第八話 妄想と沈黙
もうそうとちんもく


二分二十二秒。


シンジの硬直時間である。

それだけの間、碇シンジはただ一言を言いあぐねて立ちすくんでいた――が、ついに口を開いた。


「でも、これ……女性用のプラグスーツだよ?」


そうなのだった。

アスカが掲げたそのラフ・スケッチ。

伝票に気をとられていたシンジが見ていなかったラフ・スケッチには、とんでもない絵が描かれていた。


そこにあったのは……


「うっわあ……」


シンジにはそう呟くしかなかった。

どこで撮影したのだろう、アスカの裸体写真に重ねて描写されているそれは、新型であるらしいプラグスーツのスケッチだった。


それは一言で言うと、スケスケだった。


ふともも、腕はもちろんとして、おへそのあたりや背中、そしてさらに際どい部分ギリギリまでがクリアーパーツで構成されているそれは、まるで番組の枠が深夜に移った戦隊モノのようだった、ってそのままだが。


そういうわけで、そこに描かれているのは、そろそろ実りつつある果実を守るためのパーツの部分のみが隠された、特級エロプラグスーツであった。


「ほお……いてっ」


後ろからダブル・パンチを食らったシンジが悲鳴を上げる。


「ほおー、とか言って鼻の下伸ばしてるんじゃないわよ馬鹿シンジ! こんな……こんなの着て出し物するなんで、死んでもごめんだわ!」


そりゃそうだろう。これじゃあまるで「ドキッ! 美少女だらけの演奏大会(ポロリもあるでよ)」である。

いったいあの親父達は何を考えているのか。


……僕と同じか?


思いつつ、ちらっとシンジは二人を見た。

確かに、この二人がこのエロいプラグスーツを着たさまは、ちょっと見てみたい。きっと普通に裸でいるよりもいやらしい。

中学時代から二年が過ぎた今ならなおさらだ。

あのときはまだそこまで大きくはなかった胸部はふくよかなふくらみを持つようになってきているし、脚もストンとした起伏の少ないカーブから、もっとずっと柔らかい曲線に変化しつつある。


「う」


一瞬想像を膨らませてしまい、シンジは前かがみになった。

それも、あのビデオを見た今ではなおさらだ。

どうせ怒られるだろうから誰にも言わなかったが。

シンジだけは、あの阿鼻叫喚のさまをほとんど最後まで覚えていた。

男八段と声が似ていると噂されるシンジは、その見かけに似合わず酒にはそこそこ強いのである。

よってシンジは、あの大会で行われたシンちゃんダンスも、その後の情事のことも、だいたいは覚えていたのだ。


……精神衛生上良くないので、思い出さないようにはしてきたが、覚えてはいるのである。


実際、あれからとんとご無沙汰ではあるが、あの日、シンジは……ええと、なんというか、友人達よりも一足早く大人の階段上って君は今シンデレラなので、その意味でこうして日々虐げられつつも、少し余裕があるのは確かだ。


シンデレラと違って、別に12時になっても魔法は解けないし。


とける、という意味でいえば、むしろ溶けたのも解けたのもアスカの方ではあった。

今になっても、精神衛生上あのダンスを思い出さないように注意しつつ、あの時のシャワーでの情事とか、なんか仕切りなおしかどうかはわからないけれど、その後にどちらも何も言わずに部屋に篭ったあの日のこととか、泥酔と素面、そのどちらでもやっぱりとろんとろんに溶けていたあの時のことなんかは、今のアスカの中ではどうなっているのかなあ、とシンジはちょっと考えることがある。

もうそろそろ一年前の羞恥からも解放された今は、もっとクリアにそのことを考えることができるようになってはいた。

もっとも、それを言い出す勇気はシンジにはないし、そんなことを考える一方でレイのエログスーツ(今命名した)姿を妄想して前屈みになってしまう瞬間もあるのだが――

まあ、そこらへんの箸が転んでも勃起する日々のことは、人類の半分くらいは誰でも見に覚えがあることだろう。たぶん。


と、そんな若き碇シンジの青春の悩みはともかく。


「そんな写真見て黙んじゃないわよ、ばか」


あんまりにもだんまりを続けて写真を凝視しているシンジの手から、アスカがそそくさと写真を奪い取った。


「え? あ、ごめん」


見返したアスカの顔はやっぱり赤い。

いくら地球最強の生物と言えど、やはり女の子ではあるのである。ここらへんも、女も何もかも捨ててただアンチェインである葛城ミサトとの違いである。

ともあれ、勢いとはいえ、自分のあられもない予想図(無駄にリアル)が描かれたスケッチを見せたのは勢いに走りすぎだった。


「あ、えー、あの」

「な、なによ」


……じっと見詰め合って。一瞬、一年前の「あの日」を思い出し――







「恋、それは魂の陥る錯覚」








た瞬間、レイの一言が一気に場を正常な流れに戻した。


「「なッ……」」


アスカとシンジは二人してあまりの恥ずかしさに硬直している。特にここ数分、シンジはほとんど動きがない彫像の男と化していた。


そこで入れ替わって前にしゃしゃり出たのが渚カヲルだった。


「それはともかくとして、シンジ君にこのプラグスーツを着ろって言うのはいささか無茶じゃないかい?」

「うっわー、びっくりした」

「いたのね」


二人の冷たい視線をもろともせずカヲルは続けた。実に数話ぶりの発言権獲得である。


「これは明らかに女性用だし、シンジ君も嫌がっている。どうだろう、ここは僕がこの陶磁のように白く澄んだ肉を」

「却下」

「死ね」


アスカが切り捨てるのとレイがすげなく叩き落すのとでは、レイの方が一瞬、早かった。


がごん。


例によってタライ(虚空に現れた)の一撃を受け、カヲルはあっさり昏倒して、器用にも会議室の机の上にぺろりと伸びた。


「排除完了」

「あんた、まだタライ使えたのね」

「わからない、多分、私は三人目だから」


その答えに「お前なあ」とツッコむ気力のある人間はその場にはもはやいなかった。

しかし。

そのまま有耶無耶にはできない人間もいる。


「……今さらなんだけどさ。いやだよ僕、そんなプラグスーツ着るの」

「あんた、あたしに逆らうわけ」


まるで女王様である。

が、シンジとしてはこの女王様のとろっとろの表情も知らないではないわけで、その点であっさりガクブル状態に陥るカヲルに比べていくらかのアドバンテージもある。


「いや、だって……男性用も、あるし」

「へ? ……う、うわあ……」


アスカはそれっきり、黙り込んだ。


シンジが示した、その写真。


ちょうどアスカが見てブチ切れたラフ・スケッチの裏には、どーにもペラッペラのビキニパンツの上にライフジャケットを着込んだようにしか見えない、男性用プラグスーツのラフ・スケッチが描かれていた。


当然、そのモデルには何処で取ったのだか、碇シンジその人の写真が使われていた。


「……あいつら、何考えてるんだろう」


アスカは呟き、もう一度長考を始めた。




……その長考の間中、アスカが写真に写るシンジの股間を凝視しながら、ちょっと赤くなっていたことは内緒である。誰にも。



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first update: 20070515
last update: 20070515

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