scene 3

愛は超える

 

「……探したわよ」

「もしかして、葛城、か?」

「……三年ちょっとも姿くらまして、私の頭に銃突きつけて。何かファンタスティックな言い訳でもある?」

「言わせてもらえるなら……そうだな」

「何?」

「あの頃はお前の裸に溺れた。だが今その腹のたるみ具合を見るぅあが」

「冗談言える状況?」

「ううえ、んぐ、銃で口塞ぐのは悪い癖だぞ、葛城。冗談……こんな状況だからさ」

「へえ? ここで? このインドの山奥で?」

「だからこそ、だ。こういう所では人間余裕ができる。まぁそれは置いておいても、俺こそお前に聞きたいんだが」

「何よ?」

「その腹でここまで来るなんて何考えてるんだ。それ、もうすぐ臨月ってとこだろう? 父親は……日向君、か? まさかシンジ君なんて事はない……よな? まあ三年だ、俺の知らない誰かってことも……」

「日向君よ」

「そうか、安心したよ。前からシンジ君を見るお前の目は危なかったからな。で? なんでまたそんな状態で俺を探そうなんて思い立った? 忘れてれば幸せに過ごせただろう?」

「いいこと訊くわね。聞きたい? 理由」

「いや、まぁ聞きたくないのが正直なところなんだが、ここまで来てもらったんだし聞くよ。っと、ちょうど飯が出来上がったみたいだな。食うだろう。本場のスパイスをふんだんに使ったやつだ。うまいぞー。ナンもある」

「あ、ちょうだい。子供いるからあんまり刺激強いの駄目っぽいんだけど」

「インドだからってカレーが辛いと思うのは先入観さ。どうしてもだめならタピオカココナッツジュースがあるからそっちで中和してくれ。そら。いただきます」

「あ、いただきまーす」

「んぐ、うん、チャネイ(うまい)。で? どうしたんだ? マリッジ・ブルーって性格でもないだろ? あ、ロイ、ジュースはそこに置いといてくれ。あぁ、ジュネ、出歩くなら服をきろってば」

「……あれ、みんなあんたの子供?」

「まさか。全員孤児だよ。可愛いだろ? 将来美人になるのは全員間違いないぞ」

「そう」

「……」

「……」

「ん……赤ん坊は女の子か?」

「さあね? でも、どっちに似ても美人になるわよ、きっと。……あのさ、シンジ君の話が出たじゃない?」

「ん? どうかしたか?」

「彼、今子供育ててるのよ」

「……おい」

「なに?」

「一体いつ喰ったんだ」

「違うわい!」

「いやあ、俺も人のことを言えた義理じゃないが、シンジ君の後に日向君の子供を生むってのは、なぁ?」

「だーかーら、違うっつっとるだろうがこのバカタレ」

「冗談だよ、胎教に悪いぞ? シンジ君か、もう十八かそこらだもんな。お前がそうして思わせぶりに言うってことは……やっぱりそうか。どっちとくっついたんだ? 順当に行けばレイちゃんか?」

「にぶ」

「何、それじゃあアスカか? よく産んだなぁ。あれも勢いのある子だからなあ、やるときはやる、か」

「勝手に納得しないの」

「?」

「あの子ね、もう二歳になったのよ、お陰様で」

「?」

「だから、シンジ君が育ててくれてるのは私の子供だ、って言ってんの」

「でも、シンジ君を手篭めにした、ってわけじゃあないんだろう?」

「何度も繰り返すな、しつこいわね」

「……あー」

「何?」

「あー……その、なんだ。女の子か?」

「不正解、男の子ね。残念でした」

「そうか。まぁそれはそれで楽しいか。そうか、あの後になあ」

「え、何言ってるの、あんた」

「俺は子供は娘しか認めないんだ、と言いたいところだが、そうもいかないな」

「……何言ってるの? 娘、って、そりゃここにいてる子は娘ばっかりだけど……あんた何か勘違いしてない?」

「あれ? 俺の息子で、それを引き取れとかそういう話じゃなかったのか?」

「惜しいけど、違うわね。もしそうだったとしてもあんたに渡す気はないし……私はどちらかと言うとお礼を言いにきたのよ、あなたに」

「何だか気味が悪いな、改まって言われると。おい、何だよ、その剣呑な顔。女ばっかり囲ってるのが気に入らないか?」

「そう? まあ確かに、息子の命の恩人が慈善家とは言えロリコンすれすれってのはいただけないけど……ねえ」

「いやぁ、光源氏みたいなこと、いっぺんやってみたかったんだよ。さすがに十二人も娘がいるとそれどころじゃないんだが」

「あんたあれでしょう。自分の予想が外れたんで自分の話してお茶を濁そうとしてるでしょう?」

「んー? いやまあ、その通りなんだが。さっきから考えてたんだが、どうも命の恩人というのがわからなくてね。記憶を洗っているんだが……何の話だ? 俺は男を助ける趣味はないんだけどな」

「……助けたこと、本当にない?」

「んー、女装趣味があってぱっと見女の子だったっていうならまだわかるんだが」

「よくあんたそんな推理力と記憶力でトリプルなんかやってたもんね」

「今の俺の頭の中身は可愛い娘達の調教と教育方針を考えるので精一杯なんだよ」

「微笑ましい文章の中にさりげなく教育委員会が飛んでくるような言葉を混ぜるんじゃない!」

「ここはインドでしかも人気の無い山奥だ。なんの問題もないよ。で、息子さんの件だが。生憎と赤ん坊の命を救うような事は過去三年と少し、何もやってないよ。人違いじゃないか?」

「人違いねえ。ま、あんたがのうのうと生きてるってことは、やっぱり人違いかもしれないわねえ?」

「おいおい、そんな怖い顔しないでくれよ、娘にそんな顔覚えられたら泣くに泣けないよ、俺」

「ご利益あるかもよん」

「そんなありがたいもん持ってるような女じゃないだろ。あぁ、ほら、この怖いおばさんはパパのお客さんだから、向こうで皆と遊んでいなさい」

「あんたもすっかりお父さんって感じね。ま、私が二児の母親になっちゃうんだからそんなもんか、あっはっは」

「あっはっは。……いや、わかったから速くその顔なんとかしてくれ。娘達がびびってぐずり始めてる」

「……あんた、こんないい笑み浮かべてる私にそゆこと言うか。どこに泣いてる娘がいる。ねー? ジュネちゃん?」

「ああ、ジュネ! と、まあそんな冗談は置くとして、だ。その恩人の母君は一体何をしてくれるつもりでここまでやってきたのかな?」

「あ」

「あ?」

「いやー、あはははは」

「おい、お前まさか」

「その通り、何も考えてなかった。つーか生きてると思ってなかったから墓参りのつもりだったのよ、実際」

「墓参りなぁ。昔の恋人なんだからせめて花束ぐらいは添えてくれてもいいんじゃないか」

「花束持ってくるほどの体力は」

「ない奴がなんで、んなもんしょって歩いてるんだ。鞄……クーラーボックス……? 中身は酒」

「なのよー、へへへー。って、私は妊婦だから禁酒だっての。っていうかそもそもこれは……まあいいや」

「ああ、違ったか。お前が酒を止められるとは思えないんで、ついな。……あぁ、リツコにマヤ、そこで喧嘩しない」

「あんた、娘にみんなの名前付けてるんだ……正真正銘の変態?」

「皆って事はないぞ。流石にゲンドウやらコウゾウなんて名前は可哀相だからな」

「他にはどんな子がいるの? まさか……ミサトー!」

「?」

「ああ、いいんだミサト、遊んでなさい」

「やっぱり……」

「ま、古き良き思い出って奴だな。あ、言っとくがあの子は家事全般きちんとこなせるからな」

「う、わ、私だって……」

「どうせシンジ君におさんどんさせてるんだろう。子供がシンジ君をパパと言い出さない事を祈るよ。彼の容姿だとママでもいけるか」

「それはいいとして、よ。マヤ、リツコ、ミサト、ってことは」

「ん? 何だ、そんな親の敵を見るような顔して」

「その他の子供の名前、言ってみなさい。ジュネ、ロイ、マヤ、リツコ、ミサト、それから?」

「レイにスゥに、アメリア、ユイにキョウコ、カトラ、ナオコ、と。どうだ、名は体を現すっていうからな。名前には気を遣ったんだぞ」

「……そっか」

「どうしたんだよ?」

「ほら、これ」

「ん?」

「アスカから、あんたへの手紙よ。生きてるあんたへの。この鞄は、その手紙の保存用ってこと」

「この量が全部か? リッちゃんやマヤちゃんの分も入ってるんじゃないのか?」

「言っとくけどね。その束、全部あの子のよ。今、読みなさい。あんたが死んだってこと、頑として信じなかったのは、あの子だけなんだから」

「どれどれ……ぷっ、はははは」

「――笑い事じゃない!」

「悪い悪い、そう怒るなよ葛城。いやいや。男冥利につきるなぁ。で、なんだ。それに俺の精子でも冷凍保存でもして持って帰ってこいって?」

「そんなわけないでしょうが」

「だろうな。ふうん? シンジ君をお前の子供に取られたお嬢さんがごねてるってわけか?」

「――ッ!」

「痛ッ! いくらなんでも頬は痛いぞ。……いいからお前も読んでみろ」

「読んだわよ」

「そうか。で、どう思った?」

「あんたはどう思ったのよ?」

「質問してるのは俺だぜ、葛城」

「はぐらかさないで。これはあんたへの手紙よ。まずあんたが自分で考え、自分で言葉にしなさい――逃げないで」

「へいへい。……答えはノーだ。悪いが、俺は小娘の泣き言に付き合う気はないよ」

「そうかしら?」

「何だよ、その言い草。ちょっと前ならわからなかったけどな。今は可愛いこいつらの面倒を見るので精一杯だ」

「ふうん。こいつら、ね。……でも『アスカ』って子はいなかったわね」

「お前もちょっと見ない間に性格が悪くなったな。言いたいことがあるならはっきり言えばいいだろう!」

「じゃあ言わせて貰いましょうか。なんであんた、こんなところで子供育ててるの? しかも女の子ばっかり」

「言ったろう? 光源氏をやってみたかったって」

「そうかしら? あんたは馬鹿だけど、そんなトチ狂った人間じゃないってことくらいは知ってるわ。それにね、光源氏ってのは育てた子供を手篭めにするもんよ」

「そりゃ歪んだ解釈さ、光源氏は……」

「そうね、それだけじゃない。――あたしには、あんたが柏木の子供育ててる光源氏に見える。自分の罪の償いに他人の子供育ててる男にね」

「……そうかもしれないな。子供を戦争の道具に使った罪滅ぼし、どこかでそう思ってるのかもしれん。ああ、所詮自己満足だ。だがな、自己満足だろうと何だろうと、今は娘達を愛してるからな。俺は恋人を作るつもりはないし、これ以上子供もいらないよ。アスカにはそう言っといてくれ。俺には恋人も子供も間に合ってる」

「そ。恋人、子供、か。男ってホント鈍感な生き物よ、……ねえ?」

「おい、お前、誰に……」

「――母親は?」

「……」

「何黙ってんの?」

「……おい」

「何よ?」

「ずるいぞ」

「つべこべ言わず答えなさいよ」

「……さて。そいつばっかしはわからんなぁ。全員身元不明の孤児だ。母親の顔なんか見たことがない」

「往生際が悪い」

「パパとしては真っ白な女性関係でいたいんだよ。娘達に大人の醜い争いは見せたくないだろ?」

「本気にしろ冗談にしろ殴るわよ」

「ってぇなぁ。……で? どうした。お手紙とは別に言いたいことでもあるのかな? お嬢さん」

「……馬鹿……」

「……どうしようか」

「さーね。そんな風に抱き疲れちゃったら、あんたも年貢の納め時ってことなんじゃない?」

「恋人は十分、子供も十分。今必要なのは……そうだな、こいつらの母親も勤められる女房、か。確かに見落としてたよ、それを」

「わかってるじゃない。さすが私の元彼氏」

「うるさいよ。で、どうだ。若い美空で人生の墓場に身を沈めるのはお勧めできないが、それでもいいのか?」

「……」

「首だけ振っちゃってまあ、可愛いこと」

「……うるさい」

「はいはい。で? もう逃げられないわよ、あんた」

「年貢の納め時、さ。……いいんだな?」

「……」

「そう、か。……じゃあ、自慢の娘達を紹介しようか。俺達の」

「一件落着、と。――そいじゃ、私はこれで。お幸せにねん」

「っておい葛城。気になることを置いていくな。俺が目の前に投げ出された謎を放って置けない性質だって事は知ってるだろ」

「それはあんたのお姫様に訊いたら?」

「う……よし、じゃあベッドの中で子守唄代わりに聞くか。……なんて言うか、元気でな。十一年前に言えなかった言葉は、結局言えなかったが」

「いーっていーって。私だって子供二人も作っちゃったんだから、変わんないわ。ま、他のにもよろしく言っとくから。旦那にも」

「元、旦那でしょ」

「なんだ再婚か? やっぱりシンジ君喰ったんじゃないか」

「しつこい。――ねえ、こういうときはなんて言うんだっけ? アスカ?」

「ばーかリョウジ、よっ」

「おいおいアスカ、そんな抱きつく……ってなんだアメリア。重いから腰に抱きつくな。ってあぁ、カトラもスゥも腕にぶら下がるな……ってこら! 別に遊んでるわけじゃないんだ! お、重い……!!」

「あはは、それじゃ、お幸せに」

「おばちゃんまたねー!」

「おばちゃんじゃない!」

「おばさん? おばあさんだっけ、パパ?」

「いや、おばちゃんで合ってるよ」

「コロスわよ」

「ははは、まあ許せ葛城。子供の言うことだ。ん、何?」

「……」

「どうしたの?」

「あのまま帰ってなくてよかったな葛城。こいつらがプレゼントを贈りたいそうだ」

「誰に?」

「お前にだよ。ママをくれてありがとうだと。ついでにお前の息子さんと旦那さんの名前も教えて欲しい、とのことなんだが……」

「……ズルいわよ、子供使うなんて」

「別にいいんだぜ? この二十四の無邪気な瞳から逃げられるんなら、な」

「う……はあ。いいでしょう、ヒント、あげましょう。息子の名前はね、旦那の名前から取ってるのよ。あの子、あの人の忘れ形見だからね」

「ふむ……シンジ、はないとして、ゲンドウ、シゲル、後、えーとなんて言ったっけ? そうそう、トウジにケンスケ、それくらいか、俺が知ってるネルフ関係の男で、お前さんに手が出そうなのは」

「ゲンドウがいー!」

「えーやだ、ケンスケって響きのほうがいい」

「トウジってなんか好き」

「趣味わるーい、ゲンドウってなんか面白いじゃん」

「じゃ、最終的に多数決でゲンドウに決まりました。おめでとう葛城」

「シンジ君の弟、か、それもいいわね。んじゃそれでー」

「怒るなよ。いや、ほら、本当に冗談だから、その手の物騒なもん下げてくれ。ほら、この角度だと俺の可愛い女房に当たる」

「可愛い?」

「もちろん。……ほら、葛城」

「これも冗談よ」

「悪い冗談、笑えないのはお互い様、か。しかし、忘れ形見ねぇ?」

「そう、忘れ形見。――おっと。帰りの飛行機の時間が近いわ。じゃ、そろそろ本当にお暇するから。あんたにむしゃぶりついてるお姫様の荷物やら資産やらは、後ほど送るからよろしくねー」

「ああ、引き止めてすまんな。気をつけて。後でまたプレゼントは贈らせて貰うよ。って、待てよ。肝心な話を流すところだった。ヒントを貰おう――息子さんの名前は?」

「……」

「……」

「――ウチの長男の名前はね、コウって言うのよ。葛城コウ。あんたが助けた父親の、頭二文字」

「コウ君か。――わかったよ。また機会があれば、墓参りに行かせて貰う。よろしくな」

「そうして。あんたのせいであの人、死期、早まったかもしれないから」

「ああ、すまないと思ってるよ。……しかし、なんだな、葛城」

「何よ?」

「親子並みの年齢差で、思い切ったことしたなぁ、お前」

「ばーかリョウジ」

「何だアスカ、お前、俺の女房になるんじゃなかったのか?」

「それとこれは別。――言ってやんなさいよ、ミサト」

「――愛は、年齢を超えるのよ」

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