Evangelion G.G-side 

第拾話 「孤独の時間 halftime」

■ 居酒屋 「大往生(だいおうじょう)」 午後九時半■

「ほいっ、行きますぞ!」

「うおーい、どうぞ! いっき! いっき! いっき! いっき!」

誰かに通報されてしまったら捕まってしまうであろうことが確実なコールが響く。居酒屋「大往生」、特性吟醸酒を杯で一気飲みができれば、三万円分飲み食いがタダ、という、まあ余り大きな声では言えないサービスをしている店だ。

そんな店で呑み始めて一時間……老人と妙齢の女性、という珍妙なカップルは、共にかなり出来上がっていた。

「なんだー! チクショー! もう一本持ってこいや!」

ミサトの口からお約束の声が響く。誰がどう見ても倒れておかしくない量だが、何故だかまだ、彼女は起動している。

どういう肝臓をしているんだろう、と、頭に少し残った理性で、こちらは人より少し強いと言った程度のシンジは思う、しかし……、ま、どうでもいいか。

理性をやや彼方に放り出して、老人も酒を飲んだ。


「ったくよー! 聞いてよちょっと!」

「どうしたのですか! 葛城殿!?」

それまでの緊張状態はどこへやら、かなり打ち解けている(?)二人。実際には馬鹿騒ぎしているだけであり、おまけに奥では店主が真っ白に燃えつけていたりするのだが、それはさておき。彼らは初めて、お互いの話を始めるところだった。思えば、この一時間、「チクショー」だの、「なんだー」だの、意味の取れない言葉を放ちながら、ひたすら喰って、呑んで、呑み代が足りなくなったら一気、を繰り返してきたのだ。

最初は二人のことを「孫と祖父」「金がうなっている老人とその愛人」などと興味深げに詮索していた人々も、ある人は飲み終わり、ある人は、飲むのも止めてその鯨飲鯨食を、別の興味にそそられて見ている。店長は3回目の一気のあたりで真っ白に燃え尽きてから、そのままだ。

そんな店内で、やっと二人は語り始めようというのだ。自らのことを。

当然の帰結として店内の全ての耳が集中する。

ミサトは、思わずその視線に唇を引きつらせた。

「い、碇さん……」

「そ、外で……」

「呑みなおしましょう」

店内から「まだ呑むか!」という声が聴こえたのは、そのほんの少し後だ。


こうして、店長に恐怖を店に伝説を残した二人は、水数杯で回復し、足取りも軽く颯爽と店を後にした。……いや、正確には一人はかなりキていたのだが、それでも歩けるのは、彼に刻み込まれた長年の鍛錬の成果か。

ともかく、二人は戦利品の「大往生」二本を持ってその邸宅へと戻ったのだった。

二人が家を出てから、既に一時間半が経っていた。

■ 葛城邸 一時間半前 ■

「……はあ」

ため息と共に、ミサトやっとのことで家に辿り着いた。行きが2時間ならば帰りは2時間半かかる。行きはよいよい帰りは怖い……そんなものである。

そして……やっとのことで帰りついた我が家には、明かりがともっていなかった。

「……?」

不審に思い電気をつける。玄関、廊下。人の気配がしない。碇さんは、まだ帰っていないのだろうか? その疑問の答えは、リビングにあった。電気をつけようとリビングに入ってみれば、そこには黒い影があった。

何か、いる。

「ひっ!?」

思わずミサトは声を上げた。

そこには、暗闇の中死んだように佇む老人がいた。

恐る恐る近づいてみても、反応がない。暗い部屋、電気をつけるのもためらわれる。一瞬のうちにミサトの頭の中には葬儀の手配やら今後の作戦内容の変更などが展開された。「ふっ、よくやった」なぜかにやりと笑う上司……現在のところ「元」上司の顔までが浮かぶ。だが……早合点は禁物だ。

「……い、生きてますかぁ?」

「……さあ……どうでしょうなあ」

「……なんだ、生きてるんじゃん」

もう、生きてるのなら返事くらい、してくれればいいのに。そんな風にかなり失礼なことを考えつつ、ミサトは部屋の電気をつけた。

カチッ。

部屋が明かりで満たされる。人間の住むところは、やはりこうでなくては。

と、部屋の全貌とともに人外魔境(の雰囲気を作り出している男)が浮かび上がる。

「……?」

別段、部屋のものが壊されているといったことはない。壊れていたのはそこにいる老人のほうだ。シンジはまさに「ぶっ壊れた」という感じでソファーに座っていた。また恐る恐る、声を掛けてみる。

「だ、大丈夫ですかぁ?」

「……さあ……どうでしょうなぁ……」

また同じ答え。全く気が入ってない

本格的にどうしたのか、と心配になってきた。

自分が迎えにいったあの日からこのかた、歳を十や二十誤魔化してるんじゃないかと思われるほどに元気だった老人が、今では三十歳ほど一気に老け込んだように見えた。死ぬぞ、それじゃあ。

しかし……一瞬、突然呆けたか何かと疑ったが、言動はしっかりしている。というか、そもそも昨日まであれだけ矍鑠としていた人が、いきなり惚け始めるなんて話、聞いたこともない。自分だってそんなに知ってるわけではないが、普通、そういうのなら兆候か、何かそんな類のものがあるはずだ……たぶん。

そんなの、なかった。

なら、昨日と今日で変わったことは?

考えてみる。

そして数秒で、思い当たる。

……レイ、か。

確か昨日、シンジは「ちゃんと話をする」と言っていたはずだ。それで、今日こんなことになっているということは……

「……頬を、叩かれてしまいました」

ミサトがちょうど思い当たったときに、シンジはそう言った。ああ、そういうことね。わかりやすいことで。

……ふっと、ミサトはこの弱い姿こそ、この男の本来なのではないかと思った。思えば自分はまだこの老人にあって、ほんの数日しか経っていない。その「数日」がやけに濃かったせいで、この老人のことを思わず知っているかのように思ってしまったが、んなことはないのである。

「……そう、ですか」

ミサトがそれだけ言うと、シンジは、はあっ、と一息大きく息を吐くと、それでも普段通りの(恐るべきことに葛城家の家事はすべてこの老人がやっている。何が恐ろしいとは妙齢の女が何一つできないあたりなのだが)調子で言った。

「あ、そういえば葛城さんは夕餉がまだでしたな。今準備を」

「ああ……いいんです」

そう言ったミサトに、シンジは顔を少ししかめて聞き返した。

「どうしたんですか?」

「……良かったら、飲みませんか、外で」

「……何か、あったんですか?」

「……それなりに」

老人は、少し元気なさげに、それでもははは、と笑うと「いいですなあ、私も、飲みたいと思っていたところです」と言って、立ち上がった。

■ その二時間後 葛城邸 ■

「……ただいま」

「お帰んなさーい」

当たり前だが、一人では、できないやりとりだ。

「っと、呑んだ呑んだー、っと」

「……またまた」

「なんですかぁ?」

「そんなに酔っていないくせに。うまいですな」

「……ばれました?」

「伊達に九十年生きとりはしません」

「……参りました」

ぺこ、っと頭を下げるミサト。

こちらはぺちっ、と自分の頭を叩くシンジ。

「こちらこそ。ザル様」

「ワクですね。私は」

「確かに」

話しながら、廊下を歩き、テーブルに着く。戦利品はテーブルの上だ。ミサトはコップを二個、取ると、氷を入れてそれぞれの席に置いた。無言でシンジが酒を注ぐ。ミサトは顔を上げて、切り出した。

「さて……どうしちゃったんですか、碇さん」

「……言った通りですよ。頬を、叩かれてしまったんです」

うーん、と頭を抱えるミサト、なんというか、言葉が足りなくて良く分からない。あのレイの祖父だというのも、こうなれば頷けなくない。

黙って続きを促す。

「……、告げたんですな。私が祖父だ、と」

「ふむ」

納得して。

「そうしたら、『嘘』と一言で看破されてしまいましたよ」

あらら、とコケる。

「そりゃあ……災難でしたねえ」

「災難……でしょうか」

何が悪いわけでもない。タイミング、心の動きの具合……そういう問題なのだ。人間と人間の関係では、やり方が正しくても、正しい結果がでない場合が、往々にしてあるのだから。そう。

「私が飛ばされちゃったみたいにねぇー」

いつの間にか声に出して呟く。状況にはかなり違いがあるような気がするが、気にしない。

その声に、目をまんまるにしたシンジは、聞いた。

「……飛ばされた?」

「……そです」

シンジも、やはり何も言わない。

カラン。氷が落ちる音だけが、静かに響いた。ミサトは新しい氷をコップに放り込みながら言った。

「自衛隊です。今日から、勤務になります」

「……そうですか」

「暫く、土臭い山梨の山奥でうろちょろ、って訳です」

「……ふむ、飲みますか」

「賛成」

氷は置き去りにして、コップではなく酒瓶で乾杯をする。

孫と祖父、老人と愛人、上司と部下、そのどれでもなく、そこに居たのはただのしょっぱい2人の酒飲みだった。


飲みなおし初めて、三十分がたった。さすがに夜も更けていく。

静まり返る町。その中にあって葛城邸はいまだ明かりが潰えていなかった。

そして、酒飲み二人の方は、ついにぶっ潰れていた。


「おおっと、葛城殿、さすがいける口ですな!?」

「そーれすよ! 若いからってナメないでくださります!?」

「ははあ! そこまでとはこの碇特務二尉、御見逸れ致しました!」

「そんな他人行儀な! ミサトって呼んで下さい! ミサトって!」


そして……


「……ミサトさん……どうすれば、あの子は私に心を開いてくれるんでしょう……若いもんの気持ちがもうさっぱり分からんで……」

「いや、……私ももう」

「いやいや、ミサトさんはお若い! 是非とも私に年頃の女の子の気持ちをご指南くださりませんか?」


ついには……


「アレですよアレ! やっぱエヴァって巨大ロボットじゃないっすかあ!?」

「ふむふむ」

「てーことはあ! アレですよ! ピンチと逆転!」

「ははあ」

「主人公を襲うピンチ! 絶叫のヒロイン! そしてだいっ逆転!!!」

「ほほう……」

「そしてっ! ヒロインはヒーローの胸の中にッ!」

「おおお!!」

「どうです!? どうです!?」

「それですっ、それですぞミサトさん!」


既に日付も変わって久しい。そこにいたのはしょっぱい2人……改め、ただの阿呆だった。

こうして葛城邸の夜はさらに更けていった……何も事態は好転していない。ハーフタイム、終了である。

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