ぼくが彼に最初に会ったのは、確か十歳の時だった。
「君の兄弟だよ」そう言われた。
その時まで自分に兄弟がいることなんか知らなかった。兄弟なのだから、もっと小さいまだ物心つく前の時期に一緒にいたことがあるのかもしれない。だけどそれは文字どおり物心つく前のこと。覚えていなくてもしようがなかった。
そのことを聞かされたとき、もちろんびっくりした。
何しろ、この歳になって突然兄だか弟だかができるのだ。驚かないはずがない。
けれど、自分のお兄ちゃんだか弟だかとい人がいるということは、びっくりすること以上のものではなかった。――というより、ぼくは本当は怖かった。たとえ血がつながっていたとしても、いや、血がつながっているからこそ、それはぼくにとってはとても怖いことだった。
だって、ぼくは要らない子供だったから。
いつのころから? 母さんが死んでしまったとき? 父さんがぼくを叔父さんに預けたとき? それとも、叔父さんがぼくを遠縁の伯母さんに預けたときから? それともぼくと言う人間は始めからそういう風に生まれてきてしまったんだろうか?
わからないけれど、とにかくぼくはずっとずっとひとりきりだった。 誰もぼくにいて欲しいと言う人はいなかったし、誰もぼくのそばにはいてくれなかった。ぼくは薄ぼんやり、悲しいと思い続けていたけれど、それが孤独なのだということもその時はまだよく分からなかった。その時はただ、暖かい手や、柔らかい胸に触れられないことが悲しかった。そして、それを一緒に悲しんでくれる人さえいなかった。叔父さんには叔父さんの家族がいて、遠縁の伯母さんには伯母さんの家族がいる。
でも、ぼくの周りにはいつも、誰も、いない。
それがまだ幼かったぼくの前にあるたったひとつの現実だった。
そして。
ぼくはそのうちに、世界はそういう風になっているのだと納得した。
彼らはたくさんでいるようにできていて、ぼくは独りでいるようにできている。動物にも犬のような群れる動物と、猫のような群れない動物がいるみたいに、きっとぼくと彼らは別の生き物なのだ。
そんなふうに考え、だからぼくと彼らは違う、それで構わないのだ、と思うようにした。
いくらぼくが受け入れられたいと願っても、ぼくが擦り寄ることを彼らは決して許さなかったから。
とても、とても辛いけど、この世界はやっぱり、ぼくが他人と一緒にいることを許してはくれない。そしてそれは恐らくぼくのあずかり知らぬどこか遠い遠いところでもう既に決まってしまっていたのだ。
そのことを思うといつもぼくは少し悲しくなった。
けれど、誰とも心を交わさない生活に慣れることさえできれば、そしてその生活の中で時たま、まるで肩が芯から凍りついてしまったようにたまらなく悲しくなるときをどうにかやり過ごすやり方を身につけることができれば、その生活は何も無いかわりに、とても穏やかだった。
もうぼくは彼らの気を引こうと目立つことなどはしなくていい。
ぼくはただ、普通であればいい。
そして、誰の中からもいなくなってしまえばいい。
例えぼくがいつか死んでも誰ひとりぼくのことを思い出さないくらいに。
名前も、髪の色も、さわり心地も、声も、ぼくの持つすべてを。
ぼくが「その子」――名前も知らないままここに連れて来られたので、そのようにしか呼びようがなかった――に出会ったのは、そんな風にぼくが世界となんとか折り合いをつけて生きようとしていた、そんなときだった。親戚の人に連れられて「先生(先生がなんという名前で、何の先生だったのか、ぼくらはついに最後まで知ることはなかった)」と言う人のところにやってきた。そこで、自分に兄弟がいる、と言う話をその「先生」から聞かされた。
さっきも言ったけれど、最初ぼくは驚いたが、それだけだった。よく考えるとそんなことはどうでもいいことだということに気づいたのだ。後から考えてみれば、それは多分、また要らないと言われてしまうのが怖いからどうでもいいと思おうとしたということと、それ以上にぼくが他人に何か望むという気持ちを失くしていたからだと思う。
ぼくはつい昨日までは、親戚だかなんだかの人のところにいた。そして明日からはこの「先生」とか言う人とぼくの兄だか弟だかのいるところにいるのだろう。
今までと同じ、そうとしか思えなかった。
まるで舞台の上みたいだ。
いつだってぼくだけがそこにおきざりにされて、みんなはぼくを置いてどこかぼくの知らないところへ行ってしまう。
そして背景までも、ぼくを置いて変わっていってしまう。昼から夜へ、海から山へ、都会から田舎へ。
変わらないのはこの夏だけだ。
ぼくが生まれる少し前から始まったという終わらない夏。この夏がずっと続いて、ぼくが見たことがない秋に変わることが決してないように、ぼくはずっとこの場所から動くことはできないのだ。
ぼくは耐えればいい。怖いものが来たら、眼をつむって何も見なければいい。耳をふさいで何も聞かなければいい。心を閉じて何も感じなければいい。気にすることはない。彼らはいつかぼくを置きざりにしたまま、ぼくの上を通りすぎて次の季節へと進んでいくのだから。また次の夏へと。
ぼくだけ、ぼくだけが、この夏からいつまでも出られない。
そんな馬鹿なことさえぼくは考えていた。
そう、だから――ぼくにとっては、すべてはどうでもよいことだった。
彼と出会うまでは。
あれから何か変わっただろうか? わからない。いや、きっと何も変わらなかったのだろうと思う。悪いけれど、マンガじゃないんだから人間も世界もそれほど単純に変わるもんじゃない。
ただぼくは知ることができた。ぼくと同じようにこの終わらない夏から動けない人がいるということ。ぼくだけじゃない、彼もこの夏に置き去りにされ続ける。
相変わらずぼくは独りだけど、一人じゃない。
ぐらぐらしていて、安心して寄りかかるには危険ではあるけど、その事実はやっぱり、ほんの少しぼくの支えになったのかもしれない。
ぼくとその子と「先生」の生活はそんなふうにして始まった。それはやっぱり何もない日々だったけど、それまでよりはましだったと思う。
後から考えると、それが勘違いだったとしても、もしかしたら、幸せだったのかもしれないと、思う。
それはぼくたちが否応無く世界を救うという戦いに巻き込まれる前、まだぼくたちがただの傷ついた子供でいられたころの話――