでに、どれだけの書類をねじ込まなければならなかったことか。

それほどまでに、旧ターミナル・ドグマ――現在は「地下倉庫」として使用されているそこは重要な場所であり――そこに人間が踏み込むのは本当に久しぶりのことだった。


約二十四ヶ月。


それだけの間、この場所はネルフのトップ・シークレットとして封印され続けてきた。これからも開くことは永久になかろうと思われた。


それなのに。


そんな場所に、このようなどうでもいい理由で立ち入るなどとは――


「仕方ないじゃん」


アスカがぶー、と口を尖らせて見せた。その隣でミサトはにやにやとリツコを見、さらにその隣にはシンジが所在無げに立ちつくしている。


「だって、必要じゃない」

「そうは言っても、他でなんとかならなかったの?」


リツコはあくまでも苦い表情だ。暇を持て余していた自分こそが、職員全員から呪いを受けかねない言葉を吐いてこの流れを決定付けたことは既に記憶の彼方らしい。

リツコの言葉に答えたのはミサトだった。


「サプライズってもんがあるじゃないの。ほら、去年と同じで、出しもんにはサプライズってもんが必要なのよ!」

「「うえ」」


アスカとシンジの声が見事なシンクロを果たした。

エレベータに反響するふたつの間抜けな「うえ」の声を聴いて、改めてかつての泣く子も部屋の隅でガタガタ震えて命乞いする心の準備はOK? 状態であった人類最悪最強(地域限定)の超法規的組織がもはやただの組合団体に過ぎなくなってしまった現状に愕然とした顔になったリツコを見ながら、ここまで全ての状況を傍観していたレイはぼそりと呟いた。


「――説明が、長い」


確かにそうだ。


しかしレイのそんなツッコミは誰にも届かず、相変わらず漫才は続いていく。


「それにだいたいさー。大変大変って、こんなことになったのはそもそもあんたらのせいじゃないこのとしまえん」


ミサトの言葉のダメージから何とか再起動したアスカが、ありったけの悪意を込めて吐き捨てる。

揃ってめでたく三十の大台を超えた二人が額に青筋を浮かべるのを、ずっと顔色を伺い続ていた永遠の下っ端少年・碇シンジは見逃さなかった。


「ちょ、ちょっとアスカ!」

「何よ! 本当のことじゃない!」

「……いくら事実でも言っていいことと悪いことがあるよ」


シンジはその顔色伺い一級の実力をもって、アスカの言葉も脳内で正確に変換していると見えた。


年増園。


確かにそれはひとつの真実ではあった。

下手をすると葛城ミサトや赤木リツコがこのようなアホらしいイベントに嬉々として参加しているのが、その残酷な事実を紛らわせるためだとしてもおかしくはない。


だいたい、一回目の時から既におかしくはあったのだ――と、レイは到着に備えて床に置いた機材を抱え上げながら、ぎゃーぎゃー騒いでいる後ろの四人を一瞥し、瞳を閉じた。


☆ ☆ ☆


「――そういう訳で、第壱回NERV隠し芸大会を開催する」


ちょうど昨年の十一月頃も、碇ゲンドウの言葉はだいたいそういうものであったと、事情聴取やなんやかやで出払っていたアスカやシンジと違ってひとりその場に居合わせていたレイは記憶している。

その瞬間、発令所は凍りついた。

というか、誰もが精気を抜かれたようにぽかんとしてエヴァ射出の掛け声よろしく高いところから言い放ったゲンドウを見ていたのだ。


――は?


別に読心術の心得が無くても、誰もがそう考えていることはすぐにわかった。

ツッコミがどうこうという次元ではない。

疲れてるからって気晴らしに隠し芸大会をやろうというのはそれこそ突拍子も無い提案であり、理解の範疇をはるかに超えていた。

だが、その場に二人だけ――いち早く反応した人間がいた。


ひとりは、ジャケットの着こなしもだんだんだらけてきた彼女。

いまひとりは、白衣もよれよれぐずっぐずになってきた彼女。


それぞれ日向マコトと伊吹マヤの椅子を奪い、コンソールに突っ伏して死んだように眠っていた二人は、その言葉を聞くなり顔を上げ、ミサトにいたってはぴょんと効果音がつくくらいの勢いで立ち上がった。


――あ、やばい。


やっと理解が追いついてきた職員が「これはいかん」と思ったころには、時既に遅し。


「日程はいつでしょうか!」


やけに気合の入った声で答える葛城ミサトがそこにいた。


「面白いですね、司令!」


と後に続ける。言うのが逆だ。逆。

そして、ちらりと彼女が視線を向ける、その向こうに――


「司令、決断を。それに沿ってスケジュールを調整します」


へとへとのはずなのに嬉々としてMAGIにアクセスを開始する赤木リツコがいた。


「そうですね、せっかくだから思い切り羽目を外したものにしましょう。」


だから、発言の順番が逆だ。


――この時、全ての理由を察していたのは、唯一綾波レイただひとりだった。


折りしも2016年も末、師も走る月にさしかかろうとしていたその時期が、葛城ミサト30歳の誕生日直前であり、赤木リツコ31歳の誕生日直後であったのは、前者を怖れてビールをかっくらうミサトを検査帰りのロッカー前で目撃し、後者を酒の力で乗り越えるリツコに付き合わされたレイ以外は、誰も知らない。

そしてそんな顛末から一年を経た今でも、レイ以外にこの阿鼻叫喚のイベントの発端になったかも知れない事実を知る人間はいない。


口の堅い人間は重宝されるものである。


☆ ☆ ☆


「着いた」


静かに告げるレイの言葉と共に、組み合って身動きが取れなくなっていた四人は転がるようにエレベーターの外に出た。


「ここが……」

「そう、セントラルドグマ、その跡地」


初めて見た風景に感じ入ったアスカに、リツコが淡々と告げた。


……そろそろ、何故彼等がここまでやってきたのかを説明しておかねばなるまい。

ネルフ隠しゲイ大会――もとい、ネルフ隠し芸の出し物はチルドレンによる演奏会に決定された。

しかも。


――で、スケジュールは?

――ごめん、明後日。


まあそういうわけで。

当然のようにアスカはぶち切れたわけだが、酔いが回ったミサトに予備として置いてあった缶ビールを投げつけ、あんまり効いてないもんだから手慰みにシンジをタコ殴りにした後、ぽつりとその言葉を口にしたのだった。


「でも、一人足りない」


そうなのだった。

弦楽において三重奏の楽曲はあるにはある。ものの、ヴァイオリンがひとつ減っただけでも、四重奏に比べるとレパートリーが少なくなり、役割分担も曖昧なためそれぞれの奏者に相当の腕が期待されるようになる。

自然、素人同然のチルドレンの演奏経験も少なく、そんな状態で明後日までに一曲仕上げるというのはとても無理だった。


「でも……弾けそうな、チルドレンって? ……あ」


シンジがぽつりとその顔を思い浮かべて呟き、それがアスカの耳に留まった。


彼らがこんな場所までやってきたのは、つまりはそのためだった。

弦楽四重奏を行うための、最後のひとりを探すため――そして、目的のひとりは、今まさに彼らの目の前にいた。


碇シンジにとっては、かけがえの無い友人、

綾波レイにとっては、自分に似ていた少年、

そして、惣流・アスカ・ラングレーにとっては、自らの機体を動かしていた、見知らぬパイロット。


そう――


フィフス・チルドレン。


「驚いたね。また人と出会えるなんて――久しぶりだね、シンジ君。そして、君も……ああ、君は……セカンドチルドレンかな、初めまして」


チルドレンの目の前で、最後の使徒でもあった渚カヲルはL.C.L.に満ちたカプセルの中にたゆたい、それこそ天使のように気高い微笑を讃えていた。


全裸で。



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first update: 20070515
last update: 20070515

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