最終話/再演(Rebirth) たったひとつの冴えたやり方、もう一度だけ
たったひとつのさえたやりかた、もう一度だけ


ネルフ本部は混乱の最中にあった。


「また新手!?」とミサトは叫ぶ。

「そのようね……それに、あれだけじゃない」


対するリツコは静かなまま、しかし険しい表情でキーボードを叩く。モニターの向こうでバスターマシン7号と名乗る少女がこう叫んだからだった。


『白いのを相手にしてもキリがありません。なぜならば! あそこに最大の変動重力源があるからです!』


いつ、現われたのか。

そもそも最初からそこにいたのか。

量産機の向こうに、それはただよっていた。いや、現にいる。こちらを見ている。ダイ・エ・ヴァ・スターを凝視している。


「翼」を広げた初号機が、そこにいた。


それが――地球圏からすら観測できた。

それは姿こそ初号機だったが、異質な大きさをしている。羽のひとかけらが量産機ひとつ分ほどになろうという、その大きさは、シンジが証言したリリスの姿を思い起こさせた。

そして、まさにそれこそが量産機の発生源なのだった。翼から捩れるように生まれる量産機の群は止む事なくダイ・エ・ヴァ・スターへ近づこうと飛来し続けている。


「そんな……有り得ないわ……質量保存則はどうなるの?!」

「忘れてはならんな。S2機関が肯定された段階で、それはすでに過去の遺物だ。まして、アレはATフィールドを自在に操る。その前に、物理的整合性など砂上の楼閣だよ。……それに、だ。あれは恐らく――」


それだけ言って、冬月は目を閉じ――それに呼応するようにマヤが叫んだ。


「こんな……ありえません! 魔王星・智王星・神無月星・雷王星の質量が――あれの体組織へと変換されています!」

「やはり、な」

「――まさか! そうなのですね、副司令!?」

「ふむ。やはり君が最初に気づいたか」

「どういうこと?」

「あまりの不確定要素の多さに耐えかねて、世界が辻褄を合わせようとしている。だからこそ――この世界に存在しえなかったものたちが集合し、ひとつになろうとしている。……なんてこと。あの違和感は正しかったのね。この世界には――」

「そうだ」冬月が笑顔で言葉を継いだ。「冥王星よりも外に軌道を取る惑星は、ないのだよ。赤木君」

「まさ、か――そんな『歪み』が初号機のかたちをとったものが」

「そう、あれ――全長が、地球ほぼひとつ分の大きさをもった――あの、初号機よ」


初号機。

今さらのようにその言葉が、皆の心に重くのしかかる。それは「ありえないもの」の別名――ゴミのようなものを切り貼りし、合体までしながら無理やり戦っている彼らを嘲笑うかのように、あんな――


あれ?


ミサトは、あることに気づいた。


「でも……ねえ、リツコ? 歪みに耐えかねてってことは、それって――」


そして耳打ちされたリツコはテレビ君(と便宜的に呼ばれている青葉らしきもの)のコードを踏みつけながら金切り声で叫んだ。


「しまったッ!!」


ぶちん。


「「「「「あっ」」」」」


そして。


ぷりっ。


「「「「「「「「「あああッ!!!」」」」」」」」」



☆ ☆ ☆



だから彼らはリツコの叫びを今は聞くことはなく、けれど別の声を聞いていた。


「なんでわからないんですかムキー!」

「わかるわけないじゃないのよムキー!」


さっきからずっとこの調子だった。

ガン・エ・ヴァ・スターは、目下ノノと名乗った少女の駆る宇宙怪獣――「バスター軍団」と本人は豪語している――に護衛されながら月を目指していた。

そして彼女に説明を聞こうとしたのだが――


「だーかーらー、あんたどっからどー見てもこのガンバスターとは技術体系全然違うじゃん! 何その萌えコス! 何そのアホ毛! それで同じ世界のモノってのは既に詐欺よ詐欺!」

「だからそれは! ノノがお姉さまたちが活躍したよりずっと後の時代に創られたからなんでスー! ね? お姉さま! ノノが想像した通り健康的で美しいです! 健康派セクシーです!」


突然話を振られても、っていうかそんな褒め方されても、とガンバスターの二人もすっかり困り顔だった。


『知りま、せんけど……』

『よくって? もしその話が真実だとしても――私達の主観でまだ起こっていない遥か未来の出来事を私達が知る術はないわ』


「そんなあ……」

「だいたいその『お姉さま』って何よ! あんたが言う通りなら、あんたら初対面じゃない!」

「ちーがいーますー! タカヤ・ノリコさまはノノの永遠のお姉さまなのです! なぜならば!」


ぶぶぅー!!!


と、口を開こうとした体勢のまま、突然妙な音を発して、ぷすぷすと煙まで出しながらノノは黙る。


こいつほんとにロボットだったのか。と、真空に生身でいるという非常識さを半ば忘れながらアスカは訊いた。


「……どうしたってのよ……」

「くすん。ノノは馬鹿な子でした……こんなことをノノがすらすら喋っていては、うっかりデロリアンなタイム・パラドックスが発生してしまいます……今の話はなかったことにしてもらえませんか!?」

「あー、確かに……でも、あんた存在が非常識な割りに変なトコ細かいわね」

「メカだけに、そこらへんはけっこう厳密に創られているのです」

「うーん……ねえ、信用できると思う?」


アスカの質問に、話を途中でぶった切られて相変わらず凹みっぱなしのレイの顔色を伺っていたシンジは慌てて顔を上げ、首をかしげた。


「うーん……助けてくれたんだし……悪い人じゃないと思うけど」

「でも、僕みたいに味方として近づいたら実は敵だったって例もある」

「話を蒸し返さないでよ……」

「なァにどうでもいい漫才やってんのよあんたたち。もういいわ。じゃあ……あんたたちはどうなの? 信用できる? こいつを」


アスカは何の気なしに話を振ったが、意外にも返ってきたのははっきりした答えだった。


『私は、信じたいところね』

『私も……そう思う。だって、私達のことを知っている人がこの世界にいるなんて思えないもの!』


「お姉さま……ノノは感動です。感涙に咽び泣きそうでうっ、うっ、ううう〜〜〜」

「あああもう! 言った傍から泣いてんじゃないわよ……ったくもう」


アスカは言いながら、追及の手を止めるしかなかった。確かに――こんなに真っ直ぐな奴に、裏表の使い分けができるなんて思えなかった。


「……んじゃあ、こいつは仲間と看做す。それで――異議ないわね? ファー……いえ――レイ?」


アスカは自分の隣で変わらずうなだれ続けているレイを、やっと視界に入れた。

レイが顔を上げる。L.C.L.の中でもその目を見れば、涙を流した後なのだとわかった。赤い虹彩の外までが、充血して赤くなっている。

今こそ決着をつけるべき時なのだ……そうアスカは思っていた。

でなければ、予想されるべき次の戦いを戦うことは、きっとできない。この女に本来の鉄の女に戻ってもらわなくては、あんな熾烈な戦いを乗り切れるはずがない。

だから。


アスカの視線の先で、ぽつりと、まるでアスカが最初に見たときのように表情のない顔でレイは呟いた。

その視線は、モニターの外――真っ直ぐな視線を持った、彼女に向いていた。


「あなたは――」


何を、願うの。


「決まっています! お姉さまが――正しく生きる人間が笑っていられる世の中です! あと他のみなさんも!」


ついでかよ!


全員がそう突っ込みながら――けれど悪い気はしなかった。


そして……


「何よぅ」


アスカがほっとしたように息をつく。


「笑ってんじゃないの、あんた」


ああ、これで何もかも大丈夫だ――無責任にそう思いながら。



☆ ☆ ☆



でも、さすがに無責任すぎたかもしれない。と、アスカはレイと共にちょっとした後悔に襲われていた。


「――なんで動かないのよ!」


そう、ガン・エ・ヴァ・スターは……地球圏にてあの初号機を目の前にし――またも動かなかった。


「シンクロ率の問題?」

「いや、大丈夫だ。ならなんで――カヲル君?」

「僕にもわからない。どうして……S2機関の鼓動を感じない。タカヤさん、アマノさん。そちらは?」

『こちらも駄目よ――ノリコ?』

『駄目ですお姉さま。縮退炉が、反応しない……!」』



『ああっ! ダメですみなさん! やん! もうダメぇ! キちゃう、キちゃいますぅー!』



ノノの叫びの向こうで――「初号機」の瞳が、光ろうとした。


その時。



けっこうシリアスな状況を台無しにする三人乗りがまさに帰ってきた。


相変わらず間抜けな音を立て、月軌道にブレーキ痕を残しながらそのべスパは止まった。


『ちっわあーっす! ドレイ・オンミョージとその女王様☆ おっとどけにあがりやしたー』

『苛めてーん。って誰がドレイじゃアホ!』

『ノリツッコミしといて何言うとんねんこのドアホ! 乳がデカイ女には誰彼構わずデレデレしおってほんま……』


……うっわぁ……

ここまでの盛り上げとか、なんかちょっとした感動とかが色々と台無しだった。

だが、そんなことに構っている余裕は既にない。


「――あんたら! ここにノコノコやってきたってことは――何か解決策はあるんでしょうねえ!?」


無かったらぶっ殺してやる!


『まあまあ……そないな顔せんといてえや。ほんだらざっと説明するで? えっとなえっとな、この世界で不完全な泰山府君の祭をやらかしくさった、その無理が主犯の形を取って化けとんのがアレやねん。元々こうやって色んな世界の人間を呼び出したんも、その緊急モードを発動させるための手段やってんけど……』


「「「「『『『く ど い !』』』」」」」


全員が吼えた。


『痛ッ――その大声……やっと交信が繋がったのね。聞こえる? よく聞いて、S2機関と縮退炉が――』


いまさらか。ため息をつきながら、全員を代表してシンジが言った。


「もう止まってます。どういうことですか?」


『ああ、それは――』


『ちょおちょお! ボクのええとこ取らんとってーや! ――説明しよう! 世の中の無理があのバケモンに集められとるせいで、無茶やって合体したそのガンエヴァンゲリスターの動力は動かんくなってもうたんやった!』


『やはりなの――サッシ君!? どうにかできない?』


ミサトが割り込んで叫ぶ――が、その言葉に答えたのは、サッシではなかった。


『そりゃーバットを持ってる奴次第っスねー』


二人の傍らに立っていたハルハラ・ハル子は、ニヤニヤと笑ってガン・エ・ヴァ・スターと、その隣にいるアンドロイド少女・バスターマシン7号を見ていた。

そののんびりと構えた姿をうらやみながら、ミサトが追求する。


『それって……まさか前に言ってた、アレ?』

『そーそー。アレよアレ。いやー実はさあ、この汎用ナントカが動いてるってこたあ「アレ」って発動はしてるはーずなんだけどねぇー。どーもスリープ状態っつーかなんっつーか、ヘタレっつーかチロウっつーか? こう完全にギア全開になるまでに時間がかかってんだよねえ』

『誰がそうなのかは……見当がついてるの?』

『んー、多分ねえ。ほらなんつーの? 主人公格なのに、このラストバトルまで全然活躍してない奴? バット振ってねえってか、控えで打席回ってない奴』


その言葉に。




あっ、と。




その場にいる全員がその主人公格の顔を見た。




「なんでそこで、僕を見るんだ……」




ツッコむのも面倒くさいほど、その理由は自明だった。


だが。

そんなことは、シンジだってわかっていた。シンジこそが知っていた。

たぶん碇シンジは史上稀に見るヘタレなロボット乗りである。

ロボットに乗っているっていうのに、特に熱血でもなく、特に真面目でもなく、特に不良でもなく、特に超能力もなく、特に天才でもなく、一般人よりもなお暗い。

まるで、主人公には成り得ないような人間だ。


だが――彼は、彼こそは、物語の終焉に在った、あの赤い海を最初に越えた一人だった。


だからこそ、碇シンジは。


「教えてよハル子さん! どうすればいい!?」




ちょっとだけ照れたように、ハル子は視線を逸らした。


『……あー、いかんいかん忘れてた。このシンタロウ、もう大人なんじゃん。つーことは……兄貴がいなくても自力でバット振り切る、かあ?』


ああ、そういえばタッくんにももう一度会いたいな、とぼやくように言い添えた。あんまり気にしていなかったけど、そういえばあの町はどうなっていたのだろうか。

いやまあ、どうでもいいんだけどね――そう思いながら、ハル子は囁くように言う。


『心の目を、使うんスよ。ねえシンちゃん、あたしが診断するところアンタのギアはちいっとサビついてた。でも心配ない。根性入れてバット構えりゃ――カミサマが降りてくるんだよ』




そうだ、もうあの世界には、あいつはいない。あいつは、彼女が探していたものは――アトムスク、と呼ばれていた宇宙の秘めたる力は――彼に、自分の定位置についたエヴァンゲリオンのパイロットに――




降りた。




「熱っ……」


突然、シンジは額を押えた。


「今度は何!?」


「碇君?」


「ああ、これが――あなたの探していたものか」


シンジの額には、ひとつの紋章が浮かび上がっていた。赤く光る紋章。その紋章が浮かび上がったものに力を貸す、宇宙海賊アトムスクの――ハル子が追いかけ続ける男の紋章。


「ああぁぁああぁああああっ!!!」


絶叫と共に、シンジの姿がコクピットから掻き消えた。


「シンジィィィィ!?」


『どういうこと!?』

『消えた!?』

『いえ――違います! 強力な生体反応がダイ・エ・ヴァ・スターの体内機構を移動中――輩出されます!』

『って、ちょっと待ってーや! まだボクの説明終わってへんでー!! 一番ええとこがー!!!』




それは端的に言ってゲロだった。

今は動きを止めたちぐはぐの身体を通り抜けたシンジは、その口からゲロ的に外に飛び出し、


『おりょー? シンタロウ君、ギターもってなーいじゃーん。しゃーねえなぁ、これっきりだぜ、使いなっ!』


こくり。


見えるか見えないかの頷きで答えたシンジは、ハル子が投げたギターを受け取るとそのまま回転を加えて――


ぎゃいーん!


『きゃああああああああ!?』


あろうことかノノをぶん殴って――あらぬ方向へとぶっ飛ばした。


「「「『『な ん で!?』』」」」


しかしそれには答えず、ハル子はにやりと笑って、呟いた。


『なーいっすぅいんぐ』




そしてノノは猛スピードでぶっ飛ばされた。だが――何故だか、どうするべきかはもう解っていた。

もしかするとさっきのバットのせいかもしれない、と思う。あの男の子の、どうしてか知らないけど努力と根性が目一杯詰まったバットの一撃を受けて――ノノには、わかってしまったのだ。


彼らをただ庇うことしかできなかった、自分にできること。

彼らと肩を並べて、一緒に戦うための、その方法。


たったひとつの、冴えたやり方が。


だからノノはためらわずにそれを起動させる。

そして彼らへの回線を開き、その言葉を――全てのバスターマシンの憧れである、その言葉を言う。


『合体です!』


「合体ィ! この期に及んで、またぁ!?」


『はい!』


「何の意味があるの」


『意味はあります!』


「この状況を打開するような?」


『もちろん』


『本当ね?』


『何も言えないんです! でも……お願いします! 信じてください――お姉さま!』


『わかった。信じるわ――いいでしょう!?』


そこで立たぬアスカではなかった。


「ええ。大丈夫よね――陰陽師!?」


『こっちはもう準備はできてるでー!』

『バッチコーイ!』


『いいねー。タイミングもばっちりじゃん?』


こくり、と赤く光を放ったシンジは頷いて――そのさまを見た。


『「うおおおおおおおおおおお!」』


エヴァンゲリオンとガンバスター、二人のメイン・パイロットが叫び――ユニフォームを破りそうなくらい、その胸に力を込める。


『「おおおおおおおおおおお!」』


そして――ついにユニフォームが千切れ、その乳房がこぼれたころ――




『たっだいまー!!!!! 』


その、脳天気で真っ直ぐな声がした。


『ただ今帰りました! このノノが! 二つの魂をつなぐ架け橋となるべく、地球を一周して戻ってまいりました!』




ばくう、とその胸部が開き、それに合わせるように、ガン・エ・ヴァ・スターがしゃがみこむ。

キャッチャーの構え。

そして、その構えの中心に――


ぽすっ。


ノノは滑り込んだ。




『ストライ〜ク! ……いや、アウト?』



☆ ☆ ☆



そして、それは起動した。


「何、これ……」

『S2機関と縮退炉の融合が……復活していく?』


それは、ノノが口に出せなかった、ノリコたちから見れば未来の技術。純粋数学で周囲の空間の物理法則を書き換えて、如何なる物をも変化させることができる機関。バスターマシンの縮退炉のように強大でもないし、S2機関のように無限でもないけれど――その全てを創り出し――何もかもをバイパスして繋ぎ留めることができる、特別なエンジン。


『フィジカル・リアクターかぁ……カッチョええな〜!』

『他人事みたいに言うとる場合かサッシ! 時間ないねん! 巻いたらんかいボケ!』

『わかっとるがなアルミちゃん! ほなイクでぇ! ユータス、いやさ阿倍晴明! もう一度力を、貸せぇっ!!!』


そうだ、もう一度、いや何度だって勧請してみせるとサッシは思う。

この世界の人々の願いは間違っていないと彼は思う。誰もが幸せになるということはできやしない。だけど、そのために全ての理を捻じ曲げるでもなく、ただ何かを守るためにその力を使って――自分のことさえ諦めている人が、そうしているのに――何が悪い。何が悪い!

魔法使いはいろんなことができる。できないことも多いが、できることは数多い。だからこそ陰陽師は基本的に自分自身の願いをかなえようとしてはいけない。術者が勝手にしていたら、それこそ世界はもたない。

だが、そんなルールなど。


『なんぼのもんじゃい! アルミちゃん!』

『ん!』


差し伸ばされた両手を、今までと同じように、しかし何処か違った風にアルミは握る。これが多分、最後だ。

最後の最後の、夢の終わりだ。ならば――それにふさわしい姿に、きっとなるはずだ。

だから二人は目を閉じて、星ぼしにその呪言を響かせた。



『あってなるこの世のモノ』


『なってあるあの世のモノ』


『『天尊神、地尊神、なるようにあれ!』』






ふうむ、と冬月が唸ったのは、つい数十分前に見たような感じがした。だが、他の人間が呆然としているんだから仕方がない。行けクソ爺。


「もはや説明は要るまい――エヴァとガンバスター、その魂たる駆動機関を接続する、実現した『ピタゴラスの黒板』――まさかそれがあんなに可憐な女の子の姿をとるとは思いもしなかったがね、そう、さしづめ――」



やっぱりアンタが言うのか、と、作者もまた突っ込んだ。



ダイ・ガン・エ・ヴァ・スターと言う所か」


長ぇよ馬鹿。



☆ ☆ ☆



そして「初号機」は動いた。その翼から無限に量産機を生み出し続けながら、その一方で世界の欠片をどんどん吸収しながら、それが表す矛盾と混沌の形そのままに――。


押し寄せる。

怒濤となる。

それは圧倒的な無意味。世界の全ての無茶を集めたゴミ。彼らには恐怖はない。それはただ乱雑さを撒き散らしては回収し、どんどん増殖するだけだ。それには無慈悲だの残酷だのという言葉も一切当たらない。ただただ圧倒的で絶対的で。全てを包んで握りつぶす偽神の手。この世界にそれより大きな生き物は存在したことが無いと言い切れる超絶のサイズを持って、全てを塵芥のごとく吹き飛ばす。


だが。


世界は真の奇跡を知る。

二つの世界の、さだめをゆがめるべく人の手になる最高の兵器の、その二つがさらに二つの世界の力を駆って合わされ。

それをさらに、もうひとつ。最後の手ががつないだ奇跡を。

五つの世界の手による、その完璧な奇跡の意味を。


ガン・エ・ヴァ・スターの装甲が展開した。それはさらに増殖した筋肉を包み込み、さらに同化してきりきりと絞り込んでいくいく。そしてその顔に、壊れたガンバスターの仮面の下に隠れるように、誰もが見覚えのある、似合わぬ可愛らしい笑顔が浮かんでいく。

それはノノのもの――エヴァの緑の瞳の中に、宇宙帝国の紋章と清明桔梗をそれぞれ従えた、ノノの笑顔だ。

そして四肢と――背中の光の翼を今一度広げ、ここにそれは誕生する。


それは、ついに真に恐れることなく彼らを待ち構えた。


そして、言った。ひとつに成った、ダイ・ガン・エ・ヴァ・スターは言った。


「S2機関と!」


「縮退炉!」


「世界を飛び越え!」


「二つの魂!」


「ひとつにつなぐ!」


「みっつの心で!」


「ひとつにつなぐぅー!」


「このダイ・ガン・エ・ヴァ・スターをおッ!」



しかと見よッ!!



そして見栄を切り――ダイ・ガン・エ・ヴァ・スターが硬直する。


『初号機、A.T.フィールドによる斥力により前進! ダイ・ガン・エ・ヴァ・スターへ向かっています 』



「で……これから、どうしたらいいの?」


それは、シンジが知っていた。


ぎゃいーん!!!


合体の掛け声に加われなかった腹いせのように、シンジはギターをかき鳴らした。

そして――


「さて、と。そろそろ借り物のギターでは窮屈になってきたところかな。シンジ君も」


すう、とL.C.L.から浮かび上がり――ふいと掻き消える。

そして次の瞬間には、もうその姿は外にあった。アトムスクの力でもなんでもない、自力による移動――そう、彼こそは使徒だった。


『心外だね、忘れていたのかい?』


「誰に喋ってんのよ不思議ホモ! あんた何やってんの! 使徒の手も借りたい場面なんだから、油売ってないで帰ってきなさい!」

『だからこそさ。僕は自分の役目を果たさねばならない。僕はそのためにこうして、自分がいないはずのこの世界に生存を許されているんだから』

「……えっ?」

『アスカ君、君は忘れてしまったのかい? 滅びを免れる生命体は、もう選ばれたと言うことを。僕は敗北者だ。こんな楽しい場所に、何の理由もなく存在を許されるはずがない――そうだろう? 綾波レイ』

「……ええ」


苦々しげに答えるレイに、アスカが食って掛かる。


「何よそれ! 聞いてないわよそんなの!」

『彼女を責めてはいけない。何故なら――』

「言わないで」

『……ふむ』

「……言わないで」

『……いいだろう。でも僕は僕で、自分の役目を果たさせてもらうよ。「背骨」はまだ不完全なままだし……何よりシンジ君には自分だけのギターが必要だ。そしてそのためには――どうやら「兄」が必要とされるらしいから――そうだろう! 君!』


カヲルが指差す、その方向から。何かがぶっ飛んできていた。


『お姉さま、あれって……』

『ええ……私の目がおかしくなければ、あれは……テレビ?』


テレビだった。

そこにはどうやってか衛星軌道までぶっ飛んできたテレビくんがいた。


『おーカンチUじゃーん。あっれえ? あのロンゲが「兄貴」じゃなかったんスか? ギター背負ってたのにぃ』

『残念ながらそうだよハル子さん。それに、彼にそんな役を押し付けてしまうのは申し訳ない。ここではこういう役は――僕の役目なんだ』

『なーるへそ。何でも知ってるし覚悟も完了ってか。兄貴の器はじゅーぶんだにゃ。よしカンチU! っけえ!』

『さあ、おいでカンチ君とやら、僕を――』


決め台詞を言い終わる前に、カヲルはカンチと言う名のテレビ人間に飲み込まれた。


「ええええええええええええええええ!?」


そしてそれは「やあ」と画面にカヲルのさわやかな笑顔を映し――シンジと同じ赤い光を帯びた。


いや、違う。


それはシンジから――光を奪った。




「……カヲル君?」

「やあ、シンジ君。気分はどうだい?」


そこに映っているのは、確かに渚カヲルだった。思い出してみれば、ちゃんと彼が飲み込まれる瞬間の記憶もぼんやりとだが残っている。


「どうして……カヲル君?」

「それよりこれを見てくれないか、シンジ君」


カヲルはそっと自らの視線で、シンジの視線をその下方で屹立するものへと導いた。


「カヲル君……これって……」

「凄いだろう? 屹立する二つの力が擦れ合って――こんな風になっているんだ」

「……凄い……」



その時。


ネルフ本部では、数人の女性の頭に同じフレーズが過ぎった。



『あ、ヤバイ鼻血出そう』



それはさておき。


「これは……」

「そうだシンジ君。エヴァンゲリオン専用楽装、フライングVストラディバリウスメイド・デス・バックボーン・カスタムだよ」

「初めて、こんな近くで見た……凄い、エネルギー……」

「ああ、そうだね。でもねシンジ君。これは本来の姿ではないんだ」

「え?」

「『死神の背骨』とフライングV――兵器と楽器、死と生、本来そぐわない二つの要素が混沌として、使い物にならなくなっている」

「でも、だからって……どう、するの?」

「前にも言ったねシンジ君。魂が無ければ、同化できると」

「そん、な……駄目だよカヲル君! そんなことをしたら――」

「ああ。けれど、それが僕の運命だ。いや――こんなことを言ったらアスカ君に怒られてしまうね。言い換えよう。これが、僕がしたいことだ。僕ならこれを制御できる。僕は兵器だけど、歌を知っているから」

「また僕の前からいなくなるの!? カヲル君」

「解って欲しい、シンジ君。もう一度君に逢い、君の助けになる――そのために」


そしてカンチU(カヲルインサイド)は、答えを待たずその武器へと滑り降り――心からの笑顔をその画面に映した。


「そのために、僕はもう一度生まれてきたんだ!」


そして渚カヲルは――フライングVストラディバリウスメイド・デス・バックボーン・カスタム(カンチUカヲル強気受けチューン)となった。



『だから――さあ、僕を弾いてくれ!



☆ ☆ ☆



…………?


誰もが想像を超えて展開する意味不明な出来事に、言葉を失っていた。


「え? あ、ちょっと待ってタイムタイム。意味わかんない。どーゆーこと?」


しかし最初に切り出したのはアスカだった。さすがは地上最強の生物、という言葉も、この瞬間には馬鹿らしく聞こえてしまうが。


『……あの兵器は、エヴァと同じものでできているのよ。そして――不完全だった。だからこそ、あのフライングVに括りつけておくしかなかった』


ぽつりと、リツコが言った。


「だからって、どうして!? 今までだって、使えてたじゃない! あれ使って、ぶん殴って――あっ」

「違う。それは……あれの本領ではない」

『そうよ、レイ。あれの本来の機能は、絶対命中の砲台』


そうだ。最初に確認したはずだ。

廃棄されたエヴァの背骨を利用してA.T.フィールドのレールを展開し、敵にその見えないレールを使って絶対命中・亜光速で弾丸を打ち込む――それが、あれの機能だと。

だが今は――


『渚カヲルは、第十七使徒、タブリスは――その体内に超小型S2機関を保有している――だからよ。彼をその一部とすれば、あれは――死神の背骨は、完成するの』

『それだけじゃないにゃーん』

「何? おいべスパ! あんた、何知ってんの! 答えなさい!」

『へっへー。ついにシンちゃんの「すんごいの」が、起動すんだよん』


「へっ?」


すんごいのって?


キィン!


光を奪われたはずのシンジから、新たな光が生まれ始めた。


『あれは!?』

『シンジ君の額から高エネルギー反応! 周囲の空間が捻じ曲げられていきます!』

『破壊? いえ、これは……重力子、対発生反応も確認!』

『パターンレインボゥ! 判断不能です!』


ダイ・ガン・エヴァスターの前に現れたシンジの、その額はまばゆく明滅し……

そこから、何かが。


「な……え? え?! えぇぇぇぇえええ?!」

「あ……ア……アァァァアアアイ ウィル ロックユゥゥゥウウウ!!!」


ぐ、ぐぐぐっぐぐぐ。

ぐきゅぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐっぐうぐぐっぐぐぐぐぐぐぐぐうぐぐぐぐ……ぽんっ!


「何あれ!?」

『バぁカだなー!』

「何ですって!?」

『ギターに決まってんじゃん!』


まばゆく輝くそれは、しかし、確かに形が確認できた。色も確認できた。

V字を逆さまにしたようなボディ、真っ直ぐに伸びる左右対称のネック。全面にパールホワイトの化粧板が貼られ、赤いイナズマ模様が描かれたそれこそは。


『に、してもー。なーんだ、遅漏の割にゃ良いもの持ってんじゃーんシンタロウ。うーん、ハル子濡れちゃう〜ん』

『あの特徴は……ギブソンフライングV シンジ・イカリ・スペシャル……と言う所かしら』

『うわ、厨くさいデザイン……』

『シンジ君……すっごい……』


口々に言う彼女らに、苦い顔で冬月が苦言を呈した。


『君達。話すのはいいが……とりあえずその鼻血を止めたらどうかね?』


たぱたぱ、と滴る鼻血を拭きもせず、マヤは叫んだ。


『……あれっ? シンジ君が、一人で「初号機」に向かっていきます!』


む、とオヤジ二人が顔を見合わせる。


『お前の息子もなかなかドラ息子だな、碇』

『あの馬鹿息子が』

『馬鹿親父に馬鹿息子。いい組み合わせだがね』



☆ ☆ ☆



シンジの攻撃は数百回に上った。それだけの回数を休まず殴り続けるシンジも馬鹿だが、それに耐え切るギターもどうかしていた。

けれどそれも、まるで地面を殴るがごとく無意味で――

シンジは『初号機』の一撃で、数万キロに渡って吹っ飛ばされた。


「ああああああぁぁぁぁぁあああ!」


狂ったようにシンジは叫ぶ。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよシンジ! あんた、何一人で突っ走ってんのよ、待ちなさいってば」

「駄目。それじゃ効かない――はっ!」


ぎゃいーん!


レイが一閃させたギターで、シンジは我を取り戻した。


「あれ……どうしたんだ。僕は……」

「ったく世話のやける十七歳よねー。盗んだバイクな破壊衝動自由に走らしてんじゃないわよ馬鹿」

「碇くんだけで戦うなんて、ずるい」


二人の瞳に見つめられ――あと色々と目にして、シンジは思わず目を伏せる。


「ごめん……」


『そうよ。一人じゃないわ! シンジ君』

『私達を忘れてもらっては困るわ』


『ノノもいますよ!』


『せやでー、ボクもここにおるさかい』

『一人で気張らんでも、付き合うやん』


『そうだよ、僕もいるんだ』


「みん、な……」


『そうよシンジ君』

「ミサトさん?」


シンジはふと地球を仰ぎ見た。そこには皆がいた。


『シンジー!』『碇君』『センセ、気張りや』『シンジー、気楽にいけよー』『シンジ君、まあ、ほどほどにな』『頑張れ、シンジ君』『頑張って! シンジ君』『ま、なるようになるって、シンジ君』


誰もが、そこにいた。その小さな星に、寄り添っていた。

そして――


『……頼む、シンジ』


シンジはしばし目を閉じ――言った。


「このままじゃジリ貧です。リツコさん、何か策は――『手はあるわ』」


シンジが言い終わる前に、リツコは答えを返した。既に全ての答えは出きっているかのように、まるでバスターマシンのように自信満々で、言った。


「どういうこと!?」

『今、渚君がそこにいてくれる――そして、レイが今シンジ君を殴った。だからこそ、できることがある』


リツコがいい終わる頃、バキリ、とダイ・ガン・エ・ヴァ・スターの手元にあるギターがはじけた。


「あ゛」


割れた?


『いえ、違うわ。本来の姿に――死神の背骨と、フライングVへと戻ったのよ。そして、この状態なら――できる攻撃が、ひとつだけある』

「何?」


『S2機関を――縮退炉に落とす』


「何言ってるのよリツコ! そんなことしたら!」


リツコはニヤリと、バットを構える振りをして見せた。


『これは打っても構わないボールなの、アスカ。――九回裏第三打席ツーストライクスリーボール満塁、……』


『まあた回りくどい。そうよアスカ。――フルカウントよ』


「わかって、言ってるのね」


『もちろん』『ええ。だから今回は、私から言うわね――「奇跡を起こせ」。起こして見せて!』


「言うじゃない!」


「行くよ!」


シンジの思考が、そのA.T.フィールドを通じて一斉に伝わった。


「了解!」


もはや説明は必要ないが、一応。記しておこう。

縮退炉は、ブラックホールを利用した機関、S2機関は、A.T.フィールドと生命力を応用した機関である。それを接続すれば、効率よくエネルギーを精製することが――できる。


だが。


兵器として用いる場合には――最初で最後の一撃に全てを掛けるならば、もっと別の使い方もある。

強大なエネルギーを持つブラックホールに、周りの全てを取り込んで増殖しエネルギーを生み出し続けることができる、馬鹿みたいな耐久性を持ったS2機関を亜光速でぶち込む、その決断をすることができるなら――


『S2機関がシュバルツシルト半径に接します! 接点突破! 無限落下軌道に入ります!』


ドクン。


『キましたキました! 今ノノの心臓がきゅんってキました! お姉さま!』

『行くわよノリコ!』

『はい!』

『バスタァァァァァァー!!!!!!』

『ジェットォォォォォー!!!!!』


それはバスターマシンとエヴァンゲリオンの複合兵器のみが生み出すことができる、超銀河級の攻撃。

ブラックホールとの相互作用によって発生した巨大な、宇宙ジェットだった。


『『いっけええ!!!!!!!!!』』


そして――


碇シンジは宇宙の片隅で、ギターをかき鳴らしている。

より正確に言えば――エヴァ専用フライングV・ストラティバリウスメイドの、その先で。すぐ隣を掠める宇宙ジェットも気にせずに、ただひたすらに、ソウルのままにギターを弾き続ける。

たった一人で全てに立ち向かうように、ひたすらに演奏を続けるさまは素晴らしく必死で、身勝手だった。



だがバックバンドの方はと言えば、身勝手なリードギターのせいで必死だった。

「ちっくしょっ……! レイ! あたしがピッキングするから、あんたコード進行やって!」

「駄目。碇君が弾く方が早い……!」

「ったくあーの音楽オタク! なんで即興であんな複雑なフレ弾きやがるか!」


『でも、少しカッコイイとか、思ってるんじゃないのかい?』


「アンタは黙ってギターんなってろ! あァっ!?」

「駄目。アスカ。あうっ!」


ぎゅいにゅ! ぎょにょにょーん……


――キッ!


「「す、すいません……」」

『全く、僕を奏でるのが君たちだなんてね――まあ、それも悪くない、か。ははっ。なんだか楽しくなってきたね』

「「全然楽しくないわ馬鹿っ!」」


そしてついには、シンジの口から出ているのはもう歌ですらなくなっていた。

彼はただひたすら念仏のように、その言葉を繰り返していた。

それは――


「外れちゃ駄目だ! 外れちゃ駄目だ! ――外さない!! 撃、ち、か、え、せぇぇぇぇぇー!!!!!」




シンジの馬鹿みたいな咆哮が、ネルフ本部にも響き渡る。


『一体全体何が起こってるっていうの!?』

『シンクロナイズド・メロディ・オペレーティングが進行中です! シンジ君を媒介にしてダイ・ガン・エ・ヴァ・スターと死神の背骨の動きを同期させ――放出した宇宙ジェットのエネルギーを、死神の背骨の形成するフィールドに沿って収束させます!』

『だからそういうことよ! ――はっ!?』


モニターには、奇妙な弾道が描かれていた。死神の背骨と向かい合い、ギターを構える、その恰好は――


『ああ――そうか』


やっと、ミサトにも話が見えた。


絶対命中の、砲台。


砲台は、弾を――球を撃ち出すものだ。そして今は――それに弾を、装填しているのだ。つまり、それは――


『なあんだ。――バッティングマシン、ってこと、か』




果たして。


『A.T.フィールド界面が収束していきます。真球に――打ち出されます!』

『いえ! 違います。この模様は――』

『野球……ボール?』



斯くて、ボールは投げられた。


もう、止まらない。


打ち返すしかない。


だって、自分達は――もうバッターボックスの中にいる。バットを構えている。


「行くわよ!」


『バスターアアアアアア!』


「ぎゃくてん!」


『まんるい!』


『サヨナラぁッ』


『ホームゥゥゥゥゥ!』


「ラァァァァァァァン!」



カッキーーーーーーーーーーーーーン!



『さあさあさあみっなさん注目の最終打席! 打者はダイ・ガン・エ・ヴァ・スターと碇シンジィ!』



ハル子がノリノリで叫ぶ。



ダイ・ガン・エ・ヴァ・スターのギターと、シンジのギター。2本のギターによって2重に加速されたエネルギー弾が、光速に限りなく近い速度で初号機に迫っていく。



『二ッ段加速の打球はぐんぐん伸びてぇ! それは吸い込まれるように「初号機」の中心にィィィィィィ!』



赤方偏移により赤く染まった、周囲に放散される僅かなエネルギー流をたなびかせつつ、あたかも真っ赤な流星、あるいは稲妻と化したそれが、初号機の中心部――コアたる、その地点を――





『射抜いたあぁぁッッ!』





そして―――――――





それは、瞬きよりも短い刹那の光景であったかも知れない。


あるいは、永劫よりもなお永い無限の光景であったのかも知れない。


光速に近い運動エネルギーと、それ自体が持つエネルギーの全てが、初号機にぶつけられた。



その結果――



初号機は、あたかも極微小のワームホールへ吸い込まれるかのように、数万キロにもわたる全身を歪め、ねじれさせながら、一気にキロメートル、メートル、センチ、ミリ、マイクロ、ナノ、ピコと存在単位を縮めさせて行き、やがて――





次 元 の 壁 を 、 突 き 破 っ た 。





『目標消滅!』

『終わっ……た?』

『!? 駄目です、周囲の空間があまりの高エネルギーと突然の質量消失に耐え切れません!』

『時空の壁が――開いていきます! ディラックの海、現出!』

『あまりのエネルギーに、空間が歪んだか――しかし、あれはどこに繋がっている?』





『あれは……木星? 宇宙ステーション……ノリコ!』

『お姉さま!』


その裂け目の向こうには――彼女達には見覚えのある、少しだけ古めかしい世界があった。


『なるほどな。確かに、ロボットつながりで一番つながりが深いのはお姐さんらの世界やと思うわ。二組も人間引っ張ってきとるし』

『あー、なるほどなー……てサッシ! いま扉が開いてるっちゅうことは――!』


『……帰れる!? お姉さま!』


だが、アマノカズミは沈んだ表情で答えを返した。


『でも、このままじゃ帰れないわ。この機体では、空間を越える際の壁には耐えられない』

『あっ!』


はっとしたように、ノリコはバスターマシンを見た。多段合体を繰り返したそれは、既に自らの駆るバスターマシンとは別物になってしまっている。

それに――その中にはノノもいる。彼女を置いて帰ることなどできるはずもなかった。


『もう……駄目なの……?』


だが、たったひとり、諦めなかった。


『ノノにお任せください! ――合体解除!』


機体の合体が解け、その中心部が……フィジカル・リアクターによって結ばれている心臓部がむき出しになる。


『駄目よ、そんなことをしたら、ただでさえ不安定な機体が!』


だが、ノノはきっぱりと言い返す。


『――いけません! お姉さまは――お姉さま方は帰らなくてはいけません! 絶対に、絶対に二人一緒に帰らないと駄目なんです!』


『ノノちゃん……どうして……』

『当たり前です! ――なぜならば!』


フィジカル・リアクター全開! ノノの身体にいくつかある機構が、縮退炉を調整しながらどんどんバスターマシンを再構成していく。


『お姉さま達は、お姉さまたちこそは! ノノの! 人類の運命を切り開く方々だからです! ――そしてっ!』


『そして――?』


『ノノにはわかりました! ノリコとカズミ、お二人は分かちがたい姉妹です! ならばノノはっ、ノノのお姉さまを探すことにします! 何年かかるかわからないけど……きっと見つけます!』


修復完了! 縮退炉、再始動!


殻のようにその身を覆うバスター軍団に守られながら、ガンバスターがゆっくりと次元の壁を目指す。


『『ノノ!』』


涙を流す二人に、ノノはにっこりと笑って――


『それでは、いつか、どこかで! きっと、きっとまたお逢いましょう!』


決して叶わない、約束をした。



☆ ☆ ☆



その宙域は崩壊を始めていた。いや、正確に言えば、その場を支えるフィールドが崩壊していた。

そしてアスカとレイは――スイング時の衝撃で射出されたエントリープラグの中にいた。

モニターの中の映像を、二人はただ見ているしかできなかった。


「いけない。ノノさんが、ひずみに落ちていく」

「無理してオーバーヒート? 畜生……こんなところじゃなんにもできやしない! ファースト! あんた使徒なんでしょう? なんとかなんないの!?」

「今の私には……できないわ」

「畜生! 誰か! 誰かあいつを助けて! 宇宙人! 陰陽師! フィフス! シンジ! ――シンジィィィィィ!」


だが、誰にもどうすることもできそうにないのもわかっていた。既にノノはひずみのすぐ近く、抜け出すことのできない領域にいる。そこに助けに向かうということは、心中するということだった。


『心中か――そうか、これも僕の役目というわけだね。彼女にはひとつ頼みたいこともあるし……それなら、対価として、ちゃんと送り届けねばね。ああ、悪くない生涯だったな。今回も』


「その声は――フィフス? あんた、何言ってるの?」


『遺言だよ。惣流・アスカ・ラングレーさん。君の方に伝えておこうと思ってね。今のシンジくんは大仕事を終えて疲れきっているから……ああ、それから、君は能力に慢心せずに自分の隣にいる人間をもっと良く見た方がいい。僕にしろ、それ以外にしろ。そこにいるのは誰だい?』


「誰、って……ええっ?」


ふと見ると、レイの姿少しだけ透けて――向こう側が見えていた。


「ちょっと、何よこれ! あんた、何やったのよ!」


『僕は何もしてないさ。ただ、彼女はこの世界に自分を維持するために、他の人間の身体を借りていたから、そう、返却の時期が着ているんだ。……そうだね? 陰陽師君』

「……あんた……」


水を向けられたサッシは、目を伏せながら、おずおずと話し始める。


『……せや。ずっと、言ってへんかったけど……その身体は、僕の姉ちゃんの身体を依代に使てんねん』

『サッシ……』

『僕の姉ちゃんも、陰陽師の血を継いどるから……ほんでまあ、ちょこっとだけ、レイの姉ちゃんに似とるから、そうなってん。せやから……ほんまは、その身体を返して貰いに……きた、はずやった。せやけど、レイちゃんがものすご、頑張ってはったから――誰にもそのこと言わんと頑張ってたから、言い出せへんかってん! ごめん!』


「あんた!」

「駄目」

「レイ……」

「悪いのは、私。――本当は絶対に叶わない無理な願いごとをしてしまった、私」


ああ、そんな風に言わないで。


「本当はそんなこと、願ってよいはずなどないのに――」


そんな風に言われたら。


偉そうにあんたを追い込んでしまった、あたしは――


『いい感じに煮詰まっているところ、悪いんだけどね』


思考のどん詰まりにチャチャを入れたのは、その状況を作り出したはずの、カヲル本人? だった。


『別に僕は、君たちが無理な願い事をしたとは思わないよ。君たちはそれだけのことをした。そして、何より――君たちはシンジ君に求められている。ここにいて欲しいと。それは愛だと、僕は思う。だから、僕はシンジ君のために、シンジ君が愛している君たちのために、反則をしようと思うんだ』


彼女に頼んでね、と軽やかに言って、そのギターは……かつてギターの一部だった、その生き物じみた砲台は――歪へ向かって発進した。


「あんたまさか!」

『そうだよ。彼女を自分の世界へ送り届け……その代わりと言ってはなんだけど、彼女のフィジカル・リアクターの力を借りる。なに、僕はまだA.T.フィールドが使える……彼女ひとりくらい護りきれるし……使徒ですらない人間ひとり分くらいなら、彼女の力をそのフライングVを通じて顕現させることもできるさ。知っているかい? 君たちがいま、どこにいるかを――僕だったものの、体内だよ』

「こいつのために、あんたが死ぬ。そんなこと知って、シンジが喜ぶとでも」

『ああ、思わない。だから――シンジ君には内緒にしておいてくれよ。君なら……いや、君たちなら、それくらいのことは、できるだろう?』


その瞬間。

もうギターになってしまっているあの男が、優男の笑みでニヤリと笑ったような気がした。

一瞬、間を置いて。だからアスカもまた、悪辣とした笑みで答える。


『解ったわ。その罪、あたしが背負う。だから――渚カヲル。シンジと、シンジが好きなこいつのために、死んで来い!』


君も、言うねえ。


アスカの涙を軽々と払いのけるように、最後まで羽根のように軽い笑顔でそう言って、渚カヲルだったものは永遠に去った。


その後に、綾波レイになるはずの人型だけを残して――



☆ ☆ ☆



そして結局。彼らがハル子に回収されてネルフ本部へと帰ったのは、日付も変わろうという頃だった。

日付。

そう――ことの発端から、僅か二日しか経っていない。怒涛のような二日間だった。


疲弊する発令所に、碇ゲンドウはねぎらいの言葉を述べた。


「諸君。ご苦労だった」


珍しいな、と職員達はやはり思ったが、これほどの大仕事の後なのだ、ねぎらいのひとつくらいあっておかしくない、あーおかしくないね、と、心のどこかで湧き上がる不安感を抑えながら思う。

だが、その言葉は、こう続いた。


「ところで今の時間は?」


「今の……時間?」


皆はふと時計を見て――慌てて、日付の入っている者は自らの腕時計を確認する。


まさか。


はは、はははははははははははははははははは……


場内にかすかな笑い声が、自分を安心させるような声が広がる。


まさかそんなことは、言わないよね?


そして期待は常に裏切られるものである。


「理解したようだな。それでは、第二回ネルフかくし芸大会を始める」



「な、な、な、なななななななっ!?」





「なーーにーーよーーそーーれぇーー!?」



☆ ☆ ☆ epilogue ☆ ☆ ☆



そして翌日の早朝、彼らは芦ノ湖にいた。


「名残はつきへんけど……ボクらもええ加減帰らんと」

「せやなあ……もう二日も家空けてもうてるし」

「んー……アタシゃモー少しこっちで遊んでてもいーんだけど、まあ色々あるしねー」

「ま、そう言う訳なんで、頼むわシンジ兄ちゃん。……いや、兄さん」

「もう、そんなに怖がらなくてもいいよ。別に」






こうなったのには、理由があった。

ことの発端にして最終原因は、昨日のかくし芸大会である。

シンジは、ちょうどゲンドウが宣言をした直後に目を覚ました。そして寝ぼけた目で準備を見守り、演目が始まる――その瞬間。


「一番碇シンジ、行きます!」


演目順番を一切合切無視して、ぴゅーんと躍り出た。


「……あいつ、何やってんの?」

「私にもわからない」

「にゃーんか、面白いことでもやるんでない? 今のシンちゃん、ロックだし」

「ほへー。ちょっと見ない間に成長しちゃったんだー。いいぞー! もっとやれー!」

「止めなさいミサト。大人げないわよ」

「うっせーこのヤンキー頭」

「誰がヤンキーじゃコラァ!」

「あ、いやだからね、その声が――と、ほら、出たわよ。楽器」


しばらく無言のままステージ上でタメを作ったシンジは、すっ、と。

おもむろにフライングVを取り出した。


そして――ああ、さては今回の戦闘で学び取ったメロディでも演奏するのかと思わせた、その瞬間。


裏返った声で叫んだ。


「一番碇シンジ……家庭内暴力やりまッす! 理由はァ! 何もかもみんなこのクソオヤジが悪いからです!」


おおおおおおおお!!!!! と、職員からこの組織も末期だなあと思わせるような喚声が上がった。


「おや……ああ言ってるぞ、碇」

「ふっ……問題ない」


そしてすっくと、ゲンドウはハル子から借りたリッケンバッカーを手に立ち上がり、叫び返した。


「問題ない!」


「行くぞクソ親父!!!!!!!!!!!!!!!1111」


「来いドラ息子!!!!!!!!!!!1111」






そんなこんなで、ちょうどいまごろ碇ゲンドウは、発令所のオペレータ席から「私は資本主義の豚です」と書いたプラカードを首にぶら下げられて全裸で逆さづりにされているはずである。

ちなみに、その隣にはお情けで褌だけは許して貰った冬月コウゾウが、同じく「私は敗北主義者です」のプラカードを下げながらつられているが、まあそれはそれ。


僅か一夜にしてネルフ最強の男(最強の女はアスカとミサトの二強には誰も勝てない)の地位に踊りでた彼に対しては、世の中が優しくなるのも道理だった。


「まあ、厳しいとは思うけど」と、シンジは表情を崩さない。「カヲル君の命の代わりとしては、惜しいくらいだ……そうでしょう?」

「……ええ」

「そうね。あいつらにとっては、いーい薬だわー」


「うん……せやんな。ほんまに、そや。よし! ほんなら、湿っぽなる前に、ボクら、帰るわ。姉ちゃんもそろそろ向こうついとるやろし――アルミちゃん?」

「ここにおるで、サッシ。見失わんように、しっかり捕まえときや――ほれ」

「おう。うん。こっちは準備万端や、せやから――一曲頼みます。兄さん」


シンジは無言のまま頷いて、フライングVにはあるいは似合わないかも知れない、その曲を弾き始めた。

送り歌のように。

そして、弔歌のように。


「ってうわっ! サンタナやんか! 兄さんしっぶいなー……」

「ちゅーかこーせいゆーたんアンタやんかこのボケサッシ!」

「せやったっけ。ボクもう眠かったからよー覚えてへんねん」

「なんやこいつ、もうやってられんわ!」

「と、おあとがよろしいようで」


と、一通りのドツキ漫才をやらかしたとこで、二人並んで、ぴったり息の合った、綺麗な一礼を見せた。


「ほな」

「さいならー」


その関西弁の響きだけを後に残して、二人は自らの世界へと帰った。



サッシ&アルミ from 『アベノ橋☆魔法商店街』


「さて、とーう。そろそろ人が少なくなって詰まんないにゃー。んじゃあたしも、どこぞへいくっス。ほいじゃ」


そしてハル子はゲンドウから奪い返した愛用のリッケンバッカーを背負い、べスパに跨って――それから、少しだけ透けた笑顔をチルドレンに向けて、言った。


『グッバイ、バスターズ!』


そして次の瞬間には、かっ飛ばしたべスパの煙に覆われて、何も見えなくなり――


それが過ぎ去った後には、あのメディカル・メカニカの建物を含めた全てが跡形も無く、消えていた。



ハルハラ・ハル子&アマラオ&メディカル・メカニカ from 『フリクリ』


「さて、と、行っちゃったわね」

「ええ……」

「あたし達に残ったのは、これだけか」


そう言って、アスカとレイは手の中を見る。


そこには、アスカの手の中に残っていたタカヤ・ノリコのハチマキと、レイの髪に残っていたノノの髪留めがあった。


けれど――それも。

「あ」

「……消えちゃった」



アマノ・カズミ&タカヤ・ノリコ from 『トップをねらえ!』


「それはこの世界への接続が切れた証拠。それなら――」



ノノ (バスターマシン7号) from 『トップをねらえ2!』


「あいつらも無事、帰れた?」

「ええ……きっと」


二人は朝焼けに萌える空を眺め続け、シンジはそれからしばらく、いなくなった彼への弔歌をかき鳴らし続けた。

そして――



エヴァンゲリオン・オリジナルキャスツ from 『新世紀エヴァンゲリオン』


「終わった?」

「もう、いいの?」


シンジは頷いた。泣き笑いにしかなれない顔で、涙の筋もそのままに、それでも笑って。


「うん。もう、いいんだ。ありがとう、最後まで聴いていてくれて」


「馬鹿ねえ」

「ええ」


二人は顔を見合わせて、そんな風に笑う。シンジは二人がそんな風にしているのを見るのは初めてで――


「え? どうしたの? 何かあった?」


「んー? べっつにい。あ、レイ、そろそろ帰ろっか?」

「ええ。そうしましょうか――アスカ」


親友にも恋敵にもまだ程遠い、けれども掛け替えの無い二人の女の子は――すっかりいい男になってしまった男の子が弾いた歌を口笛に替えて、ゆるやかに、ゆるやかに、朝露に濡れる道を歩いていった。





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first update: 20070515
last update: 20070515

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