Evangelion G.G-side 

第拾壱話 「孤独の時間 パターンB」

■ 戦略自衛隊第三師団 長野駐屯地 戦術シミュレーター室 ■

戦術シミュレータは、ミサトの得意中の得意とするところだ。戦術運用について防衛庁・自衛隊内で彼女以上に詳しい人間がいるか、と問われれば、幾らでもいるだろう。が、戦術運用を行なうということに一番長けている人物は誰だ、と問われれば、それは彼女しかいない。

そして、彼女の本当の強みは別のところにある。

彼女の、彼女以外のほかの誰にも誰にもまねできないところは、状況に合わなくなったら、既存の戦術理論をきれいさっぱり捨て去ってしまえる点だ。そして、野生の勘とも評される、言葉を越えた能力で、あっという間に新たな戦術を組み立ててしまう。

だからこそ、彼女は戦術シミュレーションの戦績は他の追随を許さなかったにも関わらず、成績は及第ギリギリだった。


ミサトはシミュレータから顔を上げた。戦績表示を見る。

当然、圧勝だった。

目の前には、疲弊した顔の子供たちが数人いる。戦略自衛隊の士官候補生たちである。年のころは中学生そこそこの子供たちがこうして人殺しの方法をシステマチックに学んでいるのを見ると、ミサトは確かに嫌な気持ちになった。気持ち悪い。

「……でも、私も変わりゃしないわよね」

ミサトはぼそっと呟いた。自分の配下には、エヴァ小隊、エヴァンゲリオン零号機パイロット、綾波レイ特務准尉がいる。年端も行かない子供を戦場に駆りだすことにかけては、こっちにも一家言あるのである。そんなもの誰も欲しがらないだろうが。

しかし、そんなことを抜きにしても、この子供たちには気持ち悪いところがあった。

そこまで考えたところで、声が掛かった。低く、しかしよく通る声だった。

「……お強いですね。葛城一尉」

「一応、尉官ですから」

桑山キクユキ一尉の本当に驚いたらしい声に、ナメられているのかと思いそう切り返してみる。そうだ、戦自、防衛庁、ゲヒルン、ネルフ、と職場を転々としているミサトでも(それを左遷と呼ぶか栄転と呼ぶかは人それぞれだが)れっきとした尉官なのだから、年端もいかない少年士官に勝てないわけがないのだ。ていうかんなもんに勝てないくらいならさっさと荷物をまとめて実家にでも帰ったほうがマシだ、とミサトは思う。

「それも、そうでしたね。失礼しました」

「いえ。まあ、こういうところからしばらく離れているのは確かですし」

「いや、とてもそんな風には見えませんね」

その言葉と共に、ミサトは不意に値踏みするような視線を感じた。視線を向けているのは当然、目の前にいる桑山である。探りを入れるような口調と視線を隠そうともしていない。ある意味、男らしい。予告されてからスカートをめくられるような、変な気持ちだ。

でもね。

めくられるって分かってるんなら、中にスパッツなり何なり穿くのが女の子ってものよ。そんな風に、誰かが聞いていたら思わず「いったいあんたは何歳だ」と問いかけたかも知れないようなことを考えながら、ミサトは桑山を見た。

今度はこっちがズボンを引っ張り下ろす番だ。

「それにしてもあの子たち……よく鍛えられてますね」

突然の切り返しに少し眉を動かして桑山は答えた。

「……あの子たちは選抜されたエリートですから。あの子たちは孤児なんですが、それだけに勉強熱心なんです。何人かは新防衛大学校にも進学するはずですよ」

「福祉事業ってとこですか」

軽い口調で桑山の言葉を皮肉る。しかし、桑山は真顔で答えた。

「その側面もあるかも知れません。……実は、私も孤児だったんです。弟と私、似てないでしょう? 血がつながっていないんです。でも、兄弟として育ちました」

「そう……ですか……」

不用意な発言を自覚する。実際にはミサトにも、それなり、という言葉では言い表しがたいほどの過去があるが、それでも自分の発言は不用意だと思えた。ふと、彼と同じように孤児として育った知り合いを思い出した。そうか、喰えないあいつらは皆、何かを背負っている。

「嫌な時代でした……うん。ここは最高とは言えませんが……死なないだけ、マシだったと思ってます。彼らも、そんな子なんです。まだまだ、豊かとは言えないですから」

「でしょうね……」

その責任の一端は自分にある、とミサトは思った。ネルフは国連の供託金のかなりの額をエヴァ建造、そしてジオ・フロントの構築に費やしている。その何件かは、ダミー会社を通してネルフ本部にキックバックされていることも、周知の事実という奴だ。ネルフは人類を救うという目的のために、多くの血を流している。ここも、例外ではない。

「……止めましょう。それにしても、本当に強いですね。正直、この類のシミュレータにはあの子たちはやたら強くて、私も手を焼くときがあるんですよ。ゲームばかりやっているせいかも知れませんが」

その言葉にミサトはすっと目を細めた。彼が墓穴を掘った。駆け引き、うまくないのね、とミサトは口の中で言ってから、言葉を発した。

「……ええ、鍛えられていますわね。『速い戦車』を動かす『殲滅戦』については、相当」

彼らがついてこれなかったのはそのせいだとミサトは分析していた。この少年たちは特定の戦法に特化した訓練を受けているはずだった。『怖ろしく速い戦車による殲滅戦』――それが、ミサトの分析だ。普段とは違う『遅い(と言っても、時速70キロは出る車両だ)』戦車でのシミュレーション、そして、ミサトが最も研究した殲滅戦のシミュレーションだったからこそ、彼らは完膚なきまでにミサトに負けたのだ。使徒に対しての撤退は、即ち敗北だからだ。ネルフは常に自陣の内で敵と戦う。

ミサトの言葉に、桑山は今度こそ目を険しくし、しかし努めて穏やかな口調で言った。

「……止めましょうか、この話」

「ええ」


ミサトの孤独の時間はまだ始まったばかりだ。

■ 第四使徒襲来の三十分前 ■

校舎裏に気の抜けた声が響く。用務員の声だ。

「ほい…………ほいっと」

そんな掛け声にも覇気は微塵も感じられない。

「……なあ、おっちゃん」

「はあ……」

「おっちゃんて。ちょお、話聞いてるか?」

この前とはまったく違う調子に意気を削がれたらしい少年は、それでも老人に話しかけた。

すると、もの凄く鬱陶しそうな声が老人から聞こえた。

「黙れい。頭が痛いんじゃ、ワシは」

碇シンジ、九十前。さすがに六十歳も歳が離れた若者と同じように飲んで、次の日にこないわけがない。老人は、重度の二日酔いだった。

「せっかく人が謝りにきとるっちゅうのになんちゅう……」

「……お前さんが謝る相手はワシじゃないじゃろ」

そうシンジが呟くと、ジャージの少年――鈴原トウジはバツが悪そうな顔で言った。

「それは……分かっとるんですけど……綾波に謝ったら『それよりも、碇さんに謝って』って言うとったから……」

碇さん。おじいちゃん、ではない。多少の落胆を覚えつつ、シンジは言った。その顔にはさっきまでと打って変わった笑みがあった。作り物の笑み。しかし、少年はそれを分かるほどには人生を歩んではいない。

「そうか、ちゃんと謝ったんか。バカじゃなあ。誰も確認せんものを」

「バカ……って……!」

大阪人には、アホと言われるよりバカと言われる方が数倍頭にくる。

しかし、そんなトウジを他所に老人の言葉は続いた。

「いいなあ、少年。わしはそんなバカは好きじゃよ、ようやった」

「……おっちゃん……」

トウジの目の前にシンジの手が差し出される。しわがれた手は、それでもしっかりとした存在感で目の前にあった。

男と男の握手の合図だった。

トウジは、いつもの彼の調子では及びもつかぬほどおずおずと、その手を掴んだ。ぐっと、その手が握られる。


警報が鳴った。

「どないしたんや!?」

「非常召集」

聞きなれぬ声。シンジが目を開けるとそこには、紅い目と蒼銀の髪を持つ、包帯姿の女の子、綾波レイがいた。

「非常召集?」

シンジが問い返した。するとレイは、トウジを一瞬見て逡巡しながらも、言った。

「使徒。鈴原君、早く逃げて」

そして、それだけを言うと一目散に走って行ってしまった。再び、少年と老人だけが残された。

「……いかん、早く逃げなさい」

「おっちゃんはどないするん?」

「ワシは、逃げ遅れてる子供がおらんか確かめんとな。それでは、ご無事で」

老人はまるで今生の別れのような言葉を残すと、怖ろしい速さで走り去った。砂が舞い上がる。そして、トウジが目を開けたとき、そこには自分ひとりしかいなかった。

「どないなってるんや……」


老人の孤独の時間は打ち破られようとしていた。

全体を俯瞰するためindexへ向う
退却の英断を下す。前へ戻る
我が身既に不退転。次へ進む