第拾弐話 鳴りっぱなしの、電話
なりっぱなしのでんわ


芦ノ湖から少し離れた場所に潜む者たちがいた。

葛城ミサトと、日向マコト。

彼らは二人して双眼鏡を持ち、覗き間のように芦ノ湖畔にいる奇妙な子供たちの様子を見つめていた。

日向はもちろん、普段はアンチェインの名を欲しいままにしている葛城ミサトの表情にも、いつもの身軽さはなかった。

決して縛られざるものである彼女が、そうなる前に縛られ続けていたもの――


使徒。


そう、使徒の匂いがする。

それは匂いとしか言いようがないものだ。

一人ならば、隠せもしよう。だが、二人こうして集まれば、隠し通せるものではない。誰に隠せても、葛城ミサトにだけは、隠せない。

彼らからは、奴らの匂いがするのだ。

だからミサトは休日を返上して、部下を――今は恋人でもある――まで引っ張り出し、こうして彼らを――やはり彼女の可愛い弟や妹から離れた彼らを追いかけてきたのだ。


「……なんて言っているか見える?」

「分からない。遠すぎて、口の動きを追うのも難しい。……ゆめのおあいの、ときはきた……――あ」


その時ミサトは確かに、とても視認できる距離ではない距離から――



綾波レイに、視られた。



が、ミサトは知らない振りで、隣の日向に訊いた。


「……どうしたの?」

「気づかれてる……なんか既視感があるなあ」

「でしょうねえ。あの時と同じ――使徒だもの」


日向は一瞬ミサトと目を合わせ、またそ知らぬ振りで双眼鏡を覗きなおす。

わかっている。ミサトとて嘘が得意な方ではない。きっとあの一瞬で、彼はミサトもまたあの女の子と視線を合わせてしまったのに気づいたのだろう。

けれど。どちらが? とは、日向は訊かなかった。

その心遣いが、愛しい。いつもいつも平気で危ないことに付き合わせる彼女に、なのに彼はそんな心遣いを決して忘れない。

結局のところあのサードインパクトの後に彼女が「八年前に言えなかった言葉」をすげなく断り、本命が帰ってきた今、自分には可能性なんぞ全く無い、と半ば諦めモードに入っていた年下の彼の方に転んでしまったのもそういう部分に拠るところが大きいのかもしれない。


それに、何だかんだで――


「さて、どうする? 逃げる? それとも……」

「決まってんじゃない」

「でしょうねえ。あなたのことだから」


ははっ、と。


こんな時に悲壮さも見せず、逃げもしないで軽く笑ってくれる彼の自由さを、別にそうなるのが好きでもないのに追い詰められたあの男が、どうにかして演出していた自由さより、より愛しいと思ってしまったのは、間違いではないとは思っているのだ。


「まあ、こいつらの件もあるし――ちいっと、久々に気合、入れなきゃなんないかもね」


そう呟きながらミサトはジャケットを羽織りなおし、すっかり凝ってしまった首をぐりぐり回しながら、昔の恋人(背中に手を回さないでくれて助かった)から雑談とキス二発で分捕ってきた情報を基にして今の恋人が素晴らしい早さでかき集め、形にした情報を記した書類を眺めた。


そこには、こうあった。


"Mosaic - E" ――エヴァンゲリオンの廃棄部品を用いた、エヴァンゲリオンサルベージ計画――そして。

"The backbone of Death" ――そこからも外れた廃棄部品を用いた、イクト・ヤマシタ式沈下型領界侵攻銃(フィールド・シンカー)――死神の背骨。


それから――


汎用人型決戦兵器用楽装・ハイメガスケール・ストラド・モデル発注書。


「……しっかしほんと、何をさせる予定なんだか。あ、ねえねえマコちゃん。無農薬野菜が後ろのクーラーボックスに冷えてるんだけど、食べない?」


言いながらミサトは後部座席から、こちらも情報のついでに分捕ってきたトマトが入ったクーラーボックスを引っ張り出し、顔には出さないがさっきからちょっとだけ機嫌が悪い恋人に一瞬の浮気を詫びるように笑いかけた。



☆ ☆ ☆



逃げたな、あいつら!


ということで、当然アスカはおかんむりだった。


「なんで逃がした!」

「し、知らないよ! だ、だいたいメンバーを把握するのはリーダーの役目だろ!」

「うっさい!」


めきめきめき。指をぽきぽきならしてアスカがシンジを威嚇する。まるっきり暴君である。


こうなると、普段なら真っ先に弁護に入ってくれるはずのマナも、後から必ずやってきてくれる委員長ウィズ二人も(マユミは腹黒なのでそういうことはしてはくれない)も黙り込むしかないのだった。

だが、彼らが黙り込んでいるのはそんな恐怖からだけではなかった。


どうやって、逃げたんだろう?


彼らが揃いも揃って、一番気になっているのはそのことだった。

この地上最強の生物と一緒にいて、逃げた。


それってどうやるんだ?


全く見当がつかなかった。何しろそこにいるのはアスカなのである。こと武術なら打撃でも投げでも関節技でも合気でもハッケイでも遠当てでもなんでもござれ、地上最強の生物でなのである。

武を極めた人間は単なる肉体の強さだけでなく、感覚の鋭敏さもまた極める、という。例えば「最後の剣客」とか呼ばれたりするかの大東流合気柔術の創始者、武田惣角などは、かつて武術を教授しに出かけた先で、教えてもらいもしないのにその場にいる人間をその地位の順に並び替えた、なんていうビックリ人間的エピソードもあったりする。極めるとそんなことはすぐさまわかってしまうのだ、という。

一方のアスカだ。そんな歴史上の武人に比べれば間抜けに見えないことも無いが、それでも地上最強である以上は、それくらいの感覚の鋭敏さを持っていると考えてしかるべきだ。

つまり、全身超感覚センサーみたいな人間のはずなのだ。


で。


そんな全身センサーみたいな人間の、隣にいて。


気づかれずに、逃げ出す?


――できるわけない!


できるならその方法、是非とも教えていただきたい。


シンジとアスカを除いた、残り五人――プラスペンギン一匹、の頭の中は、だいたいそんな感じであった。


「うっさいって……で、でもそういえば、みんなにプラグスーツ着てもらったとして、演奏はどうするの?」


シンジが少々強引に話の方向性を変えようとした。

確かにこういう場合は話を逸らすに限る。他の面子も無言のまま目配せし、相乗りを始める。


「そ、そうよアスカ! 私は楽器、弾けないし」とヒカリ。

「あ、そういえばあたしもー。っていうか、エヴァのパイロットって楽器弾けるのが条件なの?」とマナ。

「私も弾けません」と、弾けそうな雰囲気だが有無を言わさぬ勢いで言い切る腹黒魔王。

「俺もだな。どっちかって言うと記録係がやりたい」と、さりげなく希望まで述べるケンスケ。

「ワシもやなー。なんや、チルドレンの中でワシだけ浮いとるんかい」と、あのエロプラグスーツのことなんかすっかり忘れたのか、なんとなくしょんぼりした勢いのトウジ。


とまれ、総計10個の瞳に見つめられ、さすがの傍若無人女帝アスカも、腕組みせざるを得なかった。


「そーねえ……」


確かに服だけ着せたところで、演奏ができなかったらどうしようもないのである。ここらへんは、チルドレン候補生とかそういう役職設定的なこととは関係なく、純粋に能力設定の問題なのだ。確かに、これはロボットアニメであって音楽アニメでは無いのだから、キャラクターが全員音楽に通じているなんていうことはありえない。がぼーん。

アスカだって毎度毎度色んなことにつき合わせてはいるが、それは能力を見てのもので、能力の無い人間に振るような、そこまでの無茶振りはしないのである、と、アスカは自分では自分のマトモさを信じていたりするので困ったものだったりするのだが。


全員の視線がアスカに集中する。それで自分が助かるわけではないシンジの視線さえそちらに向いていた。


膠着状態であった。


――と、その時。

静まり返った場の空気を破る、音が響いた。


トゥルルルルルルルルルル……


「あ、電話だ」


何だかんだで下っ端体質のシンジが真っ先に反応して立ち上がる。

――そして、表示されていた名前を見て、固まった。


「……え?」


その声に、アスカに集中していた視線が今度はシンジに向く。

そしてアスカからの視線がそれに追いついたとき――シンジはほとんど泣きそうな声で、呟いた。


「電話……ぜ、ゼーレ……から」


アスカ以外の全員の頭に「?」が浮かんだ。

アスカの頭が、あまりに唐突な敵方(たぶん)の真打登場に真っ白になった。


そして電話は鳴り続けている。



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first update: 20070515
last update: 20070515

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