どこかお祭りみたいな雰囲気の中、浮かれるクラスメート達は教室からぞろぞろと歩き出した。

わたしの「記憶」と、目の前の風景が重なっていく。

嘘……嘘。

「あー、洞木くん、いつもどおり皆を先導してください」

ちょっと、止めてよ。

その言葉は、思わず口に出ていたようだ。困惑した顔で先生は言った。

「……止めてと言われてもなあ、避難はしなければならんだろう」

「あ、え、はい、すいません、考え事をしてまして……」

怪訝そうな顔のままの先生は、他の先生と合流すると早々に何処かへ行ってしまった。シェルターのほうへ走っていったから、やっぱり、そういうことだ。

足元にぽっかりと大きな穴があいて、そこに落ちていくような感覚に襲われた。

幸いにもその場でひざから崩れ落ちかけたけれど、クラスメートが「ヒカリ、どしたの?」と声をかけてくれたおかげで、ひとまず、そのまま前後不覚になるのは避けられた。

でも、ちょっと、わたし、困る。

無理やりに笑って、「ちょっとびっくりしちゃって」と言うと、クラスメートはそれがおかしかったのか、くすくす笑って「大丈夫だよー。いつもやってるじゃん」と言った。

そう、いつもやっていること。

でも……本当に、これは、今日?

なんだか自分でもよくわからなくなりそう。

でもそう思っている間にも、足は勝手に先頭に立って、目は勝手に頭数を数え、手は勝手に出席簿に○を書き込んでいく。

そして、シェルターについて点呼確認した後、わたしはひとりで隅のほうに座り込んでしまっていた。

いつもなら、数分で避難訓練は終わる。

でも、普段十分もしないうちに終わっていたはずの避難は、わたしの記憶と同じように、一時間、二時間と経っても終わらなかった。

段々みんなが騒ぎ出していた。けれども、おおかたの人は単に暇なだけみたいで、どこかのほほんとした空気が辺りを包んでいる。でも、わたしはその空気には馴染めない。あの時を思い出していたからだ。

どうしよう。もし、これが本当に、わたしの知っている「あの時」なら。


鈴原の妹さんが、怪我をする。


突然あのときの鈴原が頭に浮かぶ。

確か、中心地から少し外れたところで、崩れたビルの巻き添えを食うはずだ。

頭を打って、何だか複雑な名前の怪我で、ずっと入院してしまう。

怪我をした場所はここからすぐ近くなのに、鈴原は助けに行かなかった。いや、違う、知らなかったんだ。

知らなかった。被害にあう場所、あわない場所。

当たり前だ、誰も知るはずがない。

……知らなかった?


わたしは、知っている。


でも、単なるわたしの妄想だったら、わざわざ、危険な外に出る事になる。

しかし――この「記憶」が本物だったら?

わたし以外に、知っている人は誰もいない。鈴原の妹さんは助からない。

わからない、わからない、わからない。

落ち着け。落ち着くのよ、ヒカリ。

わたしは深呼吸をした。すうっと吐いて、はあっと吸おうとしてむせる。

駄目だ、めちゃめちゃ混乱してるよ。

「なんや委員長。今さら何を緊張しとんねん。避難訓練なんかなんぼでもあったやろ。何かあったらしいけど、ちゃんと避難しといたら大丈夫やって」

鈴原。

わたしは鈴原の顔を見た。のほほんとした顔。

トイレにでも行った帰りなのか、目の前に立つ鈴原はジャージの腿に手をこすりつけながら、まるで珍しいものでも見たみたいに笑いながら喋りかけてきた。


――この笑顔が、数時間後には歪んで崩れてしまうんだ。


そう思った途端、かぶさっていたものが剥がれ落ちたみたいに頭がすうっとした。

そうよ。妄想だったら、何もないだけ。もし、妄想じゃなかったら、助けに行かないわけにはいかない。

「ね、鈴原……?」

「ん? どしたん?」

頭がおかしいと思われたって、気にするもんか。

あんな鈴原はもう見たくない。

「妹さん、元気?」

わたしが訊くと、鈴原は怪訝な顔をした。

「……何で知ってるん? ワシ、妹おること言うたっけ?」

「相田に、ちょっと聞いた事あったから」

「ああ、さよか。……元気や……と、思うで」

「そっか。うん、あのさ」

どうしよう。なんて言おう。

「おん? ワシの妹、気になるんか?」

そういうと、鈴原は周りをきょろきょろと眺めだした。

「この辺の学校、大体このシェルター入りよるやろ? 多分……その辺におるんちゃうか」

――今、このタイミングしかない。

「ほんとに、いる?」

「は? ……ちょお待ってや?」

わたしが言うと、鈴原は顔色を変えて立ち上がった。そしてそのまま、わたしたちのいるところから少し離れた、小学生の集まっているところに行く。

ちらりと視線を向ければ、ノゾミが体育座りをして、友だちとじゃれているのが見えた。

そう、ここは「無事だった」そして――

帰って来た鈴原は、青い顔をしていた。


……当たって欲しくなんか、なかったのに。

彼女は世界の端っこで

第3話
「蟻のように」

鈴原を外に連れ出すのは簡単だった。というより、外に出ようとする鈴原にわたしがついていく形になって、随分驚いてしまった。

「どこにおるねん、あいつ」

わたしはそう言って角を曲がった鈴原をひとまずおいて、「あの時」聞いた場所へと急ぐ。

もうすっかり外は暗くなっていて、街頭の光も路地裏には届かない。

けれど、わたしには分かる。暗いところを歩く猫みたいに、頭に入っている場所を目指して急ごう。

そして、神の啓示を受けたみたいに突然走り出したわたしは、その暗い路地裏を今まで出したこともないようなスピードで疾走して、やっとのことで彼女を見つけた。

「鈴原!」

わたしは叫ぶ。突然走り出したわたしにわけの分からぬままついてきた鈴原は、暗い中でひざを抱えていた女の子に駆け寄って抱きしめ――それから一発、ぱあんと頬を叩いた。

そのまま怒鳴りだした鈴原に謝りながら妹さんは泣きじゃくる。

ああ、無事だ。

どうやら足をひねっていたようで、泣きじゃくった妹さんをおぶった鈴原は、憮然とした、でも嬉しさと安堵を隠せない表情を見せた。

あぁ、よかった。

けれど、そこで意識は一瞬、暗転する。


――あ――――何――?


耳をつんざくような轟音が響いた。

思わずうずくまる。

一瞬体が宙に浮くんじゃないかと思うくらい地面が揺れ、しかしすぐにまた不気味に静まり返った。


どうしたの?


お互い真ん丸の目に同じ言葉を浮かべながら引きつった顔をつき合わせ、ゆっくりと慎重に歩く。

しかし、再び、がぁん、とさっきとは違う、けれどもやっぱり大きな音がして、

それを合図にわたしたちは必死に走った。

早く、安全なところへ、早く、シェルターに。

「あっ……」

このビルは……駄目!

それに気を取られたとたん、わたしは地面の亀裂に足を取られ、転んでしまった。膝の皮が切れるのがわかる。痛い、けれど、今はこんなことに気を取られている場合じゃない。鈴原!!

そして……わたしに気付いて、振り向いて手を伸ばそうとした鈴原は、その姿勢のまま止まった。

鈴原は大きく目を見開いて、わたしの後ろのほうを見つめていた。

少しずつ、後ずさって、でも目はそらさない。

音はなりやまない。

があん、があん、があん。

わたしが振り返れば、

通りのずっとずっと向こう、街の中心部に、


とんでもなく大きい「人」が二人、いた。


―――――――――――!!


があん、があん、があん。

黒いのが紫色のの頭を掴んで、紫のはぐったりしている。

テレビに出てくるみたいな怪獣が殴り合っている。

その、あまりにも非現実的な光景に一瞬冷静になったわたしは、自分がへたり込んでいる場所を思い出して息を呑んだ。

今、わたしの向こうにあの化けものはいる。

そして「崩れた」のは向こうのビル。

じゃあ、ここって。

があん!

「駄目! 逃げないと駄目!」

わたしの言葉に、ひいっ、と一言悲鳴を上げた鈴原が相槌を打った。

「あ……ああ! せや!」

そう言ってがくがくしている足を何とか動かした鈴原を、わたしは呼び止めた。

「駄目! こっちよ、横の道に入らないと……そのビルは駄目!」

そう言ったわたしを鈴原は変な物でも見る目で見た。でも、わたしの目をみるとぐっと頷いて、横道へと駆けた。

その時、ホースで水をまく音を何倍にも大きくしたような音がした。しなきゃいいのに後ろをつい振り返ってしまうと、そこでは紫のほうが顔から、高く高く血を噴出していた。

なに、あれ。紫はネルフのロボット……「エヴァンゲリオン」

ロボットじゃ、なかったの?

ぎゅっと目をつぶって、自分の肩を抱えて座り込んでしまう。

動かなきゃわたしは助からない。動かないと。駄目、でも、駄目。

動けない、いや、怖い。わかってるのに。

揺れは激しくなっていく。これ以上激しくなったら、走って逃げることはできなくなるだろう。

「委員長! なにしとんねや! 早よ来んかい!」

言葉の意味はわかってる。でも。だけど。


そんなこと言われても、足が、動かないのよ。


「あ、あ、あ、あ」

怖い、こわいよ!


――気がついたら鈴原がわたしの手を引っ張っていて、揺れる道の中をひきずられるように走っていた。

あれ、わたし、あれ。

ふっと見ると、ついさっきまでわたしのいた場所に瓦礫が積み重なっていく――いや、わたしのいた場所が瓦礫そのものと化して行くのが見えた。

瓦礫はあっという間にわたしがいた場所を通り越して、轟音と共に、もっと向こうまで――

怖くて、怖くて。それ以上そっちを見れなかった。


「何してんねん委員長! 死ぬとこやってんやで!」

鈴原の怒鳴り声が響くシェルターの中でほっとして、わたしは閉まりかけるシェルターの入り口を見た。

シェルターのドアがしまる直前、何かまがまがしいものが大きな声で叫ぶのが聞こえたような気がした。

覚えているのはそれが最後。

それを最後に、わたしは意識を失っていた。

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