第拾五話 人の造りしモノ
ひとのつくりしもの


「こ――れは」


カヲルが呆然としていたのは、しかしほんの数秒だ。

湖畔の向こうに唐突に現われたロボットに対して浮かべたのは、いつものあの微笑だった。


「どうやら、世界の壁を破った者がいたらしい」

「速すぎる」


レイの声にはいつになく切迫したものがあった。

細められたまなざしは彼女らを監視していたミサトのいる方へと向けられていたが、やがてそれに鋭さが加わった。


「……いる」

「干渉者は多まかに二つだ。渡る者≠ゥ創る者=Bこの場合はどちらかな」


その言葉に、レイは再びカヲルを見た。

そして。


「いるのは魔法使い――創る者≠諱v



☆ ☆ ☆



「あちゃあ、こいつはドジった!」


サッシ――今宮サトシの言葉に、襟首つかまえてアルミはくってかかる。


「何や! 何が失敗したんや! はよいえ!」

「あ、いや、アルミちゃん、術そのものは成功してんねん」

「成功って、ドジったゆうたやろ、今!」


いやあ、ようみてみなってアルミちゃん……と指差したところでは、彼が今さっき投げた紙切れが、まるでアニメーションのように脈打ち始めた。いや、そのように見えた。紙切れには中央に点の打たれた五芒星が墨痕鮮やかに書き込まれているが。

――突然、膨張した。

星を残して、それは風船に空気を詰め込んでいくかのように巨大化していった。ありえない光景だった。それを見ていたミサトと日向が呆然としてしまうくらいだ。今までキテレツな使徒だのエヴァだのチルドレンだのを見てきた割には異常に耐性がないと思われても仕方ない。いや、無理もないというべきなのだろうか。それは、十秒とかけずに全長30メートルほどのエヴァンゲリオン量産機になってしまっていたのだから。


「――え?」

「――は?」


今まで、いろいろとおかしなものは見た。

さっきも述べたが使徒にしろエヴァにしろ、近頃のチルドレンににしろ、まっとうな生き物では到底あり得ない。一般常識とか以上に物理法則をまるで無視しているかのように見える。

それでもだ。

それでも、まだしも目の前で起こった現象よりかはずっとまともに見える。

というか、まったくもって訳のわからないものがでたというのなら二人はもう少し早く順応していたかもしれない。ここにでてきたのが二人も知るエヴァの量産機であるということが、二人の混乱に拍車をかけていてたのだ。


そして当たり前といえば当たり前だが、その異常を起こした二人の方はというと平然としていた。

が。


「……なんやケッタイな形やなあ」

「これがこの世界の〈魔〉や――にしても、なかなかマニアックな造形やで、これは」


サッシは右手を上げると、量産機――いや〈魔〉はそれに応じて首(?)を上下させた。


「式神には〈鬼〉を使うみたいにユータスのおっさんいうてたけど、サッシは〈魔〉なんやな……ほなけどどう違うねん」

「〈鬼〉は世界にとっての異物のことや。〈魔〉は世界にとっての悪のことやねん」

「……よわからんな」

「まあ、その世界にとって、もっとも憎むべき対象として思い浮かべられる姿のモノとでも思っとけばええで。別に大した意味やないって。式を打った時に『ココでの魔の姿になれ』としか考えてなかったからこうなっただけや。多分、思った以上に世界に負担がかかってたんやろうなあ。まさかこの程度の術で境目が破れるとは……」


にしても、ケッタイな姿やなあとか思いながらも両手を振ったりする。

量産期のような〈魔〉のような式神は、説明しながらのサッシの身振り手振りにいちいち頷き、そして。

そして。


ミサト達の方へと振り向いた。


「……………!」



☆ ☆ ☆




「これは、俺の予定にはないぞ」

「予想以上に垣根が低くなっていたようだな。どうやら、あの二人の術でバランスが崩れたらしいが――」


ゲンドウは、映し出された映像をいつもどおりに見ていたが、やがて本当にいつも通に口元を歪めた。


「いずれにせよ、問題ない」



☆ ☆ ☆



「なんてインチキ!?」


ハンドルを切ってアクセルを踏み込む。

そこにわずかに遅れて式神が延ばした手がさっきまで車が止まっていたところを掴む。当然、何もないので空を切るが、動き出した車へとタンッ、と跳躍して――


「ちぃぃぃぃぃぃぃぃッッッ」


――先回りする。


普通ならこれでアウトだ。

普通ならばだ。 

葛城ミサトでなければだ。


ミス不可拘束――彼女を止められる存在などはいやしない。

いや、例え式神だろうと量産機だろうと。


アクセルを踏みこむ足とギアを操作する左手とハンドルを切る右手とが、まるでそのように動くことがあらかじめそうと定められていた生き物のように連動する。笑みの形に歪められた唇の下の噛み締めた歯と歯の隙間から空気が洩れる。視界が一瞬だけブラックアウトした後に薄赤い膜がかかった。脳に回る血が遠心力に振り回されて、そのあとに膨大な演算処理にまわされた脳の一部が視覚から明度を奪ったのだ。当然のようにそれらの時間の中で手ととまらなかった。足から力は抜けなかった。助手席から聞こえていた「ミサトさんミサトさん」と叫ぶ声は自分の名前を呼ぶのを五回繰り返していた途中からシャットアウトした。視界をトマトが横切った。百分の一秒だけ、加持の顔と唇の感触とが蘇り、鼻をタバコの匂いがついた。


そしてそれらの全てがどうでもよくなった。


アンチェイン。


縛られない女は過去にも男にも、何にも縛られない。

たとえそれが運命だろうがだ。

式神の二本の足の間を通過した技は神業と呼ぶに足り、さらに絶妙の体の捌きで振り回された腕をかわしたのは奇跡にも等しかった。

まだだ。

まだだ、とミサトは思う。

こんなでは終わらない。終わるはずがない。


――終わらないでくれ、


楽しいと感情以外の何かで思う。理性以外の何かが感じている。

まだだ。

まだこれからだ。

終わるな終わるな世界よ。

まだこの楽しい時間は終わらせない。



時よ止まれ、お前は美しい



脳裏にそんな言葉が浮かんだが。

葛城ミサトは、自然と呟いていた。


「――メフィストフェレスは誰?」


いや、そもそも誰がファウストか。


一瞬だが思考が途切れて「しまった」と思った時。

左右から車を囲い込もうとした腕が――



突然、世界が翳った。

それは、巨大な何かが日光を遮ったのだということに、彼女は即座に気付いた。










金タライだった。










直径にして40メートルはあろう、巨大な金タライだ。

もはやことここで、そんなの誰が作ったとか、どっから持ってきただのということは問題にならない。

そんなものが、式神の頭上に落ちて、がいぃんと面白げな音を響かせた。


こんなことをするのは、この世でたった一人しかいない。


綾波レイ。

ファーストチルドレン。 



「――レイ!」

ブレーキを踏んでから窓から見上げたミサトは、宙に浮かぶファーストチルドレンの姿を見た。

レイはミサトを一瞥してから、様子を眺めていた二人の少年少女を睨みつけた。 


「夢は終わらないわ、魔法使い……それは望む限り続くのよ」




☆ ☆ ☆



「いや、魔法使いやなくて陰陽師なんやけどなあ」

「どっちでもええやろ」


ハリセンではたかれた。



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first update: 20070515
last update: 20070515

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