第七話 ダンス、魂の涙
だんす、たましいのなみだ

何故、葛城ミサトがアンチェインなのか。


それについては、惣流アスカ・ラングレーが地上最強の生物であるのに、どうしてアンチェインでないかという理由について先に述べるべきだろう。

いや、そもそもからして十代の小娘が地上最強の生物≠ナあるというのが疑問になって然るべきか。

しかしてそのことについて明確な理由は存在しない。なんかいつの間にかアスカは強くなっていたのである。加持(やっぱり生きていた)に言わせれば「そこらを散歩するだけで強くなる理由を見つけてくるだろう」とのことである。彼がそうコメントする直前にシンジが昔住んでいた勉強部屋(という名の隔離施設)でアスカとシンジは二人して一昼夜籠もってたりするのだが、そこでナニがあったのかということは謎であり、彼女の強さの驚異的な飛躍とどう関係するのかということも不明である。

まあとにかく、アスカは強い。

こと単体の生命体としての戦闘力はそれこそ群を抜いている。

動物保護とか教育上の理由とかさまざまな観点から公開されていないが、第3新東京市の地下にあるという闘技場で虎を素手で倒したという逸話を持つ。

あと700キロの北極熊(絶滅危惧種)を素手で撲殺したとか。

全長30メートルの巨大な象を素手で解体したとか。

……最後のはどう考えてもありえない話ではあるが、そういうもろもろの伝説が生まれるくらいに彼女は強いのであった。

しかしだ。

しかし、彼女は地上最強の生物≠ナあっても、地上最自由≠ナはない。

ミス不可拘束と呼ばれているのは葛城ミサトただ一人なのだ。

その理由とは――


「百億円か――」


腕を組んで、唸る。

簡単な話であった。

彼女は、ミサトほどに無責任になりきれないのだ。

もしも彼女の立場にいたのがミサトなら、それこそ「ばいばいきーん」どころか「すたこらさっさだぜ」とばかりに逃げていただろう。

そう。

例えどれだけ自分に責任があろうとも、とっととケツまくって逃げ出せる無責任さこそが、ミサトのアンチェインたるべき理由なのである。当然、それに見合った戦闘力とかがあるわけであるが、それについてはまた後述するとして。

逆に言えば、アスカは自分にかかった責任とか義務からはなるべく眼をそらさないでいることにしている。そこらはミサトに言わせれば「若いはねー」とのことであるが。

それも場合によりけりであった。

どう考えても彼女にもどうにもならないことということはあるのである。

例え彼女が地上最強の生物≠ナあったとしてもだ。



百億円。


この世界における貨幣価値がどのように変遷しているのかということについては敢えて詳細を記さないが、多少インフレこそ起きているものの、だいたい現代社会(20070520現在)と大差はない。

百億円という金額はエヴァの関係でいうのならそんなに大した価格ではないが、それは比較対象が桁違いであるということであって、彼女個人のポケットマネーで支払える額では当然ない。

当然、シンジやレイにとってもだ。

二人の保護者である碇ゲンドウならば、どうにかなる金額ではある。

だが。

しかし。


これは、冬月副司令より回ってきたのだ。


それはつまり、司令たちはこの件に関しては何のフォローもしてくれていないということを意味している。あるいは、フォローしてくれた上でなおこれだけの負債が残ったのか。それは解らないが、調べておくべきことではあるだろう。


「百億円」


綾波レイが、呟いた。


「本部施設の修繕代金としては、安い方だと思う」

「だと思うのなら、あんたが払いなさい」


アスカの声は、冷やかであった。

冬月の手からマヤとミサトを経由して彼女たちの手に渡った請求書は、あの地獄の第一回隠し芸大会で破壊された建造物とか……まあそれに関するものであった。どうして今まで彼女らにそういう請求がなかったのかというと、それはそれで簡単な話で、どんだけの費用がかかるのかという見積もりがはっきりとせず、修繕が完全に終わって各方面からのそれを集計した結果らしい。らしいというのは、リツコを締め上げて出た推測だからであるが、恐らくは正しいだろう。あるいはそれとも、何かの嫌がらせとして今の今まで引っ張っていたのだろうか。

……なんか、それもありそうな可能性ではある。


にしても。


「ったく、国連もケツの穴もちっさいわね。ちょっと施設が壊れただけで、それを子どもに請求するだなんてさ」

「……あなたのいい方は品がないと思うけど、同意するわ」


ねえ、と二人で声を合わせる。

普段は大して会話をしている訳ではないのだが、こと二人とも、この件に関しては協調路線をいく腹らしい。


(なるほど)


シンジは壊れたデッキへと目をやってから、改めて二人を見て、さらに机の下でがたがた震えながら命乞いをする準備がオッケーな状態のカヲルへと視線を固定して、溜め息を吐いた。


(あれは、地獄だった)




 ☆ ☆ ☆




地獄は地上にないらしい。

キリスト教徒ではないが、そういうようなことは聞いたことはある。

だが、それは間違っているとシンジは断言できる。

いつもはっきりとものが言えない彼ではあるが、これだけは、少なくとも今日この場でだけは言えた。



地獄はここだ。



綾波レイの審査≠ヘ、進むごとに苛烈になっていくようであった。

サツキをタライの底に沈めたのを最初に、次々と血祭に上げていく様は断罪の天使か――というとよさげに言いすぎだ。どっちかというと賽の河原の鬼のようだった。どんだけ苦労して積み上げた石だろうと、金棒で軽く打ち崩していくみたいな。


「二十二番! 霧島マナ! 腹話術をやります!」


「ガイシュツ」


せめて既出(キシュツ)と言って欲しい。

何処で覚えたのかは知らないが、酔った綾波は口調が変わったり変な言葉を使ったりで、父親的に保護者意識を持ちつつあるシンジの心をやすりがけしていた。

とりあえず、マナは「私の方が上手く使えるのにー!」と悲鳴を上げてタライに埋もれた。

何処から降ってくるのか、そもそも何処にこれだけの金ダライがあったのか。

もはや、そんなことを疑問に覚えるような人間はここにはいない。

ここで正気を保っている人間は、まだ酔っていても比較的に人格を残している今のうちに、さっさと芸を済ませて無事に生き延びるということだ。

そうだ。

レイの所業は、回をますごとにエスカレートしているのは明白であった。

そして、その審査もいい加減さを増しつつある。

例えば七番のリツコの紙切りは七点でなんとかクリアだったが。

十九番のキール議長の南京玉簾は二点だった。

どうみても後者の方が芸としての完成度も年季も上だったのだが。


「麦人声でそれは駄目」


理不尽であった。

異論をさしはさむ余裕などは、ない。

ちなみにこの時点で十点をとれている人間は二人だけで、それは十番の「左様」の人の津軽三味線と、十八番の鈴原トウジの落語であった。特に後者のやった「平林」は、この緊張感溢れる場に笑いをもたらせたという素晴らしいできである。かの柳家小さんは、226事件の時に反乱軍側として参加しており、作戦の前に「一席ぶってみろ」と言われてやってみたが、ちっとも受けがとれなかった。「生涯、あれほど受けなかったのはあれだけ」と言わしためたほどだ。トウジはあるいは、小さんにある意味で優ったのかもしれない。さらにいうのなら、「平林」を完全な江戸下町言葉でやりとげたことにより、トウジのエセ関西人疑惑わ増したのだが、それはかなりどうでもいい話ではある。

そんなこんなで次々に芸を披露してはタライが飛ぶのだが。

本来、こういう時にレイを叱り飛ばせることができそうな人物はというと。


「シンジ……色を知る歳かッ」


とかなんとかいいながら、息子の情事を覗き見してたりするのだからなんといっていいのか。

そうそう、シンジはというと甘えん坊と化したアスカに絡みつかれてなんかわけわからん内に「点火」しそうになった自分を抑えてシャワーを浴びようとして「いやーん、シンちゃんといっしょにはいるー」と背中にのしかかってたれまくっているアスカに床に押し倒された。

そして。


「うっ……最低だ、俺って」


その状態で果たしてどういうことが起きたのかは謎である。

シンジはただ、うつぶせのままでわずかに腰を浮かせてびくりと震えてから、シクシクと泣き出したのだった。

羞恥で顔は真っ赤だ。


そういう具合に地獄は進み――


真の地獄が訪れる。



「二百五十八番! シンちゃんダンスを踊ります♪」



正直な話をいう。

この後に巻き起こった物理的な大惨事より、この時のアスカのダンスによる精神的な衝撃かこそ、この地獄の絶頂だとみなは記憶しているのだった。




 ☆ ☆ ☆




「とりあえず――」


アスカは、最後の、衣装の書かれたスケッチを取り出した。


「これは、アンタがきるのよ」

「え?」


シンジの時間が止まった。


そう。

彼の地獄は、今また始まったのだった。







←前へ 次へ→ ↑トップページへ

first update: 20070515
last update: 20070515

企画概要

運営

作品投稿

読む/投票

結果発表