「ヒカリー。どうしたの? 早く行こうよ、ちょっとヒカリ?」
ん?
あれ、ここ……どこだっけ。なんだ、寝ぼけてるの? わたし。
お姉ちゃんがこっちを見てる。
「……ヒカリ?」
どさり、と何かがおちる音がした。音のしたほうを見ると、自分のすぐ足元、アスファルトの上にビニール袋が落ちていた。色々な食材が入っているのが見える。あ、卵割れちゃった。
視線を前に戻すと、遠く20メートルほど先に、不審そうにこちらを振り返るお姉ちゃんの姿があった。……あれ、あれ、あれ? 何かおかしい。ここは、外?
ぼうっと前を見るうちにお姉ちゃんがこっちに駆け寄ってきた。髪が短い。あれ、もうちょっと長くなかったっけ? いつの間に切ったんだろう?
お姉ちゃんは、なに、どしたの? なんて言いながら、わたしの目の前で手を振ったり額に手を当てたり、肩を揺さぶったりしている。
「お姉、ちゃん」
「どうしたの? ヒカリ?」
「えっと……」
言えたのはそこまで。そこからは言葉が出てこない。何だろう。頭のネジが何本が飛んでしまっている感じがする。何か大事なことを言いたいのに、どうしても頭がはっきりしない。
とりあえず、自分が今何してるのかくらい、思い出さなきゃいけない。そう思ってぼやけた頭のままで辺りをうかがうと、そこはなんだか見覚えのある町並みだった。
嘘。……第3新東京市?
夕焼けの中に買い物帰りのオバサンや会社帰りの人が行き来するその町並みは、以前買い物の帰りに良く見た、なつかしい景色だった。もう見れるはずのない景色。
……夢?
かもしれない。頭がはっきりしないし、いつからここに立ってるのかも分からないんだし。夢なら全部説明がつく。
でも、手に残ったビニール袋の食い込んだ後はじんじん痛むし、お姉ちゃんの手の感覚もはっきりと感じることができる。手を見た。くっきり赤い筋が入っている。これが、夢?
でも、それでも、そうとしか考えられない。だって、第3新東京市は、もう……
「ちょい、ヒカリ? 本当に大丈夫?」
お姉ちゃんの心配そうな声にハッとして、わたしは笑いながら落ちたビニール袋を拾い上げた。
「あ、うん……ちょっと、デジャビュ、っていうか、妙な感じがしたから」
不自然に見えただろうけど、ひとまず笑ってごまかした。たとえ夢でも、お姉ちゃんの不安そうな表情なんて見たくない。
「あ、卵割れてる〜!」
「もう、何してんのよ、らしくもない」
いつもの会話。本当に少し前まではいつもの会話だった言葉が、意識の上を滑っていく。全然、頭に言葉が吸い込まれていかない。全部、耳の手前でどこか別のところへ滑っていくような。
「あはは、ごめんなさーい」
「うん、早く帰ろ。父さんがまたヘソ曲げるわよ」
お姉ちゃんの冗談に笑いながら、わたしたちは懐かしい家路を急いだ。夢でも……現実でも。
いや、本当はもう気付いてるんだ。一向に醒めそうにないこれは、夢じゃ、ないみたい。
でも、そんなこと、どうしたって、分からない。――分かりたくない。
ねえ、どうして? どうして、私はここにいるの?