第拾八話 お願い!! 愛に時間を!
おねがい あいにじかんを


子供たちがいなくなったが赤木リツコにはそれを追いかけている暇は無かった。

何故なら彼女はもっと奇妙なものと相対していたからである。


「大体は理解した……と思うわ」

赤木リツコは目元を押さえつつそう呟いた。しかしそう言った後でも、レオタードにも似た珍妙な服を着込んだ彼女達が言う言葉を自分が理解できていると確信することはできなかった。

彼女達の話を総合すれば……恐らく彼女らはこの世界とは別の万物理論から演繹された――異なった物理法則に従った世界からやってきたと推測できた。

あり得るわけがない。

普段ならそう考えるところだが――

別宇宙との道をつなぐことができるA.T.フィールドを知っていれば、そして彼女らが乗ってきたロボットを見れば、そうも言っていられなかった。


歪曲するレーザー、次元波動超弦励起縮退半径跳躍重力波超光速航法、縮退炉、慣性制御装置(イナーシャルキャンセラー)


どれもこの世界の物理法則では実現不可能のはずだが、にも拘わらずどれも完璧に動作した。何故かはわからない。認識できない。

けれども、この世界におけるS2理論と同様の位置を占めると思われる、「エーテルに満ちた宇宙」という概念を基本としたエーテル理論。それに沿った機械はそれでも存在を止めない。


であれば、もはやその可能性を信用するしかなかった。


そして何より。


「だから私とお姉さまは」ばん!「こいつらと戦っていたところだったんです!」


際どいレオタードの少女の片割れが机を叩きながら大声で叫んだ。

すぐさまもう一人、同じくレオタードの体操服を着込んだ少女がそれを制する。


「止めなさいノリコ。赤木さんが困ってらっしゃるわ」

「お姉さま……」

「……赤木さん。私達が操縦しているガンバスター、その威力を見れば、私達の言うことが嘘ではないことは、わかっていただけると思うのですが」


ふざけた(とはいえ、冷静に考えればプラグスーツも相当のデザインだから他の宇宙のことは言えまい)コスチュームと対立するように凛とした雰囲気の少女は、努めて冷静な声でそう言った。

その声も、むき出しのつるりとした脚も、微かに震えている。


(嘘を吐いているようにも、狂っているようにも、見えない……)


そう、何よりこの少女だ。アマノ・カズミ、と名乗り、隣にいるミサトめいた熱血少女、タカヤ・ノリコを静かに制する、この少女――

不自然な物体を観測し、調査に出向いた彼女らを待ちうけた時の対応、そして自らの出自や、不明な変動重力源に対しての説明。

どれをとっても、奇妙なその内容とは裏腹に、どこか頷いてしまえるようなまともさがあった。


だからこそリツコは言った。


「……信じるわ。恐らくあなた達は並行宇宙――この宇宙とは物理法則の異なる、しかし情報的には近い宇宙からやってきた存在なんでしょう。恐らくあの『変動重力源』は、この宇宙では『使徒』と呼ばれたそれに近い存在――かも知れない」

「なら」

「ええ……力を貸して頂戴。あなた達が自分の世界に戻る方法も、見つかるかもしれない」



☆ ☆ ☆



などと赤木リツコが決意する、ほんの数分前。

なぜ数分前なのかはすぐに判る。

自分の世界に戻る方法――というか、この場所にあの彼女らを呼び出した張本人であるところのアルミサッシ・コンビ、そして葛城ミサトと日向マコトはケイジにいた。


「何時の間に……」


盲点だった。

あの膨大な領収証。外に向けての決済。

そのせいで、今までミサトはネルフの外に向けてアンテナを伸ばしていた。


アンチェインがとんだ様ね……


ミサトは軽く唇を噛む。地上でもっとも自由であるはずの自分を最終的に縛るものが、己自身の狭量さだったという事実を否応なしに認識させられながら。

封印されたはずのケイジには、エヴァンゲリオンがいた。

いや、それは本当にエヴァンゲリオンだろうか?

そう思わせるほどにそれは異様だった。

それはまるでフランケンシュタインのように、さまざまに継ぎ接ぎされたモザイク模様のエヴァンゲリオンだった。


「それは"Mosaic - E"だ」


唐突にケイジに声が響いた。


「――司令!」


振り向き様ミサトは叫んだ。こんなもったいぶった登場をするのは彼しかいない――それに、彼に着いてきているアルミとサッシ――異世界より来訪した陰陽師にこの場所を指定したのは、他ならぬネルフ司令・碇ゲンドウであったのだから。


「スケジュールは2パーセントも遅れていない。……そしてその1パーセントを演出したのは君だ」

「知らぬことに対して文句を言われても困りますわ。司令」

「ふん。確かにそうだな。……ならば知るがいい――冬月」


まるで演出のように、ケイジの隅がライトアップされる。


そこには長身のガーゴイル……もとい、冬月コウゾウがいた。


「やあ」


あまりにわざとらしい登場の仕方に、一同声も出なかった。


「碇には概念的な説明は少し酷なのでね……私から説明してあげよう――ただし、彼女らも一緒にだ」

「え?」


突然のうっへり展開に勢を削がれたミサトが眉を潜めて振り返った、その先にいたのは。


赤木リツコとユカイな彼女(抱きつき怪獣)、そして妙な体操服の二人組みだった。


「……いや、私達だけでいいです」


ため息をつきながら、思わずミサトはそう口走っていた。



☆ ☆ ☆



「というわけでだ……この宇宙の実像はさしづめ『ピタゴラスの黒板』を現実化したような所な訳だな」

「……成程」

「……ところで赤木君。何で皆不思議そうな顔をしているのかね?」


その展開は誰もが予想できていた。

少し前にも、とあるコンペ大会のルール作りから暴走の果てに哲学論争をおっぱじめたことのある二人である。

そんな二人がこんな状況で絡めば、周りを圧倒するようなじゃまくさ……激しい論争が行われるに決まっていた。

それでも何とか決着したのは、恐らくは赤木リツコが疲れていたからであろう。

ともあれ、議論がようやく(余人の理解を超越し、いい加減話を無視した自己紹介なんかも一通り終えて暇で暇で仕方なくなってきたところで)まとまろうとしていた時、その話についてきていたのは僅かに異世界の少女、アマノ・カズミただ一人だった。


「まさか、こちらにも『超ピタゴラス仮説』が?」

「ええっと……何でしたっけ、お姉様」


止めろ、もう刺激するなこの二人を……


そんなギャラリー(及び作者)の思いも虚しく、冬月はその面白仮説に喰らいついた。


「いや……その仮説は知らないが……1958年、ライデン大学でサミュエル・モンローが行った思考実験の名前でね」

「その名前……私がいた世界の教科書にも出てきますわ。現代物理学の先駆者とか……」

「成程、君らの世界ではそのような扱いになっているのかね。そもそも……」


ごわん。


冬月の声を遮るように、虚空から金ダライが振った。

それはまるでその場にいない綾波レイの「長くなるから、ダメ」という思いを象徴するかのようで――

しかし、冬月は止まらなかった。


「ああ、気にしないでくれたまえ、よくあることだ。哲学者はどんな常識的事象にも驚き、またどんな常識はずれの事象にも驚かない。さて、赤木君。人の魂がA.T.フィールドを形作る時、形而上にある魂は形而下に肉体として影を顕わす。だが、A.T.フィールドの役割とは本当にそれだけなのだろうか?」


ぐわん。


「う。A.T.フィールドが形而上と形而下のバイパス、あるいは形而上から形而下へと向かう波動であるのならば、その影響は形而下における凡ての事象に影響し得るのではないか?」


ごわわわーん。


「ぐっ。となれば、アマノくんらの世界における純粋数学による空間書き換えも、サッシくんらの世界における陰陽道もまた成立する可能性はなきにしもあらずといえるだろう」


がいん。がいん。がいん。


「うむううっ。ならん! 気絶などせんぞ私は! 仮に、一枚の小さな黒板を考えてみる。その黒板は、使用者のATフィールドの波動を何倍にも増幅させるとする。黒板の前にはピタゴラスの霊魂がおり、彼は自由に計算を続けている。やがて彼は終に自然定数の存在に気付く。すると――どうなるだろう?



☆ ☆ ☆



「……しぶとい」

「何か言った? 綾波」

「――いいえ。何も」

「よろしい。では、もう一度さっきの小節から」



☆ ☆ ☆



「モンローはこの時、仮にそこでピタゴラスが自然定数を用いた計算でミスをすれば、物理法則もそのように――範囲は限定されるとしても――捻じ曲げられる、と結論付けた。これが、形而上生物学の「ピタゴラスの黒板」と言う思考実験だ。もっとも、今これを支持する研究者は、私を含めた古典オスロー派だけなのだが……」


さらにガツンとタライが落ちてきた。と――冬月は、ようやくの事、右手の人差し指を立てたその姿勢のまま、ばたりと床に倒れこんだ。


やっとか……


既に一同、へろへろであった。


どうやら冬月の話によれば、アルミやサッシが使う陰陽道の術も、ガンバスターを成立させる別の宇宙の理論も、この宇宙における物理法則とどこかでつながっており、だからこそこの世界でも術がある程度は使える……ということくらいは、全員が理解していた。

しかし肝心の、アルミやサッシはどこから呼び出され、どうしてカズミやノリコを呼び出してみたりしたのか、それはどういう目的で要請されたことだったのか……というところについては全く役立たずだった。


「……な、なんやようわからんけど……」


おずおずと少年が立ち上がる。あまりに暇なので寝転がって眠りこけていた少年、今宮サトシである。


「とりあえず、なんでゲンドウのオッチャンがボクら呼び出したんかは、ボクなんとなくわかんねん」


誰もが黙り込んだまま、今宮サトシ――サッシに注目した。


「……照れんなあ」

「はよ言わんかいボケ!」


ズガシ。

ヒールホールドを受けていたことを忘れているように思い切りのいい蹴りがサッシの尻に入った。

「いったああああ!何すんねんアルミちゃん!」

「いっつう……アホか!アンタがはよ言わへんからこんなんなるんやない!はよ言えボケ!」

「んもう……しゃあないなあ……じゃあ言うで、ええな? おっちゃん」


サッシはゲンドウを見て、何の反応を示さないのを見て取ると、ふうむ、と軽いため息をついてから、話し始めた。


「さっき僕ら、式神呼び出すの、失敗したやん? それでこのロボットやろ? 僕も陰陽師やし、そこらはわかるわ」


うんうん、と一人で頷いて、サッシは異形のエヴァンゲリオンを指差した。


「オッチャン……これ使って、僕に『泰山府君の法』やらせるつもり……やろ?」



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first update: 20070515
last update: 20070515

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