最終話 たったひとつの冴えたやりかた
たったひとつのさえたやりかた


Rock'in them ALL!!! ――無理矢理でも訳すなら「奴等をブッ飛ばせ!!!」と言う所だろうか。こんな言葉を言うヤツは、一人、いやまあギリギリ二人? それぐらいしか思いつかなかった。

果たして。


『おっ届け物でいーっす』



すっげー能天気な声がした。

それがどういう手段で聞こえたのかということについての疑問を感じた者はいなかった。宇宙空間は真空にほど近くて声は伝わらないもののはずなのだが。


それを見た瞬間に、そういうまっとうな疑問などというものはまったく意味がないものであると解った。


どっから走ってきてたのか、エヴァ量産機の残骸の上をベスパがけたたましい雑音を宇宙空間に響かせてだぐんと着地し、キキッとドリフトを効かせて止まった。慣性の法則などというものは男らしく無視だ!


『んちゃーっす! 黒犬獣の宅配便でーーーっす』


果たして、そこには黄色いベスパにまたがり、後方にやけに長いロープ状のものと、その先に繋がる、下手なビルより遥かにでかいギターのような形のものを引きずる、ハルハラハル子(本名ハルハ・ラハル)の姿があった。

いや、まあ宇宙服にヘルメットと言う状態なのではっきりとは解らないが、何処か脱力気味な声と言い、黄色いベスパと言い、ハル子以外にはあるまい、と言うのが、シンジ達の感想だった。

因みに、ハルコの後ろには小さめの宇宙服がゴムロープで縛り付けられていた。その中身は。


「アルミちゃん……僕、虹見てん……宇宙でも虹って、見えるんやなあ……」


いい具合にシェイクされまくったらしい、サッシがぐってりとしていた。


「アンタ、ベスパ女ぁ?! 何してんのよこんな所で!」

『何って、汎用ナントカロボエッヴァーンゲリオン専用フライングVストラディバリウス・デス・バックボーン・カスタム、お届けに上がったんすよー』


エヴァ専用フライングVストラディバリウス・デス・バックボーン・カスタム――そのあまりに珍妙な名前に、シンジ達は。


「なんだそれ!!!」


見事にハモった。



☆ ☆ ☆



一方その頃、地球のネルフでは。


「送り出したは良いけれど、流石に宇宙だとねえ……」

「火星軌道でも約3.2分、それより先となるとまたタイムラグは広がるし……指揮も何もあったものじゃないわね」


のんびり、と言う程ではないが、妙にまったりとした空気が流れていた。無理もない、送り出してしまえば、もはやできることは事実上何もない。

「っていうかさあ、なんであんな形状になってたわけ?」

「発注ミスよ。でも――さすがに二つのモノが一つになって送られてくるとは思わなかったわ」

「で、リツコぉ。……届くの?」

「難しいわね」

はあ、とため息が満ちる。それくらいしかやることがないのだ。

そんな空気の中、ミサトはふと辺りを見回し、首をひねった。


なんだか、何か欠けているような……あっ。


「どうしたの?」

「そー言えば青葉君見て無いけど」


それにならって、日向も首をひねる。


「いや、僕も知らないです」

「って言うか、青葉さんの席に座ってるこのロボなんでしょう」

「……リツコ?」

「何であたしに聞くのよ」


ロボ。


それは確かにロボだった。顔の辺りがブラウン管のようになった人型のロボが、普段青葉が腰掛けているシートに座り、マンガ雑誌などを眺めている。

いや、目が無いので判然とはしないが、多分、眺めているのだろう。


「アンタでなきゃ……ガンバスター関係?」

「アレとは見た目技術体系が違うようにも見えるけど」


と、突然ロボが顔を上げた。ブラウン管に光線が走り明るくなる。それはやがて砂嵐を映し出し、ノイズは画像へと変わり、やがて。


『これ、チェロ……じゃない、ホントにギターだ』

「これってシンジ君の声が……聞こえる?」

『あーあーあー、地球のみなっさーん、きっこえますかー。亜空間通信チャンネル・開設かんりょーっス! 写ってるう?』

「アンタ?! いや、亜空間通信って……え?」

『こちらゲンバのハルハラハル子でぇーっす。私は今、火星軌道近傍にまで来ておりまーっす。チキューの皆さんお元気ですかー?』

「火星近傍……一体どうやって」

『まーそこん所は女の秘密って事で』

「そんな非常し……ちょっと待って! 何でタイムラグが無いの?! 火星って言ったら光でも3分以上掛かるのよ?!」

「落ち着いて、リツコ」

「離してミサト! こんな非常識がまかり通ってなるもんですか!」

「いや、ロボ君困ってるし」


リツコが襟首――らしい――辺りをつかんでがくがく揺するせいか、ロボは困ったように頭を揺らしていた。


「……あ」

「どうしたんだ、マヤちゃん」

「日向さん、このロボがしょってるの……青葉さんのギター?」



☆ ☆ ☆





「で、どうやってあんな馬鹿でかいギターを使うわけ? どう見たってあれ、エヴァより大きいよ?」


シンジに冷静に指摘され、全員の顔に「むー」と縦線が浮かんだ。

そうなのだ。

エヴァ専用といいながら、いやまあ確かにエヴァ専用らしくS2機関から無限大にエネルギーを抽出して空間を振動させて敵を圧倒するというシステムのその兵器は、誰がどう見ても全長200メートルはあるのだから。


『え?エヴァって300メートルくらいなかったっけ?』


頭に花が咲いてるのではないかってくらいお気楽な口調でそんなことをのたまってくださったのは、作戦部の第一課長を拝命しているはずの葛城ミサト三佐だった。自分のところの兵器くらい把握しておけと言いたいのはやまやまだが、そうもいかない事情もあった。


「あ、いや、その……今回は、その」


しどろもどろに何か言い訳しようとするシンジだが、ことここにきてどう言っていいものか解らない。今回ってなんだ。それにしても。


『では、私たちが……』


と言いかけて、カズミはギターを見て眉をひそめた。

ガンバスターからモニターした限りでは、超特大サイズではあるが、あれはふつーにギターだ。宇宙空間でああも形が維持できていることから考えてもまともな素材を使っているようには見えなかったが、まあとにかくギターの範疇にあるもんだろう。多分。

そして、それはガンバスターが使ってもただのギターだろうということだ。


『だめぇだめぇ』


オッソロしく軽がるといってくれた。


『それはそっちの汎用決戦人型ロボ? 専用なのだねえ』


「……そう言うならサイズをあわせなさいよ。ったく……」


万事休すか、とアスカが呟いたのをシンジは聞いた。

あのアスカが、弱みを口に出すなんて。

解ってはいた。

解ってはいたが。

本当に、今現在の状況というのはしゃれにならないものなのだ。


量産機たちが編隊を整えつつあった。さきほどの空間のがどーこーという攻撃の前に一瞬ひるんで用心して周囲を展開しているだけだったが、こちらに打つ手がないと見て、それでも念をいれて仕掛けようとしているのか。


これは、やっぱりもう駄目――「なんとかなるかもしれない」


何処か、思いつめたようにレイが呟いた。


「……だけど」


あるいは、それは誰かに聞かせるつもりはなかったのかも知れない。それほどに小さくて囁くようで、しかしことこの状態においては、誰しもがその言葉を聞き逃さなかった。


「ファースト!?」


「綾波!」


二人が別々の言葉で同じタイミングで叫ぶ。

モニターの向こうで、ミサトもリツコもマヤもカズミもノリコも、全ての人間がレイに、綾波レイに注視した。その唇が次の言葉をつむぐのを待っていた。

彼女が眼を伏せたのにはどういう理由があるのか、誰にもわからない。

だが、


「エヴァが、あれを使うためにできること、それは――」




合体。




「合体!?」


「合体!」


「合体ッ…!」


『がったい……』


『合体!』


パイロットたちが一通り叫び、十五秒ほど遅れて「ふ、ふけつっ」と聞こえた。あ、これはマヤである。念のため。



「そう……合体」

「いや、それは解るけど、何が、何と合体するってのよ!?」


アスカが食って掛かる。これにいつも無表情か僅かにまなざしを険しくして応じるのがいつものレイのやりとりであったが。

その時の彼女は、どうしてかうつむいていた。唇をかみ締めていた。


「……ファースト?」

「ガンバスターと、エヴァを」

「ああ、なるほど……エヴァとガンバスターを――」


納得したように頷くアスカは、


「合体い!?どうやって!?」


さすがに次の瞬間にはその荒唐無稽さに気づいた。いや、気づかないのが不思議であるが。


『エヴァとガンバスター、使用している技術も拠って立つ世界の理論も、まるで異なっているのよ!』


あまりに荒唐無稽な言葉にすぐさまリツコが正論で切り返す――が、レイは引かなかった。


「だけど、今は同じ世界で運用されている」


その放送を聴いた全員が、目が覚めたような顔をした。

それは――そうだ。

だがしかし、それがどうだというのだ。シンジは呆然とアスカとそしてレイを見た。同じ世界で動いているとはいっても、ガンバスターとエヴァとでは、そのシステムから材質から、何もかもが違っている。それはいっそ世界が違うと――いや、比喩でも何でもなくそのまま「世界が違う」と言い換えても過言ではない。「生き物だから」と植物に動物を継ぐようなものだ。

そんなパッチワークのような真似ができるなんて到底思えない。


だが。


『できる――可能性はあるわ』


沈黙を破るように、モニターからリツコの声が聞こえた。


「どういうことよ!」

『エントリープラグを装填させる時、エヴァは同時にそのパッチ――陰陽道における呪詛を飲み込んだ可能性がある。サッシくんの誘導に任せていたらそんなことになったんだけど』


え?マジ?

そんな顔でアスカとシンジは顔を見合わせた。

カヲルは笑っていた。彼も眠っていたはずであるからそのことは知らないはずだが、笑っていないと間が持たないので笑っているだけであり、別にそういうことがあったということを知っていたわけではない。

彼が知っているのは、もっと根源的なことだ。


『本当はそんなことはできないはずなのに、それがどういうわけか、気づいたら所定の位置に入ってたのよね』

「回りくどい! さっさと言いなさい!」

『つまり、この世界では、そういうでたらめがまかり通るということよ。いえ――もともと私達の世界は、本来それくらいでたらめだったのかもしれない』


今回はエヴァの大きさは300メートルもない。その意味をチルドレンはようやく知った。


『特にこの世界は――あのサードインパクトを越えた、この不安定な世界では、おそらくは意志というか心の形がダイレクトに反映されるようになっている。アスカ――あなたが最強であるということの原因も、恐らくそこにある』

「なんのことよ!」

『だから、この世界でもっとも力があるのは、でたらめで我儘な方だということよ』


(なんで会話が成立しているんだろう)


シンジは微かにそのことに疑問を覚えたが、あんまりどうでもいいことなのでさっさと忘れることにしてリツコの声に集中した。

その間にも量産機は編隊を組み続けている。一斉に無駄なく隙間なく圧倒するために展開しようとしている。同士うちなどは、彼らには関係ない。ここで必要になるのはエヴァもガンバスターも逃さない隙間のない包囲網からの突進による、絶対的な蹂躙なのだ。僅かにも隙があればこの二機の巨人はそれを利して逃れ得るということを彼らは知っていた。ばかばかしいまでの戦力比というまでもない力の差でなおも消滅させることができないということが、彼らにそうさせる理由であった。

ここで、完全に、絶対に、完璧に、滅ぼさなくてはいけない。

そうしなければ――


『赤木博士! 説明はほどほどにしてください!』


カズミの声に、即座にリツコが『最後まで聞いて』と応えた。

ここでタカヤもカズミもシンジもことの異変に気づいた。

アスカは頭に血が上っているのか、あるいは気づいてもどうでもいいことなのか無視していたが。


『こうまで回りくどく説明するのには、理由があるのよ。わたしはあなたたちを納得させなくてはいけないの。ガンバスターとエヴァは合体できるものなのだと説明しなくてはいけないのよ』


全員が黙った。


『ええそうよ。それは本来はありえないはずのことよ。だけど、できるの。できなくてはいけないの!』


リツコの声はいつになく感情的だった。ここのところ叫んだりしているが、そういうのではない真剣さというか凄みというか鬼気迫るものがあった。


『聞きなさいアスカ! この世界は、おそらくサードインパクトの余波で何かが狂ってる! あなたの最強も、本来いなくなっているはずの……レイ? いえ、そんな……いや、だったら!』


途中で何かに気づいたらしいリツコの声は困惑を交えたが、すぐさま元の力を取り戻した。

その時にレイはリツコをにらみつけたのだが、それはモニター越しには届かなかったのか、彼女の表情は変わることはなかった。


『つまり――赤木博士は私たちにこう言っているのですね? 合体できると思い込んだら、それは実現すると』

『……きっとそれは、よほどに強い意志力の持ち主でなければ世界に影響を与えることなんてできないのだと思うけど。あるいは陰陽師のようなそういう創る者≠ノしか……』


『リツコ』


声が割り込んだ。

葛城ミサトの声だ。

アンチェインといわれた女の声だ。

赤木リツコの親友の声だ。

ひどく優しく、彼女は友人の名前を呼んだ。

だが。

すぐさま、いつものような不敵な笑顔に変わった。


『科学者ってのは、回りくどくていけないわね』


そして。


『こーいう時はね、一言でいいのよ――「奇跡を起こせ」、そう言えば』


いや、それは奇跡どころではないデタラメで……といいかけたリツコは、続けて聞こえた声に、モニター越しの視線に、口を閉じた。


モニターに燃える目を移して、ガンバスターのパイロットは叫んでいた。


『奇跡は……起きます! 起こして見せます!』


そして、エヴァのパイロットの彼らもまた。


『どーかん! んじゃないと、エヴァ・パイロットなんてのはやってらんないのよ!』


なんという子だ。

なんという子どもたちだ!

かつての自分は無知で無邪気だった。だから手を広げれば空だって飛べると夢想できた。だが、ここでも同じことが思えたか? あの幾万の絶望の中でなおあんな顔ができたか? 一縷の望みにしがみつくのではなく、それをやってみろといわれて当たり前のように応えられたか? ヤケになっているのではなく、それしか手がないからではなく、あの子たちは自らが欲する結果のために決して心が折れることはない。いや、折れているはずだ。折れてから、それを継ぎ直してそうと望めるものなのか?

一瞬の呆然をも許さないように、傍らに立つミサトが叫ぶ。


「――いい言葉ねノリコちゃん! 同感よ! 奇跡は起こしてこそ意味がある! いけ!」


『『『『『『はい!』』』』』』


そして、奇跡が起きる条件は――たったひとつを除いて整った。


だがそのたったひとつも、今、ついに――


『いいねー。この流れ、ロックだねー!』


奇跡を起こす、最後の条件。まだ一回も奇跡を起こしていない宇宙人が、寄る辺ない宇宙のど真ん中で、不敵に笑い転げていた。


そして。


ばびゅん!


一瞬でべスパはエヴァとの差を一瞬で詰め――


『ちょお待って! 待って待って待って死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! アルミぢゃあああああああん!』


『Rock'in U ALL!!!』


ぎゃいーーーーーーーーーーん!


背中に負ったリッケンバッカーでエヴァの額をぶっ飛ばし、あろうことかガンバスターの方へ打ち出した。

そして笑いながら叫ぶ。


『オンミョージ少年、ごー!』


何を――とは、サッシは訊かなかった。


なんであんだけ思いっきりぶん殴られた次の日に、も一度ぶん殴られてここまで連れてこられなければならなかったのか、その理由は、もうわかっている。


『無茶や!』

『無茶じゃにゃいもーん。おいおーい、バッタービビってる?』

『あったりまえじゃドアホ! ええいもう、どうなっても知らんで! あ、あ、あってあるこの世のもの……知らんわ! 省略! なるようになれー!!!』





そして――それは生まれた。





「エネルギーは縮退炉、その無限増殖と制御はS2、意味化には陰陽道、合体の精神同調にガンバスターの概念を吸収し、更にはあの二人の闘志を学習。なるほど――ガンバスターとエヴァの融合体……差し詰め、ダイ・エ・ヴァ・スターと言う所か?」







その時、量産機たちが一斉に翼を広げた。

押し寄せる。

怒濤となる。

それは絶望という名の殺戮のシステム。世界を守るために作られた免疫機構。彼らには恐怖はない。妥協はない。決して滅びることもなく、潰えることもない。無慈悲だの残酷だのという言葉もいらぬ。ただただ圧倒的で絶対的で。進み押し潰す運命という名の戦車。万が一にも敗れる可能性がない彼らが、なおも必勝の布陣を敷いて包み込む。


ああ、だが見よ!


ここに彼らは奇跡を知る。

二つの世界の、さだめをゆがめるべく人の手になる最高のヒトガタの、その二つが合わされたということを。

それがどれほどの力を持つのかという意味を。


ガンバスターの装甲がひび割れた。その下に生じた筋肉の隆起によるものだ。顔も盛り上がる。それは、仮面のようにガンバスターの顔を持ち上げた。

四肢と――背中の光の翼を広げ、ここにそれは誕生する。


それは、恐れることなく彼らを待ち構えた。


そして、言った。ひとつに成った、ガン・エ・ヴァ・スターは言った。


「S2機関と!」

「縮退炉!」

「二つの心臓を持ってる」

「このガン・エ・ヴァ・スターを」

「「――舐めないでよ」」


振るう。


それを果たしてどう表現すべきであったか。

ただ何気なく軽く手で振ったかのようにしか見えなかったギターから、衝撃波の「ようなもの」が生じた。そうでないということは見たものには解った。それは本来、この世界では起こるはずのない現象。物理であり得ざるデタラメを超えるデタラメ。空間そのものを震わせてあらゆる存在の基盤そのものをも破砕する絶対の大打撃。世界をも壊しかねない創生の魔剣。

千々に――まさに、千々に砕かれて散らばっていく量産機たちは再びそれから遠ざかろうとする。距離を置いて新たな布陣を敷き直そうとする。


だが、遅い。


別の宇宙から汲み出されているかのような無尽蔵のエネルギーは、運動性能をも上げるのか。

ありえざる速度で移動するガン・エ・ヴァ・スターはギターを構えたままで突撃し、瞬く内に彼らを粉砕していく。

時間を逆行しかねないほどの……それは光をも超えた速度。


誰も止められない。止められるはずがない。


「これで!」

「決める!」


アスカとシンジが吼え、


『いきなさい!』

『はい!』


カズミとノリコが叫ぶ。


『これは……これで終わりやね?』

『あ、アルミちゃん、【やったか】とかそういう疑問形をいうのはイカンて』

『なんでや?』

『だからそれは……』


アルミとサッシがそんな掛け合いをしているまさにその時であった。


『いけるわ! これで――えっ!?』


ミサトにはその時、何が起こったのかが理解できなかった。

いや、宇宙全体で、この時に何が起こったのかを知ることができたのか。





「ガン・エ・ヴァ・スターが……止まった?」





そう。

止まった。

今更宇宙空間は慣性が働き続けているからそう簡単に止まるかというツッコミは意味がない。

とにかく、本当にいきなり、ガン・エ・ヴァ・スターは停止したのだ。 

ついさっきまで激しく動き回っていたのが嘘であるかのように、忽然とその姿が現われた。バーニヤからの噴出は出ている。だが、それは先ほどまでのそれとは比較でるものではない。

止まってしまったと思うのも無理はなかった。

翻弄されていた量産機たちは戸惑ったように一旦距離をとったが、ガン・エ・ヴァ・スターの異変をどう捉えたのか、一番近い機体が剣を振り上げて強襲した。


「ちっ」


アスカは咄嗟に旋回して頭上からの攻撃を回避しざまに、ギターの一撃で量産機の胴体を薙ぎ払う。


「威力が落ちてる……!」


忌々しそうに吐き捨て、真っ二つになった量産機を睨み付けて刹那の間も入れずに頭から叩き潰す。


「どうなってるのアスカ!」

「って、アンタが何かやったんじゃないのシンジ?」


違う、ということはお互いにすぐに解った。そこからカヲルとモニターを見たのは、二人にしてみたら彼女がもっとも頼りになる戦友であるということを自覚していたからだろう。だから、カヲルが痛ましげに首を振り、カズミとノリコの困惑の表情を見て、ようやくアスカとシンジは彼女を――


綾波レイを、見た。


震えていた。

俯いていた。

何かに脅えているかのようだった。


「ファースト、どうしたのよ?」


そんな姿を見ては、彼女とても厳しい言葉は投げられない。いつになく静かに問う。その間に迫り来る量産機の頭を踏み台にして続いてくるのを叩き壊していたが。


綾波レイは答えない。


「答えてよ綾波! 黙っていたらわかんないよ」


焦れているのか、シンジはそう叫びながらアスカのサポートとして操縦していた。バーニヤの噴出を強め、状況から脱却しようとする。


綾波レイは、答えない。


『レイ! どうしたの! 答えて!』


さすがに、ミサトも叫んでいた。


『レイ!』


リツコも。

そして、






『レイ――義務を果たせ』






碇ゲンドウが、言った。

宇宙の全てから音という音が消え果たかのようであった。

ようやく、それに応えるように彼女は顔を上げた。


「できません……」

『まだ、夢を見続ける気か?』

「わたしは」


レイがその時、どう言葉を継ごうとしたのかは、次の瞬間に永遠の謎になった。


『シンジくん! 十時の方向から!』


ノリコが叫び、「くっ」と歯を食いしばりシンジはギターで迎撃し、アスカはつま先蹴りを胸の中央に叩き込む。


「ファースト! 一体どうしたっていうのよ!?」


『レイは、このままでいたいのだ』


応えたのは、ゲンドウだった。ゲンドウは立ち上がってモニターを見ていた。サングラスははずしていたままだった。静かな眼でモニターを見て、ゆっくりと口を開いた。


『この壊れた世界でい続けたいのだ』

「このままだとみんな死んじゃうのに!?」

『怪獣軍団を全て殲滅した時、ダイ・エ・ヴァ・スターの持つギターは世界の綻びを収束させる道具となるからな』

「それが一体!」

『世界のほころびは、ありえない現象の全てをなかったことにする。君の物理を超えた最強は元より』


「やめてください!」


ようやくレイが言った。いや、叫んだ。全てのものから身を守るようにして自分の体を抱きしめていやいやするように頭を振った。


「このままで……どうしてこのままではいけないの」

「いいわけあるかっ!」


反射的に突っ込んでしまうアスカ。

だが、レイにはそれは聞こえているのかいないのか。


「私は……ただ、碇くんやアスカや他のみんなと、面白おかしく毎日をすごしたかっただけ……!」


ぶっちゃけた!


いやなんかそれキャラ変わってない?みたいなことを言いたいのだが、場の雰囲気に飲まれて何も言えずに黙り込んでしまうシンジは、困ったようにアスカを見た。

アスカは、だが、いつになく俯いていた。


「あんた――黙ってたと思ったら、んなこと、考えてたんだ」


どうにかこうにか搾り出したような言葉に、レイは頷く。


「ありえない幻である私は、この世界でしか存在の維持ができない……だから」

「なんのことよ?」


『それは――その綾波のねーちゃんの体が、当人のと違うってことやけどな』


いきなり挟まれた言葉に、全員が振り向く。


モニターの中で、ベスパの隣で頭をかこうとしてできないでいるサッシとアルミが見えた。カメラはどこだなどということは聞いてはいけない。

できればいわんと済ませたかったけどなあ……という風にサッシが首を振った。


『どういうこと?』


ミサトは口にしながら、だいたいのことは解っていた。サードインパクト、そしてその前にバラバラにされたレイのクローンたち。

ならば、あそこにいる、ここ二年をともに過した彼女は誰だ?

リツコが顔を伏せていた。

マヤが眼を閉じていた。


『えーと、うちのねーちゃんも、ユータスいう陰陽師の血を引いててな』


サッシは、ごくごく簡単に述べた。


『当人も知らんかったけど、陰陽師の素質があったみたいで、それでちょっと前に、なんかショックで世界の狭間に飛び込んでもたんです。それでぼくら、ねーちゃんを探しにここにきたんですわ』


『レイの魂は同位存在である彼の姉の体を依り代として復活したのだ』


ゲンドウが言葉を継いだ。


『レイが元のレイではないということに疑念を持ったのは、隠し芸大会の時にタライを出したことからだがな。レイの持つ使徒の力では、あれは説明が難しい』


あれは世界のシステムに介入する陰陽師の力の発露であったのだろう。


『じゃあ、隠し芸大会なんてのをすることにしたのは……』

『サッシ君と話してだいたいのことは読み取れたが――それでも確証を得たかったからだ。あと、チルドレンを怒らせて無茶をやらせて、世界の綻びが拡大されるということも期待していた。そうなれば、いかにレイであってもこの世界の修復を優先させるだろうと思っていたからだが……』


夢を終わらせることを、レイは拒否した。


誰も言葉がなかった。どういっていいのか解らなかった。彼女の浅はかなともいえる望みの前に、世界はほころびを増してここに滅ぼうとしていることを、どう思えばいいのか。馬鹿馬鹿しいことであり、悲しいことであった。彼らは今からこういわなくてはいけないのだ。「みなを救うためにお前は死ね」と。それは拒否されて当たり前なのではないか。

と。

碇ゲンドウは、拳を握り締めた。ポケットからサングラスを取り出してかけようとして、やめた。駄目だ。ここからは、自分が悪役にならなくてはいけない。悪役であるために自分を偽る仮面をつけてはいけないのだ。自分は一片の同情もかけられることなく責められねばならない。それしかないと言う事をみなが承知しながらも、あいつのせいでと指差して罵倒され続けなくてはいけないのだ。


綾波レイを生贄に捧げたと。


息子に、部下に、全ての人間たちに呪われねばならないのだ。そのおかげで世界は救われたと感謝されながらも、だけど他にやりようがあったのではないかといわれ続けなくてはいけないのだ。ああ、あればそうしていた。この世界は居心地がよかった。誰もが優しくて誰もが当たり前に生きていけて、誰もが強いこの世界は、まさに理想郷だ。夢のような夢だ。できれば続けたかった。いつまでも、どこまでも、続けたかった。しかし世界はそんなわがままを許さない。現実は常に不幸を強いる。いつか無理のきたこの世界は、サッシ君の術などなくても垣根は崩れてより悲惨な結末を迎えただろう。それは避けられないのだ。避けられなかったのだ。


碇ゲンドウは、再び口を開く。


『レイ。この世界に、タカヤ君達の世界、サッシ君達の世界、そしてハルコ君達の世界……何故複数の世界があるか、解るか?』


解りたくもないだろう。わたしもそうだ。だが。


「……」

『解っているはずだ。お前が解らぬはずはない。世界がそのようにあるのは、それが世界の選択だからだ』


呪われてしまえ。

世界の全てよ。


『あってなるこの世のもの。なってあるあの世のもの。成るようにあれ――サッシ君の呪文だ。この意味――その真の意味、お前に解らぬ筈もあるまい?』


なんと貴様はおぞましいのか。


『所詮この世はあるように成り。成るようにある。ならば――そうあるべきなのだよ。今の状況は、それが覆されようとしているだけなのだ。極僅かな、我儘な者によって』


「それって、アタシ達の事?」


『違う。この世で最も巨大な我儘を振りかざしたものは――そこにいる』


指差す先に――



――初号機。



いつ、現われたのか。そもそも最初からそこにいたのか。量産機の向こうで、それはただよっている。いや、いる。こちらを見ている。ダイ・エヴァ・スターを凝視している。


『アレは――結局この世界も気に入らなかった。アレの望む形にはならなかった。その点では君等とアレは、対立している。しかし――アレが最終的に望む形であれ、君らの願いであれ、それは――あって成るこの世の形には程遠い』


だから、壊せ。

世界の修復を望め。


『難儀な夫婦だ……』


傍らでそう呟く冬月がいた。


ああ、そうだろう。そうだ。そうするしかないのだ。


さあ、敵は用意してやった。

初号機という敵だ。


言い訳も用意してやった。

自分の言葉をこの時は「それしかなかった」と受け入れ、全てを果たした後で懊悩の挙句に私を憎め。

そうなるように仕組んでやる。


シンジよ、貴様の少年期を私が殺してやる。


友を殺して母を殺して父を憎め。


「父さん……」


呆然とモニターを見上げたシンジはその後で何を言おうとしたのか。


「私は」


レイが、隣に座るシンジへと覆いかぶさった。


「綾波?」

「ファースト!」

「私はただ」










「幸せになりたかった」









ああ、そうだ。自分だってこのままでいいと思っていたわけではない。体は借り物で、世界はほころび続けていて。そんなのは知っていたしどうにかしなくてはいけないと思ってた。だけど、だけど、だけど碇くん、あなたと一緒にいると楽しかった。アスカと遊んでいるとおもしろかった。その感情が自分に由来するものなのか肉体の持ち主のものなのかは解らなかったけど、そんなことをきにすることもなく楽しくて面白くて。いつまでもこの時間が続いていたのならばどれだけ自分は幸せだっただろう。ああ、だけど、このままでいつ続けたらあなたたちまで死んでしまう。死んでしまってはこの世界があり続けても意味がない――


「ま、考えるまでもないわね」


アスカがレイの、


「いたたたっ」


耳を引っ張った!


「アンタばかぁ?」


アスカさまは仁王立ちした。

モニターのむこうで顔を抑えるものたちが続出しているが、そんなことはどうでもいい。あとシンジは顔を真っ赤にしているが、本当にそれもどうでもいい。


「つまんないことで悩んでないの! このバカレイ!」

「……だけど」

「だけどはなしよ! こんバカ! そしてあと司令! あんたたちもバカよ!」


ゲンドウが何かを言う前に、アスカは叫ぶ。


「何が世界の選択よ! 何がなるようにあれよ! えっらそうにいってんじゃないわよ! 幸せを望んで何が悪いのよ! 面白おかしく楽しく明るく楽しく激しく生きたくて何がおかしいのよ!」


(そこまで言ってないよアスカ。あと楽しいが重複した)


さすがに突っ込む余裕はない。


「世界を変えたいと望んで、それができる力があってそうして、何が悪いのよ!」


そうだ。

世界は変えられるのなら、そうと望んで当たり前だ。この世界が気に入っているのなら、それを続けたいと思って当たり前ではないか。

そんな当たり前のことも解らないのか!

あるようになれ、なるようにあれ――ああそうだ。世界はいつだってあるようにしかならなくてなるようにしかならないけれど、それは力が足りないからだ。変えたいと望む者の力が足りないからだ。このままでいたいと望む者の力が足りないからだ。

もしも。

もしもその人間にその望みを適える力があるのなら。



人はいくらでも世界を毀し、世界を止め続けるに違いない。



「オンミョウジ! あんたらは姉の体を取り戻しにきたんでしょ!?」

『あ、いやまあ、探しに来たんは確かやけど……』


いきなり話を振られてしどろもどろになり、それでも聞かれたことは答えるサッシ。


「だったら返したげる。あとノリコにカズミは元の世界に返りたいのよね? そして役目を果たしたいのよね?」

『当然のことだわ』

『はい!』


無駄に威勢良く答える二人。


「ならば、このバカ騒ぎを収めるのに異論はないわね。――ああ、ファースト、あんたはこの世界が続くのを望むんでしょ? 楽しくて楽しくて幸せなこの時間が」

「だけど、それは――」


「わたしが、すべてかなえてあげる」



言った。

言い切りやがりました。

この地上最強は、とんでもないことを言い切ってくれやがりました。


それはこの世でもっとも我儘で、強い願いだ。


誰もが幸せであり、誰もが望んだままにいられる。

子どもの頃の御伽噺。

大人の事情など知ったことではない。


でも。


「でも、でも――あなたは――このごちゃついた世界にいるからこそ、地上最強でいられるのよ」


レイが言う。もしも世界が修復されるのならば、アスカの最強は失われる。

アスカは笑った。


「私はどこでだって最強だからいーのよ!」

「碇くんとのことはなかったことに」

「……いや、またそれはその、やりなおして……」


もじもじ。

顔を伏せて指と指をこう……と、あることに気づいて顔を上げた。


「って、修復されてもここであったことがそのまんまなら問題なし!」

「そこまで都合よく……」


全員絶句した。

アスカのご都合のよさに、さすがのミサトもゲンドウもサッシまでも声もでない。

ただ一人だけニヤニヤしながら様子を見ているものがいたが――


「さあ、そういうわけよ! いくわよレイ!」

「了解……いえ、わかったわ、アスカ」


二人は手を握り、抱きしめあった。

間でいるシンジはさり気に無視だ!

そうして背を叩きあってから元の席に座り直す二人。

だが。


『駄目です! ハーモニクス異常値! 回復しません!』


マヤの声は悲鳴のようだった。


「なんでよ!」


アスカも叫ぶ。

レイも納得して、カズミやノリコはいわずがもなだ。ここで戦いを邪魔しようなんてのは誰もいないはずだ。

と。


「フィフス!」

「いや、ぼくは全然関係ない……」


心という器にヒビを入れられ(中略)なカヲルはアスカに逆らえるはずもなく、脅えたままに手を胸の前で振って見せた。

じゃあ誰だ?


――


「シンジ!」

「僕は、それだと駄目だと思う、アスカ」

「何を言ってるのよ!」


思いもかけずに反論されて、アスカはしかしそれ以上いえなかった。

シンジは、いつになく真剣な眼差しで彼女を見ていた。強い眼で見ていた。


「そんな都合がよい世界なんてあるはずがないよ。だって、人の望みは全部が違うもの」

「そんなの」

「アスカが望んでいる、アスカの気持ちのいい世界は、アスカの好きな人たちのための世界だと思う」


それの何が悪い……という言葉はいえなかった。


「人は、傷つけあうことしかできないんだ。自分の望みのために人の心を傷つけて、自分もまた傷ついて。それはきっと心の壁があり続ける限り続くことなんだ」


だから。


「多分、アスカの望むようにしたら、また同じことが繰り返されると思う」

「その都度撃退してたら問題ないわよ!」

「いつまでも?」

「いつまでも!」


二人の視線は交差した。

アスカの蒼い瞳と。

シンジの黒い瞳が。


先に逸らされたのは、アスカの方だった。


「解ったわよ……」


いっそあっけなく見えるほど、アスカは簡単に引いた。

彼女もあるいは、自分の言ってることがどれだけの無茶なのかということは自覚していたのだろう。きっと。

ただし。


アスカとレイは、そろってシンジに顔を寄せた。


「だったら」

「あなたは」


何を望むの?


それはいつか聞いた、遠い言葉。

全ての……それこそ、宇宙の全て人間が耳を傾けた。彼の次の言葉を待っていた。

やがて。


碇シンジは、首を振った。


「僕は、アスカほど欲張らない」


世界はだって、なるようにあり――あるようにしかならないんだから。


「それだとレイが!」

「解らないけど、だけど、なんとかなると思う」


もう一度会いたいと思った。

この時思ったこのの思いは確かに本当だから。

きっと、その程度のことはどうにかなる。


「何よ、あんたも十分ご都合じゃないの!」

「アスカみたいになんでも自分勝手にすき放題にしないだけマシだよ」


ぶーぶーと頬を膨らませるアスカだが、何処か嬉しそうだった。自分の我儘を遮られたことが悔しくないはずがない。だけど、彼女はそんなことはどうでもよかった。シンジが、あのシンジが私に逆らったのだ。いつも肝心なところで引いていたシンジが! よりにもよって、この場所で、この時に、この私にだ。ありえない。ありえないことだ。だが、それが嬉しい。ただただ自分に従うのではなく、自分の言いたいことをはっきりといって、傷つけあい、そしてその果てに理解し合う関係を望んでいた。シンジがだ。アスカではない。アスカはそんなことを望んでいなかった。望んでいたのはシンジだ。彼女は待っていただけだ。いつシンジが自分の望んだとおりの人間となるのかを待っていたのだ。そのことが嬉しい。嬉しいのだ。


『サッシ、どないする?』


何処かあきれたようにその様子を伺っていたアルミだが、しゃあないなあとサッシは宇宙を見上げた……まあ、宇宙に上はないのだが、見上げた。


『そういうわけや、ユータス、いやさ阿倍晴明! もう一度力を貸せっ』


もう一度、いや何度だって勧請してみせるとサッシは思う。この世界の人々の願いはささやかなものではないけれど、だけど間違っていないと彼は思う。誰もが幸せになるということはできやしない。だけど、そのために全ての理を捻じ曲げるでもなく、ただ一人の生存を願ってそれを果たして、何が悪い。

魔法使いはいろんなことができる。できないことも多いが、できることは数多い。だからこそ陰陽師は基本的に自分自身の願いをかなえようとしてはいけない。術者が勝手にしていたら、それこそ世界はもたない。だが、そんなルールなど知ったことか。知った、ことであるものか。


『アルミちゃん』

『ん』


差し伸ばされた両手を、今までと同じように、しかし何処か違った風にアルミは握る。これが多分、最後だ。

最後の最後の、夢の終わりだ。



『あってなるこの世のモノ』


『なってあるあの世のモノ』


『『天尊神、地尊神、なるようにあれ!』』



二人の傍らに立っていたハルハラ・ハル子は、ニヤニヤと笑ってガン・エ・ヴァ・スターを見ている。


『……あー、このシンタロウ、意外と大人なんじゃん。つーことは……自分でバット振り切る、かあ?』


ああ、そういえばタッくんにももう一度会いたいな、とぼやくように言い添えた。あんまり気にしていなかったけど、そういえばあの町はどうなっていたのだろうか。いやまあ、どうでもいいんだけど。



そうだ、だってもはや、彼女が探していたものは――アトムスク、と呼ばれていた宇宙の秘めたる力は――彼に、自分の定位置についたエヴァンゲリオンのパイロットに、降りた。



「熱っ……」


突然、シンジは額を押えた。


「今度は何!?」


「碇君?」


「ああ、これが――彼女の探していたものか」


そこには、ひとつの紋章が浮かび上がっていた。赤く光る紋章。その紋章が浮かび上がったものに、力を貸す、宇宙海賊アトムスクの――ハル子が追いかけている男の紋章。

そしてシンジはプラグに溶け消えた。


「シンジィィィィ!?」


『消えた!』

『いえ――違います! 強力な生体反応がダイ・エ・ヴァ・スターの体内機構を移動中――輩出されます!』


それはゲロだった。


ちぐはぐの身体を通り抜けたシンジは、その口からゲロ的に外に飛び出し、


『シンタロウ君、ギターもってないかんなー。しゃあねえ。使いなっ!』


こくり。


見えるか見えないかの頷きで答えたシンジは、ハル子が投げたギターを受け取るとそのまま回転を加えて――


ぎゃいーん!


ハル子はにやりと笑って、呟いた。


『いーもんもってんじゃん、シンちゃん』




☆ ☆ ☆




……そこは真っ白の空間だった。

空間という言い方が正しいのか、シンジにはよくわからない。

そこはただただ白くて広くて、何もなくて。

いや。

立っている。

彼の前で立っている女性がいた。


「母さん……」


そうだ。

碇ユイ。

ほとんど記憶ないはずだった。

だけど、確かに母だ。いつも初号機の中でいて。自分を守ってくれていた、人。

そして、最後の敵として立ちはだかっていたはずの人。

その母が、当たり前のように言った。


「こんばんわ、シンジ」 


笑っていた。

慈母のような……というには違っている。何処か悪戯を企んでいるような、そんな笑顔だ。似たようなのは近くでよく見ていた。具体的にはアスカとかミサトさんとか。


「母さん、ここは?」

「ねえ知ってる? ビッグバン説を最初に言った人の中には、神父様もいたそうよ」


質問に答えてよ……という前に、


「それが、どうだっていうのさ」


とりあえず聞いてみた。何処か拗ねているような口ぶりなのは仕方ない。

ユイは笑顔を崩さず、


「宇宙の始まりは、宗教家にとっては大切なことなのね。そしてキリスト教の立場からの科学的な推論としては、全てが収束していて、そこから広がって宇宙はできたと考た。……きっと、拡散させた誰かのことをあの宗教では神様っていうんだわ。こんな感じで」


光あれ


ぱーっと手を振って見せる。

しかし、何も起こらなかった。

当然だ。

彼女は神ではない。

「何がいいたいのさ?」

「ん……何からいったらいいのかな。拡散があるのなら、当然のようにその前があるということよ。ここは、世界の始まりの場所よ。宇宙のという方が正確なのかもしれないけど、多分、そう。全てがあって何にもなってないところ」


ここが――この白くて広くて、何もない場所が。


なのに。


「そうなんだ」


シンジは無感動にそう言い捨てる。


「で、母さんはどうしてここにいるんだよ!」


あと何がしたいのだ。

今はそれが何よりも重大なことらしい。

「量産機とかけしかけたりして!」

「あれは私じゃないわよぉ」


おこっちゃいやーんとブリッコなポーズをとる。当然、セカンドインパクト以降に生まれたシンジがそんなリアクションの意味がわかるはずもない。まあ、解ってたところで怒りはいやましていただろうけど。


「あーれーはー、世界が送り出した免疫機構よー。ちゃんと説明受けてたでしょ?」

「そんなのがどうしてエヴァシリーズの姿になってるのさ」


そうだ。

あれは本当に驚いた。


「あれは、アスカちゃんのせいだわ」


ユイは思いがけないことを、なんでもないことのように言う。


「アスカの?」

「この世界に対して最も強い影響力を持っているのは、アスカちゃんなのよ。だから、この世界においての〈魔〉は、アスカちゃんが最も忌み嫌うものが対象として出てくるの。……覚えていないのならいいか。彼女、サードインパクトの前にあれらにかなりひどい目に合わされているから」

「そうか……」


そういわれてみたら、なんか納得がいった。

あの世界でのアスカは本当にちょっとこれはないんじゃないかってくらいに異常というか強すぎていて。


「ああ、ちなみに私がアスカちゃんの次ね」

「さらっというね……」

「本当のことだもの。まあ、彼女の意志力が強すぎたのが今回の件の根幹ね。もしも私の力が勝っていたら、さっさとこの世界のありようを私の望んでいたものに変えたでしょうから」

「それは――」

「だけどね、私も同じ。この世界に私が望むことは何もないの」


あなたと同じよ。だから――


「最後は、敵として討たれるのもいいかなと思ったんだけど」


重力を振り切れずに地上に落とされたのは、誰が望んだのだろうか。自分でもないしゲンドウさんでもないし。多分、アスカちゃんかシンジなんだろうなとユイは思った。大した意味などはあるまい。きっと彼らの日常のためには初号機が必要だったのだ。格納庫で初号機を見つめているのは、いつもゲンドウたった一人だったけれども。


「討たれてもって、どうして?」

「人の可能性を信じたくなった、からかな」


一体この人は何をいっているのだろうか?

シンジはあたらさまに顔をしかめたが、ユイは相変わらず笑っていた。


(シンジ、あなたは知らないでしょうね。私の抱いた絶望を。そしてエヴァに抱いた希望を。閉塞し切った世界を変えたくて仕掛けたサードインパクトの真の意味を)


だが、そんなことはどうでもいいか、と彼女は思った。

サードインパクトは失敗だった。

……いや、ある意味で成功した。

人類の心は補完されて、夢のような理想郷が現出した。それは結局、世界そのものに負担をかける行為だった。世界は人が満ち足りることを許さなかった。神の座の階に指をかけることを拒否した。そうなることは彼女も予測していた。だから、別のやり方を望んだのだが、子どもたちがとった手段は彼女の想像などを超えていた。


「みんながみんなで幸せになれる世界、か――」 


その発想は、なかった。

生きてさえいれば、何処でだって幸せになるチャンスはある。

だけど押し着せられる幸せなんてごめんだ。

そう思っていた。


「いや、それはアスカの望みであって、僕のじゃないよ」

「そう? あなたはアスカちゃんの望みを否定できるの?」

「否定っていうか、絶対に無理がある。きっと、またこんなことが起きるよ。世界が修正しようとして、そして……」


そして――どうなった?

シンジはその時になって、ようやく自分が何をやっていたのかを思い出した。

そうだ。

僕はみんなと一緒に怪獣軍団と戦いにきたらなんでか量産機というかエヴァシリーズで、最後に初号機に向かって。


「僕は――母さんを、殺した」


「いや、死んでない死んでない」


シリアスに独白したのに、あっさりと否定されてしまいました。

「まあ、さすがにちょっと辛かったけど、ほとんど同時にアレが発動したしね。世界がつむぎなおされたら、五分の確率で元の通りに宇宙を漂っていたでしょう。きっと」


賭けとしてはそんなに分は悪くなかった、と彼女はあっけらかんという。

しかし五分というのはどうなんだろうか……天性からギャンブラーとしての資質が抜け落ちているシンジには、ユイの考えが妥当であるかどうかはよくわからなかった。基本的に小市民である彼に、人類の命運をかけて自分自身はおろか全人類の命までをも賭け金に積み上げられる彼女の考えなどわかるはずもない。まさに親の心子知らず。というのとはちょっと違うか。


「どちらにしろ、世界をどうするのかの選択権はあなたたちにあるわ」


私が生き続けるかどうかは、あなたが決めなさい……ユイはそう言った。

それがどういう意味なのかを計りかねているのは、眉毛の歪み方で解った。まあ、それも仕方ないかと思った。息子がどういう選択をとるのかは知っているし解っているつもりではあるが、土壇場でどう心変わりするのかは解らないし、果たして自分のすることの意味などもわかりもしないだろう。どうせこの世はなるようにしかならない。まだ、この世は始まってもいないのだけれど。


「そうね……その前にお話を続けましょうか」

「いやその、一体なにを……」


シンジは疑問を口にしようとして口を開いたが、何をどういっていいものかも解らずに黙り込んだ。

はっきり言って、ここでのことは訳がわからなさ過ぎる。

端かに聞いていたらどけだけ時間があっても終わらないのではないか。


「初めに言(ことば)があった=v

「?」

「言は神と共にあった=v

「それは――」

「言は神であった=\―ヨハネの福音書、第一節」


自分の言葉が何のことかも解っていない息子に、ユイはあきれた顔をしてみせた。


「エヴァに乗っておいて福音書のことも知らないのってかっこつかないと思うわよ?」

「僕はキリスト教徒じゃないし……」

「私もよ。一般教養として知っときなさい。……まあ、あなたに教えないといけないことはいっぱいあるけど、さしあたっては」


――耳をすませてみて。


ユイは右手を自分の耳に添えた。


「聞こえてこない?」

「え?……これは」


ギターかチェロか……ヴァイオリンか。遠くから聞こえてくるその音は、弦楽器のようだった。どうしてかよく解らなかった。その辺りを聞き分けることくらい自分にはできるはずなのだが……。


「昔、科学がでてくるずっと前の西洋では、音楽は神学の一部だったそうよ」


ユイの説明する声は、それこそ歌うようだった。


「何せ世界は言葉によって世界は創られたのだものね。音律によって世界は構成されていると考えたのかしら」


さすがに詳しくは知らないけれど……と言い添えて


「万物は言によって成った=\―ならば、世界はきっと歌なのね」 


神様の歌か、とシンジは呟いた。

「いうじゃないの」

「母さんの説明を聞いてたら、そう思っただけだよ」


母親に褒められても素直になれないのは思春期の息子としては仕方のないことではある、が。


「だとすると、この音を紡いでるのは神様なの?」


そうだ。

ここが世界の始まる前の場所であるのなら、ここには世界を作る神がいるはずだ。

ユイはシンジの眼を受けて、静かに首を振った。


「造物主はここにはおられないわね……あるいはどこか知覚のできないところでおられるのかも知れないけれど」


少なくとも、私たちに干渉することはないだろう、とユイは言う。


「今ここでこの音を奏でてているのは、あの子たちよ」

「あれは――」


その時、二人の視界の果てにどうしてか少女たちの姿が現れた。

今までいなかったとか、こんなに近くに聞こえるのにこんな遠さはどうしてか……シンジはそんなことが脳裏をちらりとよぎったが、どうでもいいかと考えるのをやめた。きっとここでは時間も距離もあまり深刻な意味がないのだろう。

それに。

彼にとってはもっと重大なことだった。

その少女たちは。


「アスカ、それに綾波」


チルドレン。

戦友、そしてその、恋人みたいな、そんな関係の少女たち。


二人はヴァイオリンのような……よく解らない弦楽器を弾いていた……弾いている、ように見えた。

熱中しているのか、こちとらには気付いていないらしい。


シンジは駆け寄ろうとして、その様子に首をかしげた。


「あの二人は何をしているんだ?」

「見ての通りよ」


ユイは実におかしそうに笑っている。


「見ての通り、世界を紡ぎ直しているところよ」

「ああ、そういえばそんなことをしようという話で……」


そういえば僕の言っていたことに同意してくれたっけ――そう思い出した時に、音が止んだ。変わりに、アスカの声が聞こえた。


「もう! なんでこー、上手くいかないのかしら!」

「アスカ、少し焦りすぎだわ」

「焦るわよ。早くしないと、シンジがきちゃうじゃない」

「……やっぱり、碇くんには内緒のうちにすませたいの?」

「まあ、仕方ないじゃない。アイツはいやだっていうんだから」


「……なんの話をしているんだ?」


いや、おぼろげながらどういうことかは解る。あの二人は自分がいては困るのだ。自分がいない間にあの楽器を使って――


「シンジ」


今までとはちょっと違った感じがして、シンジは何も言わずに自分の名前を呼んだ母を見た。

ユイは、初めて母のように笑っていた。


「親としてあなたには色々と教えたいことがあったけど、それはまあ自分で学びなさい。あと女としては、ただ一つのことだけ知っていれば充分かな」


そして。

母の顔をやめて、ひどく悪戯っぽく微笑んで見せた。


「女はね、嘘をつくのよ」


「母さん!」


シンジは、叫んだ。それは、その言葉の意味を問い質そうとするものではなかった。彼は知ったのだ。母とは、もう会えないのだと。いや、ここで会えたことこそが何かの間違いあることなのだと悟ったのだ。

ユイはシンジの声にどう応えたものかを少しだけ思案したように、困ったような苦笑を浮かべ、そしてその顔のままにばいばい、と手を振った。

それだけで。


あっけなく、碇ユイは消えた。


「母さん……」


手を伸ばしたシンジの背中に、「あ」という驚いたような気まずいような、そんな声がかかった。

シンジが振り向いた時、「怖い顔」をしてしまっていたのは、無理からぬことだろう。

たった今母との別離を唐突にすませ、今は恋人(?)の裏切り(?)を目の当たりにして。


地上最強の生物であるはずの惣流アスカ・ラングレーと。

使徒の力と陰陽師の力を併せもっているはずの綾波レイは。


あからさまにしゅんとした顔をしていた。


それだけで、溜め息を吐いてシンジはなんかもー、どうでもよくなった。脳裏に「嘘をつくのよ」と母の笑顔が浮かんだ。まったく、その通りだ。だけど、まあ、そのことはどうでもいい。問題は自分がどうするかだ。

シンジは苦笑した。


「二人とも、ちゃんと歌おうよ。曲は、僕が弾くから」


その言葉に二人は顔を見合わせ、それからそれぞれ頷く。


「はい」

「うん」

「その前に、言う事、あるよね?」

「……」

「……」

「あるよね?」

「「ごめんなさい」」


そして、シンジは「じゃあ、始めようか」と笑った。


「僕もまぜて欲しいけど」


カヲルが。


『私たちも参加したいんだけど、よくって?』

『ええ――やりましょう!』


ノリコとカズミ。


「ボクらも」

「一緒に歌わしてもらうわ」


サッシとアルミ。


『こりゃ、やるしかないっしょ』


ハル子。


アスカはしばらくその面子を眺めていたが、ぷいと顔を逸らし。


「ふん! 勝手にしなさい」

「アスカぁ〜」

「もー、謝ったからいいでしょ!?」


よかあないけどさ、と思いながらシンジはみんなを見わたした。

笑っている。

みんな笑っている。


(大丈夫だ)


世界の始まりの時に、みんな笑っていられるのだから。

笑顔で祝福された世界は、きっと素晴らしい世界になる。

自分たちのいた世界を創った神様はどういう人でどんなことを思って世界を創ったのだろうか、とシンジは思った。神様に人だなんてのもおかしな言い方だが、シンジはきっと その人は笑ってはいなかったのだろうなと思った。笑って祝福されたのならば、あの世界はあんなに悲しくてつらいことばかりになっていたはずがない。それともその人も望んだのだろうか? 誰もが幸せで誰もが笑っている世界を。そしてそれは果たされることがなくて、やはり悲しんだのだろうか。


「? シンジ?」

「ん――なんでもない」


そんなことは考える必要もないことなのだと、シンジは思考を打ち切った。

これから創られるのは新しい、だけど今までとそんなに変わらない世界。

その世界で自分たちはどう過ごしていくのかは解らない。

ああ、だけど、だけど。

アスカとレイと、そして僕たちが紡ぐ歌からできた世界ならば、きっと。


気付いた時には、シンジはチェロと思しき楽器を弾いていた。


アスカとレイは唱和していた。


カズミとノリコも。


アルミとサッシも。


ハル子はギターをかきならして。



……



初めに言(ことば)があった

言は神と共にあった

言は神であった

この言は初めに神と共にあった

万物は言によって成った

成ったもので言によらずになったものは何一つなかった

言の内に命があった

命は人間を照らす光であった。

光は暗闇の中で輝いてる



……


言葉とは光であり、世界を紡ぐ歌は、光の連なりなのだろう。

シンジの視界を光が埋めた。


そして……





☆ ☆ ☆






「早いものね、あの地獄の隠し芸大会からもう一ヶ月たったわ」


とかなんとかかなりどうでもいいようなことを言いながら、アスカは登校している。


「あなたの傷もようやく癒えたものね」


レイがその隣を歩きながらそんなことを言った。

シンジはその後ろを溜め息を吐きながらも歩いている。


(なんで隠し芸大会で負傷するんだよ……)


どうにも釈然としない。

第二回隠し芸大会は、シンジのよくわからないうちに終わった。よく解らないというのは、さっさと脱落したからである。

隠し芸大会で脱落というのはどういうことなのかということを聞いてはいけない。ネルフで起こる隠し芸大会がただの隠し芸大会であるはずもないのだ。その詳細は未だ機密指定にされ、その全貌をしることができることは司令レベルのものに限られているのだ。いや、あんまり知りたいとかはシンジも思っていないのだが。

ただまあ、断片的に。


「んじゃあ、話もまとまったとこで、最後の仕上げと行きますか――Aモード起動!」

「Aモード?」

「A流しこみます」

「流し込む?」

「んー、今回はスピリタス」

「って、あんたはまたやったのかっっっっ」


……そういう会話があったということは覚えている。なるべくなら忘れていたいのだが、はっきりと覚えてしまっているのだから仕方がないのだ。


果たしてどんな芸をみなが披露したのかについては、最初の第一番が司令と副司令とキール議長と赤木博士によるカルテットでの演奏であったということだけは確かだった。つもり二番目から早くも記憶がないということなのだが。

あ、ちなみに四人で弾いたのは「バッヘルベルのカノン」。

これがまた玄人はだしというか、プロレベルというか――出し物として演奏したチルドレンたちのとまったく同じ曲目をぶつけてくるあたりが腹黒い。

シンジたちだってそんなに下手ではなくてむしろ上手いといえるほどだったが、この四人の前には粗さが目立った。同じ曲だけにそれがよく解るのだ。

特に圧巻だったのがチェロのゲンドウで、その繊細な音色はアスカやレイをして「あ、なんかすごい」といわしめるほどだ。

最後に拍手をしているアスカを横目になんか胸が痛くなってしまったのだが、それは早く忘れたい。


その後で起きたことで敢えて述べられることがあるのなら、アスカの地上最強の生物≠ニいう呼び名に対するように、レイに怪物を超えた怪物≠フ異名が被せられることだろうか。

どういう経緯なのかきにならなくはないがあまり積極的には知りたくないシンジである。

とりあえずあの大会からこっち、二人の仲がよくなったというのはシンジには嬉しい事だった。週末になるとイインチョとかマナとかマユミとかを誘ってお泊りなんかをして楽しんでいる。


(みんな、本当に幸せみたいだな……)


二人の背中を見て、そんなことを思う。

そしてそういうことを考えるたびに、脳裏にありえなかった記憶が蘇るのだ。


ガンバスター。

ハルハラ・ハル子。

陰陽師。


……夢なのか、そうでないのか。

誰かに聞くことはためらわれた。気付いた時には自分はあの地下の綾波の昔の部屋で倒れていたが、あの宇宙での戦いなどは全て自分の見た夢なのだと思うことはシンジにはできなかったのだ。だから、誰かに否定されるのが怖くて誰にも聞いていない。


そんなこと、あるはずないじゃない?


なんかアスカにそんなことを言われたら、もう立ち直れそうにない。

いや、まだ言われていないのだけど。

実にいいそうではある。


「まあ、そうなんだけど」


シンジは、頭の中のアスカに口にだしてそれだけを応えた。

だけど、アスカ、気のせいかもしれないんだけど、僕の耳には聞こえるんだ。本当に時たまだけど、聞こえるんだよ、アスカ。


歌が。


何処か遠くから聞こえてくる。

あれは……


確かに――


「シンジ」


目の前で、アスカがいた。脳内のではない、本当の本物のアスカだ。

レイと一緒に並び、後ろからきていたはずのシンジを見ていた。


「アスカ?」

「一緒に、いこ」

「行きましょ」


二人の手が伸びて。


「あ、ちょっと二人とも、待ってよ、そんなに強く引っ張らなくてよ!」


シンジが慌てて叫ぶが、二人は容赦しなかった。

互いに笑い、シンジを引いて駆けていく。


(って、綾波が笑ってる?)


アスカも笑っていた。

みんな笑っていた。


歌が聞こえる。


聞いているだけで幸せになって、誰もが笑みをこぼす、そんな歌だ。


(ああ……)


なんて心地よいのか。


これはきっと、創世の時代から紡がれている歌なのだ。

世界を祝ぐために神様が歌っている、きっと、そんな歌。


きっときっと、これを歌っている人は笑っているに違いない。

僕たちと世界のために、笑っているに違いないのだ。


シンジはそう思った。


「待ってよ!」


駆けていく。

走っていく。


笑いながら。

歌いながら。





……


Omnia per ipsum facta sunt et sine ipso factum est nihil quod factum est.

In ipso vita erat et vita erat lux hominum. Et lux in tenebris lucet et...


……




←前へ次へ→↑トップページへ

first update: 20070515
last update: 20070515

企画概要

運営

作品投稿

読む/投票

結果発表