- The rest stories of "Project Eva" #22 -

"アイム・パブリック・エネミー!"

1

何の因果か知らないが、世界の敵というのをやっている。

好きでやっていることじゃないけれど、誰かがやらなきゃいけない仕事だ。


……と、思う、多分。


今、何年の何月なのか、僕にはよく分からない。いや、一応タイムレコーダーには「201806060304(JST)」という表示が出ている。でも、今の僕には全然実感が沸かない。ずっとずっとこんな風に平坦な毎日が続いて行くのか、と思うとちょっと辛い時もある。

でもまあ、僕が選んだ道だから、仕方ない。今度こそ、僕が選んで僕が決めたことなんだから。

2

あたしの職業は、いわゆる「正義の味方」という奴だ。特撮じゃなくって、本物だから困ったものだ。数年前までは非公開の「秘密組織」という体裁でやっていたのだが、今は情報公開の時代っていうことで、名前出し、顔出しでやっている。

あたしは立場上、広報もやらなきゃなんないので、本職の合間にたまに歌を出したりドラマに出たりもする。本当はそんなことやらなくったっていいのだが、あまり断ってスポンサーが減ってしまっても困るし、広報活動という大義名分もあるので多少は受けなくちゃならない。人気もあるし、それなりに悪い気分ではない。何より、自分で選んだことだしね。

……とまあ、今ではそんな風に思っている。確かに、死ぬかも知れない、という不安はいつもある。戦いは、いつだってギリギリだ。たまに一撃を食らってしまう時もある。よい思い出の方が少ない。特に、秘密組織としてやってた時は、色々と辛かった。まだ、子供だったからね。でも、あたしもあの頃よりは大人になったし、どんな仕事でも死ぬような苦労はあるものだと思う。だから、今は頑張ってる。自分の仕事は消防とか警察とかと似たようなものだと思えば、割といい仕事かも知れない、と思う。

相手をもう人間ではない、と割り切ることができる分、軍人の人よりはマシなのだろう。

びー、びー、びー。かち。

聞きなれたビーコンの音が鳴り、いつものように三回で止める。あたしはおもむろに服を脱ぎ、プラグ・スーツをまとった。大丈夫、恐らくあいつは私を待っているのだ。こっちに出て行く気がないと分かれば建物を壊したりするが、そうじゃなければ、あたしが行くまでは待っていてくれる。昔の敵だった奴らに比べたら、随分と礼儀正しい。そこらへん、彼と似ていると思う。とすれば、本当に世界の危機を救っているのは、あたしじゃなくて彼かもしれない。ふと小耳に挟んだことだが、ここ一年ほどの全世界の死亡率は、むしろ下がっているらしい。なんだかなあ。

……と、あまり遅くなってモノが壊れて小言を言われるのはゴメンだ。

「……さ、行くわよ、アスカ」

呟くと、ケイジへと見慣れた道を歩き出した。

3

ミサイルが来た。神経が同期しすぎてやけにゆっくりに見えるけれど、実際はかなり速いものなのだろう。別に放っておいてもいいのだけれど、周りの建物を壊すのも悪いし、やっぱり一日一回くらいは出さないと受けが悪いみたいだから、AT-フィールドを使って受ける。

どどん。

いい感じの音を立ててミサイルが弾けた。爆風が建物を壊さないように(それと、世界の敵がそんなことをしているのがばれないように)注意して展開する。それでもって……ええと、あ、そうか、羽だ、羽。

うおおおおおおおおお。

いい感じの声だ、調子がいいみたい。久しぶりだからかも知れない。実際、今日は思いっきり暴れていいから、ちょっとわくわくしている。この前は内戦とかやってたからうまく動けなかったけれど、今回は地雷しかない。

少し、足踏みしてみる。

ちゅどどん。

いくつかの地雷が吹っ飛んだ。いい感じだ。でも、調子に乗りすぎても良くない。あくまでも、僕は「世界の敵」なんだから。

「あ、来た」

東の空を見ると、アスカがやって来たのが見えた。この辺の文化に合わせて、天使バージョンに換装されている。純白の機体に純白の羽、いつ見ても恰好いい。でも、今日は少し遅いみたいだ。予定があったのかもしれない。悪いことをしてしまった。なるべく、分かれば避けるようにはしてるんだけど、こういうこともある。

彼女の光臨に答えるように、僕は羽を広げた。崩れて、それと諸々の汚れにまみれて赤黒くなっている装甲と、紅い光の羽が12枚のこちらも、ダーク・ヒーローとしてはなかなかよい。この前、僕が主人公になった映画もできたらしい。僕が希代の大悪人になっているのはご愛嬌だ。

情報公開はいいことだと思う。昔、僕たちが何も本当のことを知らされぬままで戦場へと送られたことを考えるなら、今の状況は合格とは言えなくても、及第点はあげられる。それに、騙されるよりは、騙すほうがマシってね。

そんなことを考えるうちに、目の前にアスカ――アスカが駆るエヴァが降り立った。ぽきぽき、と指を鳴らす。人間よりずっと大きいサイズの関節からは、木造家屋が倒れるような、めきめきめき、という音が響いていた。まったく、それさえやらなければ神聖な神の使いになれるのに。でも、それも彼女の茶目っ気だろう。何しろ、今まで僕たちが戦ってきた相手こそ神の使いだったのだから。

向こうから通信が入った。一応、こっちからは声だけしか届かないようにしてある。流石に顔の演技までは疲れてしまうからだ。

「……久しぶりね。シンジ」

さて。

「ぐああああああ。げひっ、げひっ。きしゃああああ……」

「……今回こそ、あんた、何とかしてあげるから。……負けたらごめんね、シンジ。さあ! かかってらっしゃい!」

突然だけれど、僕はアスカが好きだ。もう、僕を助けられないと思っているのも分かっているし、そのつもりもほとんどないのも分かっている。この仕事が心のどこかでルーチン・ワークになってしまっているのも、知っている。まともな人間なら、よっぽどのことをしない限り、本当は世界の危機などやってこないことが判るはずだ。そんな世界で、もうアスカは僕を見限っている。でも好きだ。好きだと思う。……違うか、こういうのは、

「ファンって、言うんだよね、多分」

通信を切って、そう呟いた。こうしてしまえば、誰にも僕の声なんて聞こえやしない。

よし、いつものバトルの始まりだ。

0

目の前に、初号機が見えた。

「何故……母さん。行ったんじゃ、ないの?」

呟いた瞬間、後ろ頭に硬いものが当たる感触を覚える。カチ、という嫌な音が耳に障る。拳銃? ……殺されるな、これは。

僕は覚悟を決めて、後ろを振り向いた。もう、自分の命がどうとか、生きたいとか死にたいとか、そういう類の感情はとうに消え失せていた。

ただ、楽になりたい。そう思った。

しかし、僕の頭に突きつけられているはずの銃は、振り向き終わる頃には目の前になかった。僕の目の前には、銃口を下に向け、疲れのこもった苦笑いを浮かべた――

「リツコ、さん?」

「……お久しぶりね、シンジ君。……私が、ここにいるということは……起こったのね、結局」

僕にはおよそ理解しがたいことを呟くと、リツコさんは振り返って、ドアの方へと歩き出した。

ドア? そういえば、ここはどこだ? よく分からない。確か、僕は赤い海の海岸にいて……アスカが……アスカ?

「待って下さい! リツコさん!」

僕はリツコさんに呼びかけた。リツコさんは僕の声に足を止めると、おっくうそうにゆっくりと振り返った。そして、ぼうっとした目で、僕を見た。その目には、怖ろしいくらい何もなかった。憎しみも、悲しみも、喜びも、怒りも、絶望すら。思わず、自分の目の前にいるのは本当はヒトの形をした人形なんじゃないのかと疑った。

「……何?」

「ここは、どこなんですか?」

「知らないわ」

リツコさんはあっさりと断言した。あらかじめ吹き込んであるテープレコーダーを再生したような、無感動な声だった。

「知らない?」

「ええ。……恐らくは、再構成の途中なのでしょうね。世界の」

「再……構成?」

再構成、そう言われて僕は周囲の壁を見た。確かに。さっき見たときと変わっているような気がする。目を閉じるたびに、少しずつ形が変化していっているみたいだ。うにうにと生き物のように動くのではなく、あくまでも、見るたびに世界を構成する部品が置き換わっている、という感じのごつごつした変化。まるで、ノートの隅に描いたパラパラマンガを見ているような気分だった。

「あ……」

「ね?」

「どうすれば、いいんですか?」

「私にも分からないのよ。何しろ、初体験だから、こんなこと」

そう言うと、初めてリツコさんは、くっくと笑った。しかしその笑顔は、さっきよりももっと何もない顔だった。


そして――いつしかまどろみ、気がつけば……僕は外にいた。当たりを見回せば、どことなく知っている風景と似ているような気がした。遠くに、この場所を外側から切り取る淵が見える。ここは……ジオ・フロント?

ふと見上げれば、そこにはやはり、初号機が見えた。その紫の機体は新品のように綺麗で、それを見れば、この初号機が僕の知る、母さんの眠っていたそれとは違うことが何となく理解できた。

でも、ならば、何のために、この初号機のようなエヴァは僕の前に現れたのだろう?

僕はもう一度周りを見た。なおも、ぱたぱたと風景が「組み変わって」行く。あまり長く見ていると酔ってしまいそうになる。

そして、その入れ替わる景色の中に、緑色の軍服を着た人々と、ネルフのカーキ色の制服を着た人々が、現れては、消えた。

僕は、帰って来た初号機を見上げた。

その背中は開放され、エントリープラグが見えていた。この何もかも不確定な世界の中で、この僕と初号機だけが、その存在を確固たるものとして保っていた。あるいは、僕と初号機がシンクロしていただけなのかもしれないけれど。

僕は後ろを振り返った。ジオ・フロントの風景に混じって現れては消える風景の中に、時折、知り合いの姿が見えた。青葉さん、日向さん、ミサトさん、遠くに、リツコさんと、マヤさんも。何か、言い合っているように見える。

さっきは、話ができたリツコさんも、今はもう、僕とは別の世界にいた。

僕は、これからのことを思った。これから、何が起きるだろう、使徒を倒し終えて、殺し合いが始まったこの世界で。

もう一度、僕は周りを見渡した。色々な人が、景色が僕の目に映る。一生分の人間を見たような気がした。そして、そのどちらも、自分の敵だとはどうも思えなかった。


だから僕は「世界の敵」になろうと決めたのだ。

4

まず(ゼーレ)が全てを造った。彼らに作られた脳髄(ゲヒルン)神経(ネルフ)となり、ついには魂へと還った。


世界の魂たる部分、今度こそ本当の、人類の平和のための砦。


『国連の兵器管理機関であるゼーレ。その中枢こそが、旧ネルフ技術部の後身たるエヴァンゲリオン管理委員会である。かつての旧ネルフ情報部も、同作戦部も『使徒』がやってこない今となっては無用の長物だった。今、人類に楯突く者は、ただ一人。通称『ルシファー』を駆る、碇シンジだけである。彼には既に、各種各国の被告人不在の法廷において、現時点で「人類を危険に晒した罪」「国民の生命を脅かした罪」「サード・インパクトの実行」「破壊行為」などなどの罪状によって、国連の予算の200年分に当たる額の慰謝料の支払いと、20回以上の死刑、そして、計2000年に及ぶ禁固刑が確定している。

彼はサード・インパクト直後出現した「エヴァ初号機に限りなく近い機体」に乗って姿を消した。そして、それ以降、彼の機体が体内に宿す永久機関を用いて、既に二年以上もの間、無寄檻で連続起動を続けている。これはエヴァンゲリオン型兵器運用の歴史上、最も長期間の起動時間である。』


いつ見ても代わり映えしないゼーレ広報パンフレット『エヴァのお仕事』第二章『碇シンジ』の章を読み終えた葛城ミサトは、パンフレットを放り出して机の上に脚を乗せた。

「……ついでに、『彼が現れてからというもの、地域紛争は激減、人類全体の平均寿命は上昇の一途を辿っている。』も付け足したらいいんじゃないの?」

「……彼が現れてからの被害総額、もう一度復唱して欲しい?」

言い慣れた言葉に、聞き慣れた言葉。聞き手である赤木リツコはいつものように言い返した。この前の彼女の言葉は、『彼が現れてからというもの、未処理地雷の数は実に30%も減少。』だった。

「彼に使った兵器が戦争に使われてたら何人が死んだ計算になるか言って欲しい?」

「ねえ、悪いけれど……」

「暇でしょ? どうせ」

確かに暇だった。エヴァの保守管理という名目で残った技術部とて、実際には殆どやることはない。ケイジの管理、エヴァの清掃、充電、その他の事務。全てまとめて民間企業に任せてもいいくらいだ。

「確かにそうだけど、こう毎日来られると迷惑よ」

「たかだか二週間でしょう? 二年もエヴァに乗り続けてる彼に比べたら、大したことないわ」

「ねえ……ミサト……」

「何時まで隠し通すつもり? いい加減みんな気付きそうなもんよ?」

「何が言いたいの?」

「彼は、私たちのためにエヴァに乗っている。違う?」

赤木は、はあ、とため息をついて言い返した。

「あなたまで陰謀説に踊らされてるなんてね。旧ネルフ作戦部長の経歴が泣くわよ。あんなもの、ユダヤ陰謀論と変わりはしないわ。確かに、そういうことを言う連中もいる。でも実際には、彼は『ルシファー』に取り込まれていて、あの機体が紛争地域に良く現れるのは、兵器の反応を察知して移動しているだけよ」

「私がこの二年間、ただふらふらしていると思ってたの? あんなレポート、どうやって反論しろっていうのよ。反論のための材料はここにしかなくて、ここは」

そう言って、葛城は言葉を切った。

ここは「その存在さえ知られていない」施設だ。この新生ゼーレは、一見情報を公開しているように見えて、その実、自分たちにとってまずい情報についてはかつてのネルフなど及ばないくらいに徹底した隠蔽を行なっている。ネルフよりもずっと規模が小さく、守るべき秘密については圧倒的に少ないこの組織では、そういうことができる。エヴァ、使徒、AT-フィールド、S2機関……そのような情報を公開することが出来たのも好都合だった。その情報のインパクトに隠れて、MAGIという、この組織の屋台骨であったシステムについては、ほとんど情報を公開せずに済んだ。そして……例え外縁にある情報をどれだけ公開しても、中核となる情報を隠せれば、その力は自分たちのものだ。そして、MAGIこそ、その「中核」なのだ。

ゼーレのトップに赤木リツコが居座ったのは、この流れを考えると当然のことだ。そして、葛城ミサトが去ったこともまた。

「……ミサト、外に出ましょうか」

赤木はそう言って、加えていた煙草を安っぽい鉄の灰皿に押し付けた。その灰皿は、高級な物で埋め尽くされているこの執務室とは場違いこの上なかった。

5

避ける。蹴る。寸止め。フィールド攻撃。弾く。うわ、出力が大きい! 何であんなエヴァであんなフィールドが出せるんだアスカは! 下がる。ダメだ、街がある。ジャンプ。アスカも市街地を避けるつもりか、空中に小規模フィールドを展開して蹴り上がる。器用だなあ。空中戦。槍が出た。こちらも槍。同時投げ。そして避け。よく考えたらフィールドを突き通せても突き通るまでに避けてしまえば関係ない。お互い向ってきた槍を拾いに直行。空中でキャッチ。援護射撃が来てる。ミサイル20発。N2っぽいのでフィールドで囲んで撃破。これでほとんどN2兵器は打ち止めのはず。そりゃ毎回300発ペースで使ってりゃね。よし、もう邪魔するものはいない。僕と彼女の一騎打ちだ。……と言っても、やるわけにもやられるわけにも行かないんだけど。


掌底。受けが間に合わない!? 寸止め。あたしをナメるな! 弾こうったってそうはいかない。出力! まだまだ! よし、下がった。って、街!? 良かった、飛んだ。市街地か……住民が避難してるとは言え潰すわけにも行かない、フィールド小規模展開。よっと。空中戦になるとちょっと不利ね。槍! あっちも出してきたか……渡ってしまったのはまずかった。同期させて投げ。回避。よく考えたら、不意打ちじゃなければこんなもの、避ければ済むのよね。向ってきた槍をキャッチ、これで交換何回目だ? っと、援護射撃? 無駄なことを。N2兵器が効けば苦労しないわよ。まあ、残弾なんてほとんど無いだろうけどね。使いすぎよ。……もう、邪魔するものはいない。あいつとあたしの一騎打ち。……でも、あれを倒したら倒したで、ややこしいことになるのは目に見えてるんだけどなあ。


そして両者は槍を携えて対峙した。二又の槍は形を変え、両者のそれはどちらも一本の長い槍と化している。紫い機体は槍を腰溜めに、白い機体は頭上で槍を回転させている。両者とも、微動だにしない。

回転が止まる。

白い機体の目にあたる部分が光り、猛烈な速さで槍を振るった。紫の機体が横なぎにそれを払い、そのまま回転させ逆側で斬りつける。その刹那、白い機体は力を失ったかのように地面に伏せ、難なくその攻撃を避けた。そして、背中についている羽を足のように使って跳ね上がった。


距離を取る。……いつも通りだ。あたしもあいつも、決定的な攻撃が出来ない。そりゃ、そうだ。どっちもAT-フィールドを持ってて、槍を持ってる。まさに矛盾だ。槍と槍ではアンチAT-フィールド同士で弾き合い、肉弾戦ではAT-フィールドで弾き合い、同時に両方を中和することなんかできやしない。もしも向こうのAT-フィールドの出力がこっちよりも数倍高ければ一瞬で決着がつくだろうけれど、幸いにもそんなことはない。要するに、千日手だ。

あたしは時計を見た。こっち時間で昼の12時、ってことは、日本じゃ夕方か。めんどくさい、今日はこっちに泊まっちゃお。広報もキャンセルできるし。

「何で、あいつっているんだろう?」

誰にも聞こえないプラグ内の暗闇で、ふとあたしは随分前に答えを出したはずの問いを思い出していた。

そして、何を思うでもなく通信を開いた。ウィンドウの端の表示を見て、その理由に気付いた。そうか、今日はあいつの……

「ねえ。シンジ?」

珍しい。戦闘中にアスカから通信が入るなんて。昔は良く入ってたけれど、諦めたのか最近は戦闘前にだけ入るようになっていたのだ。

「…………」

回線の向こうからは声は聞こえない。あの機体の中で、シンジがどんな状況になっているのかも、あたしには分からない。例えば鈴原みたいに、あの機体とつながって取り込まれてしまっているのだろうか。

「ねえ、シンジ、いるの? あたしの声が分かる? 答えてよ」

心にもないことを、と、思わず自分で自分を笑ってしまう。もうとっくに、あたしは彼を諦めているのに。しおらしい女の振りなんかして。バッカじゃないの? 誰にも聞かれてないこんなところでも、演技しかできないなんて、あたしは本当に……まったく。

心に押し寄せた欲望を、僕はすんでのところで押さえた。……嬉しい! でも、答えるわけにはいかないんだ。そうだ、無理なんだ。

だから、答える代わりに――僕は、槍を握りなおした。

6

赤木は端的に言った。

「たぶん、どっちでもいいのよ」

葛城は訝しげに答えた。

「そうかしらね」

「そう、だって……もし、彼が自分の意思であれに乗っているとしたら……それこそ『人類を守る立派な仕事』だわ」

「彼に全ての罪を押し付けて?」

「そういう言い方、偽善的でいいわね。あなただって、押し付けた一人に入っているのよ」

「分かってる。でも、だからこそ、私は……!」

「……ねえ、ミサト。人類はね、たぶん、まだちょっと追いついていないのよ、彼らに。人類にはまだこの力は手に余る。だから……彼が時間を稼いでくれているんじゃないかって、私は思うのよ。もし、彼が自分の意思で乗っているとすればね」

赤木はそう言うと、夕焼けの空に煙を吐き出した。煙はゆっくりと霧散し、赤々とした茜色の空に消えた。

「……リツコ。それじゃあ私たちは、いつになったら追いつけるの? このままじゃ……いつまで経っても彼に救って貰ってばかりよ。こんなこと、いつまでも続けられるわけ、ないわ。どんなに恰好いいことを言っても、高々16歳の子供に世界の命運を、人類全体で追うべき責任を、押し付けているっていう事実は、変わらない」

葛城は懇々と語った。その顔には自分の言葉に酔うような使命感はなく、言わなければならない言葉を言うことへの義務感だけが満ちていた。

「昔と同じよ」

「そうね。でも……リツコ、あの赤い海を経て、人間は変わるべきところに来ている。そう思わない?」

その問いを聞いて――赤木は空を見上げた。赤い空。そうだ、私たちはこの空のような色をしたあの海から帰ってきたのだ。随分と長いこと、忘れていたような気がする。

「……そうね、そうかもしれない。……それにしても、今の言葉、まるでジャーナリストね、ミサト」

赤木はそう言うと葛城を見た。その顔には、葛城にとっては酷く懐かしい、冷笑的な笑みが浮かんでいた。彼女はこの笑みの下に、いつも熱い心を隠している。その目に焔がついたように、葛城には見えた。

だから、葛城は笑って言い返した。

「何言ってんの。あたしはとっくにジャーナリストよ」

7

遥か遠くにあいつはいた。戦って戦って、ここはどこだ。地図を見た。サハラ砂漠の真ん中。どんどん西に飛んでる所為で、時間が経ちゃしない。確実に、都合30時間以上も6月6日を過ごすことになりそうだった。

というわけで、砂漠であたしたちは対峙していた。ジリジリと焼ける砂が熱い。さすがにこんな砂漠の真ん中では誰もあたしたちを見物に来やしない。今度こそ本当に、一騎打ちだった。


……暑いなあ。エヴァに乗ってても暑いって、反則だよなあ。そんなことを思いながら、僕はどう逃げようかという算段を立て始めていた。

今日のアスカはやけにしつこかった。いつもどおりに逃げようと思ったら、追いかけて来た。そのせいで、こんなところにまで来てしまった。もう、随分戦ってるような気がする。


動きが止まった。逃げるつもりね。いつもそう。ある程度戦うと、気が済んだとでも言うようにどこかへ消えてしまう。

でも、今日は逃がさない。さっき、聞いちゃったんだから、あたしは。



あたしの声に答えるように、あいつは槍を握りなおした。

「そう、やるつもりなの。……仕方ないわね。……ねえ、覚えてる? 今日、あんたの誕生日なのよ。……こんなところからだけど、誕生日おめでとう、シンジ」

思いっきり偽善的な言葉を発した自分に吐き気がしそうになったが、その何%かは本心だった。

そして――その時だ。

……忘れてた。

そんな小さな声を、あたしは確かに聞いた。



「待てぇぇぇ!! バカシンジ!! あんた、生きてるんでしょう!! 答えろこらぁッッッ!!!」

通信用マイクに向って思いっきりでかい声で言い放った刹那、あたしは猛然と砂を蹴った。そのままでは当然自重で沈むが、フィールドで弾いてやれば、それなりの硬度が出る。


やばい。やってしまった。僕は耳をつんざくような声を聞いて思った。ついだ、つい、自分でも忘れてた誕生日を不意に祝われてしまって、声が出てしまった。それを、運悪く聞かれてしまったらしい。まずい。……でも、何としても、認めるわけにはいかない。僕は世界の敵、彼女は正義の味方。そうじゃないと、この世界は、どうしようもないことになる。


そうだ。よおっく考えれば分かりきったことなのだ。目の前の状況に思考停止さえしなければ、ちゃんと考えていれば、分かったはずなのに。

本当?

自問した。本当だろうか。本当に、私は思考停止していたのだろうか。

もしかして、あたしは始めから分かっていたんじゃないか? 何もかも。どこかで分かっていて、自分のために、彼を見捨てたんじゃないのか? 大嫌いだったあいつを。そして、あいつはただ、あたしの、みんなの、この世界のために、全てを引っ被って戦っていたんじゃあないのか?

一度も、思わなかったか? 「ありがとう」と。思ったはずだ。きっと、忙しくてもう覚えてないくらい昔のことだったが、きっと、思ったはずだと思った。「敵さん、現れてくれてありがとう」と。そんな、吐き気がするようなことを。

そうとも、あの時、あたしは、特に説明も聞かずエヴァに「飛びついた」。自分を守るために。エヴァがこの世界で――それに匹敵するものが無くなったこの世界で何を意味するのか、分かっていたのに、そんなことには全然無頓着だった。ただ、エヴァに乗れるのが嬉しくて、本当に正義の味方になれるのが嬉しくて、認められるのが嬉しくて、それで――

「それじゃあバカみたいじゃないのよッッ!! あたしはァッッ!!」

そうだ。バカだったのは、あたし。あいつの犠牲に救われていたことを心の隅に追いやっていたあたしだ。


そして僕は槍を構えた。ダメだ。ここで逃げたら――アスカは、もうこの茶番を決して信用しなくなるだろう。元々頭のいい彼女のことだ。きっと気付く。そうしたら、彼女は――

空を飛びもせず、純白の機体は砂を蹴って敢然と走り寄ってきていた。砂塵が巻き上がる。きっとこれからしばらく、この周辺一帯では黄色い雨が観測されるはずだ。そして僕も、フィールドを全開にして衝撃に備えた。殺すつもりで行く、そうしなければきっと、彼女は信じない。

そして僕は、真っ直ぐ彼女に向けた槍を、身体を沈めると同時に突き出した。恐らくその速度は軽く第二宇宙速度を越えている。この一撃を腹か肩にでも受ければ、例えフィードバックが軽減されたあの量産型機体に乗っているアスカでも、しばらくは動けないだろう。大丈夫、人間の致命傷になる部分さえ、傷つけなければ、死ぬことはない。

そして僕は、彼女を

8

執務室に戻ろうとした赤木と葛城は、モニタールームがやけに騒がしいのに気付いた。どの職員もあたふたと動き、普段は鳴らない電話も今は気でも狂ったように鳴りまくっている。さながら人ごみに爆竹を放り投げたような状況だった。

「いつもこんな感じなの?」

「そんなわけないじゃないの。……どうしたの?」

「ああ! 局長だ!」

赤木が声を掛けた一人が発したその声に、一瞬どよめきが起こる。赤木は嘆息して、その職員に尋ねた。

「で? 状況を説明して頂戴」

「あ、はい! エヴァ14号機と『ルシファー』の周辺に強大なフィールドが発生、光波、磁場、音波、その他全て観測できません」

その説明を聞いて、葛城は二年前を思い出していた。あの時、第17使徒の元にエヴァ弐号機が下り、そして同様の状況が起こったのだ。

「ねえ、それって……」

「ええ『結界』ね。……恐らく、AT-フィールドを発生させることが出来る複数の機体による共鳴」

「共鳴……」

「もしかして、私たちの仕事、アスカに取られたのかもしれないわよ」

そう呟いた赤木の顔には、その残念そうな口調とは反対に、いかにも楽しそうな笑みが浮かんでいた。

9

槍は、あたしの首の直前で止まっていた。


あいつが意思を持っているなら、そして、ほんの少しでもあたしを愛してくれているなら、きっと止めると思った。自意識過剰かもしれない。だが、きっとそうだと思ったのだ。そして、あたしはその可能性に掛けた。もし、愛されていないなら、ただ、彼の作ってくれた状況で傍迷惑に喜んでいただけなのなら、こんなあたしは、死んだほうがいいとさえ思った。

走り寄っていくと、予想通りあいつは、本気の構えであたしに向って突いてきた。それを確認したあたしはAT-フィールドを最大規模にまで拡張して、彼の前に身を投げ出した。今、あたしとあいつとの間に壁は無い。もし、あいつ――シンジが本当に狂っているなら、容赦なくあたしの首を突き通すはずだ、あたしの生死などにはこだわらずに。そう、古代コロッセオの拳闘士のように、容赦なくあたしを殺すはずだ。


だが、どうだ。どっこいあたしは生きている。

あたしの目の前で、槍はその動きをぴたりと止めた。これだけの質量を手の内に留めるのには、怖ろしく強い力が働いたに違いない。あいつの手からは、血が滴っていた。そう、今までもあいつは血を流してきた。そして今、やっとあたしはそれを目を逸らさずに見ることができた。

あたしは乱暴にヘッドセットを外すと、自動起動プログラムを始動させ、フィールドを張りっぱなしにして外に出た。昔よりずっと進歩している内臓バイオコンピュータを使い、意思を失ったように硬直しているあいつの機体の制御も奪ってしまえば、外の空間とは一切断絶された空間の出来上がりだ。

空間を遮断しても、相変わらずクソ暑い砂漠の真ん中で、あたしは一直線に意思を失った槍の上を奔った。意思がある時は生き物に対して最強の武器たりえるこの槍も、意思を失えばただの怪しい金属で出来た棒っきれに過ぎない。

そして今は、あたしとあいつをつなぐ道だ。

「……開けなさい。……お願い、開けて、シンジ」

やっとのことで背中に辿りついたあたしがそう呟くと(人にこんな風に物を頼んだのなんてもう何年ぶりだろう)罅の入った背中のパーツを押し上げ、エントリー・プラグがあたしの前に姿を現した。その爛れきった装甲に似合わず、真っ白いエントリー・プラグだった。

バシュ、っと音がして、プラグが開く。

あたしはその淵に足を掛け、迷わずその中に飛び込んだ。


……懐かしい、彼女の顔が見えた。その顔は、無機質なモニターに映る笑顔より、ずっと、ずっと――

10 (余章)

あれから数時間。一向に回復しないモニターを眺めて、葛城は赤木に小さな声で囁いた。

「……ねえ、何してるんだと思う?」

赤木は、その言葉に冷笑を返し、答えた。

「訊くだけ、野暮ってものよ」

大災害から二年。また色々と騒がしくなりそうだった。

- The rest stories of "Project Eva" #22 - "The Colosseum" end.
first update: 20041205
last update: 20060103

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作者:north
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