第三話 アスカ、すとらいく
あすか、すとらいく

とりあえず、ぶん殴った。



――最初が肝心なのよ。


というのは彼女の言である。

上下関係というのは多くが初対面の時に確定するものであるという。それが事実であるかどうかというのはさておいて、アスカはそう思っているのは確かなようだった。

カプセルの中で笑っている渚カヲルに向かって拳を突き出す。まったくもって唐突な行為であった。理由を問われて後に彼女がいうには、「なんかすげームカついたから」とのことで、通常の人間がそんなことで人をぶん殴ろうとしたら檻の中かさもなくば病院に閉じ込められるのが落ちであるのだが、相手は使徒であったし、そもそも彼女を閉じ込められる牢などというものはこの世には存在しない。だから大手を振ってこの危険人物は出回っていられるのだ。

彼が笑っていられたのは、自身のATフィールドを信じていたとか彼女の危険度を知らなかったとかそれ以前に、頑強なカプセルの硬度を知っていたからだろう。硬化テクタイトの分子を織り込んだアクリルは、例えそれが二十oの機関砲を一時間浴びせられようと傷一つつかない。

セカンドチルドレンもそのことには気付いてるはずだ。だから腕を伸ばしきったとしても拳が触れるかどうかという距離からで、

ほら。

ぴたり、と拳がカプセルに接触した。

そして、およそ十分の一秒のタイムラグを置いて、カヲルの顔面を不可視の衝撃が叩いた。


「ぐほっ」


決して美少年があげてはいけない声をあげてのけぞる。


「あ、アスカ、やめてあげてよ!」

「なーんかコイツむかつくのよ」


シンジの制止などしったことかとばかりに、次は蹴った。

横蹴りだ。

スカートを跳ね上げて伸びた足刀がやはりカプセルに触れて。


「ゴボッ」


体がくの字に曲がった。

彼がずっとLCLの中で生活していなかったのならば、胃の中から内容物を吐き出してのた打ち回ったであろうことは間違いない。

さすがにこれはキツそうねーなどといいながらミサトがようやく止めに入った。そのまま放置していたら、アスカは何処までもやりそうだ。何せ相手は使徒だし。少々ぶん殴っても死なないだろうとか思ってるのは間違いない。

シンジとミサトに宥められているアスカを見ていたレイは、小さな声でぽつりと呟く。


「博士、これは」

「ええ、浸透勁の一種ね」


恐らく打点と作用点をずらしたのだろう。

カプセルとLCLとカヲルを別個の存在ではなく一つの塊として捉えたアスカは、打撃力が作用する箇所をコントロールしてカヲルをぶん殴ったのだ。多分。きっと。そんな感じの技を、以前に漫画で見たし。

……科学者にあるまじき言葉ではあるが、アスカがやらかすことを真剣に考えるというのは、人生に於いて訪れる諸々の理不尽の意味を問うことにも似ている。ぶっちゃけ意味がないのだ。

そんなリツコの内心を知っているのか知らないのか、レイは深く頷いてなにやら感慨深そうにしている。

ミサトはぽりぽりと頭をかきながらアスカを諭していた。


「もっとこう、手心というかさあ……」

「痛くしないと覚えませぬ」


なんで丁寧語なんだという野暮な突っ込みは誰もしなかった。

とりあえずそんなこんなで心という器に皹を入れられたカヲルは、何か言うごとに拳を振り上げるアスカに「すいませんすいません」と謝ってなすすべもなく演奏会に参加することが決定してしまったのだった。 

もうフィフスチルドレンだの使徒だの天上の笑顔だとかそういう威厳とかへったくれもなかった。


「まあ、今回は前の惨劇を繰り返さなくてすみそうね……」


リツコはぼんやりと呟いて白衣のポケットからタバコを取り出した。

視界ではアスカとレイがそれぞれ右手を前に出して推手を始めていた。


(いえ、去年だって惨劇になるようなことでも……)


ミサトが無責任に「2人ともがんばんなさい」とか檄を飛ばしていた。




☆ ☆ ☆





去年の出し物は、チルドレンと協力した有志による演劇であった。

タイトルは「美少女活殺拳! 竜之道(ドラゴンへのロード)第二章。死亡ゲームはハート色♪ プロジェクト《スパルタンA》 ドランクモンキー編」という何やら前世紀の香港ムーゴーテイストとかに溢れた得体の知れないものであったが、内容は至極簡単なもので、時はまさに世紀末的にイカれた時代の無国籍な町で、拳法使いの仲良しの女の子二人が、幼馴染の男の子と恋の鞘当なんかして楽しく生活していたところを黒社会の大ボスがやってきて幼馴染と友人の片割れを攫われてしまった美少女拳士・紅飛鳥(ホン・フェイニィアオ)が、二人を助けるために武術の達人たちがそれぞれの階に立ち塞がっているという塔を上っていくというものだ。

とりあえず前半は料理屋での吉○新喜劇風のところは何も問題はなかった。

むしろ好評ですらあった。

脚本担当によると、「おとんの秘蔵のフィルムを参考にしましたからなあ」とのこと。ちなみに脚本担当は三人いて、彼は前半を主に担当していた。

後半だって、そんなに悪い話ではなかった、というかさらによかった。

前半のコメディ展開とのギャップはあったが、それが緊張感を生み、独特のシリアスな雰囲気に「なんだよ子どもの演芸会かよ」と半ばバカにしつつ眺めていた大人たちも引き込まれていってしまっていた。リツコにしてからが例外ではなく、拳を握り締めてしまったものだ。

ちなみにそれぞれの階を担当していたのは

一階が棒術使い(役名)をインドでキテレツなカラリパヤットを学んだ山岸マユミが。

二階が空手ガール(役名)を姉が習っていた怪しい道場で怪しい拳法を学んだ洞木ヒカリが。

三階がマーシャルアーツウーマン(役名)を中国支部で遊身連環八卦掌を学んだマリィ・ビンセントが

四階がアイアンカンフー(役名)を内臓を治すために始めた漢方と気功医療のついでに孫家太極拳を学んだ霧島マナが。

ってな感じで待ち構えていたのである。

そして主人公の紅飛鳥が惣流アスカ・ラングレーである。

それぞれがそれなりの本格的な腕前で、しかもその時は一ヶ月という期間の余裕があったためにみっちりと殺陣として派手な見せ方を工夫できて――カメラマンを担当した相田ケンスケは、「もしもこの時の映像が市販できたんなら、ナナケタは利益上げられる自信はありますよ」と豪語した。どこまで本当というか根拠のある言動かは怪しいものだったが、彼に言わせると美少女同士の容赦のない戦いというのは実に人気があるのだそうだ。まあ、解らなくもないのだが。

どちらにせよ、その映像は封印されて今後50年は公開されることはない。

第一級の機密映像として、閲覧できるのは少なくとも各部局の部長以上のものに限られるだろう。

それとても制限がかけられ、全体を知ることができるのは司令か副司令か。

……全ては、最後の階に辿り着いたところで始まった。

最後の強敵は方術によって操られた友人の黄白華(ホワン・パイファ)こと綾波レイであったが。

断言したっていい。

この瞬間まで、この出し物にはまったく不備はなかった。もっというのならばアスカにもシンジにも他のその他の面々にも、何ら人間として責めるべきことはない。

敢えて言うのならば、ここで主人公たちを酔拳使いという設定にしたストーリー原案にして脚本構成の山岸マユミに責任のごく一部は求められなくもないかもしれない。

そうなのだ。

酔拳なのである。

中国拳法の中でも地功門から出たこの拳法は、アクロバティックな動きで敵を幻惑しながら意表をつく攻撃を仕掛けること旨としている。

その動きがまるで酔っ払いであるかのような――そのような動きを模した拳法であるが。

世間ではどう思っているのかはさておき、決してそれは酔っ払いのふりをする拳法でも、まして酔っ払って戦うための拳法ではないのだ。

そう。

世間でどう思われていようが……。

その「世間」の中に、葛城ミサトがいたのが全ての元凶であった。

彼女にしてみたら、そこに悪意はまったくない。「せっかく酔拳なんだからやっぱりさー、こうした方がリアリティーあるわよん」と、こっそりとレイとアスカの瓢箪にウォッカをジュースで割っていれておいたのてある。彼女らがこの場合に未成年であるということはまったく配慮されていない。

ミサトの手口は、狡猾というべきか、あるいは老練と呼ぶにも足りた。

階を登るごとに舞台を暗幕に包んで内装を変えるのであるが、その間に彼女が用意した中身を補充した瓢箪を渡すのである。最初はアルコールが入っていることに気づかない程度に甘口のジュースに混ぜてカクテルしたのを。そしてすこーしづつ、度数をあげていくのだ。

冷静に考えれば、アルコールの入った体で戦えば体中に巡ってとても戦うどころではないはずなのだが、これだけの悪知恵を働かせておいてミサトはそのことに気が回らなかった。こんなでも東大生であるからセカンドインパクト世代は色々と言われてしまうのだが、それはまあ余談として。

最上階に上った時点でのアスカは、疲れとアルコールでふらふらであった。

そして、その相手をしたレイの瓢箪にも、ミサトは仕込んであったのである。こっちの場合は、特にアルコール度数をいじったりはしてなかったけれど。

酔っ払い対酔っ払い。

結果。

戦いは壮絶なものとなった。

お互いに正常な判断力はすぐになくなった。

最初にレイがアスカの打撃力に本能的にATフィールドを展開して吹き飛ばすと、アスカは「なんてことすんのよ」と怒りのままに突進する。それをレイはかわしざまに衝撃波を浴びせかけた。そんなのが当たれば、いかにアスカであろうとも無事ではすまないのだが、まあアスカであるから食らわなかった。

「あんたの殺気が見えるのよ」

と、まるでウインドチックに言ってのけて反撃をしてそれが防がれて――というのが繰り返された。

その間は時間にして六十五秒。

たった六十五秒だ。

たった一分ちょいのそれだけの時間で、会場施設は半壊した。

奇跡的に死者は出なかった。この時に行われたNERV保安部と作戦部の行った観客を避難させた手際は特筆して語るべきであったろうが、今はそのことに行を割く余裕はない。

二人の攻防は、最終的にATフィールドの衝撃の攻撃を踊るように回避し続けたアスカが背後に回りこんで決めたバックドロップでレイを昏倒させ、決着となった。

いや。

これは終わりの始まりにしか過ぎなかったのだということを、半時間後にここにいた者たちは知ることになる。

信じがたいことであるが、瓦礫の撤去をシンジの操縦するエヴァによってさっさと済ませて、司令様はこうおっしゃったのだ。


「では、ただいまより隠し芸大会本編を開始する」


しん……と静まり返った世界で、続けて言う。


時刻を見ると、予定された開始時間ではあった。

さすがに「予定通りだ」とまでは言わなかったが。


「問題ない」


ニヤリと、笑いやがった。

本当の地獄はこの後に開始されたのである。




☆ ☆ ☆




リツコが過去のエピソードを解りやすく伏線を残して回想してくれていた間に、カヲルはカプセルから這い出して用意してあった学生服を着ていた。かつてこの町に現われた姿のままだ。その笑顔が引きつっていなければ、だが。あとシンジに庇ってもらうように立っているのは、みるからに情けない。

アスカの方は堂々たるものであった。

両手を腰に当てて。


「――で、アンタは結局何ができるわけ?」


誘っといて、暴力をふるっておいて、なおこんなことを言ってのけられるのはこの世に彼女だけであろう。

さすがのミサトも呆れた風な顔をしているが、この行き当たりばったりさ加減と力押しの性格には、絶対にこの二人の関係は悪影響を与え合っている。……自分も同様に影響力が強いという自覚はリツコにはない。


「そうだね……そもそも、なんで君たちが僕の元を訪れたのかは、シンジくんだね」

「うん。会った時から、カヲルくんは音楽が好きみたいなこと言ってたから」


――歌はいいねえ。


そうだ。

もっとも、それがこの渚カヲルに音楽の素養があるという証明にはならない。演奏能力がなくったって音楽鑑賞はできるのである。そこらあたりを失念していたりしているかというとそうでもなくて、「まあ少なくともトウジよりかは可能性高いよね」という判断からであるが、事前に念のために行った調査で鈴原トウジはカントリーギターを祖父に教わっていたがあんまり身についてないということをとしまえん……もといミソジーズは知っているので、シンジの判断は妥当なものであった。あ、ちなみにトウジの相方(?)のヒカリの方はコントラバスとか結構弾けてしまうというのだが、ここにいる誰もそんなことは知らないし結局知ることはないのであった。

閑話休題。


「そうだね。こう見えても、音楽と呼べるものは人並みに経験済みだよ」

「具体的には、何?」


その種類次第では演奏する曲とかいろいろと限られるのだが、アスカの心配は杞憂であった。


「だから、たいがいのものはこなせるさ」

「……ふうん」

「プロのオーケストラに参加できるほどの腕前ではないけどね。ドイツでは色々と教えてもらったよ」


なるほど。

アスカは腕を組む。

ならば、自分とレイとシンジの三人でやれるのを決めて、残ったのに自動的にこいつを当てはめればいいわけだ。シンジの友達で使徒だったというからだ期待はあんまりしてなかったが、なかなかどうしてシンジなんかよりよほど使えそうな男ではないか。ま、肝心の腕前のほどは自己申告だからまだわかんないけどね……それにまあ、シンジだってチェロに関してはそれなりのもんだしね……もしもこいつが一番得意なのがチェロだとしても、やっぱりそれをやらせる訳には……いや、最初からシンジはチェロ担当ってのは決定しているんだから余計なこと考えるなわたし。

ってなことを考えていることは周囲には見え見えなのであったが、アスカ当人はそんなことには気づいてないのか、「ふん」と唐突に腕を解いて、


「じゃ、面子もそろったし、最初にリーダーを決めるべきよね」


ああ、お約束だ。

シンジもミサトもリツコも、レイでさえそう思った。

カヲルはアスカが何をいいたいのかわからないので、その一挙一頭足にまでいちいちびくびくしていた。さっきの腕をほどいた時なんかはシンジを盾にしゃがみこんだってくらいである。


そしてアスカは全員を見わたして、宣言した。


「わたしがリーダー! 文句ないわよね」



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first update: 20070515
last update: 20070515

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