第拾一話 命の選択を
いのちのせんたくを


「そーいう訳で、あんたらが着なさい」


 どういう訳だ!

 という突込みはできようはずもなかった。

 相手は惣流アスカ・ラングレー ――泣く子も脅える地上最強の生物なのだ。

 

 いや。


「……なんかさ、いきなりそんなこといわれても困るんだけど」


 ケンスケが、ぼやくようにいう。


「わっしもなあ。こういうのはちと似合わんで」

「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、――不潔ッッ」


 叫ぶ委員長と、それを宥めるトウジ。


「あの、私たちまで呼ばれている事情がよくわからないんですけど……」

「シンジに呼ばれたと思ってきたんだけど、わたし」


 困惑を隠せない山岸マユミ。

 そして、ぶーぶーと不満を隠そうともしない霧島マナ。


 ここは、コンフォート17.

 いわずと知れた葛城ミサトの居住するマンションで、未だにチルドレンの二人が同居している。いい加減に使徒とかがいなくなったら一緒に住む理由なんかないのではないかと思うのだが、アスカに言わせれば「惰性ねー」ということで三人一緒にいる。近頃ではたまにレイが泊り込んでいるというので、さながらチルドレンたちの合宿所の体を為しているのだった。

 そして今ここには、家主であるミサトをさしおいて、アスカがリビングに客を集めて座っているのだった。

 客というのは、つまり相田ケンスケ、霧島マナ、鈴原トウジ、洞木ヒカリ、山岸マユミ――の五人である(アイウエオ順)。

 五人の前には例のスケスケアダルティーなプラグスーツのイラストがコピーされたものが配られていた。全員、それを一瞥して顔をしかめて、ついまじまじと見入ってしまった。それくらいになんというか、クオリティの高いものであった。それで全員を目を通したのを見計らって、アスカが冒頭の言葉を言ったのだった。


「だいたい、これって惣流たちのためにデザインされたんだろ?」

「甘いわ」


 ケンスケの疑問を軽く切って捨てるアスカ。


「こういうのは、モデルが着るとは限らないもんよ」

「いえでも、こういうのはスタイルよくないと似合わないと思います」

「マユミなら似合うと思うわよ。あ、眼鏡はしたままだとファンがいっぱいつくわ」

「……いや、そんなファンいらないです」

 

 マユミは言い切った。

 眼鏡っ子でなんかおとなしそうなイメージがあるが、心の中の魔王っぷりでは定評がある。


「それでさー、どうして私たちがこれ着ないといけないワケ?」


 マナが、至極当然のことを質問する。彼女たちは今の時点でなんの事情も聞いてないのだ。

 アスカがなんか唐突にワケのわかんないことを言い出すのはいつものこととはいえ、自分たちがそれに付き合わされる義理というのはない。いや、いつもとなんとなく付き合ってはいるが、それも許容範囲の中での話だ。

 全員の視線を集めて、アスカはこほんと咳払いした。


「つまりね」





 ☆ ☆ ☆





「えーと、つまり演奏会にこの格好したら、借金はチャラってこと?」

「そういう風に書いてあるわねー」





 ☆ ☆ ☆




「――ということよ」


「省いた!?」

「っていうか、設定的に無理がないか?」

「設定とかいう以前に展開がごちゃごちゃと……」

「この格好で演奏……ふ、ふ、ふ、ふ、不潔ー!」

「いやー、女性陣はともかく、わしらにこれはキツいんちゃうか?」


「……だいたい、これってチルドレン限定ってなってるよ、アスカ」


 今まで黙り込んでいたシンジが、ぽつりと言った。

 トレイに人数分のマグカップを載せている。中身は全部がコーヒーだ。


「いいのよ」

「よかないよ」

「――だって、ここにいるのはチルドレン候補生でしょ?」


 そういわれて、シンジは虚を疲れた顔をした。他の面子にしたところでそうだ。初めて聞く設定なのであった。


「ああ、そういえばあのクラスにいた人間は、そうなんだっけ」


 ミサトに聞いたことがあった。

 そのことについては誰にも言ってないので、アスカも知らないはずである。まあ、トウジがフォースチルドレンになっているということから薄々は気付いていたのだろうが。


「チルドレン候補生ってことはチルドレンも同じじゃない! だから、あんたたちには資格がある!」


 まるで師の師だから師も同然というクリスタル聖闘士理論だが、少なくともトウジについてだけいえばこじつけられるかもしれない。

 いや。


「あの、わたしはちょっと転校生としていただけですから」

「わたしも戦自の任務で」


 マユミとマナ。


 アスカは少し小首を傾げてから、ちょいちょい、とマナにその場で立ち上がるように指図した。なんだかわけのわからないままに立ち上がるマナだが――アスカは、いつの間にかマナの前に立ち、両肩を正面から両手で押さえていた。

 霧島マナのりこめかみに汗の珠が浮かんだ。


「あ―――アスカ?」

「あんたさー、太極拳とか始めてたよね」

「え、ええ」

「内功で鍛えたんでしょ?」

「まあ、そうね」

「凄い! まさに鋼鉄のカールフレンド! ちょっとやそっとじゃ毀れないわね!」


 爆発に巻き込まれていても生きてたくらいだしー、というアスカ。笑っている。

 アスカは笑っている。

 惣流・アスカ・ラングレーは笑っている。


 マナの体が震えた。どういうことか自分でも解らないが震えた。マナの肩にアスカの手が載っているが、自分の体はまったくのフリーだ。ここからどういう攻撃でも仕掛けられる。できる。できるはずだ。二年の修行は、伊達ではない。例え相手が地上最強の生物であるといえど――


「それでさ」


 アスカが、声のトーンを少しだけ下げた。


「私さあ、一度いってみたい台詞があんのよね」

「……ナニ?」


「『鋼鉄の体が圧し折れやがったぜ』」


「――――――――」

「んーんーんーんーんーんーんー」

「それは、その、『金剛石の体』というか、そっちの方が……」

「まーなー」

「……ナニ?」

「私たち、友達よね♪」


 ぎゅっと、肩にかかった手に力が籠もり――

 その時、霧島マナの心は折れた。


「あの、その、私はですね……!」


 その様子をみながらも、しかし声をうわずらせて抗しようとするマユミ。そうだ。ここで引いてはいけない。自分は、変わると誓ったのだ。あの時に。自分と、碇君に!

 アスカの姿は消えていた。

 いつ、どうやって、ということは誰にも解らなかった。

 気がついたとき、マユミは襟首を掴まれてリビングの外に連れ出されてた。抵抗する暇なんかない。悲鳴を上げることすらできなかった。

 ドタドタと廊下を歩く音。

 襖の開く音。

 閉まる音。

 そして。


「あ、そんな……駄目です!」


「いや――くぅっ、わ、わたし叫びますよ!? みんなにいいますよ! あっ―――ん、ムグゥッ」


「ああ……そんな……こんなのって……やっ……」


「はぁ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」


 ……ナニが起きているのか、外からはまったく窺い知れなかった。

 ただ、最後には声を噛み潰した呼吸の音と衣擦れの音、そして何か湿った音が聞こえて。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」


 彼らは、初めて声にならない声というのを聞いた。

 やがて。


「マユミもオッケーだって♪」


 後ろに率いてリビングに戻ったアスカが、とびきりいい笑顔でいってくださいました。

 

「ヒカリはどうする?」

「え、いや、その……ワ、ワカリマシタ」


 ケンスケとトウジは溜め息を吐き、シンジはその時、あることに気付いて部屋を見渡した。


「? 綾波とカヲルくんは?」





 ☆ ☆ ☆





 芦名湖の湖畔で、二人は立っていた。

 綾波レイと。

 渚カヲル。


 二人は向かい合っていた。

 レイは無表情で。

 カヲルは妖しい笑顔を浮かべ。


「夢の終わりの刻はきた」

「……………」


 レイは、何も応えずに湖面へと顔を向けた。

 カヲルもそちらを見た。


「君と僕は同じものだね」

「……………」

「君が望んでいても、それは決して適わないよ」

「いいえ」


 私の望みは、すでに適っている――


「私は、あなたじゃないもの」





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first update: 20070515
last update: 20070515

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