Evangelion G.G-side 

第壱話「弐度目の戦場」

■ 第三の使徒が襲来してから七時間後 ■

ほの暗いケイジで、彼らは対峙していた。一方は黒い詰襟にサングラスの男、もう一方は、白いシャツに黒いズボンの男である。着る者と事物の大きさとが違えば、鳥かごと飼育員と先生、と見えるかも知れない。

「出撃」

対峙する一方の男の声がケイジに響く。詰襟の男が発した声である。濃い色のサングラスをした男の表情は読めない。対峙する二人の横で呆然とその言葉を訊いた女性が、声を荒げた。

「出撃? 零号機は凍結中でしょ?……まさか、初号機を使うつもりなの!?」

その女性の向かい、こちらは平然としている女性が、冷静に言葉を返した。

「他に、道はないわ」

「レイはまだ動かせないのよ!? パイロットがいないじゃない!? ……まさか!」

「その、まさかよ」

「そんな、無茶よ!」

悲鳴にも似た声と、冷静な声の、火と水の打ち消しあいにも似た論争は、対峙するもう一方の男……白いシャツの男の言葉で打ち切られた。

「……少し、黙っていてください」

その言葉は、怒号でもなく、悲鳴でもなく、ただただ冷静だった。まるで、自分が死地に赴くことなど、それほどのことではない、という様子である。それは、途轍もない緊張感を2人に与えた。2人の女性は、自分よりも小柄な男の発する言葉に、ついに次の言葉をつむぐことができなかった。

男は、自らが対峙している、かつては自分の家族だった男を見上げる視線だけをどこまでも鋭くさせながら、氷のような冷たい声で言った。

「何故、呼んだ?」

見上げられた男も、その視線を平然とかわしながら、言った。

「思っている通りだ」

「……俺に、このでかいのに乗れ、と?」

「ああ」

その言葉の後……数秒の間、沈黙が訪れた。見上げる男は目を閉じ、見上げられた男は口元に笑みを浮かべ、その横にいる二人の女性はただただ彼らを見つめるばかりだった。

そんな重い沈黙を破ったのは、見上げた男の言葉だった。

「いいだろう、碇ゲンドウ。……それが、碇ユイの意思なら」

そう述べると、見上げていた男、碇シンジは、その隣にいる女性のほうを向いて、はっきりと手を頭にかざし――敬礼した。そして、深々と頭を垂れた。

「葛城一尉殿。私、碇シンジは、唯今より貴官の指揮下に入ります。よろしくお願い致します」

「あ……え……乗って……くれるの?碇……さん」

話かけられた女性――ネルフ作戦部、葛城ミサト一尉は驚きと共に述べた。すっかり雰囲気に呑まれていたところに話しかけられたので、自然と声が上ずる。そして、敬語。自分が上官ではあっても、この組織の最高位に立つ碇ゲンドウと対等に会話する彼には、話しかけるものが敬語にならざるを得ない雰囲気があった。同じくその向かいに立っていた女性――ネルフ技術部、赤木リツコ技術一尉も、その威圧感に気圧されたのか敬語交じりに述べた。

「で、では、こちらに来てください」

「了解しました」

立ち去り際、シンジは擦れ違う葛城に、ゆっくりと言葉をかけた。それはまるで、小さい子供にでも言い聞かせるような物言いだった。

「大丈夫ですよ……こういうことは初めてではないですから。……それにしても」

それにしても、の後の言葉は、ミサトには聞き取ることができなかった。

その時、彼はこう言ったのだった。

「零の次は壱とは、まったく奇遇なものだ」

と。



こうして、碇シンジは、汎用人型決戦兵器「人造人間エヴァンゲリオン」初号機専属パイロットとして任官することになった。

■ その四時間三十分前 ■

話は少し過去へとさかのぼる。

碇シンジは、エヴァに搭乗する五時間前、新箱根駅で立ち往生していた。

「まいったなあ……電話も通じんとは。何時の世も、緊急時はこんなものか」

白いカッターシャツと、黒いスラックスのズボンをはいたシンジは、独り呟く。夏の幻のように存在感の薄く見える男が一人、人影の見当たらぬ街に佇んでいる。

「仕方が無い……シェルターに往くか」



同刻、葛城ミサトは、目的の男を見失って狼狽していた。

「まいったわね……こんな時に見失うなんて」

言いながら変速し、誰もいない通りを加速する。赤信号など当然のように無視し、止まっている車を次々と追い越しながら、彼女はぶつぶつと陰口を叩いていた。

「それにしても……こんな時に『ここに』自分の身内を呼ぶなんて、あの司令、何を考ているのかしら……重要人物なの?」

助手席には、一枚の写真をクリップで留めたファイルがあった。その写真の人物の下には、「イカリ シンジ」とカタカナで名前が書かれていた。

その写真には、白いシャツに、白銀の髪をした人物が写っていた。その顔には、柔らかいが感情の見えない笑みがあった。



碇シンジは目を見開いた。その目の前には、全長40mはあろうかという巨大な人型の生き物らしきものが歩いていた。どこまでも常識を無視したそれに立ち向かう国連軍の戦闘機は、ただただ無意味に攻撃を繰り返すばかりだ。見たところ、ミサイルも機関銃もそれほどの効果をあげてはいないようだ。

「ふむ……奴が俺を今さら呼びつけた理由……見えてきたな」

シンジはそんな非常識な光景にも、さほど驚くことなくそれらを受け入れていた。

「さぁて、と……ここで死ぬか、例の葛城さんとやらがやって来るか……神のみぞ知る、というところか。いや……そうか、神様は信じないんだった」

少し芝居がかった声で言った。攻撃はまだまだ続いている。戦闘機が一機、また一機と撃墜され、残るものも退却を始めてゆく。シンジは、逃げるも無駄、とばかりにゆっくりとその場に胡坐を組んだ。目を閉じる。巡航ミサイルが彼の上を轟音を立てて通りすぎ、件の怪物に向って行くに至っても、シンジはなおも平然とした調子で言った。

「ふむ、ここいらで、おしまいか?」

それは、まるで終わりを待ち望むような声だった。



しかし、彼の希望とは裏腹に、終わりはまたも彼のもとに訪れなかった。彼の前に、爆風をさえぎるように青い車が滑り込んできたからだった。

青い車のドアが開く。

「遅れてしまってすいません!碇さん。お怪我はありませんか!?」

ミサトは車の外に出て、その向こうにいる人物に話しかけた。



そこでは、齢八十か、九十になろうかという老人が、立ち上がりつつあった。

「いやあ、老体にはこたえますな。まあ、死んではおりませんから。『また』死にぞこないましたよ。ははは」

平然と答えた、白銀の髪を持つ老人は、その名を「碇シンジ」という。

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我が身既に不退転。次へ進む