Evangelion G.G-side 

第六話 「PLAY/STOP」

■ 翌日、赤木リツコ執務室 ■

ネルフ本部、技術部赤木執務室――「許可なく立ち入れば生還は適わない。許可があろうともまともな体での生還は適わない。丑三つ時には怪しい機械音と笑い声が響くとのネルフ七不思議に数えられるという」……全て呑んだ拍子にミサトから語られ定着したイメージだが、本人の責任も、無いとは言えないだろう。

もちろん、何の気なしに流した噂ではない。この部屋には、容易に踏み込んで貰っては困るだけの秘密があるのだ。

そんなリツコ博士専用の技術課長部屋で、ミサトは部屋の主を締め上げていた。はらり、と床に落ちた紙には「葛城ミサト一尉、本日を持ってネルフ作戦部長を解任、戦略自衛隊第3師団に出向」とあった。

「どういうことよ!? ねえ、どういうことよ!?」

「書いてある通り。戦自に出向、よ」

「だからそれがどういうことって訊いてるのよ。対使徒戦の戦略のエキスパートとして招かれたし、その自負もあるわ。なんでよりによってこの大変な時期に戦自になんて出向しなきゃなんないのよ」

「誤解をしてもらっては困るわ葛城一尉。あなたへの戦自出向命令は司令直々。私への文句はお門違いよ? それに今回の目的は、指揮そのものについて、『お勉強』をしてもらうだけよ」

リツコは早口でまくし立てた。おわかり? といった風情で褐色の液体を口に含む……が、いまいち恰好がつかない。その言葉は意味としては理解できても、やはり嘘くささが漂っていた。が、それも仕方がないのかも知れない。彼女が自身を持って言った台詞は「あなたへの戦自出向命令は司令直々によるもの」の部分だけだったのだから。

「だからなんでだっつってんのよ。これでもその道でそれなりの成績残したからここにいるって、あんた、分かってるでしょ。……ね、リツコ? いいから降参なさい、許してあげるから」

ミサトの発言はあくまでも事実のみを述べている。許してあげる、の言葉にやや心を動かされつつも、さらにリツコは続けた。

「あなたね、前回の対使途戦の事忘れたわけじゃないでしょうね。只でさえ先の行動の読めない使徒を相手に、初心者パイロット、しかも老人、というのはまぁ仕方ないとしても戦闘中に指揮らしい指揮もできずに終始口をあけてただけ。逆にいえばだからこその指揮官よ? 結果は本人の戦闘能力に寄るものだけで殲滅。作戦発案だけの指揮官なんてものは役に立たないからあの爺さんを動かせるように勉強してきなさい、ってところよ」

思いつく限りの言葉を並べてみる。が、やはりミサトは反論した。科学的な報告書ならともかく、ディベートでは強い。そうでなければ、作戦部の長などやっていられないからだ。

「ねえリツコ? 初心者のパイロットを使徒襲来の当日に選出したのはどなた? 打ち合わせも訓練もできていないパイロットをいきなり指揮下に組み込んだのはどちら様だったかしら? 座っていればいい、とは誰の言葉だったかしらね? 赤木博士? データも殆ど無い状況でどれだけ命令が実現できるか分からないパイロットを押し付けられて、これ以上の結果が出る人がいるんだったら、連れてきなさいよ。ほっぺにキスして交替したげるから。なんなら一発やってあげてもいいわよ。……幸運は認めましょう。碇2尉の戦闘能力に拠ってるのもね。でも、ミスをした記憶は無いわ」

ミサトのかなり論理的な攻勢に、やはりいつかのようにリツコはついっと目を逸らし、言った。

「ごめんなさい。私の力では……もうどうしようもなかったわ」

「……ゆっくり教えて貰いましょうか。碇さんがレイと何を話したのかも含めてね」

「……これを、見て」

リツコは、リターンキーを叩き、ファンクションキーを複雑な順序で押した。すると、それまで映っていた画面に割り込んで、新しい映像が現れた。そこには、シンジとレイが映っていた。

「これは……」

「一昨日の、レイと碇老人の会話よ。モニターしていたの」

「……全部、あんたの手の中ってわけ。いいわ、見せて」

腹を決めたミサトの声に頷くと、リツコは映像を再生した。

■ PLAY ■

少女を抱きしめる老人。無言のリツコ。

「ねぇ。ちょっと。まさかこれが決定的な原因、てわけじゃぁないわよね?」

その言葉にリツコは、案外そうかも知れない、という言葉を胸にとどめて「違うわ……黙って見てなさい」とだけ述べた。

「ふーん……?」

そう言ったミサトがふとみれば、相棒の手には何故だかティッシュの箱がしっかりと保持されていた。釈然としない思いを抱きつつも、ミサトは映像に視線を戻した。


「……何をするのよ」

レイの無機質な言葉。しかし、その言葉には普段彼女の聞くものとは少し違った響きが含まれている。困惑と混乱。シンジは抱きしめた腕を解きながら、言った。

「……もう一度、名を聞かせてもらえんか?」

レイがきょとんとした表情をした、ようにミサトには思えた。自分の容姿ではなく、名前に興味が向いていることが不思議、という表情だ。

「……もう一度、お名前を、聞かせてもらえんか?」

シンジはゆっくりと、もう一度繰り返した。すると、レイが口を開いた。唄うように「綾波、レイ」と自分の名前を述べた。まるで他人の名を述べるような調子だった。

しかし、老人はその言葉を噛み締めるように聞いて、感慨深げに言った。

「レイ……レイ、か」

「何」

レイが小首を傾げて疑問の表情を浮かべる。そんな目の前の少女の浮かべる表情に、顔をくしゃくしゃにしながらシンジは続けた。

「いや、いい名じゃね、嬢ちゃん」

……この人のこんな顔、見たことない。ミサトはほんの少しだけ、うらやましい、と思った。そして同時に、家族の絆の強さを感じていた。彼女も、その相棒も、捨ててしまったものだ。

「……なに、娘によう似とったもんでな。つい、取り乱してしもうた。すまんの」

「そう」

「……もう一つ、聞いてもいいかな? 嬢ちゃん」

「何」

「……嬢ちゃんのお父さんの名前は、碇ゲンドウというんじゃないか?」

碇ゲンドウ。その言葉を出した途端、レイの表情に明らかな変化があった。怒りと、羞恥と、照れと、疑心がない交ぜになった表情だ。

「違う。司令は……司令だもの。親は、知らないわ」

的を得ない答えにシンジが眉を寄せると、レイは少し困った顔をした、そして。

「……親と呼べる人物は、いないわ」

そう、言い直した。どうやら、目の前の老人には言葉の意味が理解されていない、と取ったようだ。

そして……その後シンジを見て、レイはぽつりと言った。理解できない、そんな表情で。

「……何故」

シンジは泣いていた。そこにあるのは、レイと同じように、怒りや、羞恥や、驚愕や、疑心、諸々の感情がない交ぜになった表情だ。ただその表情には、レイには欠けているであろう、悲しみも含まれていた。

「いや、すまんね。年をとると涙もろくなっていかん。あの男は、昔の知り合いでなあ。そうか、嬢ちゃんは奴の娘じゃあ、なかったか。そうか、そうか」

そして「……そうか、嬢ちゃんには、親はいない、か」と言った。

「ええ」

無感情に呟くレイ。

「……そうか。そりゃあ無神経に訊いて、すまんかった」

老人がそう言っても、少女の顔に浮かぶのは、怪訝な表情だけだった。

「何故、謝るの。特に危害は受けていない」

その言葉に、しばらくシンジは言葉を失っていた。泣き笑いの表情になる老人、そして、怪訝な顔をし続ける少女。その組合せは酷くシュールだった。

数秒たって、ようやく言葉を取り戻したシンジは「……じゃあ、嬢ちゃんは誰と暮らしてるんだい?」と、搾り出すように言った。

「誰も」

「……独りかい」

「そう」

「……寂しいじゃろう?」

「何か問題が?」

そう言われて、老人は何を思い出したのだろう? 何かに耐えるように唇を強く噛み締めたシンジは、笑った。

「……すまんねえ、ジジイは口うるそうていかんな、こりゃ」

その言葉を言ったシンジの様子は、まさに、出ない声を搾り出しているという感じに、ミサトには見えた。きゅうきゅうと、自分の肺を、喉を、締め上げているであろう老人の様子に、さすがに、目頭が熱くなる。

「……のう、また、話し相手になってくれるかね?」

言ったシンジの顔は、まるで、縋るようだった。

「……ええ。問題、ないわ」

「……ありがとう」

喜色満面の笑みで頭を垂れる。

■ STOP ■

そこで映像は途切れていた。ミサトには、シンジの口を伝う血が見えたような気がした。

ミサトは、隣を見た。隣にいる相棒は、泣いていた。

さしだされるティッシュ。

ミサトは、彼女が持っていた箱の意味をようやく理解した。ちん。と鼻をかむ。

「……なんだ、あんたにも、情けはあるんじゃないの」

ミサトは言った。

「……別に、嫌いなわけじゃ、ないもの。多分、愛してるわ、歪んでてもね」

その言葉は恐らく、真実なのだろう、とミサトは思った。

しかし、余韻に浸る間もなく、リツコはスッと表示を切り替えた。このクールさも、また彼女だ。

「……でも、問題はこの後よ」

「あん?これでおしまい。じゃないの?」

映し出されるのは、葛城邸。ライブ映像だ。見られたか、と小さく呟き、ミサトは言った。

「……目か。……テレビね」

「……ここであなた、彼の発言を認めたでしょう」

「……ええ。隠し通せるもんじゃないわ」

「それでよ。あなたは、そんなこと知らないはずだから……でも、不幸中の幸いね。レイの正体を明かしてたら、それを知ってると、あの人に知られたら……ただじゃ、すまなかったわ」


部屋から、外に漏れるような大きな声で「あーやっぱり納得いかねえ! やっぱ逆恨みじゃないのよ! あの髭が! あの状況だったら知らなくたってそう言うわよ! 私にどうしろと!?」という言葉と放送禁止レベルの罵倒の言葉、それからガタガタという奇妙な音が響いたのは、そのしばらく後のことだ。

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