日本の最果ての地へと向かう飛行機の中で、わたしは気まずさの極地にいる。

「……洞木、ごめん、奥のバッグに入ってるカメラ取ってくれる?」

相田は窓の外を見ながら言う。

「あ、これ? はい」

「サンキュ」

「あー、イインチョ」

今度は鈴原だ。こちらは廊下側に首を向けて、談笑のついでという感じ。

「何?」

「ごめんやねんけど、そこの、パンフ取ってくれへんか」

「ああ……はい、はい」


「……」

相田は窓の外から目を離さない。

「……」

わたしは話相手もいずに、黙ったまま。

「ははは。ちゃうやん。それはやなあ……」

そして鈴原も、ちょっと遠くの席にいる男子と、気のない世間話をしていた。

飛行機の窓側、三席ワンセットのシートがやけに狭っくるしく感じる。

三人でかけているのに、まるでお手洗いの小さい個室に閉じ込められているみたいだ。

「……勘弁してよぅ……」

わたしは前の席についている簡易式テーブルを見つめながら、所在無くそう呟くしかなかった。


なんでまたこういうことになったのかと言えば、それもひとえにあの屋上でのやりとりのせいだった。

あの後、わたしは保健室に寄ってから教室に顔を出した。

幸い碇君や綾波さんが(わたしの演技を信じて)「洞木さんは保健室に」と先生に伝えてくれていたおかげで、わたしも、それを保健室に連れて行ったことになっていた相田も問いただされることはなかった。

それはよかったのだけど。

不幸にしてその昼休み明けこそが、修学旅行のあれこれを決めるロング・ホームルームだった。


そっと教室に帰ってきてわたしは状況を理解すると頭を抱えた。

「ああ、洞木君。身体は大丈夫? 今日はいいから、席についていて構わんよ」

「はい……すみません」

そう答えたのも、半ば上の空でだった。

わたしは自分の席へ帰り際、相田に小声で問いただす。

「どういうことよ?」

相田は諦めたように肩をすくめてこちらも小声で答えた。

「どうもこうも。人望なかったってことじゃない?」

人望、ね。

確かに、ここに帰ってきてからわたしの人望が減りっぱなしだということには反論の余地がなかった。


……人望百点満点だった頃が、懐かしい。


そう思いながらわたしは席について、もう一度黒板を確認した。


議題は、修学旅行の班分け。

わたしが帰るころには既に決まっていた、班ごとのメンバー表には、


第八班。相田、綾波、碇、鈴原、洞木。


とあった。

先生にすぐさま「すいません。それだとわたしたちの班、実際の修学旅行の時には三人組になっちゃうんですけど」と言いたかったが、そういうわけにもいかず、わたしはその日一日頭を抱えて過ごすことになった。


その結果が、今、ここにある。

わたしの右隣には、相田、そして左隣には、鈴原。相田の向こうには二つ席が余っていた。

碇君と綾波さんが座るはずだった席だ。

少し前に視線を向ければ、もうひとつ席は空いている。廊下に近いその席は近くの席に座る男子のトランプ置き場と化していた。

予想外に(そしてわたしと相田にとっては予想通りに)待機を命じられた三人は修学旅行には来ず、五人組は三人組になってしまったのだった。

それでも、三人組……であれば、いいのだけど。

実際のところ、それは班になってなかった。だって鈴原と相田は、もう修学旅行が始まる前からずっと、ほとんど口を聞いてない。

まさに一種即発。

誰よ、この班のメンバー考えた人、頭おかしいんじゃないの。

そんな悪態を吐いてから、わたしは腹を括って寝た振りを決め込むことにした。

彼女は世界の端っこで

第19話
「男友達」

修学旅行も二日目……といっても、わたしに取っては二回目の沖縄、しかも同じコースでの観光だったので、そこまでの感動はない。

おまけに、この状況だ。

沖縄本島から慶良間列島を越えて宮古島にやってきても、なお二人は喋らなかった。

二人ともわたしを通して、ぽつぽつとやり取りをするばかり。

安心できたのはひとりずつスクーバをする時くらいのものだった。

そんなわけで――


正直なところ、わたしはいま、物凄くイライラしている。


ひと時の楽しい時間を終えて宮古島に帰還するフェリーの上、相田は海辺に見える石を指差してわたしに訊いた。

「洞木、あれ、何?」

わたしはすぐに答える。もう、前も来たってのに、覚えてないの?

「人頭石。あれよりも身長が高い人は税を取られるっていう、あれ」

「あー、書いてたな、しおりに」

「な、イインチョ、ここも珊瑚多いん?」

へ? ……ああ、えっと。

「うん。あ、でもやっぱり一番大きいのは昼のスクーバで潜った北のほうの珊瑚礁だって、ほら、ここに書いてる」

「な、洞木」

え? ああ、これは……

「あー、ええとね」

「ちょお、委員長」

っ! ……?

「うえ? あー、ごめん、ちょっと」

「洞木」

っ……

「委員長」

……

「洞木」

…………

「委員長」

………………


そして二人はついに、わたしのどこかにある押してはいけないスイッチを、押した。


「ちょっと洞木」「なあ委員長」


――――――――――――――!!!


「あ――――――――ッ!!」

海に向かって一声叫んだわたしの声のあまりの大きさに、ビクン! と、二人が目を見張る。

わたしは顔から一切の表情を消去して、二人に言った。

「……してよ」

「え?」

「ほん?」

怒り心頭になりながらも、頭の別の部分では、冷静にこう告げる声がした。


――はい、スタート!


「ああっもういい加減にして! もう知らないわあんたたち! 仲悪くなるのはいいけどわたしを巻き込むな! 間に挟むな! 勝手にすればいいじゃない、なんでわたしがこんな思いしなきゃなんないの!? あーッ!! うッとうしいっ!!」

「えーと」

「なんやねん、急に……」

戸惑い顔。でももう遅い。こうしていったん始まったら、遡ってキッチリ言わせてもらう。

「だいたいあんたたち、ここまでずっとわたしを間に挟んでしか話してないじゃない! 人をケータイか何かと間違ってるんじゃないの! ねえ! 『なあ洞木』『なあ委員長』じゃないわよ! 人の名前を『もしもし』扱いしないでよっ! 馬鹿!」

「ちょっ、洞木、落ち着けって、な? 人目もあるしさ……」

「ないわよっ!」

今度はわたしが一睨み。一週間前と同じで、やっぱり黙る。

「いや、そらせやけどな。ほんま、ごめんって」

一週間前の件は知らない鈴原の方も、さすがに頬を引きつらせて謝ってくる。


……ふう……


大きく一回深呼吸をしてから、わたしは訊ねた。

「――反省してる?」

わたしの勢いに気圧されたのか、二人は黙ったまま、こくこくと首を振った。

「ゴーヤーバーガーと、ゴーヤージュースとポテト」

「あん?」

「おなか減ったから。悪いと思ってるならお詫びに奢って。ほら、もうすぐ着くから」


さ、今度はこちらの番だ。


「……微妙」

わたしはパパイヤジュースもそこそこに、三つ目のポテトに口をつける。

「って奢らせといてさ、それはないんじゃないか?」

「せやっ! 貴重な小遣いをやなぁ」

「ほら、次はマンゴー」

「……頼むから最後まで喋らせてくれよ……」

二人はそっくりな困り顔をしていた。


――そろそろ、かな。


「で?」

「あん?」

「なにが」

すでに半泣きになってる二人の横には、お気に入りへの仲間入りを果たした様々な南国フルーツジュースシリーズの飲み干したゴミが散らかっている。

「まだ、わたしの名前ばっかり呼び続ける気?」

わたし、別にあんたたちの彼女じゃないんですけど。

そういうと、二人ははっとして顔を赤くしていた。

「前」のわたしには、とてもできない芸当だろう。

「まぁ、なんや。その……イインチョには悪かった思うとる」

「ふうん。――相田?」

「わ、悪かったよ、悪かったから、いい加減機嫌直してくれよ」

「……よろしい」

そういうとわたしは、にっ、と憎たらしげに笑って見せた。自分が、そこで見せる笑みで見とれさせるほどの美人じゃないってことは、わかってるから。


くよくよしてるのは自分だって変わりやしないけど、このうえ男子にまでグジグジイジイジと怒っていられるのは疲れる。とっとと仲直りしてもらないと、これ以上悩みの種は増やしたくない。

そして。

碇君みたいな繊細な構造をしてそうな子じゃあるまいし、この二人なら、こんなもんで充分だ、悪いけど。――いや、それは本当はいいことなんだろう、きっと。

この二人なら、きっと手っ取り早く夕焼けの川原で殴りあいでもすれば十分なんだ。

だって、二人は友達だから。

その証拠に、ほら、もう二人、笑ってるじゃない。

「じゃ、わたし、先に行ってるから」

そう言って立ち上がり、店を出ようとしたところで、

「なんや、女って怖いなあ……」

「惣流みたいだったな……」

なんて言ってるのが聞こえたから、折角直りかけた機嫌はまた九十度ほど傾いてしまった。

けれど、まあよしとしよう。機嫌が悪くなった四十五度分くらいは、二人のせいじゃない。

「惣流みたい、か……」

そうだ。男の友情なんて、あんなもん(特殊例かもしれないけど)。

でも、女の友情は――

そろそろ金色に染まりつつある美しい海を見ながら、わたしはあの日のやりとりを思い出していた。


それはまた、いくらか時間を遡る。わたしが綾波さんに答えにならない答えを返したあの日、わたしたちは買い物を終え、帰り道を歩いていた。

そのときだ。

ぴたり、とわたしたちは計ったようにその場に止まった。

それはわたしたちに訪れた幸運か――それとも、不幸か。


「――アスカ」


そう言ったのが綾波さんだとわたしが気付いたのは、数秒考えてからだった。

目の前に、本当にアスカがいるということを確信したのも。

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