- The rest stories of "Project Eva" #28 -

"僕らが屋上へ行くまで 前編"

1

懐中電灯の光と、それに隠れた人影が見えた。

走っても逃げ道はどこにもなかった。

「そっちは!?」

「駄目、隙間が大きすぎる」

「こっちもアカン!」

「戦う?」

「どうやって!?」

「わかんないよ! でも戦わなかったらどうにもなんないだろ!?」

言いながら、隣の松葉杖を奪って走り出した。目前にいる男達に殴り掛かる。

戦力の差は歴然としていた。

すぐに囲まれ、殴られ、何かを嗅がされて意識が失せた。

2

……妙な夢。

まばたきをして、汗ばんだ腕の上にもう一度額を乗せて、大きく息をついて顔を上げる。

ちゃんとこたつの中だった。

――ああ。かなり考えて、ようやく思い出す。

中学のときのできごとだ。今となっては現実感がない、むしろ嘘と考えたほうがしっくり来そうな記憶。

ちょっとした歓声が聞こえる。といっても、僕の部屋のできごとではない。それはモニターの向こうにしかない景色だった。

点けているとちょっとでも暖かいから最近は点けっ放しのテレビには、海外の様子を伝えるニュースが映っていた。

国連平和維持活動、と字幕が出る。

そして不意にそこに移った昔の知り合いの影を見て。僕は呟いた。

「へぇー、すごいなー」

夢の中の彼女と照らし合わせながら、ゆっくりと僕はその事実を確認する。


そう。今となっては。

まさに兵共が夢の跡(自分が兵だったというのがそもそも嘘みたいだけど)。

そういうことはテレビの向こうにあるもので、自分とは全く関係のないことだった。

それでいいのか? って、そういう風になってしまったものは仕方がない、と思う。

お前ちっとも自分で選んでないじゃないか人生と言われましても……

いやもう、かなり前に悟りました。自分で選べることなんか、世の中には驚くほど少ない。

後は流され流されて生きていく。

傷つき続けるんだ、と死にそうに怖かったけど、後からよく考えればそれは青少年の特権らしかったし。

しまった。もっと悩んどくんだった。

というわけで。

漠然とただ生きていくだけなら僕だってできるみたいです。母さん。


俯瞰の映像で、アスカの駆るエヴァの巨大な体躯が映った。今日もどこかの戦場で、アスカは元気に平和維持活動を行なっている。目立つし、割と向いてる仕事なんじゃないだろうか。

もう全然他人事だ。

ちゃぶ台の上にあった袋を手に取り、開けた口を摘んだクリップを外した。冬場だし、こうやってクリップで留めておけばこんなスナックでもけっこう日持ちする。

もう残りも少ないので、力任せで一気に爆散なんてことにならないように注意しながら、慎重にパックの背を裂いた。

ぴりぴり、べりべりべり、ぷつん。

……ふっ、成功。

無事袋の背を完全に開けたことにちょっとだけニヤリとして、もうほんの少ししかないポテトチップスを取り出し、口の中に放り込む。

そしてまた、視線をテレビに戻す。かなりのニュースなのか、まだアスカの姿が映っていた。テレビの向こうの彼女は、エントリープラグから身体を乗り出し胸を逸らせ、胸もお尻も十分すぎるほど成長したせいで、美少女アニメ級のエロさになっているプラグスーツ姿を披露していた。

うわーエロ。

エロ?

何か引っかかる。いや、アスカじゃない。

――あ、そういえばケンスケに貸してもらったエロゲ返してないや。

……ま、いっか。どうせ腐るほど持ってるんだし。

そんなふうにして、僕は自然と全然関係ない問題に意識を移しながら、ちょっと遠いところにあるリモコンをアクロバティックな動きで取り、もはや興味のわかないニュース番組のチャンネルを別のものに変えようとした。


そのとき、玄関のドアは蹴破られた。


「ちょっとあんたバカぁ!?」

木の裂けるめきめきという音と共に、高めの叫び声が聞こえた。

なんだ?

急造の第4新東京市の端にある、街では最も古いこの住宅地には、これまた街と同じく急造のバラックにも近い建物が立ち食い蕎麦屋で肩寄せあう人々のように立ち並んでいる。そんな土地にあって、しかもこれはセカンド・インパクトの前から建っているという建物だというから、このあばら家もかなり凄い。そんな悲喜こもごもの含まれていそうな歴史はさておき、そういう建物にありがちなこととして、ここには妙な人、訳ありな人も割と住んでいる。

しかしそれでも、ドアを蹴破られるた上に罵倒されるというのはさすがに初めてだった。

玄関の方に身を乗り出しながら言った。

「えっと、ここは違いますよ、きっと」

瞬間、目の前が真っ暗になった。

痛。その衝撃で、何かが顔に当たったのだと気づく。それくらい強烈で、突然の一撃だ。

鼻を押さえながら畳に落ちた飛来物を持ち上げてみると、それは高級そうな皮の、黒いパンプスだった。

「なァにが違うってぇ?」

歌舞伎で見得を切るようなおどろおどろしい調子で、誰かが言った。

僕は視線をパンプスから畳へ戻し、そろそろと上げる。

片足はパンプスを履いたまま、もう片足は黒いストッキングの、細めだけど筋肉のついた足。

少し緑がかったスーツのスカートと、それの上からでも十分にわかる、締まった腰。

かなりパツンパツンに盛り上がった胸に国連軍の章がつき、肩章までついている、どう見ても軍装。

そして、もうテレビの中でしか見ることはないはずだった、整って、少し優しげにも見えなくはない顔の造形を覆い隠すほどに激しい熱さをたたえた青い目と、ふわりとウェーブがかかった金の髪。

そんなのは、アスカでしかありえない。

けれどそれと同じくらい、アスカがここに来ることもありえないような気がする。

これは果たして夢か現か。

しばし見つめ合い、次の言葉は同時だった。

「アスカ?」

「シ、シンジ……なの? あんた」

「はあ、まあ」

そうとしか言えないので仕方なくうなづく。たとえ何年経っても、僕は僕でしかなかった。それはこの年月が(割と消極的な意味で)教えてくれた。醜いアヒルの子が大きくなって白鳥になったのはその子が実は白鳥の子だったから。と、いうわけで、今でも僕は僕として、うだつの上がらないまま生きている。

「え、ほんとに?」

ちょっとどころではない驚愕と、それ以上の失望の視線が刺さる。

そそくさと動いた視線はささっと確認すべきところだけを確認し、また逸らされる。元々僕に人を失望させる以外の部分がどれだけあったのかは知らないが、それすらも今は失われているらしかった。

わかってはいるけど、ここまであからさまだとちょっとショックだ。

僕が黙っていると、アスカはもう一度念を押した。

「あんた、本当に、碇シンジ? あたしが部屋を間違っているとかそういうことじゃなくて?」

「あなたは訪ねる部屋を間違ってるのかもしれないけど、僕は確かに碇シンジですよ?」

え、と一瞬呻いて、今度は違う訊き方で問われる。

「あたしを知っているの、よね? 碇シンジなら」

「知ってる。けど、普通ならみんな知ってるんじゃないかな」

「確かに……」

アスカは頭を抱えて叫んだ。木造の建物の隅々まで、甲高い声が染み渡る。

「でも、あたしが知ってるシンジは、こう、なんていうか細くて神経質で、女みたいになよなよしてるのよ! あんた本当に碇シンジなの!? あたしが言ってる碇シンジっていうのは、この惣流・アスカ・ラングレー嬢と一緒に生活してた男のことよ?」

「『コンフォート17』でね」

そう言った途端、アスカは力が抜けたように膝からすとんと座り込んでしまった。

「え、あ、じゃあ……やっぱり……」

相当ショックだったようで、口が上手く回っていない。

ご愁傷様、とこっちが言ってしまうのも何だか気が引けたので、ひとまず向こうが落ち着くまで少し待ってやることにした。

そのイメージの似合う僕はもういない。ヒゲも生え、身体にはたっぷり贅肉がついた。言葉の上っ面が図太くなったように見えるだけで神経質な性格は相変わらずだと自分では思うのだが、そう見せることができる容姿が失せていることにも納得できる。ここにいるのは一般の大学生、しかもやる気のない方のそれにありがちな、ただのおっさんと化した野郎だ。

そんな男と、美しく気高く身体も頭も磨き上げ、正装に身を包んだ女が、古い畳の上で向き合っている。

それはかなりシュールな光景。

どう説明すればわかってもらえるだろうか、どうやら昔の僕に会いに来たらしい彼女に。僕は確かにあのシンジの成れの果てで、でも、もう彼女にシンジと呼んでもらえていた男の子は影も形もなくなってしまったのだ。

それがいいことなのか悪いことなのかは、よくわからない。

というかその前に。

僕はいつ、彼女が思いっきり土足のまま家に上がりこんでいることを注意すればいいんだろう? そっちのタイミングのほうが、もっとよくわからなかった。

-8

白いシーツ、白い天井、白いかべ、白いカーテン、白い床。

白い部屋。

でも、天井には染みがある。床には緑色のスリッパがある。だからここは、たぶん天国じゃない。だって天国はまっ白だとだれかが言っていた。

むっくり起きて、考える。

ここは?

部屋にはわたししかいない。

わたし?

わたしについて考える。

だれ?

ふりむいても、鏡がなかった。仕方なく腕を見て、そのあとで身体を見た。腕には包帯がくるくると巻いてあった。とても細い。これは女の腕だ。

女。わたしは女だ。わたしはこんなところでなにをしているんだろう?

頭がぼうっとした。どうとも思いつかない。これは、ここはなに?

もう片方の腕を見た。

なにか刺さっていた。たどっていくと、床から高く立ちあがった棒から袋がぶら下がっていて、そこから出た管が腕につながっていた。

何かがわたしの中に入ってくる。

それに気づくと寒気がした。

だからその管を引き抜いた。どうしてそんなにいやだったのだろう?

どこかから音が鳴った。

これはなんの音だろう?

少しあせる。なんだろう、この感じ。ざわざわする。とても怖い。

終わりの音。

じかんぎれの音。

じかんぎれ? ――時間切れ。

怖い。

どうして?

時間切れはどうして怖い?

だって、時間切れになるとエヴァは動かない。

エヴァってなに?

エヴァはママ。そうだよ。わたしはママの中にいた。

どうして今はママの中にいない?

――時間切れになったから。

時間切れはどうして怖い?

もうママの中にいられなくなるから。

ママの中にいられなくなったら、どうなる?


はらわたをひきずりだされてめちゃめちゃにされる。


―――――――。

「あ……あ……あああああああああああ……」

枯れた声。これはだれの声?

わたしの声?

きっとそう。だってここにはわたししかいない。ここにママはいない。

いやだ。

ひとりはいやだ。

ひとりでいるのはいやだよ。

怖い。ねえ、怖い。

だれかここに来て。


ママ。

3

この生活ってどーよ? というのは自分でも思わないでもない。

けどさ。それで他人に迷惑掛けてるんじゃないんだからそれでいいじゃないか。

……と思いながらもう早何年が経った?

少なくとも、一介のオタク少年が一端のオタク青年になるくらいの時間は経った。

それでいくらかでも成長したか? と言われれば返す言葉もない、が。

でもなあ。

……誰もこの方向性止めてくれなかったんだよな、実際。


うつらうつらそんなことを考えてまどろみながら、でも、そろそろ限界だった。

隣が非常に騒がしい。

シンジは何をやってるんだ。どんな激しいオナニーすればあんな揺れが発生するんだよ、いったい?

確かにこの前貨したのは、某オタキングいわく、感性を進化させた新人類(ニュータイプ)であるところのオタクの要素の欠片もない、ただの引きこもり予備軍であるシンジに合わせて、萌え要素も泣き要素も物語りも非重視の純粋抜きゲーだったから、確かにそれで激しく抜きたくなる気持ちはわからないでもない。あの部屋、パソコンあるくせにインターネットにはつながってないし。

それはよくわかる。

でも。

だからって、大音量でツンデレ娘のシナリオをプレイしつつガタガタ騒がなくったっていいじゃないかと言いたい。大きな声で主張したい。

そんなわけで、俺は久方ぶりに戸を開け――

戸外が真冬であることを思い出して中に入った。

めちゃくちゃ寒い。

ああ、そうだな。確かにこんな日には激しく動きたくなるよ、シンジ。

この部屋は電子機器のお陰で温かいけど、お前の部屋はそうもいかないからな。

だがその納得は、一瞬で打ち消された。

「何よそれ! あんたそれ立派な詐欺よ! 詐欺!」

……ん? こんなシナリオ、なかったよな?

そこで立つフラグ。画面内に発生する新たな選択肢。

まさか。

リアル女子が? あいつの部屋に?

そのことを悟った瞬間、俺は今度こそ転がるようにドアの外に出て、隣のシンジの部屋にすんなりと押し込み(あれ?)、居間兼寝室兼その他機能を持つ、六畳一間に起こる状況を目にした。

そこには鬼がいた。

「いや、そう言われましても……」

鬼の手に握られているダサいシャツの男は、紛れもなく碇シンジだった。

「そう言われましてもじゃないわよ! あんたあたしと約束したこと忘れたっての!?」

シンジの顔を見る。わけがわからない、という表情。あれはかなり前、空き巣に入られたときに見て以来だ。

あ、何だか知らないが、これはかなりマズい状況?

気づいたときには、もう遅く。

「くぉのバカー!!」

見事な背負い投げの形から、古式ゆかしい柔術の型にあるようなフォロースイングに合わせてすっ飛んできたシンジは、俺の顔に背中から突っ込み――

俺たちは二人仲良く放り出されて二階の手すりに激突し、あまりの衝撃で動けなくなった。


目の前のこの情景は、映画の撮影か何なのか?

そう問わずにはいられない状況だった。

こういうことが起こらないでもない場所だとは知ってはいたけれど。

まさか、まさか。

学校をサボりついでに同じくサボった旧友と共にちょっとスタジオに行き、荒れた指をこまめにケアしつつベースを弾きまくって、それでも次の授業くらいは出ようと教科書を取りに帰ってきてみれば、手すりに男二人、それも知ってる男二人がぐんずほぐれつで悶絶してるなんて、誰に想像できますか?

これはいったい何の冗談? とうとうガチホモなアダルト・ビデオの撮影をしなければならないくらい彼らは食い詰めたのだろうか? ……そんなわけはないか。

それとも、ヤクザの取立てに合わなければならないくらい借金がかさんだか? こっちはちょっとありそうなこと。

……何だか思考が下品になってきちゃったなあ、私。

「……あれ、何?」

思考の流れを断ち切って、後ろから掛かる声。この声との付き合いはもう数年になる。もうぽつぽつとした言葉からでも大体の機微はわかるようになった。

これは、純粋な疑問と、ちょっとした興味。

「私にもわかんない」

素直に答えた。


男のことで家族とケンカして無理やり下宿することに決めてからこのかた、私はその前よりは素直に生きようと心に決めている。

優等生は止めたのだ。

そして、無駄に前にでしゃばっていくのも止めた。

実はそれは柄じゃなかったんだ、と本当の意味で気づいたのはずいぶん後だったけど。

そういうわけで、今の私はかなり普通の人だ。委員長ではない。華々しい大役は演じない。

それは確かに地味だけど、そういう生き方の方がずっと性に合ってると思うし、別に後退だとは思わない。

負け惜しみでなく本心として、そう思う。


そんな私をよそに、とんとん、とパンキッシュな恰好に身を包んだ青い髪が階段を軽やかに上っていく。

こちらは私と違って好奇心が衰えていない。それどころか、今こそ彼女は、幼児のように全てのことを驚き楽しんでいる。

振り向いた目の輝きについ息を飲む。このイノセントな目は、恐らくひとつの才能だった。

そして、ひとたび歌えば人をとりこにする、その口が開かれる。

わさわさと男二人を大雑把に揺さぶった彼女の答えは?

「死んでない」

まあ、それはそうだろう。死なれてたらかなり悲しいと思うから、本当に困る。

「そう。……どう? 怪我とかしてない? あ、それと。危ない人とかいない? 大丈夫?」

きょろきょろと周りを見渡す首の動きが、ぴたり、と止まった。

あれ? これは、ちょっとマズい?

きっと顔の色をなくした私は、急いで階段を駆け上がり――レイの視線の向こう、碇の部屋のまん中に、まるで真冬の鉄塔のように重々しくそびえる彼女を見つけた。

「アスカ?」

目をこすってもう一度見ても、それはどう見てもアスカだった。テレビでよく目にする、公開国連平和維持軍ネルフ所属、たった一人の軍隊の、たった一人の将官、惣流・アスカ・ラングレー大佐だ。

「アスカ」

もう一度名前を呼んだ。懐かしい。

呆然と立っていた彼女は、規則的にまばたきをしながら、機械人形のように今にも首からぎぎぎと音がしそうな動きで振り向き、目を細め口を尖らせた。

「……誰? あんた達」

へ?

そして私は気づいた。

私の恰好は、様々なところが破れたジーンズと、けっこう派手めなトップ。隣にいるレイの恰好は、それに輪をかけて派手で、もうパンクというかなんというか。

確かに、気づきそうにはなかった。もう何年も、というか、あの日を境に私達は一度も逢ってない。

「セカンド」

レイが言う。ああ、こうやって呼び合っていたっけ。

私は万感の思いを込めて言った。

「……アスカ、久しぶり」

また、妙な目で見られる。いいや、勢いでそのまま言っちゃおう。

「えっと。洞木ヒカリです。なんつーか、ちょっと変わっちゃったけどね」

三日月より細められていた目が、一気に満月まで大きくなる。そして私とその横のレイの間で視線を往復させながら、肩をわなわなと震えさせる。

……あれ、何かマズった?

一拍置いて。

「どぅえええええええええええ!?」

耳をつんざく声。と同時にアスカは何だか知らないけど駆け出して逃げ出そうとして、どうしようもないという感じで(出入り口はひとつしかないものだから)私の足にけつまづき、後ろにいたレイも含めて悶絶し続ける二人によっかかってしまった。

それでもって、当然の帰結。

人間五人の加重に耐え切れなくなった手すりはぼっきり折れて、下にある車の下に揃って落っこちた。

そして意識は暗転し。

「何しとんねん、お前ら? また何ぞ変な薬でも買うてキメとるんか?」

そんな呆れた声を、今日も短い茶髪に黒のニッカポッカが良く似合う、我が愛する恋人、鈴原トウジから掛けられたのは、目を回してしばらく経ってからのことだった。

-7

屋上には三人。

ワシと、ケンスケと、シンジ。

「三バカ、再結成やな」

そうやってネタを振らんようななら、きっと誰も話さん。

せやけども、ネタを振っても状況は変わらんかった。

自分の知らんところで話がこじれとるのを見るのは、辛い。自分が切っ掛けになったかもと思ったらそれはなおさらのことっちゅう感じで、ワシは耐え切れずまた口を開く。

「ちょーなあ、お前らもぶーたれてんと何かしゃべってぇな」

相変わらず無言。

どないする?

どないもこないもない。

こういうときをどないか面白うするようないいネタを、今のワシは持ってない。いや、ネタを持っとったとしても、できるとは思えん。もしできる奴がおるなら、そいつにはきっと笑いの神様が光臨しとる。

せやからそもそも笑いの神様なんぞにはほど遠いワシはただ黙ったまま、アホ三人で雁首揃えて、ワシ自身は初めて見る、消えた第3新東京市の景色をぼんやり眺めた。

まだ慣れん義足に風が当たる。ひゅうと音がする。ちらちらと、シンジがその脚を見る。せやから逆に何でもないように、まるで自分の脚のように動かしてみせる。

そしてケンスケは、きれいなもんを探して歩くような男やったのが、今はシンジばかりを気にして、なんとなくいづらそうにしている。

ギスギスした寒い空気が、淀む。


ようやく会話が流れたのは、そのちょっと後。

「惣流、目が覚めたって」

なんと。

「ほんまか?」

「ほんまほんま。まだ面会謝絶だけど、意識は戻ったって」

ほんまの発音がおかしいけども、気にせんことにする。

「そうかぁ……良かったな」

「……うん」

逆隣から、シンジの声。多少ぎこちのうても、まったく構わん。たとえ少しでも、話せれば、話すことさえできれば、あとはどないでもなる。その程度には、ワシの中に話に命をかける大阪人の血は生きている。

「どうするんな?」

「……まだ、決めてない」

「会わんのか?」

「会っていいのか、わからないんだ」

ためらいがちで苦しげな声で、思わずどやしたくなるのを、どないかこないかこらえる。同じ失敗を二度繰り返す奴は正真正銘のドアホである。ワシにクソ偉そうにそういうことを焚きつける資格はない。そんな資格は誰にもない。それはあのとき、死にそうな顔してエヴァンゲリオンを動かしてたこの男の顔を見て、わかったし、そう決めた。

けども、ひとつだけ、ワシにも言えることはある。

「お前と惣流に何があったかわからんから、ワシはどないも言えん」シンジがワシを見る。「せやけどな。よう、考えて決めぇな。……お前が自分で『こらアカン』て思てても、ほんまはそうでもないかもわからへんで」

シンジはワシを複雑な表情で見つめて、また視線を遠くに戻して、それから答えた。

「……うん」

そのときにはっきりと気づいた。間違いやない。今のシンジは、前のシンジより、ほんの少し強い。

カァ。

ふっと後ろを振り返ると、アンテナに止まった烏が、一声鳴いた。

その向こうには、沈みかけた夕日があった。赤々と燃える日が沈む。

一日の終り。せやけど、簡単に終わらせられへんものも、終わらせたくないものもある。

意を決して、実は気の小さいワシは一世一代の賭けに出る。

「なあ」

間の抜けたような言葉を、ケンスケが受け止めた。

「うん?」

同じく、シンジも。

「……どうしたの?」

言おう。今言わなあかん。ワシが、言うべきや。

「色々しんどいことあったけど、ワシらまだ、連れやんな?」

両隣が、じっと黙る。でも、ワシはそれを確認したかった。

あの烏のようには、なりたくなかった。

「……うん。トウジが、そう思ってくれるなら」

情けないことを言う。これがこいつの悪いところで、めちゃめちゃええとこでもある。

せやからワシは、すぐさま答えた。

「アホ、当然やんけ」

それからしばらく、また言葉が失せた。

そして、次に話を始めたのは、ケンスケやった。

「……じゃあ、俺は……シンジが許してくれるなら、かな?」

ここでは、ワシが黙る。この二人の間にあることは、ワシにはわからん。

でも、シンジはやっぱりええ奴やった。

「大丈夫。友達だよ。……ありがとう」

「ほなこれで、一件落着や! またよろしゅうな、シンジ、ケンスケ」

二人が笑う顔に、夕日が映えた。

4

そんな風にして、あたしは微妙に言いたいことが言えず、なし崩し的にここに居座ることになってしまった。

いや、うーん。

色々思うことはあるけど、とりあえず。

あたしの予想がばっさり外れたことで、世の中というのが一筋縄で行かないことはとりあえずよおくわかった。


あの細かったシンジがデブになって、そしてまたあの神経質が図太くなり。

少なくともアウトドアオタクだった相田が完全にインドアオタクになり。

あの真面目の鏡だったヒカリがサボり屋かつバリバリのパンク・ベーシストで。

おまけにファーストがインディーズでもてはやされ、男にかしずかれる歌姫ぇ?

何だ何だ、この予想進路の大幅な曲がり具合は。

……鈴原が大工になってるのはなんとなくイメージどおりだけど。


でもそんなこと言ったら、あたしがこの歳まで戦闘美少女(もう少女って歳でもないだろうに、タブロイドなんかになるとあたしにつくキャプションは、今でも「惣流・アスカ・ラングレー嬢」だったりするのだ)ってのをやり続けることになろうと言うのも、それと同じに予想外のことに違いない。そして、今となってはそれを重荷に感じているということも。

何しろ、あの頃のあたしは、もう自分がママと一緒になれないと思い、孤独を嘆いていたのだから。

それはもう過ぎ去ってしまったことだし、誰でもいつかはその手から失くしてしまうものだということを、それはどうやっても取り戻すことはできず、かりそめに代わりのものを手に入れても、それはただ新しい孤独を呼ぶだけなのだということを、あの頃のあたしは理解していなかった。

ライナスの毛布は、いつかは手放さなければ大人になれないのだと。

「ちゅうかな、休暇なんはええとして、何で惣流はこんなへんぴなとこに訊ねて来たんな?」

「そうそう。こんな日本の端っこに。しかもシンジの部屋盗聴までして……全く準備のいいことで」

「えー? ここって一応中心部じゃないの? っていうかこの部屋暑いわよ相田!」

「……汗臭い。生臭い。男の匂い」

「確かにねぇ……ケンスケ、たまには窓、開けないと」

あたしが回想に浸っているってのに、こいつらは……

「うるさい! あたしの勝手でしょうが! たまにはあたしだって激務の合間に庶民の生活を体験したくなるもんなのよ! あたしが会いにきてやったんだからもうちょっと喜びなさいよ! ……って、ああっもう何よこの部屋臭い! しかも狭い! 何で日本人ってこんな鳥小屋みたいな部屋に住めんのかしら! まぁーったくもう信じらんない!」

「……アスカさ、それ、初めてミサトさんの家に来たときも言ってなかったっけ?」

「うっさいデブシンジ! あんたその中学時代との脈絡を感じさせない顔でいけしゃあしゃあと昔話に花咲かしてんじゃないわよ!」

「……それはさすがにひどくないか、惣流?」

「うっさいオタク! インドアでパソコンの前でパンツ下ろしてる輩は黙ってなさいよ!」

「きっつう。相変わらず毒舌満開やなぁ」

「うっさい! ……ええと……普通! あっさりそのまま中学校の恋人と楽しそうに恋愛続いてるんじゃないわよ! ああ腹立つ!」

「ちょっとアスカ!」

「あ、ごめん……」

「嫉妬、それは女が失う病、そして石のようになる女」

「うっさい! ああもう! あんたら馬鹿ぁ!?」

……あたしが切り捨てるべきライナスの毛布は、もしかしたらこいつらなのかもしれない。

- The rest stories of "Project Eva" #28-30 - "A comet" Part 1 "The miss ending 'phallic-girl' and others" to be continued...
first update: 20050905
last update: 20060103

note

About author
作者:north
Get back to index (of the rest stories of "Project Eva")