寝ていた。
全裸で。
……マジで?
一瞬で目が覚めた。朝の光が眩しくわたしの目を射抜き、雀の声がかしましくわたしの耳に飛び込んでくる。そんな朝の風景……
でも全裸。
えーと、整理しよう。
整理しようね。ヒカリ。そうだ整理しよう。それがいい、それがいい。それが良いってお母さんも言ってる。だよね、お母さん。ね。ね。ね。
それでは第一問。ここは?
――はい洞木ヒカリさん!
葛城さんの家です。というかアスカの部屋です。
――大正解!
ならば第二問。隣にいるのは?
――またもや洞木ヒカリさん!
えーと、えーと、惣流・アスカ・ラングレーさんです!
――大正解!
それでは大事な大事なアタック・チャーンス! 二人の恰好は?
――それでも洞木ヒカリさん!
あー、あー、わ、わかりたくありません!
――残念不正解! 立ってしまわれたッ!!
正解は――「二人とも全裸……あー、待とう。もう一問。敗者復活せもうぇ!?」
――――――――$★Σ▽∵§◆×!?
(しばらくお待ち下さい)
……はは、ははははははは……
全裸で目覚めた上にちょっとゲロ。布団に。ほんの少しアスカにかかった。全裸の。
全裸の。
「いや、まさかね。し、ショーツくらい……」
そっとタオルケットを持ち上げてみる。
見事に金髪でした。
……し、死にたい。 ……あたま、いたい……
目をやると、服は足元にあった。……アスカのも。靴下はない。けど上着とスカートとブラジャーとショーツが二組と、あと缶が。
……缶が? ……缶ビール? ……あたま……いたい。
いたい、けど……駄目だ、思考を止めたら、もう無理。無理。もう立ち直れない。だから、あー……ええと……これは、えーと。そう、とりあえずアスカだ。アスカ、起こした方が、いいの、かな?
重いものが鎮座しているみたいな頭を、ゆっくり、ゆっくり持ち上げると、寝ているアスカが、
「……ん……やぁーの……」
とか何とか、呻いた。えらく可愛く。今はまとめてない髪が、寝返りをうつ肩にさらさら流れる。
こてん、と寝返りをうってから、アスカは何が面白いのかちょっとだけくすっと笑った。
……ますます頭が痛くなってくる……
でも、とにかく。
なんとか、状況を把握しないと……いや、だけど……
「どうなってんのよ、これぇ……」
わたしの声に答えるように、背後で物音がした。がちゃ、っとドアが開く音。
「やっと起きたか……」
声。
見上げると、
「あー……とりあえず服着ろよな、お前ら」
その眼鏡、相田ケンスケ。
「なッ――――――――――!?」
わたしは絶句した。そして、隣で目覚めた。
「むぅ……だーらやーの、やーったら……ふぇ、え、えええええええええ!!??」
そして部屋は戦場になった。
で。
「どーゆー事かきりきり白状してもらいましょうかぁ!?」
アスカ、顔真っ赤。しかも全裸。
素っ裸でヘッドロック。
「いたいいたいいたいいたいいたいいたい! …………」
死にそうな声で叫んでいた相田が何故か黙る。そして恍惚の表情を浮かべる。
あ、おっぱいが。
……あ、あんた。
「わたしが好きだッつったのはどうなった!?」
いや、放り出して逃げたわたしだって悪いんだけど、それにしたって、ねえ。
結局。
あの後暴れだしたアスカを宥めて、なんとか話し合いに持っていくまでに二十分。
そこに起きてきた碇君と鈴原に殴りかかっていくのを押さえるのに、十分。
都合三十分。
その間、わたしたちは終始一貫してずっとのべつまくなしオールウェイズ全面的にすっぽんぽんだった。
碇君にも鈴原にももちろん相田にも、ばっちり見られた。
し、死にたい……
やっとシャワーを浴びて着替え終わったわたしとアスカに、辛うじて生きてる相田が声をかけた。
「……でもさあ、本当に、何にも覚えてないわけ?」
眼鏡のフレームが曲がってる。半分はアスカの乳と腕、もう半分はわたしの張り手のせいだ。
「……あんたには選択肢も選択権もない」
アスカは二日酔いの収まってない碇君と鈴原を蹴っ飛ばした時と同じ目で相田を見た。その視線を貰った後におまけのハイキックを頂戴した二人は今は物置で見事に撃沈している。昼くらいまで目は覚まさないだろうと思う。きっと。
でも……あんなハイキックしたら見られたんじゃないかなあ、あれ……
……考えるの、めんどくさいや……
僕たち一仕事終えましたみたいな妙にいい顔をして二人が倒れていたのは、綺麗さっぱり忘れることにしよう。
と、そんな考え事はできるくらいの間をおいて、相田は眉をひそめてぼそりと呟いた。
「あー……知りたい?」
面と向かって言われると、ちょっと怖い。
同じことを考えたのか、アスカもちょっと引いたようすで、腕組みをして悩んでいた。
わたしの方を見る。
目を合わせられたわたしは首をかしげて、無言の質問を受け取ったアスカはためらいがちにうなづいた。
だから、わたしは意を決して、相田に言った。
「え……あー、うん」
歯切れ悪。
けれど、そんなわたしたちの勢いとは裏腹に、相田の答えの方はしごくあっさりとしたものだった。
「やってないよ」
「……良かった……」
「本番までは」
「え゛」
それ、どういう、と問い返す前に、アスカが慌てて訊き返した。
「あ、あんた! 見てたの? もしかして……」
「いや……俺も声だけ……でも」言葉を切った相田はちらりと、風呂に引っかかってるシーツを見た。さっき濯いだシーツだ。「だって、二人どうせどっちも処」
その瞬間、撃沈カウントがひとつ増えた。
そしてわたしたちの周りには屍が三つ転がって、事情を知る者が誰もいなくなった。しまった、つい。
「どうしようか……」
「さあ……」
わたしとアスカは、顔を見合わせた。ここ数週間あれこれと深刻なことがあって、もう口をきくこともないと思っていたけど、なんというか、この状況下ではそこらのことを考える余裕がなかった。深刻は深刻だけど、これはまた別の深刻さだ。もっと、そう心の問題だ。
「仕方ない、誰か他の……」
アスカがそう呟いて室内を物色しようとしたところで、襖が開いた。
「あら? おふぁよ、二人とも……」
えー、結局。二回目。
わたしたちは騒ぎにも動じず昏々と眠り続けていた葛城さんに、話を訊く……もとい、問いただすことにした。……頭、痛いなあ。吐きそう。
「きりきり白状してもらいましょうか!?」
さっきと同じ威勢のいい掛け声で葛城さんの胸倉を勢い良く掴み上げたアスカは、寝ぼけ眼の葛城さんにそのままの勢いで手を捻られ思いっきり投げられてから、気のない返事を貰った。
「何よいきなり。びっくりするじゃない」
「びっくりじゃないわよ! あ、あ、あんた! なんでわたし、たち、が……」
寝転んだまま叫び返すアスカの声は尻すぼみに小さくなっていった。
仕方がない。
わたしはその後を継いで話を続けた。口を開くと酒臭いにおいがして、やっぱりきもちわるい。
「あの、わたしたちどうして、あんな恰好で……」
すると、葛城さんはにひひひひひひっひっひ、と妙な声を上げて笑って、言った。
「あなたたち、仲悪くなかったのね。案外と。……まあ、女の子同士ってのも、なかなかオツだと思うわよ、私はほら、そこらへん自由だと思ってるから」
「昔から男女七歳にして同衾せずって!」
「だから男女分けしたんじゃない」
「で、で、でも」
「そうね、まあ、でも私はそこらへんは精神の自由があると思うから。素敵じゃない。性別なんていう瑣末な問題に捉われず本当の悦びを探す生きかたって」
「あ、あの……それってつまり……」
わたしがさらに問いただそうとしたとき、アスカが呻いた。
「あっ……」
「え?」
「なーに? 変な声出して」
アスカは答えを返さない。ただ、あ、あ、あ、ときょろきょろしながら呻くだけだ。ぎょっとする葛城さんとわたしを置いてしばらく呻いた後、ついに大声で、叫んだ。
「あ、あ、あ―――――――――ッ!」
そしてそのまま、走ってリビングを出て行ってしまった。あんなに走って、頭、痛くないのかなあ。
遠くで木のドアが閉まる音がした。玄関じゃない……自分の部屋か。
「元気ね。さすがドイツ人」
「そういう問題ですか? これ」
「いや、違うけど……酒が強いとそれはそれで大変で……と、あ、ごめん、私はそろそろ支度して出ないと。どうせそんな状態で学校なんか行けないでしょう、私からみんなの親御さんには連絡しといてあげるからとりあえず今日一日はこの部屋にいなさいな。他の五人も。んじゃそういうことであとよろしく」
「へ? あ、あの……」
困惑するわたしを他所に、葛城さんは説明するのもめんどくさいという風に矢継ぎ早に言うとあっという間に支度をして、逃げ出すように部屋を出て行った。というかそのまんま説明を放棄して逃げた。
――バタン、と戸が閉まると。
そこには、撃沈三名、重度の二日酔い一名、立て篭もり一名という、大惨事が……あれ?
綾波さんは?
わたしは、頭痛が酷くならないようにゆっくりと歩いて、各部屋を回った。
リビング。酒宴の後が片付けもされずに放置されている。葛城さんの部屋。万年床がそのまま。物置。二人が撃沈してる。アスカの部屋。相変わらず立て篭もってて、触れるのが怖い。洗面所。相田が……あ。
「しぶといね、相田」
何時の間にやら復活して顔を洗っていた相田が、こちらを振り向いた。
「惣流だって二日酔いだろ。酔っ払ってるシンジやトウジはともかく、俺の方はそう簡単にやられないよ……いて……」
言ってはみたものの、それなりにダメージは食らっているらしい。
「ねえ、綾波さんは?」
そう訊くと、相田は露骨に嫌な顔をして――わたしの服を引っ張った。
え、まさかこんなタイミングで。
「ちょっ、やッ……」
けれども、その目は「そういうこと」をするような目ではなかった。
「違うって。綾波は……まずい。あいつは――」
「人間じゃない」
は?
「なに、それ」
「そのままだ、あいつ人間じゃない。あいつ……化け物だ」
――なんてこと。
洞木ヒカリは激怒した。その思考は絶対に許せない、と思った。でもそんなふうに怒ったのは、恐らくわたし、洞木ヒカリ自身にしてからが、そうではないかと疑っていたからだ。
無意識にでも。
あの蒼い髪。あの赤い目。あの抜けるような白い肌。赤目と白い肌はともかくとして、蒼い髪?
それって、人間にありえる組み合わせだろうか?
そう思ったことが、確かにあった。
だから……殴れなかった。
そんなわたしに、声を潜めた相田がさらに続けた。わたしの考えを見透かすように、首を横に振って。
「そうじゃない。見た目の問題じゃないんだ。俺は、見たんだ。あいつが……『リリス』が、話すのを。俺に……もう一人の」
ごとん。
「わあっ!?」
さっきの一撃のダメージはやはりあったらしい。飛び上がるくらい驚いた相田は、バランスを崩して派手にこけた。
「……今の……?」
トイレ?
見ると、相田は腰砕けになっていて、役に立ちそうになかった。
「……開けるよー?」
わたしはちらりと相田に目配せをしてから、トイレのドアを開いた。
すると。
……なにこれ。
そこには、酒瓶を抱きかかえて器用に三角座りをしている綾波さんがいた。
「……んぅ……」
抱えた腕から、空の酒瓶が転がり落ちる。ごとん、というその音は、さっきと似た音だった。これか、異音の正体は。
瓶を抱えた綾波さんはよだれを垂らしていて、クールビューティーな彼女とはまるで似つかわしくない状況だった。
でも、そんなシュールなシチュエーションとは裏腹に、その寝顔はさっきのアスカと比べてもいい勝負になるくらい、とびっきり可愛くて――とても相田が言う「化け物」の顔には見えなかった。
だからひとまず、わたしはこう言うことにした。
「……おはよ、綾波さん」
状況報告を訂正。撃沈三名、重度の二日酔い一名、立て篭もり一名、加えて、天使の寝顔、一名――
しかしその発生理由は、相変わらず何も把握できず。