scene 1

きっと先のことなんかわからない、からこそ

 

「あたし、生涯かけて愛しぬけるって誓えるような男としか、付き合わないつもりなんだ」

僕は少しぎょっとしてアスカを見た。別に冗談というような風でもないし、まさに思春期まっさかりという感じのときめいた目をしているわけでもない。

あまりに、それが当然のことだ、と確信しているようなようすなので、僕はそのことにかえって驚いてしまった。

そのときの違和感をなんと表現すればいいだろう?

ありていに言うと、見た目に合わない、と、そういうことだ。

男の三人や四人キープしてかしずかせていてもおかしくはないような容姿を誇るこのアスカ嬢が、派手な見た目とは裏腹に、その実そういう男遊びには全く興味がないことは、共同生活を始めてからもうかなり長いので知ってはいた。

けれど、まさかここまで、まるで絵に描いたような「やまとなでしこ」といった感じの考え方をしているのだとは正直思っていなかった。

僕はげんまい茶のビンを取ってコップに注ぎ、なんとか喉に詰まった自家製ミート・ローフを飲み込む。そして、「あのさ」と声をかけてみてから言葉を切り、内容を思案する。

なんと言ったらいいものだろうか。

そうだ。とりあえず、まずこのことは言わなければならないだろう。

「今、食事中なんだけど」

アスカは街中で妙な柄の看板でも見つけたような目で僕を見た。

「それがなんだって言うのよ? 食事中であるかどうかと、あたしが自分の将来を託して付き合いたい男の条件を話すことの間になんの関係があんの?」

言われてみればそれもそうなので、僕は黙った。食事中にそういう際どい(僕にとっては)をされたら僕は食事が喉につまりそうになってそれなりに苦労するけれど、確かに論理的には関係なかった。

「そりゃそうなんだけどさ、もっとしかるべき、なんていうか……まあいいや」

さっきアスカが言った今どき清純派で通す女の子すら考えないようなお堅いことと、それをたまたま保護者であるミサトさんのいないこんな食事時にすっぱりきっぱり言うこととは、どうもどこかそぐわないような感じがした。でもそれを上手く説明はできそうになかったし、説明を試みたところで、犬派か猫派かというしょうもない議題からでもがちがちに論証を構築し、ネルフきっての頭脳である赤木リツコ博士に一歩も引かず論陣を張ることのできる「ディベートの鬼」のアスカにかかれば、どうせ数秒もしないうちに論破されるのはわかっているので、僕は説明するのを諦めた。

「なによそれぇ?」

普段はつるつるの眉間にシワが寄る。当然の帰結として、能力が高く中途半端をよしとしない、優れて気持ちよくはあるけど、ある意味迷惑な気性を持ったアスカの機嫌は目に見えて悪くなった。

それは予想できることだったので、僕は考える間を与えないよう、間髪入れずに次の言葉を続けた。

「それはいいとしてさ、アスカ。そんなこと言ってたら、きっと一生付き合ったりできないと思うよ」

アスカが言うことをまっこうから否定したときにいつもそうなるように、アスカは頭から湯気を出すくらいに顔を赤くして、それから心を落ち着かせるための間を取るように、ミート・ローフの残りを乱暴に口につめこんだ。

頬をハムスターみたいに膨らまし、しばらく口をもがもが動かしてから急いで飲み下す。

恥じらいも食べ物への感謝もあったものじゃなかった。

コップの冷えたげんまい茶を一気に飲み干してから、アスカはやっと答えた。

「なによそれ。別に難しいこと言ってるわけじゃないじゃない。あたしはただ、生涯かけて愛しぬけるって誓えるような男としか、付き合わないつもりって言ってるだけ。それがどうして一生付き合えないことになるのよ、あんたバカ?」

口癖のあんたバカ、を叩きつけてみるものの、どうにもすわりが悪い、そんな表情。

それはそのはずで、アスカは結局のところ、自分の言ったことを繰りかえして、その後で僕に「今お前が言ったのはいったいどういうことだ」と訊きかえしただけだった。

自分が有利な領域ではだれも太刀打ちできないくらい雄弁で力強くなるのに、自分の思いもよらない領域からなにか言われると途端に弱くなる。頭自体は超が数十個はつくほどだけど、つかみやすい性格はあいかわらずだった。

僕は、こちらはミート・ローフの残りをゆっくり食べて終えてから、それこそ噛んで含めるように答えた。

「よく考えてみてよ、アスカ。生涯かけて愛しぬけるって誓える、って言ったって、付き合ったこともない男が生涯かけて愛しぬけるって誓えるような男かどうか、なんて、どうやったってわかんないよ。どっかのドラマじゃないんだから、そんなの簡単に決められるもんじゃないでしょ? なのに、そうやっていつか来る出会いを待ち続けてたら、きっといつまでたっても、目の前、男が素通りするばっかりで、誰とも付き合えるわけないよ」

自分にしては長いその言葉をなんとか言い終えてから、僕はその姿をちょっと想像した。「先のことなんかわからない。もっといい男、いるはず」と口ずさみながら、自信満々で美しさをただもてあますアスカの姿がくっきり見えるようだった。

まさに優等生的意見を言ったはずの僕を面白くなさそうな目が見つめる。

でもそれは、僕が予想した、自信満々で黒板に書いた解答にバツをつけられる生徒の目ではなかった。

「やあっぱバカよね、あんたって」

アスカは僕の予想に反して、簡単な問題の解けない馬鹿な生徒を見て、その子が馬鹿なのを再確認した先生のような、憐憫とほんの少し慈愛に満ちた目をしながらそう断じる。それはさっき問い返したときとはまるで違った、自分の有利な状況になったときの声だった。

「はーあ、ごっちそーさまー、っと」

ぱん、と軽く手を合わせてアスカは席を立った。前後のつながりをぶった切って、まったくもって取り付くしまもないようなアスカの言葉に、僕はただ呆然とするしかない。

自分がどうして馬鹿を見るみたいな目で見られたのか、よくわからなかった。

今回はどう考えても僕の方が正しかったはずだ。

付き合った人が生涯愛する人だと断定できるなんてことは、昔の家と家のお見合い結婚みたいなことじゃない限りない。そしてそうでないなら、ほんの少しでも将来愛しぬけるかどうかはわからないままで付き合う期間はあるはずだと思う。それもなしで、何にもしないままただいい男を待ちっぱなしにしてたら、きっと今想像したみたいに、いつまでたっても誰もよく知ることができずに、この先現れるかもしれない「もっと上の相手」を目指すだけで終わってしまうはずだろう。

考え直してみても、間違ってるようには思えない。

なのに、どうして?

「ばぁーか」

僕が考え込んでいるうちに食器を僕の分までかたしていたアスカが、部屋を出ぎわに、いかにも面白そうに笑いながらそう繰り返した。

僕は振り向いた。

アスカは僕を罵倒しながらも、その整った顔を普段から見て、もう見慣れてしまったはずの僕でもちょっとどきっとするような笑顔で、ころころと楽しそうに笑っていた。

しかし、僕が見事にその笑顔に引っかかって顔を熱くしているうちに、その顔はまたいたずらっぽいいつもの笑い顔に戻る。

にっ、と口を歪めたアスカは軽く片目を閉じながら鼻を鳴らした。

「あーっきれたったらありゃしない。男と女は付き合わなきゃ知らないまんま? 既成概念に囚われすぎなのよ、あんたは。ったくほんとにバカシンジよね、あたしがミサトやマヤみたいな、無駄な自信ばっかあって行動の遅い嫁き遅れ予備軍どもとおんなじだとか本気で思ってんの? ざんねんでしたー。もう目当てはちゃーんとつけてあんのよ。……ま、あんたには逆立ちして考えてもわかんないかもしれないけどさ」

そうやってひとしきり罵倒すると、言い終わるが早いか、アスカはくるりと方向転換。後は振り返ることもなく自分の部屋へと歩き去った。

僕はそのままぽかんと本当の馬鹿みたいに口を開けて、その後姿を見送った。

その姿が部屋の扉の向こうに消える直前、アスカはこう言い残した。

「――付き合わないままで生涯愛しぬけるかどうか試す方法なんか、あんたのすぐ目の前に転がってるじゃない。ばぁーか」

ばたん、ドアが閉まり、僕はただひとりリビングに残された。

「え……?」

僕は腕組みをし、首をひねり、目をしばたたきつづけながら、アスカが用意のいい強盗がそうするように、笑いながら数々ばらまいた手がかりの持つ意味を考えていた。

どういうことなのだろう?

既成概念。

行動は遅くない。

試し方はちゃんとある。

目当ては、もうつけてある。


僕の目の前?



……あっ。

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