第弐拾弐話 宇宙の彼方にロックの響きが聞こえる
そらのかなたにろっくのひびきがきこえる


「――って、誰よ今しょーもない駄洒落言ったやつ!」

「……え?」

「誰だって訊いてんのよ、さっき『エヴァウンゲリオン』とかしょーもないこと言ったやつ。ウンと雲で、雲のようにたくさんのエヴァンゲリオン、って掛けたつもりでしょーけど全然面白くないわよ!」


一息で言い切ると、アスカはごぼりとL.C.L.を吐き出した。

弱々しかった顔に、力が戻る。

そのさまを見て、シンジにも余裕ができる。

その無意味に自信満々の笑顔を見ていれば、大丈夫、と思えるのだ。それにしてもアスカは賢いのかバカなのかわからない――と、右腕にその裸に近い胸の感触を感じながら思う。


……うーん。


冷静になり、先ほどの衝撃でいい加減麻酔も醒めたところで、シンジは自分の状態を確かめてみる。

エントリープラグに寿司詰めのこの状態は、完璧に無茶だ。四人用と称された変形シート。シンジは座席に座り、後部座席にカヲルが覆いかぶさるようにして、そしてシンジの右にアスカが、左にレイが互いにシンジの腕にほぼ密着する形で乗り込んでいる。

そしてプラグスーツは、どれもほぼ全裸。


『あなた達は既に理論上の起動可能年齢をオーバーしているの。特性検査から、ギリギリ起動範囲感度にあると推定はされるけれど……パイロットを増量すると同時に、より個々のパイロットがエヴァとの接触感を高めなければいけないのよ』


リツコの説明はうすうすコンドームの宣伝のようだったが、実際に意識してみるとこのプラグスーツはまるまるコンドームそのものだった。

身体に張り付くゴムのようにうっすい生地からは各部のパーツが透けて見えるし、乗り込み前ジャケット(男性用に描かれていたあれで、結局着ることはなかった)を外してしまえば、そこにあるのは薄皮一枚隔てて女の子と全裸密着空間だった。


膨張してしまう……


と、シンジが股間をミョーに意識したところで。


『あれは……あれは、一体何!?』


驚愕に震えるタカヤ・ノリコの声が聞こえた。確かにあれは彼女達の見たことのないものだろう。宇宙怪獣がどんなものかは知らないが(そういえば本式の宇宙怪獣はどこへ行ったのだろう?)、あのきもちわるい量産機がうぞうぞやってくるさまは水辺で上がった死体に巣食うウナギの群れを思わせた。


「エヴァンゲリオン量産機」

「だろうね。しかもS2機関を搭載している」


レイとカヲルがそれぞれ言った。


「どうしてわかるの? カヲル君」

「どうやら――あれにも僕の分身が乗り込んでいるらしいね」

「ってことは……あれって全部ホモってわけか……マイノリティを差別するつもりはないけど、ちょっと異様ね」


どっちかといえばフェミニストなアスカなりに最低限のマナーは保持していたが、ひどい言い草だった。

だがそんなことは意識もせず、フェミニンなアマノ・カズミはチルドレンに問うた。


『で、あれの戦力は?』


「そうねえ、こいつと同等か――」

「S2機関が起動してるから、それ以上?」

「ええ」

「そうなるね」


『そんな……!!』


ノリコが絶句したのがエントリープラグの面々にもありありとわかった。

それはそうだろう。絶対領域――この世界の、使徒に連なる生物のみが体外に展開することができるフィールドの性質については、既にチルドレンが眠りこけている間にブリーフィングを受けているのだ。

ほとんどの物理兵器を防ぐバリア。

そんな出鱈目な存在への対応など、わかるはずもない。


「まあ、そのガンバスター? の兵器なら、案外いけるんじゃないかと思います、けど……」


だからこそ、答えるシンジの声も自然と尻すぼみになる。


『でも! この量よ!? ――って、来る!?』


見ると、既に白い一団は進路を彼らの方へ向けていた。


「なンですって! ――しゃあない! あんたら! あたし達をアレに向かって投げなさい!」


『何を言うの! そんなことをしたらあなた達が――』


「突破できなかったら何にもならないわ」


『そんな!』


「僕も同意するね。――どう思う? シンジ君」


――そしてシンジは、やはりため息を吐いた。


「そんなとこで、僕に振らないでよ」


そんな質問の答えは、こうして乗り込まされた時に、いや――あの戦役に最後まで参加してしまった時から、いや――


初めから、決まっていた。



☆ ☆ ☆



「只今、第3新東京市全域に、非常事態宣言が発令されています。市民の皆様は、指示に従って非難して下さい」


『あれは全部ここに向かってる。今から逃げても誰も助からんぞ』


「わーってるって!!」


ハル子はべスパのエンジンをフル回転させて、風になりながらその声に答える。


「さーて、そろそろ、ぶっ飛ばすかー?」



――何か、とは何であったのか、結局誰にもわからず仕舞いであった。

何のことかと言えば、泰山府君祭に使用する生贄――まだハルハラハル子と名乗っていた、実は光域宇宙警察だか宇宙海賊の追っかけだかであるところのフタラニティの捜査官、ハルハ・ラハルが呼び出す手筈だったもののことである。


全員が昏倒してなお、誰の額にも変調は無かった。

そこにはただ、額を腫らした子供が十人ほど。

しかしその張本人は全く悪びれることなく、ブッサイクに顔をゆがめながら言い切った。


「っだよー、使えねえなあ。やあっぱこっちの世界の奴じゃだーめかぁ?」


うみゅーん、と言って首を傾げ、そのまま半ばブリッジ状態になってうにうにし始める。


「駄目なの?」


上に連絡を取る、と慌てふためいた顔で言って部屋を出た日向の背中を見送りながら、ミサトは何気ない顔で呟いた。


「うーん……あたしの予想じゃあこのシンタロウ君がどーも怪しいと思ったんだけどねえー。亜空間チャンネルっつーか、そーゆーのがこう、のーみそにバシッとつながんないっつーかなんつーか」

「チャンネルねえ。生憎、こっちにゃそーゆー便利な超能力? 持ってそうな人間はいないわよ」

「んー……こう、別にそいつが凄くなくてもいーんスよ。こうなんていうか、親の七光り的なナニで。あー、でも、お兄ちゃんがにゃー」


ハル子はうだうだと言って、また身体をくねくねさせがら悩ましいように見えなくも無い顔をした。

ミサトは腕組みをして視線を斜め上へ飛ばした。そろそろガンバスターは所定の位置についたころだろうか。彼女達なんかは姉妹に見えなくも無い、が、非常識は非常識でも、こういう論理的に既にして非常識な事象のキーになっているとも思いにくい。

どっちかと言うとそういうのは、既におかしくなってるこっちの世界の人間で――しかも、主人公的位置にいる人間、という方がしっくり来る。ドラマ的に。たぶん。

けれども、碇シンジは――


「兄弟、いないもんねえ……でも確かにその意味じゃ、シンちゃんなんかは素質あるかもねェ……ま、とりあえずアレでスイッチは押したんでしょ? 戰闘まではまだ時間あるし、何か出んだったら出てくるっしょ」


極めて無責任にミサトはけらけらと笑う。対するハル子も、子供たちに対するのとは違う、やや落ち着いた笑みを浮かべていた。


「おっねーさんもなかなかロックじゃん。まあ、バットは振って見ないとねえ」

「ロックって。あんたほどじゃないけどねえ。……でも、あんたもアレか、何か引きずってるクチか」


ハル子は黙ってミサトを見返す。

ふん、と鼻を鳴らして、ミサトは懐から缶ビールを取り出す。それどこに入ってたんだ、とかそういうことを気にする人間はここにはいない。


「……飲む?」

「あ、いーっスねえ。ほい」


こっちはべスパの座席下からでっかいイカの燻製を取り出した。んなとこになんでイカが入ってるんだとか、座席がイカ臭くて仕方ないだろう、ってなことを問う人間も、無論いない。


「お、ツマミかー。わかってんじゃん。ほいっ」

「あいよ」


ぷしゅ。ぐびぐびぐびぐびぐび、からん、「「ぷっはー」」


互いに一瞬で飲み干し、それから見詰め合う。


「ふーん。筋金入りじゃん」


何が、とは言わない。


そして。


「まーねえ」


何が、とは訊きかえさない。

この二人の間では、会話はそれで十分だった。


「さぁて、と……私は準備のために上に戻るけど、あんたはどうすんの?」


が、そう言った時には既に、ハル子ことハルハ・ラハルはべスパに跨っている。無言でゴーグルを掛け、あれだけ人を殴りつけて傷ひとつついていない、無敵のリッケンバッカーを持って。


「そっか。んじゃ、また後で」


そう言ってミサトが片手を挙げたころには、既にハル子とべスパは視界から消えていた。



☆ ☆ ☆



戦いは壮絶を極めた。


それを描写しきるのは恐らく不可能だ。倒された量産機を一言ずつ述べるだけでも、人類全員に挨拶をして回るほどの時間がかかる。

それは、そういうスケールの戦いだった。


四人はその壮絶な精神力によって全力でATフィールドを中和し、ガンバスターはエヴァすらも及ばぬ超兵器を駆使して、大群になった蝗を駆るように量産機を駆り続けた。


――しかし、


数は、力。


ガンバスターもエヴァも、いつしか塵芥のように量産機の作る、宇宙の七部を埋める海に埋もれていた。


『――駄目! 防ぎきれない!』


「……駄目。中和しなければならないフィールドが多すぎる」


「こんなとこで終わっちゃうっての!? ……畜生!!!!!」





『なーんつってあっきらめるのは、まーだはっやいんじゃにゃーい?』





Rock'in them ALL!!! の宣言が、全員の耳に、何故か聞こえた。




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first update: 20070515
last update: 20070515

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