Evangelion G.G-side 

第拾参話 「この街であったこと」

■ ネルフ技術部・第四使徒解体現場 声のした頃 ■

作業の騒音をかき消すくらいの大声が聞こえて、ミサトはビクッと身体を震わせた。だが、隣のリツコは飄々としたものだった。

「ねえ……あれ、何?」

「気合? よく分からないけど、大した肺活量ね」

「はあ。……で、詳しいところを聞かせてよ、リツコ。何があったの、昨日、この街で」

そう言うと、ミサトはリツコの後ろに立てかけてあったパイプ椅子を出し、腰を下ろした。聞かせてもらえるまで帰らない、という感じである。

「分かった。まあ、見てるうちに碇さんも帰ってくるでしょうし……ちょっと、あなたに訊きたいこともあるから」

「訊きたいこと?」

「ええ。……まず、これを聞いて頂戴」

リツコは片付いていない机をがさがさと探し回って見つけたヘッドフォンを、ミサトに渡した。首を傾げながらミサトはそれを耳に当てる。


「わしが引けば……引けば……レイが! レイが!」

「いや、零号機はまだ凍結ちゅ

                 「見とるかレイ! わしはやるぞ! お前のために!」


「……」

ミサトはやり取りを聞いてしばらく黙った。記憶を反芻する。そして、がくっと頭をたれて肩を落とした。

「元作戦部長として何か言いたいことはある?」

リツコは涼しい顔で追い討ちをかけた。

「何もありません……」

その声を聞くとリツコは「よろしい」と満足そうな顔で述べた。

「経過を説明するわね。と言っても、これ以上のことはないんだけど。質問があれば聞くわ」とリツコは言ってキーを叩いた。画面にミサトがさっき車中で見たシーンが再現される。


そこで繰り広げられていたのは、まさしく「特撮モノ」というミサトの形容通りの代物だった。


内臓電源残り160秒より初号機は反撃を開始する。

山を背にした初号機は、光る鞭を掴んでいた両の掌を一瞬開き、再び握り締めながらさっと引いた。

焼け爛れた小指でしっかりと握り止められた鞭に引きずられた使徒は一瞬引きずられ、泡を食ったように己と初号機の間に赤い膜のようなものを展開した。

「ねえ、これって……」とミサトが画面を指差して問う。

リツコは映像を一時停止させ、その八角形の輪郭を指でなぞった。

「そう、AT-フィールドよ」

「これが……」

ミサトも実際の戦闘で展開されるのを見たのは初めてである。バリヤーか。ますます特撮じみている。

「いいわ、続けて」

そのミサトの言葉に頷き、リツコは再び映像を再生した。

一瞬だった。再生ボタンを押した刹那、使徒が一瞬静止し、次の瞬間には初号機の両手による掌底を受けフィールドごと押し返されていた。同時に初号機が山に減り、さらにくっきりとした跡が生まれる。

相手の力を逆用した離脱と地面を利用した打撃力の倍増。ミサトは頭の中で画面上の出来事を整理した。

思いがけず弾き飛ばされた使徒はゆっくりと体勢を変え、直立した。初号機との間は約80mとミサトは建物の配置からその距離を算出する。

それは初号機を値踏みするように動かなかった。

一方その間に身体を起こした初号機は、山を滑り降りるつつ焼けた掌を開き、左腕を前方に、右腕を腰に、そして両足をほぼ真横に、ほんの少し足先が内を向くように構えた。そして、山のふもとに至り、彼我の距離が少し縮まった。約50m。

踏み締める地面を得た初号機はゆっくりと重心を――というよりも「腰」を――落とした。本来はそのデザイン上細身に見えるエヴァンゲリオンが、やけに重厚な存在感を感じさせる印象に変わる。

赤黒くぬめる第四の使徒は、再び鞭をゆっくりと揺らし始めた。どうやら近距離での戦闘を避け、長距離戦でかたをつけるつもりのようである。

相手の戦闘能力の確認による戦術変更―― 一定の思考能力を有す。ミサトは先ほどと同じ回答を導いた。

使徒が動いた。鞭が一閃し、初号機を横に薙ぐ。

しかしミサトは、その一瞬前、初号機の腿から腰に飛び出ているパーツがほんの、ほんの少しだけじりと後ろに下がるのを見た。

見合った時間は数十秒、しかし決着は一瞬だった。

横薙ぎの一閃が出るほんの一瞬前、初号機はその重心を大きく前に移動させ、左足よりほんの半歩後ろに構えた右足を前に滑らせた。まるで氷の上を滑るようにその重心は2mも振れなかった。

初号機は姿勢の変更の力をもって左掌をくるりと回し、同時にその左腕を流れるように螺旋を描かせながら腰の位置へ引いた。そして同時に――まったく同時に、重心の移動、姿勢の変更、全ての力を乗せた正拳突きを一切の妥協や怖れもなく、まるで光がそうするように正確に最短距離を通して第四使徒の光球に叩き込んだ。

いや、それはもう「叩いた」と言うよりは「刺した」に近いものだと言ったほうが良いかもしれない。あるいは、エヴァンゲリオンの状態が万全であれば、彼は握り込んだ拳ではなく伸ばした四指で光球を刺し貫いたかもしれない。そうミサトは思った。

それほどまでに見事な、正拳突きだった。


映像は終了した。しかし、ミサトもリツコも黙して語らなかった。

ややあって、リツコは肩を竦めて言った。

「素人の私が見ても見事な突きね。まるで空手みたい」

その言葉にミサトが答えた。

「みたい、じゃないわ。こりゃ、そのまんま空手よ。掌打も考えれば、あるいは中国武術」

大して興味も無さそうな様子でリツコは答えた。

「そ。……私としては、エヴァの手首にひびが入ったことの方に興味があるけどね」

「うっそぉ!? エヴァの手首が? 冗談でしょう?」

ミサトは思わず驚愕の言葉を発した。確か彼女が見たスペックでは、このエヴァという生体機械は、例えば人間と同じサイズに縮小しても、平均してその二十倍以上の硬度を誇っている。そうでなければ、ヒトと同じバランスを保ったままで人型生体機械を巨大化させることは絶対に無理だからだ。

そのエヴァの手首に、ひびが――?

「冗談ではないわ。恐らくは、エヴァが碇さんの動きをトレース仕切れなかったことが原因となって、関節に異常な負荷が掛かったことが原因だと思うけど。でも、変なのよ? 骨格や骨格筋にはやたらと疲労が蓄積してるのに、他の筋肉にはほとんど異常は出ていないの。あのスピードでの踏み込みにもかかわらず、臀部や脚部の筋肉にも損傷はほとんどなしよ」

疑問そうなリツコの言葉。その当然とも思える質問にミサトは答えた。馬鹿みたいに細かい身体感覚だ。

「碇さんだからよ」

リツコは一瞬怪訝な顔をした後、はっとした顔をして手を打った。一口コーヒーをすすって唸る。

「そう、か……碇さん自身の身体の使い方をトレースしているのだから……」

「彼についていない筋肉は使おうとも思わない」後をミサトが続けた。

「でも、算出された衝撃はとんでもない値よ?」

「使いこなせれば、単なる筋肉の力より、体重移動の方がずっと大きな力を生む。少なくとも人間においてはね。エヴァにおいてもまたしかり、よ。んー。まさに達人ね。すごーい」

その言葉とは裏腹に、ほとんど怖れにも近いような気持ちでミサトは言った。達人? 確かに。だが、これは、その辺にいる「経験者」のレベルではない。ほとんど、どこかの道場で師範をしているようなレベルだ。それも、たまに雑誌でインタビューを受けたりする、そういう類の人間だ。

これで彼がシンクロ率を上げ、エヴァの筋力を使いこなすようになれば何が起こるのかしら。そう考えて、ミサトは怖くなって止めた。単純な格闘では現在のところ彼に太刀打ちするのはドイツのセカンド・チルドレンさえ無理だろう。ともすれば使徒さえ……いや、使徒については分からない。だが、もしも彼が格闘戦において太刀打ちできない使徒が現れれば、それは単純に世界の終わりのサインかもしれない。一瞬だが、そんな感想すらミサトは持った。

■ ネルフ技術部・第四使徒解体現場 老人の帰還■

少しの怖れに戦慄く彼女達の沈黙を破ったのは、碇シンジその人だった。

「ミサトさん、赤木さん、何をしておいでですか?」

「碇さんの戦闘記録を見てぶったまげてたところです」とミサトは明け透けに言った。

「それは、光栄ですね」と老人は笑う。

「ほんと、凄いですね。……ナニモノなんですか、あなたは」

「武道好きの爺ですよ。ただのね」

「ただの、ですか……まあ、いいでしょう。これからもよろしくお願いします、碇さん。……ただし、アホな意地を張らんでください。お願いですから」

自分が焚きつけたことを一切無視してミサトは述べた。碇はいかにも残念そうな声でミサトに言った。いや、それは演技ではない。本気で彼はへっこんでいた。

「了解いたしました。やはり、また嫌われてしまったようです」

「レイにですか」とミサトは訊いた。

「ええ」と碇は頭を掻きながら答えた。

「あれっきりです。口も聞いてはくれません」

「そです、か……んー、リツコ?」

どうにも困ったミサトは親友に話を振る。話を振られたリツコは、ふむ、と唸って煙草に火を点けた。深く煙を吸い、ゆっくりと煙を吐き出す。

何かを待つようにそうした後、彼女は体勢を変え、ゆっくりと彼の方を向き直った。

「恐らく。彼女は――綾波レイは、あなたを嫌いではないんです。ただ――」言葉を切ると彼女は髪をかきあげ、真っ直ぐに碇を見た。

「碇さん。もう一度伺います。レイと碇ユイ、その秘密を、知りたくありませんか?」そこまで言って、彼女は言いなおした。「……いえ、ずるいですね、こんな言い方は。もっと端的に言いましょう。私達の側につきませんか? 碇さん」

そこだけ時間が止まったように老人はじっと黙った。彼が口を開く瞬間を、彼女達は待った。

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