第拾九話 世界のカタチ、人のカタチ
せかいのかたちひとのかたち


「泰山府君祭――」


その時、ゲンドウとサッシの視線が交わった。

何かの合意ができたのか、一瞬後でゲンドウは頷き、サッシもまた帽子をとって胸元に寄せた。


「何、そのタイザンフクンノマツリって?」


それに何を感じたのか、ミサトがそう質問して、あーとサッシは困ったような顔をしてから。


「まあ、ぶっちゃけ死者蘇生の法やな。ボクのご先祖様のセイメイはんがやったりやられたりっちゅーことで有名な術やけど」

「死者の蘇生……つまり、司令はまだあの人のことを忘れられないということですか?」


赤木リツコは、サッシを見て問い詰めながらも、それはゲンドウへと向けられているようだった。


「赤木博士」


碇ゲンドウの声は、重かった。


「人はそうと望んだようにしか生きられない。そしてその望みにしがみついて離れることなどできんのだ」




☆ ☆ ☆




「お姉さま、人間を生き返らせるって……そんなことって、やってもいいことなんでしょうか?」

「……私にも判らないわ。それを望む人たちはかつていたし、今もいるし、これからも、絶えることはないでしょうけれどね……」


ガンバスターのコクピットの中で、二人は会話をしていた。

話題はついさっきまであのピラミッドっぽい建物の中で聞かされた驚愕の事実についてだ。


『司令、私は賛同しかねます。いかに愛しい人と会いたいがためとはいえ、世界そのものに危機をもたらすだなんて』

『意図したものではない。事故だった』


碇司令は、そう言った後で深々と頭を下げてノリコたちに謝罪した。曰く、この現状を作り出したのも自分たちのせいなので元の世界にするために協力する云々……それならは赤木博士と伊吹さんとの打ち合わせとか色々とあって、こうしてガンバスターに戻ったのだが。


「まあ、まったく不安がないわけではないけど、とりあえずは私たちに協力してくれるのなら、問題はないわ」


アマノ・カズミは、しかし言いながら眼を細めてモニターを凝視した。

その視線の先には、ガンバスターのとなりに建つアイロンみたいな建造物があった。


「お姉さま?」

「……いえ。今は余計なことは考えてはいけないわね……よくって? ノリコ。今は目の前のことに集中して――コーチの元に、帰りましょう」


そう、彼女にもまた、そうできるなら誰かを犠牲にしても救いたい人はいるのだ。

だからノリコは、カズミが飲み込んだ言葉を察して、答えた。


「――はい!」


その時。もう一つのモニターの向こうで、赤木博士が何かを喋っていた。




☆ ☆ ☆




「それでは、そういうことで」


打ち合わせの再確認も終わり、『了解』『了解!』と二つの声が重なって聞こえた。

リツコは何処か疲れた表情でモニターを見ながらコンソールを操作していたが、


「先輩」


傍らに立つマヤが、その背中にとんと額だけを置いた。

マヤは、甘える時ならばしがみついてくる。

こうしている時は、そうではない時だ。


彼女を、リツコを慰めようとしている時。


「……大丈夫。全部、終わったことだもの」

「そんなことは知ってます」

「そう」


マヤはその姿勢のままで。


「昔好きだった人が情けないままって、辛いですから」


リツコは「いいえ」と首を振った。


「司令は、嘘をついてるわ」

「嘘……ですか?」


マヤは顔を上げると、リツコは振り返り、彼女を抱きしめた。


「そう。昔好きだった人の嘘は解るものなのよ、マヤ」




☆ ☆ ☆




「――とりあえず、シンジくんたちに会いに行くわ」


ミサトは日向にそう言うと、のしのしと大股で通路を歩き始めた。

日向はその後ろを半ば駆け足でおいすがる。


「放送で呼び出した方がいいんじゃないですかね」

「なんかチルドレンたちのいるところってのが、こことは切り離されているのよ」


レイの元々住んでいたというあの部屋はNERVの本部施設とはシステム的に切り離されている。館内放送も届かないし、携帯電話のアンテナさえ立たないという場所だ。そういう場所だからこそ邪魔が入らずに練習ができるということで貸し出しをシンジが申請して、リツコらは受理した訳であるが。


あるいはそれも予定の内か、とも彼女は思った。


「それにしても、あの二人は信用できますかね」

「あの二人? ――ああ、あのガンバスターってののパイロット」


ミサトは歩調を少しも緩めずに思案顔をして、「多分、大丈夫」と言った。


「タイプ的に、こっちを騙そうとしているようにも見えなかったし――まあ、女の勘だけど」

「葛城さんの勘なら信用できます。だけど、そうでないあの陰陽師とかいう子たちは……」

「あの子たちは、明らかに嘘をついてるわね。あの子っていうべきかな。あのサッシって子は、嘘をついてる。間違いなく」


ミサトは断定した。まったくもってそこに淀みも逡巡もない。絶対ともいうべき確信があるようだった。


「あと、司令もね。副司令は、――まあ、やっぱり共犯には違いないだろうけど」

「言っていることに辻褄は合ってましたがね」

「辻褄が合うのがどうかしているのよ」


その言葉に日向は顔を上げ、それでも何も言わずにミサトの言葉を待った。ミサトはといえば沈黙したままでエレベーターの前まで進むと、そこでようやく立ち止まってボタンを押した。


「考えても見なさい。まったくの未知の現象よ、これは」

「ええ」

「それなのに、辻褄のあった理屈とかストーリーがすぐでてくるってどうなのよ?」

「いや、それは、副司令は優秀な学者だったそうですし、司令もやっぱりそこらは……」

「科学者ならばなおのことよ。うかつな断定はできやしないわよ」


それが科学的な態度というものだ。そして、副司令はそのことを充分に弁えている人のはずだ。少なくともミサトは冬月をそういう人物だと思っている。


「つまり?」

「あらかじめ、何が起きているのか解っていたということでしょうね。とりあえず何が起きているのかの判断ができる程度に時間は経過しているはずよ」

「………………」

「それに、タイザンフクンノマツリって言ったかしら。なんか理論的にはそれなりに根拠のある儀式らしいけど。陰陽道としては」


それを、どうして司令が執り行おうとしたのか――


「それをしようとして陰陽師が呼び出されたというのは、嘘ね」

「嘘ですか」

「あの司令が、そういう魔術儀式をしようなんて考えるというのは考えにくいわ。それだけ奥さんをとり戻すということに執着して魔術みたいなオカルトに頼ったということは考えられなくもないって――思う?」


日向は首を振った。


それは――ありえない。


「だから、順序は逆よ。それを望んでいた司令の前にあの子が現れてタイザンフクンノマツリのことを吹き込んだと考える方が辻褄が合う」


まるでゲーテの語るファウスト博士とメフィストフェレスの物語であるかの如く。


「それに、誰も気付いてなかったみたいだけど。あのガンバスターの子たちと陰陽師の子とでは、現れ方が違う。ガンバスターの子たちは事故でこっちに来ていたけど」

「陰陽師の二人は、あらかじめここにいましたからね」


ドアが開いた。

二人はそれに乗り込み、扉の方へと振り向いた。


「いや、ボクらも事故でここにきたんやけどな」


「――――!」

「――――!?」


二人の背後からかかった声に、同時に振り返る。


そこには、いなかったはずの今宮サトシ――サッシの姿があった。




☆ ☆ ☆




「ストップ・ザ・ネイティブギャル」


ベスパ女は、そう言った。

こんな怪しげな女に仕切られているようでは惣流アスカとはいわない。というかそもそも、言葉が通じる状態ではなかった。


怒っていた。


そうなのだ。

惣流アスカ・ラングレーは怒っていたのだ。


「きゅう…」


と部屋の隅までぶっとばされて気絶しているシンジの方を見てからこっち、彼女の脳みそはとっとと沸点を上回っぱなしだ。

怒りは筋肉を硬直させる。硬直させる、と言われている。一般的にはそうだ。それなのにアスカの動きはいつにも増して速かった。いつにも増してしなやかだった。

瞬きほどの時間もかけずにベスパ女との距離をゼロに削って拳を突き出している。容赦なく顔面を狙っている。当たれば陥没はおろか、首から先がふっとんでいきそうなパンチを繰り出している。


当たらなかった。


最強のアスカの最速の打撃でなおのこと、このベスパ女はかわしてのけた。

いやま、かわしてのけたといっても余裕綽々でへへんだおにさーんこちらーみたいな感じではなくて、さすがにうおおおと叫んでしまいそうなほどにびびりながらではあったけれど。しゃがんでかわして、左手のベースギターを逆手に振り抜く。その様は変異抜刀霞斬りを思わせた。これもまた驚くべきスイングだ。

それがあたるようではアスカではない。

両手を交差させてギターを受けつつ跳躍する。


十文字霞崩し の型だ。


さらにそこから天井を蹴って。


と。


反転しざまに、タライが落ちた。


避けようがなかった。


えらいタイミングで落ちたタライを回避する術はアスカにもない。それだけで気絶するなどということはさすがになかったが、バランスを崩した彼女はそのまま落ちた。

落っこちた。

頭から。


ぐぎり、という感じのあからさまにヤバげな音を立ててコンクリの床に顔面を叩き付けた彼女は、なんだかこー、お尻をつきだした姿勢でひくひくと痙攣しだした。さっさと医者を呼ぶなりしないと駄目なんじゃないかって光景に、さすがにカヲルも唇の端を痙攣させてレイに意見を伺おうとするが、レイはレイでアスカをちらりと見ただけでベスパ女へと顔を向けていた。


「最後の一人――渡る者≠ヒ、あなたは」


ベスパ女はいつの間にか被っていたテンガロンハットのへりを左手でつまみ上げ、にやりと笑って見せた。


「ハルハ――ラ・ハル子」


そう言って、ギターを肩に背負った。


「ここいらではそっちが通り名ってことで一つしくよろっ」




☆ ☆ ☆




「まあ、過敏に反応せんてぇな」


サッシの声はいかにも情けない中学生のもので、懐からSIGを抜いて額へと突きつけているミサトは、それだけが原因でもないがトリガーから指を外して天井へと銃口を向けた。


「……それで、なんの用事?」

「あんまり怖い顔せんといて。こっちは、そっちの知りたいことを話しにきただけやし」

「知りたいこと――それが本当に本当のことだって保障は誰がしてくれるわけ?」

「そんなこというたら、なんも信じられんようになるって」

「ふん……」


ミサトは懐の元の位置に銃を戻す。


「まあ、聞くだけ聞いてみるけど――」

「はいはい、なんなりときいてつかあさい」


エレベーターの降りていくのがメモリで刻まれていく。たっぷりと五階ほど降りた音がしてから思い切ったように


「それで、陰陽師って何?」

「いきなり直球やな!」


まあええわ、といいながらサッシはエレベーターの壁に背中を預けた。

そして。


「初めに言(ことば)があった=v


何処か厳かな口調であった。


「言は神と共にあった=v

「言は神であった=\―ヨハネ福音書の第一節ね」


ミサトが言葉を継いでそう言い添えたのを、サッシは「ひゅう」と唇を細めて音を立て、


「この言は初めに神と共にあった=c…よう知ってはるな、葛城さん」

「両親がクリスチャンだったのよ。二人が生きてた頃は日曜日に教会にいってたわ」


堅信礼にはでなかったけどね、ということは口の中でだけですませた。それに少し嘘が入っている。セカンドインパクト直前のあの頃ですでに教会に熱心にいってたのは母だけであり、父は日曜も家には帰らなかった。信仰を逃げ場にしている母は、少女だったミサトの目からしてもあまり正常には思えなかったが。

サッシは何を察したものか、鼻の頭をかいた。


「万物は言によって成った=\―言霊とかの根源的な考え方で」

「コトダマ?」

「言葉には力がある、という考えのことですよ」


今まで口をはさめなかったのが悔しかったのか、日向がそう言った。

ミサトは「ふうん」といいながらもそちらを見なかったが、サッシは「そうそう」と顎を上下させた。


「成ったもので言によらずになったものは何一つなかった=c…魔術の儀式ってのは、多くが神話の再現だったりするってしってはります?」

「まわりくどいわね」

「はは……つまり魔術師とかいうのは、どうにかして神の奇跡を再現しようともがく連中のことですわ」

「奇跡、か」


奇跡は起こして見せてこそ価値があるってもんよ――そんなことを、いつか言ったような気がする。そうなると、自分もまた魔術師の系譜に連なる者ということか。いや、神の技の再現というのならば科学者というのもそうだ。空を飛び、水の中を生き、死者すらも蘇らせようとする――


「泰山府君の祭ってのも、そういう魔術師が求める奇跡の一つのことで」


サッシはこほん、と咳払いした」


「死者の蘇生――というより、因果を捻じ曲げて自分に望んでいた世界を作り出す法のことなんです」

「それは――副司令がいってたなんたらの黒板のことよね」

「あの説明で語られていた理論は、現状の世界の理(ことわり)を意志によって変えることでしかないです。それはそれで凄いこっちゃけど、泰山府君の法は違いますて。すでにあった出来事を変えて、望んでいた現在を造る法なんです」

「それこそ奇跡ね……」

「まったく。ボクかて一度だけやったけど、そん時はえろう苦労しましたわ」


軽々しく言ってはいけないようなことであったが、サッシはえらく軽々しく言ってくれた。

ミサトは額に皺を寄せたが、何も言わなかった。


さらに。


「多分、この世界で泰山府君の法を行った人も、かなり苦労したと思いますわ」


それは――


「どういうこと?」

「だから、言ったまんまです。この世界は、既に誰かによってその望まれた姿に変えられてしまっているってことですわ」

「……そん、な」

「まあかなり自己流で無理やりやったみたいですけどな」


だから、自分らは事故で流れついたのだ、とサッシは言った。


「物理法則もいい加減やし、改竄の後処理もどたばたで矛盾だらけ――まさか、式神を顕現させるだけで世界線が崩壊してしまうほどにガタがきているとは思ってもいませんでしたわ」


まあ、碇司令はそれを望んでいたみたいですけどな、という言葉をサッシは言いかけて、飲み込んだ。




☆ ☆ ☆




『本気で言っているのか、碇?』


執務室のデスクの前に浮かぶモノリスに、碇ゲンドウはいつもの姿勢のままで。


「ええ」

『正気とは思えんな』

「正気でいられる世界をこそ、私たちは望みます」

『ふん……この世界を望んでいたのは、お前の身内だろうが』


その言葉に何を思ったのか、ゲンドウはサングラスを外し、立ち上がった。


「誤解があるようですな」

『――勝手にしろ』


そういい残し、モノリスは消えた。




☆ ☆ ☆




「とーりーあーえーずー」


ハルハラ・ハル子と名乗った女は、倒れているシンジの襟首を掴み、ぴしばしとえらく慣れた手つきびんたを往復させる。

なんとか意識を取り戻しかけたシンジだが、その彼の額にこつりと自分の額をひっつける。


「こーのシンちゃん? の、頭を通路に切り札≠取り寄せるから」

「……そう」


レイはそれだけ言って、天井を見上げた。


「人は望むとおりにしか生きられないのなら、望んだままに世界を作り変えることもできるはずです、司令」


呟きは、誰の耳にも届かなかった。



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first update: 20070515
last update: 20070515

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