「あれ、お姉ちゃん、もう食べないの?」
「うん、ごめんノゾミ、後片付けお願い」
ぶーたれるノゾミにお姉ちゃんがなにやら言い聞かせるように言っていた。でも、何を話しているんだか、さっぱり分からない。ああ、駄目だ、わたし。
自分の部屋に入ってそのままベッドにうつぶせに倒れこむ。
――怖い。
怖い、怖い、怖い。
いつかみたいに笑うお姉ちゃんとノゾミの顔が怖い。
いつかみたいに今日は遅れるけど飯は残してくれ、なんていうお父さんからの電話も怖い。
怖い、怖い、怖い。
わたし、何か悪い事したの?
なによこれ。
だって、おかしいじゃない。夢なら、醒めてよ! もう何時間経ってるの? おかしいじゃない。
いや、いや、いや、いや……いや……いや。
枕を頭の上から被せて耳をふさぐ。かたく目を閉じる。でも……目は醒めない。
『わたし、頭がどうかしちゃったんじゃないだろうか』
そんな可能性が頭をよぎる。
過去に戻ってきてる? そんな、馬鹿なこと、あるわけない。
わたしは「覚えている」ことを思い出した。
これからこの街に、変な怪獣が来る。
よく知らないけど、クラスメイトがパイロットで(なぜか、そのパイロットの1人が外人の女の子でわたしの親友で)その「使徒」っていう怪獣を倒している。
それから、鈴原の妹さんが怪我をして、碇君がきて。
……なにそれ。
わたしはばふっと布団を蹴って深呼吸した。
街が壊れて、綾波さんが怪我をしていて。
わたしはぐっと伸びをした。背中から音がする。
わたしは疎開して。
思考が纏らない、ばらばらの記憶がごちゃまぜに蘇る。
それで、それで……そこまで。
わたしは窓を見た。
そこにはわたしが映っている。わたし、中学二年生で、委員長だったわたし。
下品な鈴原が嫌いだったわたし。
いや、違う。下品な鈴原が嫌いで、中学二年生で、委員長のわたしだ。壊れたりなんかしてない第3新東京市に住んでいる、わたしだ。
それじゃあやっぱり、あれは夢?
それか……これがなにかのドッキリなの? 今もリビングでノゾミたちが打ち合わせしてて、だいぶなくなってたはずのソバカスまで元通りのわたしの顔も、知らないうちに特殊メイクとかされてて。そんなことってあるの?
結局、わたしは矛盾して散り散りな思考のまま、もう一度ベッドに横になって布団を被った。
どっちなんだろう。
中三のわたしが、中二の振りをしているの?
それとも。
中二のわたしが、中三のわたしの幻を見ているの?
分からない。
そうやって考えているうち、いつの間にか薄暗かった天井は真っ暗になって、そのままわたしは寝入ってしまった。
「あ、洞木さん? ……悪いんだけど。ペンペン、預かってもらえないかな? ちょっち、大変な事になっちゃってね、この子の世話、できなくなっちゃったの」「ヒカリぃー、あーの馬鹿のどこが好きなわけぇ?」「なんや、残晩処理やったら協力するで」「なんや、ドジってもうてな。まぁ生きてるさかい、なんとかなるやろ」「今や、学校どころじゃないんだ」「ヒカリ……寝よっか」「畜生……!」
「っ!」
布団を跳ね除けるように勢いよく起き上がるとやっぱりそこはわたしの家のわたしの部屋のベッドの上で、朝日が眩しくて、お気に入りの時計が枕元にあった。
なんだろう、あれ。夢?
何が夢?
何が本当?
もう、わたしにはよく分からない。でも、ここは、わたしの家だ。
間違いなく。だって、夢から醒めてここにいるもの。
考える順序がめちゃくちゃだけど、ひとつだけ分かる。やっぱり、ここが現実なんだ。
「シャワー、浴びよ……」
シャツの胸元に鼻を近づけて、わたしは汗くさい匂いに顔をしかめてしまった。寝汗を吸ってべったりと張り付く制服が気持ち悪い。
「あ、いけない。今日、学校あったっけ?」
少し考える。学校なんて、もう遠く昔のことみたい。――ある、はず。でも、この制服じゃ学校へなんて行けやしない。予備の制服、あったかな。
制服で寝ちゃったんだ、と今さら自分の状況を把握しておかしくなった。歯も磨いてないから口が気持ち悪い。もう、それでも女子中学生?
なんて、こんなわけのわからない状態でも学校に行こうとして、外見に気を使ってしまっている自分がなんだかおかしくて、くすりと笑ってしまった。
「えー、十五年前、セカンドインパクトが……」
懐かしい先生の授業。
あの後、慌ててお姉ちゃんのお古を探し出して学校に来てみたら、やっぱりそこには学校があった。
あんまり覚えてない子や、懐かしい子と不自然に挨拶を交わして当番の仕事をこなす。ずっと長いことやってなかったのに、身体は仕事を覚えている。万年委員長体質だ。
それにしても。ここに来ると、やっぱり、間違っているのはわたしの頭じゃないのか? と思える。
だって、みいんな何もないように普通なのだ。
今日学校に来て、挨拶されて、わたしは泣けるほど懐かしかったりもしたのに。
みんな、本当に普通に学校に来ているのだ。
不自然なのは、わたしだけ。
「そのころ私は……」
わたしが聞き流しているうちに話が佳境に入ってきていた。そのとき、ガラッと音がして教室の扉が開いた。
そこには真っ黒なジャージの上下を着た鈴原がいた。
ちゃんと、両足がある。
「えらい遅なってすんませーん!」
「ん、あぁ、鈴原か。早く席につきなさい」
はいな、と応えて自分の席に行こうとする鈴原と目が合った。正確に言えば、両足で立つ鈴原を凝視していたわたしを鈴原が見ていた。
「なんや委員長? ワシが立ってんのが何ぞ珍しいんか?」
鈴原は冗談めかしにそう言った後、途端に頭が真っ白になって何も答えられないわたしに「説教は堪忍してぇな委員長。妹の奴が具合悪そうでごねよったんや」となれなれしく喋りかけてきた。
でもわたしは「え、あ、うん。早く席に着きなさいよ」と馬鹿みたいなことしか返せなかった。
鈴原が席に着くのを見送ると、さっきまでの思考が嘘みたいになんだか舞い上がっていた。
ほら、やっぱりわたしが勘違いしてるだけじゃない。
あんなに元気でふてぶてしい鈴原が、怪我なんてするわけないじゃない。
授業は滞りなく進んだ。遅れてきた鈴原が当てられたのに答えられず真っ赤になったり、懐かしい先生の無駄話が始まったり。そして、あともうちょっとで終わるというころ、
懐かしくもない警報は鳴り響いた。
避難訓練でもないのに警報がなったので騒がしくなる教室に、どこか慌てたような先生が入ってくる。そのとき、「これは訓練ではありません。落ち着いて先生の指示に従って避難してください」という放送は入った。
……あれ?