(R-15)指定相当作品
この作品の原作である『SHUFFLE!』には、中学生以下の鑑賞には不適切と思われるシーンがあり、WOWOWでは(R-15)指定相当と判断されました。N.S.S.でもそれに倣い(R-15)指定相当といたします。閲覧の際は、保護者の適切な配慮をお願いいたします。

A-part

どんなに辛い昨日でも、たとえ苦しい夜だったとしても、それでも朝はやってくる。

そう、どれだけの思いがあったとしても時間を戻すことは誰にも出来ないのだから。

それは芙蓉家にとっても変わらない話。


朝のキッチン。青年がフライパンを操っている。

「えーっと、油は引けたから、あとは卵を……」

ぎこちない手つきで卵を割ろうとしているこの青年の名は土見稟。8年前に両親が交通事故に遭い、身寄りの無くなった稟を、父の友人であった芙蓉のおじさんが引き取ってくれたのである。が、芙蓉のおじさんは仕事が忙しく、なかなか家に帰ってこない。結果、芙蓉家には、稟とおじさんの娘である楓の二人が住んでいる、という状況が長く続いていた。そこに数ヶ月前から、とある事情で人工生命体のプリムラも同居することになるのだが、それはまた別のお話。

本来であれば、同居人である楓が朝食の準備をしてくれるのだが、昨日から寝込んでしまっている。なので、こうして稟自らがいそいそと朝食を作っているのである。

しかし、生まれてこの方料理をしたことがない稟にとって、目玉焼き一つ作るのも大変な作業。稟自身は、料理をしようと決意したことが幾度とあるのだが、そのたび楓に「私の生き甲斐を取らないでください」といわれてしまうので、結果料理の経験はまるで無い。そのため、今こうして料理している目玉焼きも、黄身が崩れた上やたら焦げた別の何かに成り果てている。

「うーん。やっぱりきちんと料理を覚えないとな。楓に何時までも頼ってもいられないし」

などとひとりごちていると、リビングにネコのぬいぐるみを抱えた少女が入ってくる。

「稟、おはよう」

「あぁ、プリムラ。おはよう。ちょっと座って待ってくれるか」

この少女こそ、神界と魔界の共同プロジェクトによって生み出された人工生命体プリムラである。ずっと研究室の中でしか生活してこなかったために、感情の起伏に欠けていたが、最近では少しずつ感情を表に出せるようになってきた。

「わかった」

そういって、プリムラはテーブルにちょこんと座る。なので稟は調理器具の片づけを止め朝食の盛り付けに入った。そしてプリムラの前に朝食を置いた。

「稟、これは?」

「目玉焼き……だったはずなんだけど……な。けど、味は大丈夫……だと思うぞ」

たしかに、すでに黄身と白身はぐちゃぐちゃになっている上にかなりかなり焦げたこの代物を一見しただけで目玉焼きと理解するにはいささか無理がある。なので、稟もプリムラに対してやや申し訳なく注釈したのであるが、

「いい、後で楓と食べる」

とそっけなく返されてしまった。

確かに稟自身もこれを出されて食べるかといえば、限りなくグレーに近い。

「そうだな、後で食べる……か。いや料理って難しいんだな。今までやったことがなかったから気づかなかったけど」

「そう……なの」

「今までは楓に何もかも頼りっぱなしだったけど、これからは亜沙先輩とやっていかなきゃいけないし、家事も覚えないとな」

その言葉を聞いてプリムラは、抱えていたぬいぐるみをきゅっと抱え込むようなポーズをとった。

「ん、どうした? プリムラ?」

「あっ、稟」

そうプリムラが言おうとした瞬間、

「やば、そろそろ登校しないと」

「あっ、あの」

「ごめんプリムラ、帰ってからでいいかな?今日は紅女史から緑葉のことで呼び出されてるんだ」

「……うん、分かった」

そう言って、稟は2階の自室に戻っていった。

気  持  ち  の  行  方


Re:SHUFFLE! #21

「じゃ、行って来る。留守番頼んだぞ」

「わかった」

プリムラとの玄関での会話の後、稟は学園までの道を急いだ。

その途中、

「楓ちゃーん。俺様の胸の中でグットモーニン」

脇道から突如、緑色の髪をした眼鏡青年が飛び出してきた。

「うわっ、何だよ樹」

「……稟。俺様の胸の中でバットモーニン」

というすでにすっかりおなじみになった問答を繰り返す彼は、緑葉樹。稟と同じく私立バーベナ学園の1年生でクラスメイトである。見た目は稟に引けをとらないほどの好青年なのだが、一つだけ大きな欠点がある……

「まったく。毎朝毎朝懲りないわよねぇ。ある意味尊敬だわ」

樹の背後にいた女の子は、今までの二人の問答に呆れるように、そうつぶやいた。

「いやいや、俺様も麻弓にはこんなことをしないから安心したまえ」

「そういう問題かっ!まったく……そんなに手当たり次第に声を掛けてどうしたいの?」

「ばかもの、俺様は全世界の女性を心から愛してるんだ!」

などと言ってしまうほど病的なまでの女好きなのだ。本人に言わせれば『人界最高の女性崇拝者』らしいのだが、どう見てもその行動は『歩くセクハラダイナマイツ』でしかない。なので、彼の本性を知っている女性は誰も彼からの誘いを本気で受け取らないのだ。ある意味悲劇ではある。

「はいはい。これ以上会話してるとこっちまでバカが移っちゃうわ」

「この俺様がバカにバカと言われるなんて……」

「なにをっ!」

「まぁ、麻弓の胸でも俺様は愛しているぞ。その大きさでもな。感謝したまえよ」

「胸の事は言うなぁ!これから成長するかもしれないでしょ?」

「……希望を持つって事は良いことかもしれないけど、哀しくならないか?」

「大きなお世話よ!」

なんて樹と言いあっている彼女の名は麻弓=タイム。樹と同様に稟のクラスメイトである。騒がしいことでは樹と双璧を成す彼女は新聞部でないにもかかわらずカメラ片手にゴシップネタを探して学園内を走り回ったりしている。ちなみに、樹と麻弓の掛け合いは秦から見れば夫婦漫才にしか見えないのであるが、それを本人たちにいうと、

『なんで俺様がこいつと!!』『なんであたしがこいつと!!』

と見事にユニゾンした返答が帰ってくる。いわば恋愛感情ではなく気の合う仲間という繋がりであろうか。しかし、誰も止めなければ永遠に漫才のような会話が続いてしまう。なので、

「樹、麻弓。そのへんでいいだろ」

そう言って稟が仲裁に入る。

「まったく、樹はいっつもこうなんだから。土見君、ごめんね」

「謝るならまず俺様にだな……」

「樹、わかったから静かにしろ」

「稟君がいぢめるよ……シクシク」

凹む樹を放置し、麻弓が稟に、

「あれ、楓ちゃんはどうしたの?一緒じゃないの?」

と尋ねた。

「昨日から体調が優れないようなので、今日は家で休んでますよ」

稟が答えると、さっきまでしょげていた樹が稟の前に立って

「楓ちゃんが病気だと?ならばこの俺様が楓ちゃんの介抱を……」

「緑葉君なんかが介抱しちゃ、土見君にとっても迷惑でしょ」

「何ぃ?楓ちゃんは皆のものだ!稟一人の自由にはさせん!」

「いつから楓が俺のものになったんだよ。大体プリムラも一緒だから大丈夫だろ」

「いやいや、やはりこの俺様が直に介抱しないとな。学校などに行ってられるか!」

そう叫びながら、芙蓉家に向かって駆け出そうとしたその時、

「ほぅ。私の授業などよりも遥かに重要なことがあるというのだな?」

スーツ姿の女性が樹の眼前に立ちはだかる。

「えっ、うっ、あっ、紅女史。これはこれはおはようございます」

「おはよう、でどうして学校とは逆方向に走ろうとするのか?緑葉?」

「いやぁ、ちょっと用事を思い出したので……その、あの……」

こうなればもう蛇に睨まれた蛙である。

「緑葉。先生は別に止めはしない。だが、うさぎ跳びで校庭50周と全校舎の床磨き、どちらがいいか貴様に選ばせてやる?」

「やだなぁ、紅女史。冗談に決まってるじゃないですか。さぁ元気に登校、登校。ほら、稟も、麻弓も。何ボーっと突っ立ってんだよ」

「えっ、おいちょっと待てよ樹」

「あぁー、土見君。置いてかないでよ」

と樹を先頭に、三人は校門に向けて全力ダッシュで走っていった。



「稟さま、おはようございます」

「稟君おはよーっす」

「おはようネリネ、シア」

稟が職員室での用事を済ませ、ようやく教室の自席に座って一息つこうとしたその時、蒼い髪と赤い髪のクラスメイト二人が話しかけてきた。蒼い髪の女の子は魔界のお姫様であるネリネ。赤い髪の女の子は神界のお姫様であるリシアンサス、通称シアである。共に周りからは絶世の美女として認知されており、楓も含めまさに『クラスに咲く3輪の花』といったところである。つい先日まで、稟はこの二人から猛烈なアプローチを受けていたのだが、稟自身に別の「好きな人」がいたために今では仲の良い友達みたいな関係になっている。むろん二人はまだ諦めてはいないのではあるが。

では、そんな誰しもが羨む美女からのアプローチを断ってまで稟が選んだ相手とは……

「はろー、稟ちゃん」

その声と同時に、緑髪の少女が稟の後頭部に一撃を加えた。ちょうど持っていた鞄をハンマーに見立てたように。

「いたたた、亜沙先輩。止めて下さいよ」

「ボクを無視して登校した罰だよ。せっかく稟君を見かけたのに、こっちが話しかける前に走りすぎちゃって」

頬を膨らませながら稟に抗議しているこの娘こそ、稟の彼女である時雨亜沙である。先輩と呼ばれていることからも分かるように年齢は亜沙のほうが1歳上であり、バーベナ学園では一つ上の学年に在籍している。

「全く。クラスのほうに行かなくてもいいんですか?」

そう稟が尋ねると、

「えぇー、稟ちゃんはボクのこと嫌いになったの?」

亜沙は稟を下から見上げて、少し困ったような仕草をする。すると

「そっ、そんなことはないですよ。えぇ、もちろんですとも」

と言ってしどろもどろになる稟。すでに耳たぶは真っ赤である。

「じゃあさ、稟ちゃん。お願いがあるんだけど……」

「な、何ですか? 先輩」

「だーめ、先輩じゃなくて亜沙って呼んでよ」

「はっ、はい。亜沙先輩」

「もぅ、稟ちゃんってばぁ。キスしてくれなきゃ許さないぞ」

もはや二人だけ別世界に飛んでいってしまったようなものである。そこに冷静なツッコミが

「えぇーっと、それ以上は二人きりの時に楽しんでね。カメラで撮ってもいいのなら別だけど」

「稟、俺様との友情もここまでだな」

遅れて登場した麻弓と樹である。その言葉で魔法が解けたみたいに、二人きりの世界から帰還したようである。

「も、もう。稟ちゃんったら。ボクもすっかりその気になっちゃったじゃない」

「へっ、俺ですか?」

「そう、稟ちゃんのせいだからね」

またしても二人の世界に舞い戻りそうになった所、ネリネが

「そういえば、亜沙先輩。稟様にお話があったのでは?」

「そうだ! すっかり忘れてた。楓、あの後大丈夫だった」

「楓ですか。はい、今日はちょっと体調を崩してますけど」

楓という単語に反応して、

「そうだ、俺様のスイートエンジェル楓ちゃんは無事なのか?おいっ」

緑葉が稟に詰め寄った。その光景を見た麻弓はいつものことかと呆れて

「全く、緑葉君がどうこう言う問題じゃないでしょうに」

と呟いたがその後に

「けど、確かに最近の楓ってば元気が無かったわね。大丈夫かしら」

などと心配するのは流石に友人であるといえる。そこに、今まで黙っていたシアが、

「はいはーい。稟君に提案がありまーっす」

「ん? どうした、シア」

「みんなー、注目☆」

その言葉を合図に稟の周りを囲んでいたネリネたちの視線が一斉にシアに集まる。

「じゃっじゃーん。カエちゃんが来ないのは何だか寂しいっす。だ・か・ら今日の放課後皆でカエちゃんの見舞いに行きたいと思いまーす」

それを聞いた皆の反応は

「シアちゃん。それは確かに良い考えだと思います」

「でしょでしょ? リンちゃん」

「確かに、楓のお見舞いはしたいわね」

「俺様も麻弓と同意見だな」

と概ね好意的な反応。しかしあまり乗り気でない反応も、

「うーん。今のボクは楓と顔をあわせる自信がちょっと無いから……パスかな」

「時雨先輩。楓さんと何かあったのですか?」

「ちょっと、最近色々あって……」

そう言ってお茶を濁した後、急に勢いよく立ち上がったかと思うと

「じゃ、そういうことだから。ボクはそろそろ教室に戻るね」

とだけ言い残して亜沙は教室を出て行った。その後姿を見つめながら、

「稟。楓ちゃんと亜沙先輩の間で何があった? 場合によってはこの俺様が……」

拳を握り締めて、わなわなと震える緑葉がそこにはいた。

「ご、誤解だ。樹。ただ、俺は今楓から1人立ちしようとしてるんだ」

そう釈明する稟に対して、

「何それ? 気になるなぁ。どういうことなの? 土見君」

まるで芸能レポーターの如く、メモを片手にした麻弓が尋ねる。

「いや、今まで楓がいて、それが当たり前と思っていたんだけれど、いざこれから先輩と付き合っていくのに、それなのに俺は……まだ楓に甘えていたんだ」

「ふんふん。なるほどねぇ」

うなずく麻弓に対して背後から

「はっはっはっ。今頃気づいたのか稟よ! どうだ、貴様の代わりに俺様が楓ちゃんと……」

と樹が言おうとした所を遮るように、

「けど楓ちゃんと一緒だと稟君はずっと今のままじゃないっすか」

とシアが尋ねる。その質問に対して稟は

「だから……だから俺は、あの家を出ようと思ってるんだ。いや、出なければいけないんだ……俺のためにも、楓のためにも」

そう言って決意の拳を握り締めながらつぶやいた。


一方その頃の芙蓉家では、プリムラがレトルトのお粥を鍋に入れて温まるのを待っていた。

「稟……昨日、出て行くって言った」

テレビからは芸能人の破局報道が流れている。

「けど、出て行かないって……稟約束した」

どれだけ信じていた二人でも、上手くいかなくなるとキャスターは言う。

「稟、行かないで……」

テレビを気にも留めないで自問自答を繰り返しながら、抱えていたネコのぬいぐるみをきゅっと強く包み込んだ。

「1人になるのは……怖い」

省電力モードが働いて、テレビが切れる。

「また、あの研究室に……」

窓から木の葉がフローリングに舞い込む。

「楓も……1人」

そうつぶやいた時、沸騰した水が鍋から吹き零れる。

「っ、そうだ……楓の……食事」

プリムラは哀しい想像の連鎖を断ち切って楓の食事を盛り付けることに専念した。

「……出来た」

いたってシンプルな卵粥とお茶をトレイに載せ、プリムラは2階の楓の部屋へと向かった。

「楓……食事」

ドアをノックしてプリムラは言った。しかし反応は返ってこない。なのでもう一度、今度やや強めにたたく。すると、ドアの向こうから

「……リムちゃん。……今は、1人にして」

とか細い声が返ってくる。

「楓、食事……置いておくから」

そういって部屋の前に食事を載せたトレイを置き、プリムラはリビングへと戻った。


「……なので、三界の融和と相互理解こそが、今後の歴史問題を考える上で大きな課題であるといえるわけだ。以上」

6限授業終了のチャイムで、慌ててまとめに入った歴史教師の戯言を聞く空気など、教室にはどこにも無い。最後の時間はみんな早く帰るなり、クラブ活動をするなりに気を取られるので無理も無い。それは土見稟にも同様である。

「あぁ、やっと終わったな」

近くの席でノートをとっていた樹に声をかけた。すると。

「ほんっと嫌んなるよねぇ。最後の時間くらいスパッと終わってくれたらいいのにぃ」

稟の言葉に同意する麻弓。後ろではシアもうんうんと頷いている。が、その横でネリネは

「私は先ほどの話をもう少し聞きたかったのですが……」

感想をつぶやく。それを聞いて

「相変わらず真面目だね。リンちゃんは」

なんて言って笑うのはシア。従兄弟だというのに性格はまるで異なっている。

「あっ、そうだ土見君。今日の楓の見舞いだけれど」

「どうした、麻弓?」

「やっぱ花とか、果物とか買いたいじゃない」

「素晴しい。麻弓の口から出た言葉とは思えんな」

そう樹が茶々を入れると、

「緑葉君。縛られたい?」

眼を光らせ、どこから持ち込んだのか縄を持って微笑む麻弓に

「じょ、冗談だよ。シアちゃんもリンちゃんもそれでいい?」

と慌てて会話の矛先を他に向ける。

「オッケーっすよ」

「私も、大丈夫ですよ。でも、何を買いましょうか?」

その言葉を聞いて、

「そう、そこなのよ」

いきなり机をたたいて頷く麻弓。

「土見君なら分かってると思うけど楓の家って、そこそこのお嬢様じゃない。ほら、何を買えば良いのか、今ひとつわからないのですよ」

「何、そんなこと。この天才緑葉樹様にかかればお手の物よ!お嬢ちゃんたち。稟じゃなく、このグレイトな俺様にしない?」

無駄にポーズまで決めてシアとネリネに話しかける樹。これで口に薔薇をくわえさせれば外見的には完璧であろう。しかし、

「さぁ、あのバカは放っておいて……土見君。何か良い案無い?」

樹の存在を無かったことにして、麻弓は稟に尋ねる。

「そうだな。皆が選んだものだったら、きっと楓も喜ぶと思うよ」

「じゃあ提案があるっす!」

「シアちゃん。何か良い方法が?」

「皆で放課後に、自分の好きなものを買って、持ち寄ればいいと思いまーす」

その提案に対し、

「それはいいアイディアですね」

「でしょ、でしょ」

「うむ、この俺様のセンスも存分に発揮できるしな」

「それでいいんじゃないか?」

「ふっふっふっ。それじゃあ誰が一番楓の喜ぶプレゼントを渡せるかってことね」

と皆が納得し、放課後に商店街へ見舞いの品を買いに行くことになった。



夕日が芙蓉家のリビングを赤く染める。

タオルケットを掛け、ソファでうつらうつらしているプリムラ。無理も無い、ここ数日の騒動で、精神的にかなりの負荷がかかっており、夜も満足に眠れていない。なので、昼から夕方にかけてのこの時間に仮眠するのがここ数日の日課となっている。

「っ」

時折思い出したかのように身体を強張らせる。その度に、タオルケットを握る手がきつくなる。そして閉じた眼から零れ落ちる雫。一体どんな夢を見ているのだろうか。

「り……ん」

口から零れる愛しい誰かを呼ぶ声。しかし、その声はリビングを空しくこだまするだけである。

そんな中、玄関の方から木の擦れる様な音が聞こえた。

「っん」

その音で、浅い眠りから目覚めるプリムラ。しかしまだ覚醒しきれていないからか、寝ているときと同じく、アメジストの瞳から流れる涙は止まらない。

「……もう、こんな時間。……そうだ、楓」

しばらくして、ようやく覚醒し、時間の感覚が戻ってきたようだ。そして、この家の主である楓がちゃんと食事を採ったかを確認しなければと思い、2階へと続く階段を上がっていった。

「……まだ、ある」

楓の部屋の前には、今朝自分が置いたまま何一つ変わっていないトレイがあった。せっかく暖めた粥も、お茶も今ではすっかり冷え切っている。

「楓、ちゃんと食べなきゃ」

そう言いながら、ドアをノックするプリムラ。ドアさえ開けば、自分が持つ稟への思いが伝わるのだと、中から楓が返事をすれば、自分の存在が認められるのだといわんばかりにノックを続ける。が、ドアの向こうからは何の声も、いや音さえも聞こえては来なかった。

とうとうプリムラは、意を決してドアを開けることにした。

「楓……起きてる?」


「このアクセサリーなんか、良いんじゃないの?」

「いやいや、やはりここは王道の花が俺様的には良いと思うぞ」

「カエちゃん、ちゃんと食事摂ってるの? やっぱここはフルーツっしょ!」

「寝ているだけでは暇だと思うので、本が良いとおもうんですけど、稟さま楓さんの好きなジャンルは分かりませんか?」

などと言いながら商店街を物色している5人。といっても主に騒いでいるのは前を歩く4人で、稟は後ろから騒ぐ4人に付き合っているだけといった風にも見える。

学校で話し合った結果、財布の中身を勘案してそれぞれがバラバラのものを買うよりも、まとまって一つのものを買ったほうが良いだろうという話になったのだが、個性が強いメンバーばかりがあつまっているため、なかなかに前に進まない。なので、しばらくの間、稟は不動産屋の店頭に置いてあったチラシを一枚手に取り、あれこれと思案していた。

しかし、何時まで待っても前の4人の意見がまとまりそうには無かった。

「で、結局何を買うんだ?」

流石に遅くなる前に決めてしまわなければと思い、稟が前を行く4人に声を掛ける。

「まとまらないわねぇ」

「俺様の意見が一番だと思うのだが…」

「全然っす」

「そういえば、稟様は何が良いと思いますか?」

最後のネリネの言葉に、皆の視線が稟に集まる。

「そうねぇ、考えたら一番楓と付き合いが長いんだし」

「稟。楓の趣味は何だ? 教えろ」

「まっとうに考えたら、稟君が決めるのが一番だよね」

「稟様、何が良いのでしょう……」

皆が稟の一言に注目する。

「えっ、あっ……普通で良いんじゃないかな」

自分に振られたことにどぎまぎしながら、稟はさらに言葉を続けた。

「ほら、楓って何でもこなせるじゃないか。だから、何をプレゼントしても喜んでくれるぞ。うん」

その煮え切らない返事に対し、麻弓と樹に

「その普通が何なのか分かんないから、聞いてるんじゃない」

「稟。ひょっとしてお前、楓ちゃんのことをちゃんと見たことが無いんじゃないか?」

などと非難された。最後に樹の言葉に稟はむっとして言い返す。

「いや、そんなことは無い。樹」

その場の空気が悪化するのを感じ取ったネリネがすかさずなだめた。

「まあまあ、稟様も悪気があったわけでもないですし……けれど、確かに、近くにある大切なものというのは、無くなって初めてその重要性に気づくって言いますしね」

それを聞いて樹は、

「ネリネちゃん。それフォローになってないよ」

と言いながら笑った。ネリネ以外も樹につられるように笑った。

「えっ、私何かおかしい事を言いましたか?」

1人状況が飲み込めないでいるネリネに対して麻弓もフォローする。

「いや、リンちゃんはまちがえてないから。安心して。でも、そうよね。大切なものって失うまで気づかないものよね」

「胸の無い麻弓にも失うものがあるとはな」

「なにをっ、これからの時代は無いチチ属性なのでありますよ」

いつもの樹と麻弓の掛け合いが展開され、先ほどまでの険悪なムードもどこかへ吹き飛んでしまった。

「さて、そろそろ見舞いのプレゼントを買って、見舞いに行かないと」

そう言って稟がまとめに入る。

その時、商店街の入り口あたりを走っているツインテールの少女の姿が見えた。

「あれ、リムちゃんじゃない?」

麻弓の指摘に、皆が注目すると確かにそこにはプリムラの走る姿があった。

「こんなところで、何をしてるんだろう」

と稟はつぶやいた。

「稟君を探してるんじゃないっすか?」

シアは言い、自分の意見に納得したようで、

「おーい、リムちゃーん!」

そう叫ぶ。するとその声を聞いたプリムラはこっちに向かって走ってきた。

「あれ? 何かリムちゃん顔色悪くない?」

「いつも持ってるぬいぐるみが無いぞ」

皆がプリムラの異変に気づき、それを口にしたとき、

「稟……見つけた……」

プリムラはリンの前に立ち、肩で息をしながらそう言った。

「どうした、何があったんだ?」

稟がそう尋ねると、プリムラは一言つぶやき、その場にしゃがみこんだ。

「楓が……家から……居なくなった」

"SHUFFLE!" Made-up fabrication Ver.
Re:SHUFFLE! #21
PG-16
"Melancholic princesses"

B-part

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