第六話 秘密のビデオのヒミツ
ひみつのびでおのひみつ

その紙束には驚愕すべき内容が記されていた。


――いや、内容が「記されている」と言ってしまうとやや語弊があるかもしれない。正確には、そこにあったのはいくつかの絵と、「修繕費」などという名目で切られている請求書やら領収書など、クリップ留めされている伝票の束、だった。


「これ、は……」


目に飛び込んできた文字に、シンジは言葉を失った。

それは月並みな反応だが、アスカのような反応を示すよりはよっぽど普通の反応なのではないかとシンジには思える。

なぜなら、そこにあった金額、碇シンジと惣流アスカラングレー、綾波レイの連名名義で「ゆないてっど、なんとか」とかいう所から請求されているらしいオカネの、額面は――




百億円。




ひゃくおくや ああひゃくおくや ひゃくおくや(詠手:第3新東京市立第壱高等学校T−A 碇シンジ)




……要するに小市民にして大常識人であるシンジは、これまで見たことも無い、普通に生きていれば一生出会うはずもなかったでたらめな金額に、物凄く、本当に、泣きそうで、現実逃避に川柳ひねくってしまうくらい、めちゃめちゃビビっていた。




「ひ、ひぇ……は、ひ、ふ」


まるでアホのような表情で、指折り数えるそぶりをしながらうわごとのようにあわあわと呟くシンジの後を、レイが無表情で続ける。


「へ?」


まあ確かに、はひふ、と来たらそうである。ということは次に来るのは。


「ほ」


リツコがマヤをぶら下げたまま、ふむん、と首を傾げてみせる。

そうして努めて冷静な表情のまま、ミサトに視線をやった。

彼女ならわかってくれる、と信じて。

そして、彼女の相棒は彼女の彼女(ややこしい)とは違って、分かっている女だった。


は、ひ、ふ、へ、ほ。


その後に来る言葉は、幼い頃から知っている。

それは悪いやつが逃げ去る時の言葉だ。

ミサトとリツコと抱きつき怪獣マヤは、すすっとドア近くまで交代しながら、声を揃えた。


「ば、ばいばいきーん……」


言うなりすぐさま踵を返して、走り去ろうとする――が。


「!? に、逃がすかッ!」


さすがにポストセカンドインパクト世代、しかもドイツ人相手にその逃げ方は無茶だった。

アスカといえど、放映日が生まれるよりはるか前の日本であったあの作品など見ているわけもなく……


「この状況であたしたち置き去りにして逃げるつもりかこのバイキン女ども!」


なんともはや。

バイキン女、などと叫んだアスカは、どうやらそのフレーズを知っていたようだ。


「――食パンチ!」


うわ、ずっりー。と、内心シンジはツッコむ。

パンチ、と叫びながら。

アスカは素晴らしい速さで三人の背後に迫り足払いをかけていた。


「きゃ!」「ひゃあ!」「あ〜らほらさっさっ〜っと」

ばたん、どすん、ぴょん。


リツコとマヤが、アスカの足払いを受けてぶっ倒れる。


「あっ!? 待てこの変態!」

「やーだよー」


一方のミサトはと言えば、後頭部に目でもついてるのかと言いたくなるさりげなさで難なく蹴りを飛び避けていた。

チルドレンとはいえ所詮アスカも中学生。

なんびとを持っても拘束できない、繋ぎとめられない女(アンチェイン)を仕留めることなど不可能だった。



「まっだまだ蹴りが甘いわーん♪ じゃ、頑張ってねーうはははは」



全力疾走しながら息も切らせず、笑いだけを残してアンチェインは視界のはるか向こうへと消えた。



☆ ☆ ☆



行ってしまった。


うーん、と小首をかしげながら、レイは自分が状況をほとんど理解していないことに今さら気づく。

まだ、自分も関わっているはずのその資料を見てすらいないのである。

そんなレイにはシンジの恐慌のわけも、アスカの怒りのわけも全くわからなかった。


「……」


しかし、内容を問おうにも、相手がいなかった。


「は、はははは、はははは……」

「うーん……」


シンジは壊れた表情で、力なく断続的に息を吐いている。

笑っているように見え、なくもない。

マヤはといえばその壊れた笑いの後ろで昏倒したままだ。

起きない方がきっと幸せだろう。


そして少し視線をずらすと見える、やや騒がしいもう一方は……さらに望み薄だった。


「せ、せ、説明しろ! 何よ、これ! この衣装は! このラフスケッチは! このいやらしい写真はァッ!!!!!」


そこではアスカが昏倒しているリツコの襟首を掴み上げ、もうほとんど泣きそうな顔でその金髪頭を揺さぶっていた。

がくがくがく、とリツコの頭が幼児が振り回すバービー人形のごとくぶらんぶらん揺れた。作り物臭い金髪もあって、本気でそのうち首がぽっきり取れそうに見える。


「ちょっと! ねえ!」

「う……ううん……」


パッと見たいした被害も無さそうに見えるが、揺さぶられるという行為はなかなかどうして危険な行為である。

レイの頭には一瞬、どこぞの国に昔存在したという「ゆさぶりの刑」が頭を過ぎったが、彼女の夢を見ない脳はすぐにその情報を忘却の彼方に放り投げた。


しかし、それにしても、困った。


綾波レイが困る、というのはそう頻繁にあることではない。たいていの場合、必要な情報は赤木リツコやら、伊吹マヤなんかの技術部連中から与えられたり、アスカが無理やり教え込もうとしたり、シンジが優しく教えてくれたり、色々とあるのだが――


「あは、ははは、ひひひひひ」

「うーん……」

「あばばばばば」

「ちょっと! この! こらーっ!」


……これはダメだ。

答えられる人間はいそうに無いし、問題の書類はぎりぎりと握りしめられるアスカの手の中でどんどん細くなっている。


「……」


こくり。小首を傾げるしかない。


だが、そこに救世主が現れた。


「ああ……やはり、こうなっていたか」


狙い済ましたかのような声は救世主と言うより、むしろ悪魔と形容した方が納得しやすかっただろう。

メフィストフェレス、とアスカならば言うかもしれない。

静かな顔と穏やかな表情の後ろに、どこか悪辣としたものをのぞかせる――背の高い、枯れ木のように乾いた老人。


冬月コウゾウだった。


「副司令」

「やあ、レイ。心配になって来てみたのだがね……やはりこうなっていたか」


字面ではそう言いながらも、口調の方はまったく心配そうではなかった。その声にはむしろ、状況を楽しんでいるような節がある。


「あの」

「何かな?」

「何があったのですか」

「ふむ。どうも君は……」


ちらり、と部屋を見回して冬月は頷いた。それだけで、全てを理解した風だった。


「成程。つまり君が何も見ないうちに、シンジ君とアスカ君はああなってしまったというわけだ」

「はい」


くっくっく、と聞きようによってはいやらしい声で冬月は笑った。

そして――もうひとつ、茶色い封筒をレイに渡した。


「これはあれとは別のものだが――そう、渡し忘れてしまってね。そうだな、君が見るといい。何も覚えていないのだろう?」


そして冬月は一本のビデオ・ディスクをレイに手渡した。


☆ ☆ ☆


そして、五分後。


ふらふらで声も出ないリツコ、相変わらず昏倒のマヤを放って、レイは黙々とデッキを準備していた。


事情を知らないシンジとアスカは、無言のままレイを見つめている。

「……あれ、何やってんの?」

と、リツコを揺さぶりすぎてパンパンになってしまった腕をほぐしながらアスカが訊けば

「さあ……、あ、準備、終わった?」

と、やっと恐慌状態から復帰したシンジが答える。

二人とも、レイのことも冬月のことも、全く意識には入っていなかった。


当然、そこに記録されている映像の見当も、また。


そしてレイは、背中越しに二人がモニタを見ていることを全く気にせず、再生ボタンを押した。


「……」

「なに、これ?」

「あ、これって……」


そこにあったのは、去年の大会を記録した映像d「「アッ―――――――!!!!」」だった。映像はもう終わりに近い部分を映しているらしく、タr「……知らない。タライ?」タライが振り注ぐネルフ本部と、そのちゅうs「み、み、見るなー!」心で「あ、アスカ! そんなに『停』ボタン強く押したらデッキ壊れ」なにやら踊りながr「だ、だって! これ消さないと――あああああああ!!!」


バキ。


ついにアスカの一撃で、ビデオデッキは壊れた。


デッキが壊れた瞬間、そこに写っていたのは――


しーんちゃんピッp「うわああああああ!」らーぶりーp「言うなバカ!!!」


キャラが作者を止めるほどの映像だった。



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first update: 20070515
last update: 20070515

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