第拾三話 攻め手、人間らしい
せめてにんげんらしい


秘密結社ゼーレというのがどういう機関であるのかということを、アスカは詳しくは知らない。


もっというのなら知りたいとも思ってなかった。

自分らの運命を後ろから操っていた連中に対してえらく淡白なと思われるのかもしれないが、地上最強の生物であるところのアスカさまにしてみれば、自分以外の存在などは対等のモノなどでは決してない。なんつーか、議長のキールにしてからが彼女を前にしてはある種の諦観を覚えざるを得ないというような圧倒的な戦力差が彼女とそれ以外の人間にはある。今回もそうだった。

呼び出したセカンドチルドレンこと惣流アスカ・ラングレーは、人生の大先達に対して士官の鑑のような最上級の敬礼をしてみせた。

キールが彼女に傷一つ負わせられないということを知っておきながらの礼だ。

まさに慇懃無礼!

まったく心のこもってないそれに対しても、彼はバイザー越しに不敵に笑っているアスカに何もいえなかった。

それでも静かに呼吸を整えて。


(さあ始めよう……ライオン対餌!)


なんて感じで覚悟を決めているキールである。

しかし。


「ところで、例の請求書ですけど」


アスカからの先制攻撃!

普通は上官に対して自分から喋るなどというのはやってはいけないことなのである。

そういう常識に疎いシンジにしてからが、アスカの後ろに控えながらもはらはらとやりとりを見ていた。

もっとも、それはアスカが処罰されないかとか相手を怒らせないかとかではなくて、アスカが彼らを処罰しないか≠ニいうことであるが。


(せっかく、アスカが今回は付き合ってもいいと思ってくれていたのに)


ぶっちゃけた話、法律だの常識だのというのは、それに守られていなければならない人間のためのものである。それに守られる必要のない存在がいるとするのなら、別にそれらに従う必要もなくて。

つまり、シンジの目からしたらアスカがそうだった。

というか、今回のことに付き合っているというのが不思議なのだと、今になってシンジは気付いた。

どういうわけか今回の提案にアスカは付き合う気でいるらしい。

その気になったら、彼女は「関係ないもーん」とミサトのように逃げることだってできるだろう。もっといえばゲンドウとかゼーレを脅して請求自体をなくさせてもいいはずだ。どういう事情があるのか、彼女は今回の件にできるだけ沿う形でどうにかしようとしている。

……まあ、それでトウジとかイインチョウとかケンスケとかを巻き込む必要はどこにあるのかというのも疑問ではあるが、このあたりの行動はアスカの理不尽さとしていつものことであり、シンジはあんまり気にしていない。

んなわけで心配しながら二人のやりとりを見ているシンジであるが。


「そのことで呼んだのだ」


キールは、下からのライトに照らされた深い陰影のある顔をさらに苦渋に歪め、アスカを見る。


「ふん――話が早いじゃないの、キール議長」

「貴様の増長は今更のことだからな。長く話すのは不快だ。さっさと済ませる」


アスカの顔に笑みが浮かんだ。

獣が(以下略)


キールの言葉は、しかし彼女らの予想をも超えたものであった。


「貴様は、どの程度まで知っている?」

「? なんの話よ」

「このふざけた茶番が、誰の夢であるのかということだ」


(え?)


シンジは、目をしばたたかせた。

今、この老人はなんといったのか。


(夢?)


(茶番?)


(誰の?)


(いや、誰かの夢ってことか?)


(何が?)


(それは――)


シンジの思考が千々に乱れていることを、どうしてかアスカは気付いてるのか振り向いて彼の顔を見ていた。能面のような顔だった。静かで冷たい。蔑むような、あるいは何かを観察しているような――


「…………!」


慄いて腰をぬかしかける。

気付いたときには、アスカは前に向き直っていた。

さきほどの一瞬の顔などは、それこそ悪い夢であるかのようであった。

アスカはキールのあるのかもわからないバイザーの向こうの眼を、睨みつける。


「夢は現実の続きだって言ってたわ」

「現実は夢の終わり、か……誰の言葉であったか」

「さあね」


(その言葉は……)


聞いたことがある。

誰から。

そもそも。

何処で聞いたのか、シンジには思い出せないのだが――


「それはつまり、現実と夢は同じものだってことでしょ」


アスカの声は明瞭であり、その言葉はそれにも増して明快であった。


「人生が脳の見る夢であるとするのならばな」


キールの言葉は吐き捨てるようだった。


「いずれ、この世界が現実であるのか夢でないのかの区別はつかん」

「胡蝶の夢ね。私たちの主観では、区別がつかない――いずれ、今論じることではないと思いますわ、キール・ロレンツ議長」

「……貴様が韜晦を貫くつもりであるのなら、どれほど尋問しようと意味はないか」


その言葉に何を思ったのか、アスカは息を吐き、顔にある表情の全てを消した。


「とにかく、夢であるのか現実であるのかはどっちでもいーんだけどさ」


ばん、とテーブルの上に、請求書と例のデザイン画をたたきつけた。


「これについての説明は、ちゃーんとつけてもらうわよ」




☆ ☆ ☆




「それでさあ、マコっちゃん」


ミサトは最後のトマトを食べ終えてから、何気なしにバックミラーを指差した。

彼女がそう呼ぶ時は何がしかの緊急事態が迫っている時であると熟知している日向マコトは、顔を動かさずに眼だけでそれを確認かる。

二人の載っている車のずっと後ろ――だいたい、二十メートルほど――から、ゆっくりと歩み寄ってくる人間がいた。

二人だ。

少年と、少女。

中学生ほどに見えた。

日に焼けた肌が褐色に見えるおさげ髪の白いワンピースの女の子と、帽子をかぶった半ズボンとシャツにパーカーを羽織った少年。

何処にでもいそうな二人だった。


「――気付いてましたか」

「……なんかさー、こー」


ジャケットからSIGを取り出して、装填している弾丸の数をチェックする。

マコトは眉をひそめた。

確かにあの二人はあからさまに怪しいが、それにしたってアンチェインといわれた彼女がこうまで緊張するほどのものだろうか?


「ただものじゃないって感じ……」


バックミラーの中で、少年が懐に手をいれるのが見えた。それだけで緊張はしなかった。パーカーの皺の具合から、拳銃が入っているかナドは判別できる。少年は重いものをそこにいれていないというのは明確だった。ポケットにいれているとしたら、それは軽いものだ。紙とかそういうような。


少年は、なんだかぼやくように手に紙キレをもち、となりの少女へと話しかける。


「なんや、こんなわやなことにつきあわせてしもてすまんなあ、アルミちゃん」

「ここまできて、何いうとんねんやサッシ」


立ち止まる。


「いや、あんまりこういう汚れ仕事はしたくないんやがな……」


紙切れを投じて、右手で刀印を結んで口元に寄せた。


「南無本尊界、摩利支天、来臨影向、急々如律令 !」


そうして、事態は新たな局面を迎えた。





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first update: 20070515
last update: 20070515

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