Evangelion G.G-side 

第八話 「老人と少女 part2」

■ ネルフ本部・司令執務室 PM 02:15 ■

中学校では六時間目も始まろうとする時間……シンジは、ネルフ本部に居た。

ネルフ本部の中心に位置するこの司令執務室は、ワンフロアを占めるほどの規模がある。その天井には、生命が神へと至る道……セフィロトの樹が描かれている。

「悪趣味だな……」

もっとも、葬式仏教徒で正月神道信者、という典型的日本人であるシンジには、その意味など分からない。ただの怪しい柄、である。

「悪趣味ここに極めり。といったところか。なるほど部屋の主の心象をよう現しとるわ」

半ば相手に聴かせるために、ことさらじじむさくそう呟きつつ、シンジはつかつかと部屋の中心、碇ゲンドウの座る机の前に向って歩み進んだ。そして、部屋の中心……そして建物の中心でもある執務室の机に、3人の男が集った。

「来たぞ。年だ。立っとるだけでも辛いでな、早急にすませ。……まあ、年寄りを立たせて自分が座っとるような人でなしになにを言っても無駄かもしれんが」

アクセル全快でいやみを繰り出す。

「確かに、私も年中立たされて、辟易していますよ」

ここぞとばかりに加担する冬月。老人のユーモアには、多少同意するところもある。

「……口の利き方に気をつけろ」

「……ん? 口で勝てんとなったら立場を利用して恫喝か? 器の小さい男だ。何であの子はお前みたいなんを好いたのか、いまだに分からんよ。……お前、もしや自分が俺の上に立っているとでも思っているのか?」

俺、シンジがこの男と、そして自分1人でいるときくらいしか使わない一人称である。

「勘違いするなよ小僧。お前が生かされておるのは、俺の情けだと知れ。お前のようなモヤシ男、骨と皮のみの爺と成り果てた俺でもたやすく殺してやれようが。ん? ん?」

最大限の悪意を向ける。

「まあまあ、落ち着いてください、碇さん」

慌てて冬月が間に入る。この二人も、旧知の間柄である。

「……ここは、先生に免じて、引こう。しかしな、次にそういう口を叩いてみい。お前が何人のガードマンさんに守られようと、一矢加えてやるからな。後ろ斜め頭に気をつけておけ」

そうドスを効かせた声でそう述べると、ふうっ、と息を吐き、それまでとは打って変わって冗談めかした調子で、机をこんこんと叩いて言った。

「……さ、なんですか、お話は。出歯亀のお二方?」

「……気付いておられたのですか」

素直に驚きを表す冬月。

「……何、私もバケモノじゃあありません。……ただ、この男のいやらしい気配が滲んでおりましたからな。そればっかりは犬のように分かります」

そう言って、珂珂、と笑う。

「……冗談ですよ。どうせ、そんなことだろうと思ったのです。騙されましたな? あっはっはっは」

声だけの、乾いた笑いが響く。慇懃無礼ではあるがゲンドウ以外には、あくまでも礼儀を守るシンジである。

「……しかし、よもやお前が童女趣味とは知らなんだ」

それも、自分の娘を? 素性まで隠して、あんな場所に住まわせて、自分にだけ意識を向けて。

言いかけて、止める。

言いたくもない。ただ、言わなければならないことだけを言う。

「……あの子は、ユイの子だろう?」

「碇さん、彼女……レイには、複雑な事情がありまして……」

「複雑ですなあ。まさかこんな組織の長が変態などとは言えますまい。私としても、身内から犯罪者を出すのは忍びないが仕方ありません。これも世のため人のため。不憫だが公僕のご厄介になってもらいたいのですが?」

実に「嬉しそう」に喋る。声だけだ。あくまでも冗談めかして語るシンジだが、その目は全く笑っていない。

「お前が何をしていようが知ったこっちゃあないが」

ゲンドウには、ごく短く、それだけ述べた。

二人の男がその冷淡で、馬鹿に仕切った声に、すうっと背筋を冷たくしたとき、老人はそのタイミングを見計らっていたかのように、続く言葉を述べた。

「……さすがに自分の孫娘をあんな場所に住まわす奴らに、任せてはおけん」

それだけを述べると、呼び出したゲンドウの用件も聞かず、さっさと踵を返して部屋を出ようとした。

「させると思うのか?」

その背中に声が掛かる。ここにきてゲンドウは、ようやく自らの口を開いた。しかし、あっさりと言い返される。

「できぬと思うてか?」

「……レイに構うな、命令だ」

権力を最大限に利用したその言葉も。

「聞くと思うか?」

あっさりと言い返す。

シンジは、はあっ、とため息をついた。

「……のう、あんたさん方」

まるで見知らぬ者に話しかけるかのような調子で、シンジは語った。そう、まさに、語った。朗々と。

「何か勘違いをしておられるようですなあ。『わし』がここにおりますのは、娘の頼みだからということです。孫娘と引き換えにするようなもんじゃあ、ありませんよ。老い先短い爺さんが、孫娘の命と、あんた方の命を天秤に掛けて、あんた方を取ると思うておられるのですか? 面白いですなあ、いやあ、実に面白い!」

その気迫に黙る2人に、追い討ちをかけるように言葉をかけた。

「ねえ? 面白いでしょうが」

はっはっは、またカラカラの声で笑う。芝居がかった笑いは、嘲笑のためか、その身に怒りを辛うじて封じ込めるためか。


レコーダーに、この日の執務室風景は、記録されてはいない。

■ 放課後の用務員室 室温設定16度 室温10度 ■

夕方、シンジが荷物を取りに部屋に戻れば、そこには、レイが膝を抱えてひっそりと座っていた。

シンジは、まさか、と思った。そして同時に、知らず知らずレイを感情のない子、として扱っていた自分に気付き、舌打った。

「くそう、外道に組すれば外道になるか」

昨日、今日、たった2日のコミュニケーションは、恐らく彼女が生まれて初めてに近い、家族の経験なのだ。それが、大切にならないわけはない。そう思いながら、シンジは苦々しく自分の行いを恥じた。

膝を抱える少女はまるで、初めてヒトのぬくもりに触れた捨て犬のように、シンジには見えた。

それが当然のこととして、ただ頑なに老人との約束を守り、そこにたたずむ。それをさせたのは、実際には、暇、を「訓練がない」と受け取るような生活や、命令を遵守するしつけなのだろうが。

「……来たのね」

シンジが思考の海に沈みかけたとき、レイが顔を上げて、言った。

「ああ。ああ。遅れてすまんねえ。こんなに冷え切ってしまって。ひとまずコタツにお入り。茶をすぐに入れるからな。ごめんなあ、ごめんなあ」

レイは外で待てばいいものを少女は律儀に凍えるほどの寒い空間で待っていた。まるで誰もいない暗く冷たい家で家族の帰りを待つ幼い子供のようである。

「……いい、約束だから」

彼女は謝り続けるシンジにそう言った後で、小さく、呟いた。

「ここは、暖かいもの」

小さく、途切れるように言った。そして、言った後で少し、自分の言葉に、首をかしげた。

その言葉に何かを促されるように、シンジはゆっくりと口を開いた。

「なあ、嬢ちゃん……いや、レイよ」

レイ、名前で呼ばれて、少女は少し肩を震わせた。

「…………」

「レイに、わしゃあ、言わにゃあならんことがある」

レイは、奇妙な顔をしていた。老人との関係が失われるのを怖がるでもなく、新しい関係に怯えるでもなく、ただただ、老人の言うことが予想できない、という表情。純粋な疑問の表情だ。何かを聞かされた時に当然訪れるはずの感情から、ほとんどこの少女は見放されている。

彼女の表情、それは昨日、シンジに抱きしめられたときと同じような?

違った。

それは、確実に、昨日とは違っていた。

何が違うのか、レイは当然分からない。人付き合いがうまくないシンジにも、おぼろげにしか分からない。

そこにあった違いは「芽生え」だった。

「ひと」の。

それまで、まるで自動人形のごとく生きてきた少女は、生を受けて十余年たって、やっと、ちゃんとした愛情を受けたのだ。それは、いささか不器用で、不用意ではあったが。

沈黙が部屋を支配し、クーラーと時計の針の音だけが響く。時計は五時を示している。

「……行かなきゃ、1800から訓練がある」

レイが、ぽつりとそう言った。そして立とうとした。

が、その腕は、皺の目立つ老人の手に、しっかりと握られた。レイが、ふっと自分を掴む老人を見下ろした。

そこにいるのは、先ほど国際組織の司令に啖呵を切ったのと同じ人物とは思えない、情けない老人だった。自分の孫に嫌われるのが怖い、やっと作った関係を壊すのが怖い。そんな、怖がりの老人だった。

しかし、時間は止まってはくれない。

シンジには言わねばならない言葉がある。そして、その言葉を飲み込んでしまうには、もはや状況は進みすぎていた。

彼は、誰も見せないようなか細い声で、言った。

「レイは、どうやらわしの、孫、らしいんじゃ」

言葉を切って、辛うじて、言う。

「……孫?」

聞きなれない言葉に、ありありと疑問の表情を浮かべるレイ。

「そうだよ」

レイの顔に、さっと朱が走った。そして、怒りの表情が浮かんだ。

「……嘘」

そう一言言った彼女は、ぱし、とシンジの頬を打ち……唖然とする彼を残し、部屋を後にした。

不器用な老人と、不器用な少女、その関係は、ホームドラマのように、とは行きそうになかった。

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