第四話 山を乗り越え修羅場も越えて
やまをのりこえしゅらばもこえて


わたしがリーダー!


と言ったはいいが、実際アスカにも大した考えがあるわけではなかった。

とりあえずアスカにとっては「リーダーといえばわたし」であり、「わたしといえばリーダー」なのであるから、こういう場合に自分がリーダーになるのはしごく当然のことだったというだけのことである。


エヴァも赤いし、プラグスーツも赤いし。

それに最近見始めた昔のアニメでは、赤いヤツは三倍速いらしいし。戦隊モノでも赤がリーダーだし。つまり赤はえらい。そして赤いアスカはえらい。


ともかく! 


惣流・アスカ・ラングレーはリーダーなのだ。そんなことはもう大昔から決定済なのだ。

――だが。

役目には責任と仕事が伴う、ということをアスカはきっぱり忘れていた。いくら天才少女でも、それと間抜けかどうかということに直接の関係はない。リーダーというからには、全体の指揮を執らなければならないのだ。

が、実際は……


「それで曲は」


レイの冷静な声がアスカの背中に刺さった。

カヲルを引っ張り出して後、ネルフの空き部屋(暇つぶし用)においてのことである。

当然、何も考えてなかったであろうというのは予想済みである。というか、どちらかといえば察しの悪いレイにすら分かるのだから、そんなことはもう全員にわかっていると言ってよかった。


「え? か、考えてるわよ! えーと……」


こうなったらさすがのアスカでもお手上げである。テンションが高いので押せ押せではあるが、逆境に弱いのはいつものことだった。現実と理想の間で空転して、一気にアスカの顔が真っ赤になる。


「アスカ、大丈夫? 必要だったら僕、譜面取ってこようか? ロッカーに……」


いらいらして爆発寸前といった顔のアスカに、シンジが猫なで声で問いかけた。


ハッとしたアスカがシンジを見た。


「ヒッ!?」


シンジの顔が引きつる。察しは悪くないのに、自分の行動こそが爆弾の起爆スイッチを押していることに、今日もまたシンジは気づかなかった。


そして、空気を読んでない奴がもうひとり。


「どうしたんだい? リーダーというのは皆を引っ張るカリスマのある人間の――ヒイィッ!?」


ふわりと(L.C.L.で生臭い)髪の毛を掻揚げながらの発言だっただけに、言葉尻を言うときのおしっこちびりそうになった顔から漂う哀愁はどうしようもないものがあった。


「……」


ゆらり、とアスカが揺れる。


『馬鹿め』


誰もが思った。


だが、ここはネルフである。世界中で一番危険で一番法律を無視していて一番強い兵器を持っていて一番独断専行で有名なネルフである。つまり世界で一番空気を読まない組織であり、空気を読まない人材には事欠かない。


例えば、そう――


「あっ、せんぱい!」


そうそう、この人とか。

一種即発の部屋の空気に一切気づかず勢い良く扉を開けたのは伊吹マヤそのひとだった。

部屋の雰囲気に一向に気づかないまま振られる手。

その薬指には小さな手に似合いの小ぶりな指輪が光っている。





☆   ☆   ☆





ここまでもったいぶったからには彼女の話になるのは道理だろうが、だかそれも煎じ詰めれば一年前のあの日、本当の地獄の直前にまで遡るのだから、全く関係ないわけではない。


当然のように瓦礫の山になった前座――だったのか、というチルドレンのカンフー演劇大会の後、「本編」がはじまったらしかった。


だがしかし。


隠し芸などというものは本当は隠しなんぞではなく練習してやるものなのである。

放送開始日直前になっても仕上げの終わらないアニメスタジオよろしく、さあやれといわれてもネタの無い職員達にはなすすべもなかった。


だが、そこに進み出てきた三人がいた。


「えー」

「俺たちが」

「隠し芸、先発しますので、その間に準備を……」


眼鏡と長髪と偽ロリ娘。

オペレーターズである。

とはいえ、それは特に不思議なことではない。

彼らは上層部に一番近いオペレータたちであり、このような事態に備えた準備も任されていたからである。

無論、そんな製作が混乱したアニメーション映画の現場にやってきた裏演出家(CV:千葉繁)のような根回しを行える人間と言えば、既にしてボンクラに成り下がっていた上層部には赤木リツコくらいしか居るはずもなかった。

しかし、彼女とて疲れていた。誕生日前だしブルーでもあった。


彼女は大きな、大きなミスをしていた。


不幸だったのは、日向マコトが無難にテーブル・マジックをこなし、眼鏡をキラリ☆と輝かせながら退場して、青葉シゲルが自慢の長髪を揺らしてギターを構えて出てくるまで、それが発覚しなかったことだ。


「二番ー、青葉シゲル。歌、唄います。」


いかにもやる気のなさそうな声で青葉がそう言うのを聞いて、伊吹が卒倒しかけたのをレイは知っている。というか、別に知ろうとして知ったわけではなく、赤木の隣にいると必然的に伊吹が隣に来て、勝手にレイの隣に並び勝手に卒倒しかけて勝手に吐いただけではあったのだが。


それはともかく。


伊吹マヤは明らかに焦っていた。酔って思考能力が怪しくなったレイにもそれくらいはわかる。

何しろ自分が吐く前に吐いたのだから、伊吹二尉はよっぽど混乱しているのだろう。


その理由は――


「三番、伊吹マヤ、あ……ええと……」


今にも泣きそうな顔で野暮ったい彼女にしてはめかし込んだドレスを着て、手にはマイクを持っているその姿は、どこからどう見ても唄を唄う準備にしか見えない。


つまりは。


赤木リツコはオペレーターそれぞれに隠し芸を準備しておけとは伝えたが、しかし三人の調整まではとっていなかった、とそういう話である。

普段ならば特に問題は無い。それぞれが勝手に連絡を取り合っただろう。

しかし、間が悪かった。この時期、少なくなってきたとはいえ、やはり彼ら自身、雑務に追われ忙殺されていたのだ。

突然の要求に、なんとかネタを用意するだけで精一杯だったのだ。

その末にやってきたのがこの状況だった。


「ええと、あの、その……」


もじもじするマヤは、痛い子扱いの視線を一心に集めている。ここまでくれば、みんな分かっているのである。ならば、「いやーかぶっちゃったんだよね」とか言いつつ一曲歌い「まやちょむかわいー」とか言われればいい。

そんなことは誰にだってわかるはずなのだが、いかんせん伊吹マヤは空気を読まない女だった。


「えっと、だから、えー、と……ひっ」


あー、泣きやがったあの女。


こうなるともう興ざめである。

テンションを上げて乗り切らないといけないタイミングなのに、これでは一気に場が盛り下がってしまう。


「う、うえええ、うっ、ひっ、ひっ……」


そしてマヤは終いにその場にくずおれてしまった。


そして。


「あちゃー」

ミサトは頭を抱えた。

「らにやってんろよー」

アスカは酔っていた。

「しゃーないなあ……」「あれじゃねえ」「が、がんばって!」

トウジは頷き、ケンスケも頷き、委員長だけが無意味に元気だった。

「……だいじょうぶかな、あれ……」

シンジは、自分を棚に上げて他人のことを心配していた。


だが、そんな風に諦めない人物が、ひとりいた。


「立ちなさい。あなたはそんなに弱い人間ではないはずよ」


良く通る、姉御肌の声。一切の妥協を許さない、メカニカルな、その声の持ち主は――


「うっく……せん、ぱい?」


赤木リツコだった。

っていうかお前が悪いんだろうそもそも、というツッコミは無しだ。

リツコは仁王立ちになり、きっと伊吹マヤを睨みつけていた。その目の奥に愛弟子であり後輩であり部下である彼女に対する深い慈愛を隠した、まさに明王のごとき目だった。


「せんぱい……」


「何度も言わせるな! 私はそんなに弱い後輩を持った覚えは無いッッッッ!」




そして、マヤが「裏返った」




「――ハッ!!」

「おおっ!」


会場がざわめいた。マヤがまるでどこぞのお下げの海王のような甲高い声を出して立ち上がったからである。


「先輩ッッ!」


ごくり。会場が息を呑む。

ひとつは、その姿があまりに真剣だったから。そしてもうひとつは、跳ね上がった拍子にスカートがはだけ肩ひもがずり落ちたからである。

が、そんなことに構っているマヤではなかった。


(何をする気だ?)


いよいよ会場に無意味な緊張感が広がる。実際には脱力しそうな光景だったが、この時ばかりは全員が伊吹マヤの発する気合に飲まれていた。

こういう人間ほど、ひっくり返ったときにはとんでもないことをするものであるのは世の常なのだ。




そして。




まるで武人のように一瞬でステージに立った伊吹マヤは、真っ直ぐに赤木リツコの瞳を見つめ返し――









「三番、伊吹マヤ、告白します! 先輩! 愛してます! 結婚してください!」





思いっきりカミングアウトした。




「「「「「「「うおおおおおおお!」」」」」」」




一瞬で、場を満たす百合の香りに男女問わずネルフ職員一同がいっせいに喚声を上げた。


そして――


女子高の先輩のごとく告られた赤木リツコは、あろうことか。


「もちろんよ」


にっ、と。


終ぞ見ない笑みで笑って、さあ来なさいとばかり両手を広げたのだった。




「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」」




――成立した!?




意味不明だが、そう考えるしかなかった。

皆が事態を受け入れきれぬ間に、半裸のマヤがリツコの胸の中へ飛び込んでいたからだ。




……当日、ミサトがペットボトルに入れていたジュースを、MAGIのセッティングの合間に赤木リツコと伊吹マヤの二人で一本まるまる空けたことを知っているのもまた、レイただ一人だった。


つくづく、口の堅い人間と言うのは――困ったものでもある。






☆   ☆   ☆



そういうわけで。


「何やってるんですか? せーん、ぱいっ!」


幸せいっぱいにリツコにしがみつくマヤの指には指輪が光っているし、それを優しく抱きとめるリツコの指にも、同じように指輪が嵌っていたりするのだった。


でもまあ。


それで、アスカの機嫌が持ち直すかと言えばそうでもなく。


「……こ、この」


「あれ? アス……カ」


伊吹マヤの顔が、あのカミングアウト――今考えれば、あれもまた前座だったのだろう――の後でしばらく意識を失って目覚めた彼女が見た「本当の地獄」――あの最悪の男、碇ゲンドウが言った「隠し芸大会本編」の意味――あのニヤリ、の意味を知った時と同じくらい青ざめた、次の瞬間。


何が起こったかは、述べずとも、もうお分かりだろう。


しかしあるいは、それすらも予定通りだったのかも知れない。なぜならば――





☆    ☆    ☆





「あら、副司令。お散歩ですか?」

「ああ、伊吹君。――いやね。碇から、これを葛城君たちに渡すように頼まれてな」

「なんですか? これ――ああ! じゃあ、私が届けます! 先輩も――リツコさんもいるだろうし」

「そうか。君が行ってくれるなら、そちらの方がいいだろう。では私は、これで失礼するよ。……ああ、伊吹君」

「?」

「気をつけてな」


共犯か単独犯か、はたまた偶然か。

今はまだ、全てを知るのは彼女の手にある「それ」のみである。



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first update: 20070515
last update: 20070515

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