さあ、ギターを構えよう。面倒くさい曲は要らない。セカンド・インパクト前のミュージシャンならなおいい。ああ、そうだ、ブルーハーツなんかどうだろう。もうかれこれ三十年は前のミュージシャンだけど、あの時代に彼ら以上の詩人はいない。そう、実は俺は洋楽じゃなくて邦楽が好きなんだ。名曲を上げればキリがない。懐メロ好きの四十代でも知ってる。俺の上司のオッサンだって知ってたかもしれない。
もしかしたら、その上に居座ってた髭の司令なんか、まんまファンだったりして。あの重厚な髭面も、三十年前には俺より年下だったはず。なら、俺らは知らないけど、ちょうどチェルノブイリの事故だのプラザ合意だのがあっててんやわんやだった時代に、あの辺の暑苦しいバンドに夢中になっていてもおかしくはない。
もしもそんな奴がこんなことをやらかしてしまったのだとしたら、どうにも笑える。
だからギターを構えよう。ロッカーに一本ぶち込んでおいて良かった。転ばぬ先のギターってね。幸いにも最近暇だったからチューニングはしておいたし、もし多少外れてたってロックの精神があれば大丈夫だ。パンク・ロックの体現者シド・ヴィシャスはろくすっぽベースを弾かずにもっぱら武器として使ってたそうだ。ウソだかホントだか知らないが、ネックだって曲がってたって言う。そしてジャンキー。そんな方々に言わせりゃ、このギターくらいならファッションパンクって罵られてしまうだろう。
まあ、そっちのほうは周りの状況で何とか相殺して貰うとしよう。幸いにも周りの状況はかなりぶっ飛んでる。
――さて、何を歌おうか。
「何がいいよ、マコト?」
おいおい、そんな怪訝な顔すんなよマコト、んな顔しかめたら、割れたフレームで顔、切るぞ。っていうかそもそも、お前、しぶとくそれつけてないで予備と換えればいいじゃん。
「ブルハなんて聴いたことないよ」
「おおっと、聞き捨てならんなマコト。お前今ちゃんと略したじゃないか」
一瞬、げ、コイツ細かいところ気付きやがったなあ、っていうのがモロに出た顔になる。お前、分かり易すぎ。よくそれで葛城さんの片腕が務まったな、と思いつつ、それ言うとさっき死体を確認して涙をこらえてたこいつに恐らく滅茶苦茶ぶん殴られそうなので言わない。
その替わりに半笑いで見てると、マコトは、仕方ないなあ、って顔で、っておい、なんでお前と俺がこんなに通じ合わなきゃならんのだ、喋れオラ。
「なんだよ、その変な顔は。あー、うん、まあ一応名前は知ってるよ? でもそれって、僕たちが生まれるよりだいぶ前に活躍してたバンドじゃないか」
「甘い。お前はハイロウズがブルーハーツの後身であるという基本的な事実を忘れてるだろう」
「あれ? そうだったのか? ごめん、僕昔の音楽シーンはよくわかんないんだよ」
俺たちの会話にはもはやかつてのぴりぴりした空気は皆無だ。昨日までの重苦しさもない。さっきからひっきりなしの雑音が聞こえるが、まあそれはいい。
「まあ、ありがちなことではあるな。声とかの差が」と、思わずうんちくモードに入ってしまう。いかん、いかん。それは恰好よくない。少なくともこの場所では。
「とにかく、どっちでもいいから好きな曲言えよ。まさかただの一曲も知らないってことはないだろう」
「何を根拠にそんなに自信満々なんだよ……んー。ああ、えっと、こういう時に元気が出る歌とかある?」
「お前それ、曲のリクエストになってないよ……」雑音に混じって俺は言う。
「仕方ないだろう? 知らないんだからさあ。それに、僕は女性ボーカリストのほうが好きなんだよ」
そう言ってから、マコトは数人ボーカリストの名を挙げた。いやいや、ダメなんだな、ポストセカンド・インパクト世代じゃあ、ちょっとこの状況には太刀打ちできそうにない。それに。
「それじゃあ、俺が歌えないじゃないか」
そう、それもある。あまり声域が広いミュージシャンだと、俺には無理だ。X-JAPANとかになるとこのギターではちょっと感じが出ないと思う。邦楽でも大昔の歌が好きな俺はその辺までが守備範囲なのだ。セカンド・インパクトのずっと前、まだ少しは未来とかそういうのへの希望が残っていた時代だ。
「――だから、ごめんね、あなたはもう……」
雑音が、そろそろ我慢ならない。さっきから二人して努めて無視してきたんだが、騒ぐ声が大きくなってきてそろそろ無視しきれない。俺らが会話をしている最中も端末の下でずっとぶつぶつ何か呟いている悲劇妄想マニア・伊吹マヤを、俺はギターの角っこでちょいと小突いた。
私はほんとうは、コンピュータなんてだいっ嫌いだった。理系に進んだのは数学が好きだったからじゃなくて、好きな子が理系だったから。でもその子は早々と希望進路を文系に変えてしまって、結局私はあまり得意じゃない男の子がたくさんいるクラスで大して好きでもない物理や化学や理系の数学を勉強しなければならなかった。負の記憶だ。
で、情報に進んだのは、生き物を扱うのが気持ち悪くて嫌で、物理とかよりもコンピュータの方が楽そうに見えたからだ。真面目なだけがとりえだった私は結局クラスで一番のいわゆる「優等生」になって、誰でも知ってる国立大学の門をくぐった。
そして、男の子ばかりのクラスでちやほやはされたけどギラギラしたオタクの視線に我慢できなかった私は、入学早々不登校になってしまったのだった。
私は家でもいい子だったので、大学には行かないわけには行かない。なので、とりあえず大学に来ては、図書館で本を読んで時間を潰していた。
そんなとき、私は赤木センパイに出逢った。それはまさに劇的な出逢いだった。なんと、ちょうど私の学部の先輩だった赤木センパイは、他館から取り寄せた研究資料を取りに図書館に来ていて、荷物が多くて動けなくなっていた。そこに、ちょうど私が通りかかったのだった。なんて偶然。
そして、私は目が合って声をかけられた。これには、この偶然を演出するために、見かけるたびにじっとセンパイを見ていた私の努力があったのだろう。――それは偶然じゃない? かたいこと言わないでほしいなあ。
「ちょっと、あなた?」
「はい、なんでしょうか?」
これがセンパイと私の最初の会話。うん、何となくドラマチック。こういう自然な会話から色々とはじまるもの。
「申し訳ないんだけど、もし良かったらこの資料をそこまで持っていくのを手伝ってもらえないかしら?」
ついっと乗り出して見てみると、なるほど、確かにこれはこのひとの細腕では無理そう。そこには難しそうな本が大量に積んであった。「量子状態の研究」「形而上的生命論」「ニューロネットワークによる循環的構造を持つアルゴリズムの研究」「有機コンピュータと人格移植OSの発展−多重並列処理に向けて−」「超管理論」「超ひも理論及びM理論による平行世界の可能性について」……エトセトラエトセトラ。日本語の本以外にも、英語の題名の本とか、見なれない文字……ロシア語? の本がたくさん。題名が分かった本だけでも、生物から物理から情報から、ジャンルがめっちゃくちゃで、しかもどれも物凄く難しそう。大学一年生の私には、このちょっとパンク系で遊んでそうな美人のお姉さんがこういう本を読むという状況が想像できなかった。全然ついていけなさそう。
しかしその中に、自分でも話ができそうな本が一冊混じっているのを、私は見逃さなかった。
「あ、ニューロネットワークですね。私、情報科なんです」
焦って喋った最初の言葉はそんな感じで、今考えてもちょっとおかしい。いきなり所属を言ってなんになるんだろう? でも、そのとき確かに私には、この話をすると話が膨らむような予感のようなものがあった。
そして、目の前の綺麗なお姉さんが目を見開いて、涼やかな笑顔で笑って、
「あら、それじゃあ私の後輩じゃない。お名前は?」
とおっしゃったときにその予感は現実になって、私が
「そうだったんですか!? 奇遇ですね! えっと、私は、伊吹、伊吹マヤって言います。センパイは?」
と高すぎるテンションで言ったときに私かこのひとを呼ぶ呼び名は「センパイ」に決まった。
「私? 赤木。赤木リツコよ。今はもう就職して、『ネルフ』の技術開発部っていうところにいるんだけど……」
このときセンパイが少し戸惑ったような顔をした理由は、すっかり不真面目学生だった私にはしばらく――そう、次の学期で使う教科書の著者が「赤木ナオコ」さんだったときまで分からなかった。
「『ネルフ』? 外国の企業なんですか?」
「いえ? 企業というか……一応は国連付属の研究所みたいなものなんだけれどね」
「わぁ、すごーい。国際公務員さんなんですね! あ、いっけない! 急いでるんですよね? 私すぐお持ちしますから!」
相変わらずの私の口調に、センパイは苦笑いを返した。
「ええ、ありがとう。でも、せっかくだから外へ出たらコーヒーくらい驕らしてもらうわ」
この出逢いが、私の人生を決定的に変えた。
でも、もうセンパイはいない。
私には、もう「次」はなさそうだ。
なら。
私は目の前にあるノートパソコンを見た。この2年くらい、ずっとお世話になってきた端末、でも、もうあなたは要らないの。
だから、ごめん、さような
って痛ッ!
「何するんですかぁ!」
頭に響いた鈍痛の出どころを知るために顔を上げると、目の前におっきくて茶色い、これは、ギター? があった。
あ、やっぱりギターだ。ギターの向こうから顔を出したのは、青葉さんだった。髪をまとめてジャケットを半分開けて、何だかちょっとワイルドっぽくなってる。まあ、パンクさで言えばセンパイには勝てないから、せいぜいファッションパンクってところだけど。
私は思いっきり痛がってうずくまってやった。
「おいおいシゲル、ちょっとやりすぎなんじゃないか?」
ちょっと心配したような声は、日向さん。そう、この人は結構いい人だ。でも、いい人っていうのは基本的には恋愛の範疇外なんだけどね。ご愁傷様です。でも、いい人は大事にするべきだ。こういうときのために。
「そうですよぅ、私がセンパイの……思い出に……」
あれ、ダメだ、口に出したらまた悲しくなってきた。うわーん、このために想像で封じといたのに、日向さんのバカ。って、日向さんが悪いんじゃないけど、とりあえず心の中で八つ当たりをしておく。
いいや、こういうときはどうせ止まらないんだから、思いっきり泣く。視界の中で発令所の床が歪んだ。
「うわ、あーあ、泣かした」
いいですよ日向さん、そのままそこのロンゲの人、とっちめてやってください。
「バーカ。女の涙にだまされてるんじゃないって」
こっちはあっさりばっさり。うわー、普段とイメージ違うなあ、青葉さん。やっぱり、あのとき銃を受け取らなかったので、この女はダメだ、って思われたんだろうか。まあ、別に問題じゃないけど。こっちも範疇外だし。
そんな風に悲しくて泣いているのに心のどこかで妙に冷静になりつつ、私は日向さんの渡してくれたハンカチで思いっきり鼻をかんだ。
実は、葛城さんのことは半ば諦めていた。こう言うと冷たいかも知れないけど、私が出る、と言ったあのときから、もう葛城さんは現場の指揮官としてではなく、シンジ君の保護者として動いたのだ、と思っているからだ。
軍人としての葛城さんはたしかにぶっ飛んでいるが、きっと殺しても死なない。
状況さえ許せばそれだけの成功を必ずあげる人だ。使徒に関しては多少熱くなりすぎるきらいがあったし、実戦を指揮した経験の少なさや指揮する部隊の錬度、使徒の奇想天外さと戦争の常識がまるで当てはまらないことなどのせいで空回りする面も多かったけれど、経歴から考えれば申し分ない働きをした人なのだろう。少なくとも、僕はそう思っている。
しかし、家族を持つひととしての葛城さんは違う。そこにいる彼女はきっと、普通の女の人だ。一般人は戦場では生き残れない。いつでも自分の命を最優先にする人間しか、ここでは生き残れない。自分よりも大切にするべき命がある人は、そこで終わってしまう。
そして、家族というものは、そのくらいの価値があるものなのだろう。だからこそ、葛城さんは最後の最後で軍人としてではなく、シンジ君の家族として生きたのだ。それも、持ち前のぶっ飛んだ度胸を発揮したままで。
だから、葛城さんの死体を予想通りにケイジへの直通エレベータの前で見つけたときは素直に良かったと思えたし、その死に顔がとても美しかったのも当然なのだろうと思う。
結局のところ僕は最後まで振られっぱなしだったのだ。
しかし、悪い気分ではない。美人の女上司、それも世界を救う(少なくともかなり後まで、作戦部は僕を含めてそう自負していた)秘密組織の作戦部長の背中を任され続けるなんて、他ではちょっとない名誉だ。
始めてこのネルフに入ったときは、ああ、またこんな風にむさくるしい人々との生活が延々と続くのか、と思った。
思えば第2防衛大学校にいたときから女にはほとんど縁のない男だったから、それは当然のことではあるのだが、戦略自衛隊への任官を辞退して入ったネルフでも同じ状況というのは、正直辛かった。
そしてサードインパクトの可能性を知り、予想されていた使徒に対しての要撃体制が整備されていく中、その思いは、ああ、こんな風に死ぬまでむさくるしい人々と日々の生活を送らなければならなかったのか、という諦観に変わった。僕にはどうしても、この微妙にカモフラージュされて使いにくい要撃都市とあのでかいだけで相変わらず動かないロボットを使って、襲いくる絶対無敵のバリヤーを持っている(しかも自動再生能力があって無人で形態やその他の能力はまるで予想もつかない)なんていう兵器の常識をまるっきり無視したバケモノを撃退することができるとは思えなかったからだ。講和もできなければ降伏もできず、交渉可能な政体や制圧すべき首都すら持ってない相手とどうやって「戦争」をやれというのだろう。勝利条件がまるで見えない。
しかし、葛城さんはぶっ飛んでいた。
ギリギリで着任した葛城さんに僕がため息を吐きながらそのことを訊くと、彼女はこう答えたのだ。
「何言ってるの? 君。全部殲滅するに決まってるじゃない。それしか生きる道がないんだから」
僕にはどう考えても不可能に思えることをいとも簡単に言い切るその姿は、頭のネジが何本も外れているのだろうと僕に思わせるのに十分で、しかしその挑戦的な笑顔は容易に彼女を僕の憧れのひとにした。
ものの始めがそうだったのだから、こんな風に終わるのは予想のうちに入れておけたはずだ。
でも、しかし――どうしても、涙が抑え切れなかった。
どうしてだろう。仮にも自分は軍人の端くれだ。いざというときになれば死ぬことも、殺すことも、同僚や上司が死んでしまうことだって覚悟していたはずなのに。特に葛城さんなら、あのとき、別れるときにじゅうぶん予想できたことだったはずなのに。
『いいですよ、あなたと一緒なら』
もうずいぶん前のように思える最後の使徒戦であのひとに言った言葉を思い出した。
ああ、そうか。僕は勝手に、死ぬときはあのひとと一緒だと信じ込んでいたのだ。馬鹿だ。これくらいの予想が立てられずに、よく彼女の背中を任されたなどと言ったものだ。
そんなこと、誰も保証してくれるわけではないのに。
だから僕は、持ち前のいい人さ(そしてそれをこんな風に考えなしに発揮する人間がえてして優しい人で終わってしまうだけなのは分かっているのに)目の前で涙も鼻水も隠しもせずに泣きじゃくっているマヤちゃんに一枚しかないハンカチを惜しげもなく渡してしまったのだ。
マヤちゃんは貰ったハンカチで思いっきり洟をかむ。うわ、汚。
そしてそのまま上目遣いにシゲルを睨みつけた。少し赤くなった鼻と潤んだ目のコンビネーションはさすがに効く。ぶりっ子が上手いこんな女性ならなおさらのことだ。半ばわざとだと分かっていても効く。
さすがの青葉シゲルもこれには顔を赤らめ、「ごめん、言いすぎた」と言わざるをえなかった。
「……ホントに反省してます?」
そしてそういう弱みを見せてしまえばこう切り返されてしまうのは予想の範囲内だ。地雷だったな、シゲル。
だてに作戦部であの気性の荒い葛城さんを相手にしていたのだ。そういうところでは僕に分がある。
そして実際のところ、遊んでいるように見えてこの男が他人との関わりを極力避けて通るというだけなのはちょっと見ていれば気付くことだ。そうなると、けっこう女性経験も少ないのかもしれない。この男、こう見えて案外、大学生のときはジーンズの中にチェックのシャツをベルトインして歩く類の人間だったのではないだろうか、と勝手な想像ながら思う。僕になかったチャンスを棒に振ったツケが回ってきたな、シゲル。
それでも、放っておくのもかわいそう、か。マヤちゃんのテンションが上がったのは僥倖だし、このやり取りを見てるのは楽しいが、いつまでもこうしているわけにはいかない。まあ、「次」を考えたくないのも、事実だけど。
だから僕はもうあまり意味のない眼鏡を外して放り投げ、ぽかんとした顔で僕のほうを見る同僚二人を見た。
真面目な話をすると、俺にはここにいる積極的な動機というものがまるでない。葛城さんや赤木さん、そして目の前にいる二人や直属のオッサンども、パイロットの子供達その他もろもろが背負っているどろどろした背景に比べれば、俺のほうにあるそれは設定が薄いゲームのサブキャラのごとく単純だ。
つまりコネと運だ。でなければ、俺はこの組織にはいない。
そもそも情報部という部署には実態が伴わない。俺は本部中央作戦司令室付オペレータだが、戦闘時の通信・情報分析というのは実はそれ以外にはほとんど出番のない仕事だ。
確かにコンピュータを扱うのは得意だったし、断片的な情報から全体を分析して組み上げるのも得意なほうだ。だからと言って、俺にここにいるのに必然的な理由があるとは思えない。就職選びで俺が重視したのはただ二点、煩い上司がいないことと、この長髪が許されることだけだ。
一度訊いたことがある。
「副指令」
「なんだね、青葉君?」
このオッサンは万事いつでもそういう調子である。やりやすくていいが、掴めない。
「副指令は、どうしてここに?」
「ほう、君はそういうことには無頓着な人間だと思っていたのだがね」
「まあ、たまには」
俺がさらりと真に迫った言葉で切り返されて(さすが元教授なだけあって頭は異様に切れる。こんなのは序の口にも入らない)口をパクパクさせる間に、神妙な顔をした副指令は答えた。
「強いて言うなら、見届けるため、だろうか」
疑問系で言われても。この辺もさすが元教授。頭が切れるから実務にはやたら強いが、時間を与えるとどこまでもどうでもいいことを考え続ける。
以前にも何度か地雷で付き合わされたことがある俺は(前は、「なんで使徒って来るんすかね?」と訊いてやってしまった)話を打ち切ろうと焦った。
「あーいや、深く考えないで下さい」
暇つぶしですから、とは言わないでおく。このオッサンは不真面目な質問にはめちゃめちゃ冷ややかな目をする。
すると副指令は照れくさそうに頭をかきながら、ぽつりと小さな声でこう言ったのだった。
「あるいは、柄でもない、老いらくの恋かな」
気持ち悪いと顔に縦線など入りつつも、そういうことができるのは少しうらやましいような気もした。
俺にはそんな風に大事にするものはない。親も恋人も友人も居なけりゃ理想もない。自分一人、死ぬまで食わせていければそれで十分。それも悪くない。むしろ楽でいい。
本気でそう思っていたんだが、今となっては怪しい。聞けばあのサード・インパクトの間際、マコトには葛城さんが、マヤちゃんには赤木さんが見えていたのだという。別にあのオッサンに出てきて欲しかったとは露ほども思わないが、それでも、俺のところに出てきたのがレイちゃんの大群だというのはいただけない。俺は変態か。
そんなわけで、俺も誰か愛することができればいいな。などとこの歳になってまるで中学生のような青臭いことを決めたのである。かなり切実に。
だが今、その決意が一瞬で崩れ去った俺はマヤちゃんから彼女お得意の攻撃をくらっていた。この女、俺が実は根暗だってことを知ってるんじゃないのか、と思わせるくらい躊躇なく少女漫画光線を照射してくる。
「ごめん、言いすぎた」
駄目だ、言っては駄目だ、と思いながらも、この光線を何とかするために俺は口から思ってもいない言葉を吐いた。顔が熱くなっているのが分かる。
「……ホントに反省してます?」
んだとおい。さらに追撃する気かこの鬼。マコトは笑っていやがる。糞、お前と違って俺はそこまで外向的な人間じゃないんだ。何だその俺のヲタ時代を見透かしたような目は。畜生。
マヤちゃんは勝利を確信したような嫌な顔で、さらに俺に顔を近づけてきた。どうする?
開き直ってキスでもしてやろうかと思ったその時、かつん、と音がした。
俺とマヤちゃんが揃って音のするほうを見れば、
そこにはやけにすっきりした顔をしているマコトがいた。
「なあ、何か弾くんじゃなかったのか?」
俺はその助け舟に何とか乗り込み、マヤちゃんから少し離れてギターを構えた。
「そうそう、そうなんだよ、何がいい?」
俺が訊くと、マヤちゃんは「ピストルズ」と即答した。うお、意外と激しい。
「それかクラッシュ……ストラングラーズでも」
そう来るか。っておいおい。
「あのさ……何それ」
俺がマヤちゃんの言葉に感嘆するのを変な事態が発生しているような目で見ていたマコトが訊ねた。
「両方とも大昔の、生粋のパンクだよ。さすがだな」
さすが赤木さんの弟子だけある。しかし……さすがにそんなに激しいのは今は、そしてこのギターでは無理そうだ。そもそもアコギだぞこれは。殴る相手もいないし。
俺が困った顔をしていると、マヤちゃんはふっと肩の力を抜いて俺に笑いかけた。
「別に何でもいいですよ。先輩は『日本のは妙にメッセージがポップすぎて私には無理』って仰ってたけど、私、そういうの結構好きですから。――何でもいいです。覚えてるのなら、何でも青葉さんが歌いたい歌で」
「……確かに、それも問題だよな」
「まさか覚えてないとか言わないよな」
「うるさいなあ」
「まあまあ」
いつの間にかトリオ漫才をやっているみたいな雰囲気になり始めていた。
俺は苦笑して言った。
「よし、それじゃあいっちょ、弾きますか」
俺は立ち上がり、コンソールに腰掛けてギターを構え直す。
目の前には、眼鏡を外したマコトに、嘘泣きを収めたマヤちゃんがいる。
そしてその向こうには――頭上に遥かな宇宙、眼下に蒼い星。そんな馬鹿みたいに壮大な景色が広がっていた。
わかっている、このまったりした時間は、今だけだ。恐らく俺が歌い終わった後、どうやら本気で宇宙の孤児となってしまった俺たちには壮絶な日々が待っているのだろう。どうやって帰るか、どころか、明日の飯をどうするか、から始めなければならない。ひょっとしたら、空気がもつか、から。しかし、「次」が実際あるかないのかは知らないが、諦めたふりのマヤちゃんも、考えないふりのマコトも、このままほんとうに諦めることはどうせできないだろう。俺だってそうだ。
だからギターを構えよう。面倒くさい曲は要らない。要は心に響けばいい。メッセージが嘘くさくったって、本気で歌えばなんとかなる。そうだ、本気だ。俺たちがこれから、どうにかして足掻くためのスイッチになるくらい、本気で歌ってやるさ。もし覚えてなければ作曲だって作詞だってアドリブでやってやる。ちょっと恰好悪いくらいでちょうどいい。
それは、地球でも、宇宙でだって、変わらない。
二人は俺を見る。地球上空二十二万メートルのジオ・フロントから見える壮大な景色を背に。
俺はゆっくりと絃の感触を確かめ、きゅっきゅと絃を指で擦った。
――さて、どんな歌を歌おうかな。