ミサトの目の前では完成した戦略自衛隊20式改造型陽電子砲の設置作業が進んでいる。
全日本のほとんどの電力を集め、おまけに融合炉を持つ兵器の電力すら使った高エネルギーによる超長距離からの射撃。それがミサトの作戦だった。
山の上では自走装置は役に立たない。これだけの質量を移動させることは難しいため、砲台は固定式となる。計算力も、マギには到底太刀打ちできない。山の上から動かない砲台から一発しか放てず、しかも敵の砲弾と干渉しあってしまう弾丸など、本来ならあの完璧な移動要塞には太刀打ちできないはずだ。
しかし。
ネルフには、碇二尉がいる。彼を囮として使うことで、真っ向から戦うことで生じるリスクは回避できる。それに、彼の直接戦闘能力を考えればもしや囮でも役不足かもしれない。倒せてしまえばそれでよい。ミサトが考えているのは、碇二尉がその戦闘能力を持ってしても太刀打ちできない場合に有効になる話なのだから。
たとえ勝てずとも、最悪、向こうの注意と加粒子砲、そしてAT-フィールドの一部を、ほんの数分の間でよい、引き付けてくれれば、勝ち目はある。
そのために――そう思いながら、ミサトは月明かりに浮かぶ巨大な砲台と超小型加速器を見上げ、それに山の下まで延々と連なる巨大な変電施設を見下ろした。
「特務機関でもないってのに一日も経たないでここまでのことができるんだから、日本政府って意外と怖ろしいわよね……小学校のとき、広島に修学旅行、行ったんだけどなあ」
けん法九条を守って平和な国になればいいと思います。そう書いたあの作文って、どこに行ったんだっけ?
そんな場違いなことを考えながら、ミサトは目前で進む作業を眺めた。
「やっぱ凄いこと考えますね、葛城さん?」
後ろからよく通る声が響いた。
「ども、桑山一尉」
ミサトは振り向きつつ答えた。暗闇でも間違うはずもない。今回の作戦のもうひとりの立役者、戦略自衛隊第三師団長付き、桑山ハシオ一尉である。
「どもども、葛城一尉」
およそ軍人らしくない挨拶を交わして、二人は歩き出した。
「いやマジで、ここまで『できる』方だとは思いませんでした。こんなの誰も使えないと思って埃被ってたのに。キクにこの話に噛めって言われたときはぶっ飛びましたよ、ええ」
ミサトは筑波を訪ねたときの研究者達の顔を思い出した。ああ、そうか。ドキュメンタリーに出てくるニッポンの技術者はたいてい、成功の前に不遇の時代を過ごしている。
「でしょうねー。ま、このくらいやらないと、アレには太刀打ちできないだろうから。……今回は本当に、ご協力ありがとうございました」
ミサトは頭を下げた。桑山は手を振って答えた。
「まーたまたー。心にもないことを」
「あは、バレた?」
この男の軽口にもここ数日でだいぶ慣れた。昔付き合っていた男と同じ。でも、この男のほうがさらに軽い。その分、怖い。今回の諸々を見ても、実務もそれ以外の駆け引きも、かなり上手い。敵に回したら怖ろしいわね、と思いながらミサトは軽口を叩いた。
「いやー、怖いなあ、葛城さん。まあいいですよ、こちらとしても、それなりに利用させていただきますから。そっちがこっちのリソースを利用するのと同じに、ね。いやー、今なんか駆け引きっぽいこと言っちゃいましたよ俺」
「うわーかっこういいー」
ミサトは棒読みで言った。
「あはは。――それじゃ、ボクはこれで。おやすみなさーい」
桑山はころころと笑いながらミサトの肩を叩き、軽く歌を歌いながら基地を後にした。月夜の双子山に響いたその歌は素晴らしく上手だった。
「歌手にでもなったら?」
答えるものがいない軽口を叩いて、ミサトは作業の行く末を見守る。
同時刻、第7ケイジでは、日向が作戦――と言っても、結局は直接戦闘になってしまうのだが、その方法を話していた。
「――以上です。質問は?」
「いえ、何も」
「はい、それでは……すいません。僕が、至らなかったばかりに……」
日向は申し訳無さそうに頭を下げた。碇老人はにっこりと哂い、肩を落とす日向の肩を叩いた。
「なに、何とか、やってみてますよ。任務です。避けられぬ弾も、避けて見せましょう。それに……彼女も、動いていらっしゃるのでしょう?」
日向は素早く周囲を確認すると、小さな声で碇に耳打ちした。
「……はい。向こうからの連絡は『倒せばそれで結構。もし無理なら、こちらの攻撃までできるだけ敵の注意を引き付けて欲しい』と」
「なんとも豪気な」
老人はくすくすと笑い、呟いた。
「何度も死に損なった老人の命、上手く使ってくださいよ、ミサトさん……」
「初号機! 出撃準備よろしいか?」
「ええ、いつでも」
「……初号機、出撃」
ライトが消された暗い基地から、ミサトは電子双眼鏡でその進軍を眺めていた。
「……銃剣とは考えたわね、確かに、使い慣れた得物は戦闘の基本……」
ミサトは双眼鏡を覗き、老人の履歴書を思い出しながらぼそりと呟いた。第五使徒の射程圏外から闇に紛れて走りよる初号機は、腰溜めに銃剣を構えていた。直接攻撃で機動性と攻撃射程、そして扱い易さを稼ぐ苦肉の案だ。
カッ!
一瞬、視界が白く潰れる。次の瞬間、感度を自動調節した電子双眼鏡の視界の中で、銃剣を構えた紫の機体は初撃をすんでのところで避け横っ跳びに跳んでいた。そして、元居た場所ではものの数秒でビルが融解した。第一次接触時よりは低出力の砲でも、兵装ビルを一つ融解させるには十分過ぎる。
よくもあれを避けるものだ。恐らく、砲の光を見て避けてはいまい。あの老人のシンクロ率ではそんな動きは原理上不可能なはずなのだ。それを可能にするのは、砲線の予測と予備動作の察知――止そう、こちらにはこちらの仕事がある、そして――
「長期戦には街が持たない、か……ぃよし! 『要塞』は動いた! 陽電子砲発射準備の準備、急げ! 向こうは強い、気取られるなよ! 送電はするな! 溶かされたくなけりゃね! それとっ! 完了したらとりあえずあの人外魔境大戦争に参加しなくて済むように、向こうさんのロボットでも応援してなさい!」
ミサトは早口でまくし立て、また双眼鏡を覗いた。そのまま独り言を言う。
「それにしても……ヘルメットに銃剣って、ほんとにでっかい兵隊だわね。日の丸でも描くか……?」
それを隣の技術兵が聞きとがめた。
「……日の丸描くならこっちですよ」
思わぬ反論に、ミサトは肩を竦めた。
「そりゃそうね、失敬」
「兵装ビル消滅!」
「初号機転身! 2ブロック後退……いえ、また前進!」
他のオペレーターたちの矢継ぎ早の報告が響く中、押しつけられ指揮官日向は、ただじっと待っていた。
ああなってしまえばもう手出しはできない。所詮ネルフが持つのは申し訳程度の火力と、ブラックボックスの塊であるあの巨人だけなのだ。エヴァ以外の兵器を用いた二方面作戦を展開するだけの能力はない。対外的にも指揮官とは認められるはずのない位置にいる彼には、これ以上の作戦は実行できない。
後は、碇老人と彼が駆る巨人が、その直接戦闘力でフィールドすら押し切るか、それとも。
「頼みますよ、葛城さん。『暗黙の二方面作戦』」
モニターの向こうでは、続々と兵装ビルが消滅している。
「……僕の首で済めば、御の字だな」
闘争は一方的だった。しかし、その一方的な戦闘をこれだけ「長引かせる」ことができる者はそういないはずだ。
「くっ!」
碇は呻いた。もう装甲はかなり削げ落ち、巨人本来の肌が露出している。
そのありさまはさながら機銃に向かって神風特攻を掛ける兵士を思わせた。
「こいつのお陰で目や勘は冴えても、さすがに先生方のようにはいかんな。しかし――今は、死ぬわけにはいかんのよ、悪いな、化け物」
そして紫電が走った。
五度目の光が走ったそのとき、碇は遂に前に出た。砲を紙一重でかわしざま、避けると同時に地を滑り、一瞬で彼我の差を詰めた。
赤木は思わず目を疑った。どうやってあんな――!?
それは、第三使徒戦で見せたのと同じような紙一重の動き。最小の移動で最大のパフォーマンスを得る移動だった。
「さて……でかぶつよ、どう動く?」
腰溜めに構えられていた銃剣が使徒の目前に迫る。
「AT-フィールド展開! 初号機の銃剣、使徒の目前約五メートルで静止! フィールドと接触しています!」
「見合いになるか」
背の高い初老の男から声が上がる。隣に座る男はその言葉に答えた。
「ああ。フィールドを展開したままで砲は撃てまい」
「最強の矛と最強の盾、まさに矛盾というわけか。しかし……あれではこちらも攻撃できんぞ」
冬月が言い終わった瞬間のことだった。
「! 使徒、荷電を開始しています、3……2……1、来ます!」
モニターが白む。
その焼け付きが収まったとき映ったのは、所々が崩壊している街の風景だった。
「主砲ではありません! 穿孔中のシールドよりの衝撃で電源断線! エヴァ初号機、内部電源に切り替わりました!」
内部環境のチェックモニタを見ているマヤの声が飛ぶ。
「くっ! 生きている電源は!?」
エリアマップを見ながら日向が問う。
「駄目です! 1番から35番まで、初号機の近くにある電源は全て死んでます!」
青葉がセンサーの画面を見ながら叫んだ。
見合いから消耗戦に入った状況を見て、冬月は眉をひそめた。
「その手があったか……いかんぞ、碇、このままでは……」
「零号機を出す」
「何?」
組んだ腕を崩さないままそう言い放った司令に、冬月はますます眉をひそめ、日向は立ち上がって叫んだ。
「零号機は近接戦闘には耐えられません! みすみす……」
「AT-フィールドを破れぬまま初号機の内部電源が切れれば元も子もない」
日向は歯を食いしばる。葛城ミサトの作戦も、あの老人も考慮に入れなければ、その言葉は正しいのかもしれない。確かに、初号機がこのまま止まれば、ネルフの装備では勝ち目はない。
しかし、それなら日向もそもそも零号機を遊ばせておいたりはしない。戦力の逐次投入は最も避けるべき事態である。日向も作戦を立てる身、葛城の作戦のみに全てを掛けていて戦力を出し惜しみしているのではない。零号機を出さないという選択をしたのは、まともに歩くことさえ叶わない零号機が的にしかならないこと、それ以上に――
自分の命なら進んで放り投げるこの老人が、孫の命が掛かった瞬間に、世界の命運など羽根のように軽く投げ出してしまう男であることを、日向がこの数週間で熟知したからだ。たとえ零号機がフィールドを弱めても、老人が任務を投げ出してしまえば、意味はない。それこそ、こちらの作戦の成功を諦め、葛城の作戦に全てを掛けるしかなくなってしまう。それどころか、現時点で初号機に集中し拮抗している注意をより弱い目標に逸らしてしまうことが敵に余裕を与え、葛城の作戦の囮役すら果たせなくなる可能性もある。
しかし、日向も軍人である。上官の命令に逆らうことはできない。
「……!」
「行けるな、レイ」
「――はい」
ん? ミサトは閃光の後に動き出した兵装ビルを見止めて首を傾げた。もうちょっとでこちらの準備を開始できる。碇老人の直接攻撃による要撃は失敗に終わったが、それもこちらの作戦の一部、時間稼ぎと囮と考えれば完全な失敗とはならない。それなのに……
「あれは……まさか!? レイを出すつもり!?」
ミサトはそう叫んだ直後、技術兵の報告を聞いてもう一度叫んだ。
「どうした? 日向二尉。出撃だ」
「……零号機には盾を持たせろ。あれならしばらくはもつ。――いいね? レイちゃん」
「了解。零号機、射出後、防御行動を取りつつフィールドを中和します」
この子を出せば、きっと戦況は劇的に変わる。
その方向性の命運は、ずたぼろの巨人を駆る老人が張る意地と、暗黙の内に作戦を進める彼女が背負う義理の間にある。
そして日向は、口に血の味を感じながら言った。
「零号機、出撃」