そうよ修学旅行の一週間前なんてっ、絶対無敵のショッピング・ガールの季節なのっ♪

彼女は世界の端っこで

第18話
「ショッピング・ガール」

そうよ修学旅行の一週間前なんてっ、絶対無敵のショッピング・ガールの……はあ。

先に待っていることを考えると、むりやり上げてみたテンションも持たない。そもそもそんな柄じゃない。

それに、現時点の状況を見ても、やっぱりため息。

「お? これなんかいいんじゃないか?」

「派手」

「それは……ちょっとないと思うな……僕も……」

目の前には、明らかに胸のサイズもお尻のサイズも合ってない水着片手に笑っている相田と、ツッコミどころを間違っている綾波さんと、とりあえず引いてみる碇君。

そしてわたしは三人を見ながら、頬を引きつらせている、というシチュエーション。

この前の屋上の張り詰めた雰囲気が嘘みたい。


でもわたしは知っている。


これは嵐の前の静けさで――嵐の被害を防ぐための、最後のチャンスだ、ってことを。


「ちょっと! 全然サイズ合ってないじゃない! それに何よ、そのやらしい水着!」

わたしは気を取り直して三人組に割って入り、相田を指差してまくし立てた。

「そうか? 俺のデータでは、割と綾波は……」

本気で顔をしかめた相田を見て、こっちも本気で碇君がヒきだした。

わたしと綾波さんの方に近づいて、じっとりとした声で言う。

「どうやって調べたの? そのデータ」

「興味ある?」

あっさりそう切り返した相田に、今度は焦り顔。

「え? いや、そういう意味で言ったわけじゃ……」

わたしはほっとする。こういうとき、碇君が強固に引いてる警戒線は、少しだけあやふやになる。

普通の男の子が、そこから顔を出す。

でも、そんなことでほっとしているなんて言えないから、わたしは久しぶりに委員長口調で言い放った。

「綾波さんの水着はわたしが責任もって一緒に選びます! 男子は男子で、自分達の水着買いに行ってきなさいよ!」

しん。久々の剣幕に、三人があわせて静まる。綾波さんが静かなのは、もう元からだけど。

「洞木さん……感じ、違わない?」

「こっちが本性だろ? ……いこっか、シンジ」

わたしの視線に気付いたらしい。

「……行こうか、相田君」

やっぱり不均一な距離感のままで、二人はそそくさと男性用水着売り場のほうへ歩いていった。


よし。さて、と。


「綾波さん?」

「なに?」

答えた顔はこころなしかきょとんとしているみたいに見えて、つい、可愛らしいと思ってしまった。

「行こっか」

「ええ」

わたしが歩き出して、綾波さんも後に続く。向かう先は、今度はちゃんと中高生用の水着のコーナー。

そしてここから先が、一足早いわたしの戦場だ。

どう戦うかも、わからないけど――


あの日泣き終わった屋上で、わたしたちはへたり込んでいた。

わたしは、泣き疲れて。

そして相田は、きっと気疲れで。

「洞木さあ」

「うん」

「割と、情緒不安定っていうか……ほら、からかってるわけじゃないんだけどさ、あの」

「違うわよ」

こういう時に男子が言いそうなことくらい見当がつく。

そりゃあ、最近不順なのは事実だけど(多分相田が言ってるのはそれ以前のあてずっぽうだろうけど)、それは原因じゃなくて結果だ。

「変なのは、自分でだってわかってるけど、それでも……」

「まあなあ、どー考えてもこの状況からが」

「意味不明」

「だよなあ……調子も狂うか」

ばたん。目元を押さえていた手をよけて見ると、相田は大の字で寝転がっていた。

「背中、焼けるわよ」

「もーだめ、俺、起きれない。疲れた」

その何もかもどーでもいいやという口調に、わたしもぷっと吹き出してしまって――同じように、寝転がった。

見上げた空は少しだけ雲が出だしていて、コンクリートの床も思ったよりは熱くなかった。

「相田君」

なに、とちょっと遠い声がする。わたしは大きめの声で答えた。

「ごめんね、さっき」

「あー、いいよ、別に。っていうか俺こそ……」

「どうしたの?」

「いや、何でもない。まあ、こんな状況に放り込まれた人間なんて有史以来いないんだろうしさ、仕方ないって」

有史以来というところが、っぽくていい。わたしはまた吹き出した。

「まあ、そうね」

「せっかく言ったのに笑うなよ。本気でさ、人類史上、過去に戻った人間なんていないんだ」

「うん……」

そうだ。目の前の状況に流されるばっかりで、細かいことは後回しにしてここまできたけれど、そうなのだ。

「ここはどこなのか、俺たちは、本当にあの俺たちなのか……わからないことだらけさ」

――だから、洞木。お前がおかしくなるのも、当然さ。

言外に、そう言っているのがわかった。

だからわたしも言外に、ありがとうと言いながら言葉を返す。

「ねえ。どうやってここに帰ってきたのか、覚えてる?」

思えば、そういうことを話し合ったのは初めてだった。

「覚えてないな。気づいたら、テントの中に寝転んでた。そっちは?」

「同じ。気づいたら、お姉ちゃんと並んで歩いてた」

「ビビっただろ?」

「そりゃあ……お姉ちゃんもわたしも、昔のままだったし……なにより、ここが」

「第3新東京市だったからな」

そういうことだ。

「ここ……何なんだろうね」


さっき相田が言い出したことを、繰り返す。前と同じような繰り返しの世界。ここはいったい何?


「俺たちも、だよ」


相田はわたしの言葉に付け足した。そうだ、あの時考えたこと。考えるのを放棄したことだ。

でも今は――

ひとりだ、って思い込もうとしていたけど、このことに関しては、そうじゃない。彼がいる。


「そうだね」

「もとの世界はどうなったのか」と相田はつぶやいた。無感動に、静かに。わたしも同じように、静かに思いつくことを話した。

「わからない。それに、ここにいるわたしは、あのわたしと同じわたしなのか?」

「恐らく、違う。じゃあ、記憶だけが移ってきた?」

「過去に? そんな……」

「じゃなけりゃ、もう死んだ、とか」

「ここが死後の世界だったら」わたしはため息をつく。「ここで死んだらどうなるの?」

「さあ。それに、ここには神様もいないし……天使は、いるけど」

「それなら、最初から死んでるってことになるじゃない」

死後の世界の繰り返し。そんなのは、生きてる世界の繰り返しよりもずっと救いがない。

「わかんないぜ、もしかしたらセカンド・インパクトの時に、もう人類は絶滅したのかも」

そうかもしれない、とも思えた。でも……

「それだと、それこそ本当に、どうでもいいわ」

わたしがあんなに泣いちゃったのも、どうでもいいことになる。

「じゃあ、こんなのは? あの記憶は、俺たちの妄想」

「二人一緒に?」

「予知夢?」

「それなら……余計、どうにか、しないと」

わたしは勢いでそう口走っていた。

「結局そこに戻ってくる、か……やっぱ、らしいよ、『委員長』」

ざっ、と何かが擦れる音がした。相田が立ち上がったのだろう。

「ん」

案の定相田は立ち上がっていて、遅れて起き上がったわたしに手を差し出した。

普段なら、相田の手なんか借りやしないけれど、泣き疲れてくたくただったので、遠慮なく使わせてもらった。

そうだ、こんな風に、わたしは……

「……自分勝手なだけよ」

わたしが素早く立ち上がって手を離すと、一瞬相田は怪訝な顔をし、口を尖らせたわたしを見てにやっと笑った。

「ますます、らしい」

今度はわたしも、降参するしかなかった。


そしてわたしたちは決めた。例え、自分達のいるところが、そのほんの隅っこであっても……


世界に、関わっていくことを。


ほんとは、まだわたしはちゃんと思い切れない。けど相田は、すっかりその気のようだった。

わたしがひとりで空回っていた時にも情報を集めてこっそりフォローをしていた相田だ。その気になればわたしよりも、ずっとそういうことに向いている。

「来週、いや、再来週……どっか行くことにしよう」

「口実は?」

「修学旅行の買出し。洞木も、一緒に行く奴、いないんじゃないの」

そういうとこばっかり鋭い。

「放っといてよ。相田君こそ――」

「もうちょっと掛かる、かな」

ま、なかったことじゃないし、そんなに気にすることでもないって、と相田は笑って、話を続けた。

そう言い切れる友達がいる相田が、わたしは羨ましかった。


そして相田の発案通りにわたしたちはこうして買出しに来て――今、目の前で似合いのおとなしい水着を合わせる綾波さんを眺めている。怖いくらい白い肌に溶け込むような白や、逆にその肌を際立たせるような黒の水着は、抜群に似合った。

その水着が使われることがないのを考えると、少しだけ罪悪感を感じてしまう。

綾波さんも、碇君も、もちろんアスカも。修学旅行には、行けないのだ。

本部での待機が命令され、そして――

ちょうどその日に、「使徒」が来る。

「交代よ」

「えっ? ああ、ごめんなさい」

ぼそっと囁かれて、わたしは我に返る。目の前に、少々大人っぽ過ぎるかもしれない、黒い水着を抱えた綾波さんが立っていた。

「ううん、わたしは……ほら、もう選んだから」

わたしはそう言って手に持った水着を見せた。一応セパレートタイプの、でも、そんなに露出度は高くない、普通の水着。


ヒカリったら、まーたまたあ、ブナンなの選んじゃって。


そうやって、笑われたっけ。

「そう」

わたしがまたちょっと沈んでしまったことでも、気分を害することはなかったらしい。こうやって放っておいてくれるから、綾波さんといるのはとても楽だ。今までの……そしてこれからもそうである、自分が、どれだけうっとうしい人間なのか、よくわかる。

「ねえ、綾波さん」

レジへと歩いていく道で、わたしは綾波さんに話しかけた。

「何?」

簡潔な返事。でも、機嫌が悪くないことは、わかっている。

「惣流さんは……どうしてる?」

「問題ないわ」

「仲良く……してる?」

「碇君は、弐号機パイロットを嫌ってる」

直截な言い方は、その分ぐさっと、胸にくる。

「綾波さんは?」

「仲良くしてる」

綾波さんは顔色を変えずそう言った。でも、どこか様子がおかしかった。

「……ほんとに?」

「命令があったから」

「え?」

「命令があったから、仲良くしているわ。でも弐号機パイロットは、私を嫌っている」

ちょっと戸惑っているみたいな声だった。わたしは唖然とする。それは……絶対、仲良くできてない。それに、アスカは――そんな風に仲良くなるのを、よしとするような人間じゃない。むしろ、そんな人間を、真っ先に嫌うだろう。

「誰が命令、したの?」

「葛城一尉。チルドレンの人間関係の悪化は、作戦行動の成功率を落とすから」

そんな……

そんな言い方、あって、いいの?

相田が怒ったことを、今なら理解できるような気がした。例え、本当はそれだけじゃないとしても……そんな風に頭ごなしの「管理」をされて、私たちが……中学生が、その通りにしようと思うはずない。

「そんなの、だめ」

「どういうこと?」

「そんな風にしても、惣流さんは仲良くなろうなんて思わない。アスカは――誇り高いから」

「どうして」

「え?」

「どうして洞木さんは弐号機パイロットを、アスカと呼ぶの。碇君も、惣流と呼ぶわ。私はファーストと呼ばれているから、私は彼女を弐号機パイロットと呼んでる」

その時にわたしは、聞きなれない呼び名の理由を、やっと理解することができた。

ファースト。

確かに、わたしに話をする時も、絶対アスカは綾波さんの名前をそのまま呼ばなかった。ファースト、人形女……碇君と違って、本当に吐き捨てるように、そう言っていた。

「そんな言い方、させちゃ、だめだよ」

綾波さんは疑問の表情でわたしを見つめる。居通すような視線に、少しだけ足がすくみそうになる。

けど。

わたしは立ち止まった。

きっとここが、わたしの戦うべき場所なんだ。

「わたしにも、友達がいたの。惣流さんと似た、気の強い友達」

綾波さんはコンパスのようにすっと立ったまま、わたしの話に耳を傾けていた。

「惣流さんはきっと、自分の認めた人間としか、仲良くならない。自分が名前で呼ぶような、名前で呼ばせるような人間しか」


ヒカリって呼んでいいわよね? 私のことも、アスカって呼んでくれていいから。


わたしはもう、そんな風に呼び合えることはないのかもしれない。でも。

「そう」

綾波さんは少し肩を落とした。少しだけ、考えるように宙に視線をさまよわせて、その後、ぽつりとつぶやいた。

「どうすれば、そうなれるの」

今度はわたしが、考える番だった。……でも、具体的な答えなんて浮かんでこないし、そんなことを答えるのも、意味がないような気がして、わたしは何も言えなくなった。

だから、それが答えになっていたのかは、わからない。

「……わからない。でも……別に、特別なこと、しなくてもいいから……アスカを……大事だって、思ってみて」

あれは、わたしの思い込みだったんだろうか。

「わかった」と答えた綾波さんの、その顔に一瞬だけ笑みが浮かんだような気がした。


「まだ買ってないのか? もう俺たち、自分の分買ったぞ」


そんな相田の声が聞こえてきたのは、わたしがか細い声で答えたすぐ後で、わたしたちはそのまま、レジの方へ歩いて言った。


「上手く行った?」

「こっちは……どうかな。頑張ってはみたけど。……そっちは?」

「わからない」

自分で考えても、馬鹿みたいだった。アスカには、危機が迫っている。それなのに、わたしはあんなことしか言えなかった。

でも――。あの笑みは気のせいでないと、わたしは信じたかった。

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