Evangelion G.G-side 

第弐拾九話 「神の使いを殺す日・T」

■ 同日 強羅絶対防衛線まで50キロ ■

ミサトは挨拶もそこそこに、まずは今の部下達への最終確認を行った。

「01-04はそれぞれ新台ヶ岳、冠ヶ岳、早雲山、新小塚山山上にて待機、以下その呼称で識別します。防衛線内部に待機しているエヴァ零号機がA.T.フィールドを中和したのを確認後、最高速で接近し防壁を失った目標を火器により挟撃し足止め。固定兵装によって分裂させた後、基本的には01及び02が強羅絶対防衛線の内部、罠がある位置へ順次追い込みます」

『了解』

答える声は五つ。

「いい? あなたたちはサポートであることを忘れないように。速度は戦場の何よりも上だけど、耐久力はエヴァや使徒なんか比べ物にならないくらい下なんだから。――少なくとも、あれが一体であるうちはね。あなたたちの仕事は敵を倒すことじゃない。その機動力で走り回りながら同時攻撃をかけて、きっちり相手の足止めと誘導をすることよ。常に優位な位置を目指し、戦闘中の静止及び目標との格闘戦は絶対に避けること。また、零号機から遠ざかると一部フィールドが発生する可能性もあるので、それにより起こる兆弾の発生にも注意を払うこと」

『了解』

答える声は四つ。

もうひとつの声は、少しためらいがちの声を出した。

『了解……あの、私は……?』

それは、霧島マナの声だった。他とは異なった兵装を有する試作零番機「ひめじょおん」を駆る彼女には他の機とは別の任務が与えられている。それはブリーフィング時にも伝えられていたはずなのだが……

『……すいません、寝てました』

ミサトは間の抜けた声に微笑した。頬が少しひくついているのはご愛嬌だ。

「――00、ひめじょおんには将来の拡張を睨んだ大容量電源が搭載されているわ、そのため、緊急時には零号機及び弐号機の一時電源になってもらいます。戦闘時は主に零号機のバックアップに回り、被弾は絶対に避けること」

『りょ……了解』

「あと、マナちゃん」

『な、なんでしょう?』

「あんたこれ終わってから、説教」

ため息を吐きながらミサトはヘッドセットを外した。

アスカが大げさに肩をすくめて見せる。

「大丈夫なんですか? さっきの子」

ミサトは不敵に笑うと、品定めをするようにアスカを眺めながら訊き返す。

「あら、心配?」

「そりゃあ……寝てたって言われたら」

「あの子、昨日最後まで確認作業やってたらしいからね。作戦の」

そして別メニューのややこしいパターンをものにしたのだが、それは言わないでおく。

彼女は試作機の開発から参加している最古参だけあって、状況判断能力も他のパイロットよりは高い。それゆえの抜擢である。とはいえ、目の前のことに一生懸命でちょっと周りが見えなくなるという欠点もあるが……「らしい」ところと笑って済ませられる程度に辛うじて収まっている。――今のところは。

ま、ブリーフィングで寝るのはちょっといただけないけど。

あのちんちくりんに説教をしているさまを思い浮かべつつ、ちらりとアスカを盗み見て、ミサトは知らず爪を噛む。

前評判を聞くとそういう部分は似ているのかと思ったけれど、そうでもないのか。

日向の言葉から持っていたイメージには少し訂正を加える必要があるようだった。今目の前にいる少女は、猫を被っているとはいえそれほど猪突猛進の人間でもないように見える。

あるいは例の、碇さんの友人のせいだろうか? それも考えられる、とミサトは思った。あれだけの人物だ、周りに何人か何とかの達人だのなんだの言う変態がわんさいてもそうおかしくはない。

が、しかし。今そんなことを考えても大した意味はない。変化があるにしても、悪い変化ではないのだ。

思ったより使いものになるならそれはそれで結構。

ミサトは詮索を止めた。

「ま、やる時はやる子だから、心配しなくても大丈夫よ。当然説教はするけどね。……さ、じゃあ、こっちのブリーフィングも始めましょうか」

「了解」

揃っての返事を聞いて、ミサトは頷いた。

「それでは説明を始めます。作戦行動は使徒の強羅絶対防衛線突破時より開始。作戦行動開始と同時にA.T.フィールドを展開。エヴァ零号機は山間部にて目標を迎え撃ち、足止めと使徒の解体を担当してもらいます。その後、外部からこちらの陸上軽巡洋艦隊が使徒を足止め、分散させつつ順次罠方面へ誘導するので、弐号機は追い込まれた使徒を仕掛けてある罠に叩き込む」

「両機の役割分担の根拠は」

レイが問う。アスカは少しムッとしたが、確かに訓練時の成績を考えれば、待場にいるのはレイであるべきだった。

「両機の役割分担は単体での直接戦闘能力によって決定しました。罠に放り込む方は単独で直接戦闘を行う必要も出てくる。だから兵装の性能と操縦成績がより高い惣流さんをネット側に置くことにしたの。何か問題が?」

それを訊いてアスカも納得した。確かにプロトタイプとして建造された時の形式を保持している零号機には、弐号機にあるパイロン内装備などわかりやすいものの他にも、色々と細かい兵装の面で及ばない部分があるからだ。

成績、という言葉を訊いて一瞬顔を歪めたが、レイはあっさりと引き下がった。

「いえ、問題ありません」

一瞬、嫌な雰囲気が降りる。アスカは場を取り成すように冗談めかしてレイのたんこぶをぺちぺちと叩いた。

「……ま、あたしにはあれに突っ込んでった前科もあるしね。心配すんのもわかる、けど。ちゃんと引き受けてやるから、要らない心配するんじゃないわよ」

ほう。ミサトは意外な展開に少しだけ驚いた。

この反応は予想外だった。レイにしても、少なくともミサトが知る綾波レイには「軽い嫉妬」などという類の感情は――幸か不幸か――なかった。そしてまたアスカを見ても、この場で取った行動は事前のデータとは大きく異なっていた。

極端な秀才、だがそれ故にプライドが異常に高く、調整能力に欠ける。自立心と依存心のダブル・バインド。

そう思って、距離のとり方を考えてきたのだが。

そのデータは、目の前にいる少女に対してはやや言いすぎに思えた。

どうやら、距離のとり方を少しどころではなく修正しなければならないらしい。

しかし、その驚きを顔には出さないようにして、ミサトは確認作業を続けた。

「いい? 重要なのは二点。両機とも、格闘戦はあくまでも罠へ追い込むために行うこと。あいつ、硬くはないけれど……力の方は半端じゃないわ。それと持久戦になるから、電源を切らさないように注意すること。場合によっては戦場を離れても構いません。私たちの兵器はそのためのサポートでもあることを絶対に忘れないで。……現状、A.T.フィールドの展開と中和ができるのも、直接使徒との格闘戦が可能なのも、あなたたちの乗ってるエヴァだけなのよ」

そこでミサトは言葉を切った。その後には本来ならこう続くはずだった。

「だからあなたたちが落ちれば、トライデント隊も無事ではすまないのだ」

しかし、わざわざ無駄なプレッシャーをかける必要はない。そのようなリスクマネジメントを考えるのは指揮官の仕事だ。

ミサトは代わりに、抑えた口調でこう言った。

「チームワークよ。各自の仕事をきっちりこなせば、勝利は見えてくるわ」

■ 作戦開始時刻 強羅絶対防衛線 ■

こんがりとこげ上がった表皮がまた滑落し、直下の谷に掛かるロープウェイを押し潰した。

第七使徒を覆う表皮はそれで完全に剥がれ落ち、その下に再生されていた硬質の装甲があらわになる。天秤と人型を合わせたような、異様な姿が谷へ、その先にある第3新東京市へと歩き出す。

それを合図にしたように、国連軍のVTOLが使徒から距離を取った。

正確には、使徒が強羅絶対防衛線を突破したがゆえ、である。

山間の中心部には、出迎えの松明のようにそれまでにはなかった何本もの柱が植わっていた。それもあって、戦闘機が離脱する光景は電信柱から飛び立つ烏のように見えた。

追い立てられように戦闘機が離れていった後には、ひとつの人影があった。

黄色い体躯をしたその人影は、一振りの矛を携えていた。

それは矛という他はなかった。先の戦闘で弐号機が使用したソニックグレイブよりも刀身は数倍長く、また異様に幅が広い。

ミサトは通せんぼをするような恰好で腰溜めに矛を構える巨人を見て、ほうと息を吐く。

「ありがとう。役に立ちそうだわ」

通信機の向こうで、リツコがくすくすと笑う。その後ろには轟音が響いている。これは恐らくあの網から出ている音だろう、とミサトは推測した。いくつもの鋼線が掻き立てる音は、獲物をよこせと泣いている声のようだった。……感傷的に過ぎるかもしれない。

そう自省する間に、リツコが言った。

『それはこっちと違って急造ではないから安心して。元々は、碇さんのために試作したもののひとつだったのだけど……』

「大丈夫よ」リツコの言葉を遮って、すっと腕を組む。「何てったって、孫ですもの。使いこなすでしょう、きっとね」

それきりミサトはリツコとの回線を切った。集中が必要だったからだ。最初が肝心だ。使徒が一番強大である時間、一番扱い辛い時間を乗り切れるかどうかが、この作戦の成否を決める。始まったが最後、気が狂いそうになっても、絶対に止まれない。

ミサトは静かに告げた。

「各員に告ぐ。戦闘、開始」

言葉と同時に、零号機はA.T.フィールドを発生させた。一瞬周りの空間が赤く染まり、第3新東京近くの領域までその威圧が広がる。

『A.T.フィールド中和を確認!』

合図は、青葉の発した声か、それとも動き出した使徒か。

四機と一体が駆けた。

獣のような姿をした四機は山の中腹から一斉射。

四方からの射撃で、正確に一点に足止めされた使徒の身体を、一枚の板がぱっくりと真横に割った。

山を縁取るように数本立てられていた兵装――柱の内の二本を結ぶ空間に、薄い膜のようなブレイドが広がっていた。

これで、一つが、二つ。

そして、ずるり、と装甲がはがれる直前、走りこんだ零号機がその勢いを乗せ、構えた矛で水平にそれらを薙いだ。

二つがさらに二つ。

計、四つ。

しかし零号機はまだ止まらなかった。融合されては意味がない。薙いだ矛に引きずられて柔らかい地面をもりもりと盛り上げながら滑っていく身体を何とか押し止め、反射した力を使って今度は鎬の部分を使いその上半分をはじき飛ばす。

上の二つが吹き飛び、飛んだ先でひとつに融合する。

しかし、吹き飛ばなかった二つは、千切れた膜に阻まれて融合を果たせずにいた。

零号機は矛を放り出し、先程よりずっと小さくなった破片を、上半分とは逆側に向かって蹴り飛ばした。破片の片方が、ロープウェイを引きちぎって止まる。

予定変更だ。ミサトは舌打ちしてすぐさま命令を下す。

「台ヶ岳及び小塚山は、回避行動の後、上半身を中心回廊へ再度追い込み」

『了解』

二つの声。

「目標はいまだ0.5よ。注意して」と言う口の端の泡も消えないうちに、「早雲山は蹴られた2.5のフォロー。冠ヶ岳と合流して弱らせつつ罠へ。それが一匹目よ」

『了解』

声はこちらも二つ。

その間に手漉きの00は残る一体に攻撃を加えていた。ちらりとモニターを睨み、破片を切り飛ばせる道筋を探す。国連軍への攻撃依頼のパターンを送信しながらネルフへの回線も開き、叫ぶ。

「姫女苑は離脱。――N2-S2でブレイドを起動!」

北の二番と南の二番、使徒を挟んで屹立する柱の間にまた壁がせり上がる。

だが、既に削り込まれていた破片がもう一度割られるのと同時に、叫び声が聞こえた。

『小塚山、被弾!』

「!?」

ミサトの顔が歪む。

その言葉から、手負いの敵の反撃が始まる。

動き出した、先ほどまで上半身だった破片は続けざまに数発の光線を発射し、04の左腕部が吹き飛んだ。ミサトが確認した時には、肩部以下のモジュールは既にパージされていた。

『続行できます!』

そう04が言いざま、ミサトは隣のモニタに、矛を回収して肉薄した零号機がさらにもう一撃を叩き込むのを見た。上半身だった破片の三分の二ほどがばさりと袈裟斬りに落とされる。

それを確認して、ミサトは叫ぶ。

「よし! 台ヶ岳! 山越えなんかさせちゃだめよ! 山上から押し戻せ!」


一方、02と03は零号機の後ろから放たれる援護射撃を避けるように南側へ展開し、0.25を追い上げていた。最初の使徒の四分の一ほどの大きさになったそれは、半分になった時とは違って背丈までが縮んでいた。

形も少し歪で、背中が描く弧が歪んでいた。

しかし相手もさすがに化け物だった。既に追い立てる経路上で、より目標に近い位置にいた02がホバリング機構の一部を斬り飛ばされていた。破片は街へ向かって進みはするが、ふと考えるように立ち止まっては別の破片の元へ帰ろうとする。その度ごとに砲撃を受け、少しずつ装甲が削られていった。

うかうかしていれば接近戦に持ち込まれて屑鉄にされるのもそう遠くはなさそうだった。

「弐号機から02、状況は?」

02――冠ヶ岳配置機を駆るムサシ・リー・ストラスバーグが返事をする。

「――もう着く! きっちり追い込んでやるから、そこで待ってろ!」

必死の憎まれ口で叫ぶ間に、脚部が緩衝材入りのアスファルトを噛んだ。郊外に入ったのだ。ムサシは全弾打ちつくした砲をパージし、これが最後とばかりにもう片方の砲で一撃を放った。

■ 作戦開始より12分24秒後 第3新東京市南部 ■

背を押され、市街地に使徒の一部が入り込む。仕事を終えた「勢子」――陸上軽巡が、次の獲物を追うために回廊へ戻っていく。

彼らは自らの仕事をこなし、きっちりと「鳴った」。次は自分が「叩く」番だ。

目の前では、日向の指示の元、破片が後方から拘束ネットの一撃を受けていた。

その破片は尖った爪のようになった手でネットを裂き、少しだけ道筋を変えた。ゼロポイントへの軌道からは外れた場所、罠のある場所へ向けて。

その姿はまるで、あの山で追いかけた熊のようだった。

あの熊は、殺したんだ。

そんなことを、いまさら思った。

「……待場へようこそ」

エントリープラグの外に鳴り響く轟音とは切り離されたように静かに、アスカはL.C.L.の中でそうひとりごちる。

全体を俯瞰するためindexへ向う
退却の英断を下す。前へ戻る
我が身既に不退転。次へ進む
<参考:セカンドインパクトを契機とする一連の地質学的変動が起こらなかったと仮定した場合の、2006年時点の芦ノ湖周辺のシミュレーション画像